学園制圧

月白由紀人

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第22話 戦闘 その3

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 第二校舎に入る。音のする二階に向かって階段を駆け上る。廊下に出て、視線の先に……いた! サーヤさん? と、先生?

 素早すぎる動きで、細かいところまでは把握できないんだけど、サーヤさんが銃を撃ち、丸腰の先生がそれを避けながら拳を繰り出して様に見える。散発的に銃声が響いて、なんとか二人が銃と肉体で闘っているのがわかるという状況だ。映画の中の戦闘シーンの様で、二人とも人間には有り得ないスピードに思える。

「なにやってるのっ!」

 明莉が、二人に向けて叫んだ。

「やめなさいっ、二人ともっ!」

 その声が、集中して闘っているはずの二人の耳にも届いたのだろう。変化があった。ばっと、二人同時に距離をとって、動きを止める。互いに銃と拳で相手をけん制しながら、こちら、僕と明莉を見た。

「なんで二人が戦ってるのっ!」

 しかし、返事はない。場の空気が緊張するが、その張り詰めた空気を最初に破ったのは、サーヤさんだった。

「明莉。出てきちゃったんだ」

 サーヤさんは先生に銃口を向けたまま、声を向けてくる。

「サーヤっ! なんのつもりなのっ! 私と優也を閉じ込めたり、先生に銃を向けたりっ!」
「まあ、ごめんね。私にも私の都合があるから」

 少し申し訳ないという口調で、銃口は先生に当てたまま。

「この決起を失敗に導くというのが、私の払う代価なの」
「失敗に導く……」
「そう」
「本気……なの?」
「ええ。マジもマジ」
「…………」

 明莉がサーヤさんを信じられないという目で見つめる。

「なら……。幾晩も一緒に熱い気持ちで計画を練ったのは……いったい何だったの?」
「それは……。まあ、ごめんね」

 サーヤさんは、今度は本気で申し訳ないという調子で謝ってきた。未だに信じられないという様子の明莉は、問いかけを続ける。

「代価って……何の代価?」
「それはまあ、ナイショということで」

 サーヤさんは少し哀しいというか、自嘲する顔を見せたが、それ以上は口にしようとしない。代わりに、先生が挟んできた。

「サーヤがなんの考えで動いているのかはわからんが……。この計画はサーヤが何もしなくても失敗すると決まっている。だから無意味だ。抵抗は止めてくれ」

 先生は、僕らにも聞こえる声で説明しながら、サーヤさんに説得を続けた。

「もう一度言う。この計画は最初から失敗するという前提で建てられたものなんだ。無意味に生命を捨てたり殺したりする必要はないんだ。だからやめてくれ」
「先生の命令をそのまま聞けってこと?」
「そうだ。俺たちは……この学園を包囲しているゴアテクの特殊部隊に投降するんだ」
「冗談っしょ?」

 サーヤさんは、銃を微動だにさせずに、ふっと口元だけで笑った。

「投降したら自由はないっしょ。詰問され拷問されてからガレージ送り。そこで人体実験のモルモット」
「その心配はない」
「?」

 サーヤがいぶかしいという顔をして問いかける。

「なんで?」
「事前に、俺とこの計画を管理しているエデン情報部が……ゴアテクと取引したからだ。俺はどうなるかわからないが、サーヤと明莉の身の安全は保障されている。拘束されるのはやむを得ないが、乱暴には扱われないだろう」

 サーヤさんは、先生をにらみつけた。

「それって……私らを売ったってこと?」
「そうとも言えるが……。やむを得ない選択だった。エデン情報部は、この計画の成功を意図したわけじゃない。この計画は情報を世間に流すのを目的としていて、成功は百パーセントないという前提で設計されたものなんだ」
「あたしら、捨て駒だったてわけ?」
「そうだ。この計画にどういう意味があって、エデンが何を意図しているのかは、俺にもわからん。ただ言えるのは、ガレージに捕らえられているナイトメアの解放が行われることはもともとなくて、決起の情報はゴアテクに筒抜けで、俺たち実行部隊は全滅前提で選ばれているということだけだ」

 サーヤさんが、先生に向けていた銃口を下ろした。

「だから俺は取り引きするほかなかった。最後には無抵抗で開城するかわりにサーヤと明莉の身の安全は保障してくれと。俺は……」

 先生が、顔を歪めて辛い決断だったという表情を見せる。

「娘を思い出させるお前たちが死ぬところは……見たくなかった。見るのを、身体と心が拒否していた。見たら、耐えられないと思った。いまここでサーヤと闘ってはいたが、サーヤを無力化するのを狙っていただけで殺すつもりは元からない。俺は……お前たちの死を見るのは、耐えられない」

 先生が、両手の拳を握っていた。歯を噛みしめているのが、口元からわかる。

 ここにいる四人の間に、重たい空気が満ちる。先ほどまでは、触れれば肌が切れる緊迫感だったのが、今度は重苦しい圧迫となって僕らを押しつぶそうとしてくる。

「じゃあっ!」

 サーヤさんと先生の会話を聞いていた明莉が、先生に向けて声を放った。

「私たちが今までしてきたことって、いったい何なのっ!」

 明莉が、感情をぶつける。

「失敗が決まっていたって……。そんなの……。そんなことって……」

 明莉の顔は苦しみと苦さに満ちていて、一言でいえば悲痛だった。

「私たちの声すら届かない! なら、私たちやこのセカイで耐えて死んでいったナイトメアっていったい何なのっ!」

 先生が短く冷たく答える。

「このセカイはゴアテクとエデンの掌握下にある。両者はお互いの中に手を伸ばしながら、繋がり合い戦い合い、勢力を競うように見せかけているが……。俺たちは、そのゴアテクとエデンが支配するセカイで、監視され束縛されながら生きてゆくしかない」
「そんなことっ!」

 明莉が否定したが、先生の表情は変わらない。

「有象無象のナイトメアが団結しようが抵抗しようが無意味なんだ。俺は今までの人生でそれを見てきた。それほどゴアテクとエデンの手は広い」

 先生は議論の余地はないという口調で言い放ってきた。

「ナイトメアの抵抗活動に、意味はない」

 明莉が叫ぶ。

「私は認めないっ!」
「明莉が認めなくてもどうにもならない」
「私は……」

 先生の論をまたないという調子に、明莉の声がこもり……。その先生が、「高月優也」と僕に顔を向けてきて、今までの成りゆきに戸惑うばかりだった僕は、「え?」っと驚く。

「明莉の側にいてやってくれ。この蜂起が失敗して明莉が囚われても、面会はできるようにゴアテクには通してある。明莉を捨てないでやってくれ。その為に、今までお前を明莉の側につけるように立ちまわってきたんだ」
「それは……」

 先生を見る。僕に、何かを伝えようと訴える目をしている。何と言ってよいのかわからない。僕は明莉と一緒に居たい。明莉と別れたくない。先ほどまで明莉と二人だけで過ごしていて、そうわかった。

 でも、一緒にいられるなら牢獄内でもよいのかというと、そうだともいえない。囚われた明莉は多分、いやきっと、その心の情熱を失ってしまうだろう。そんな明莉は見たくない。そんな明莉と一緒にいたいわけじゃない。と――

 バンッ。

 音がすると同時に、先生の頭がスイカ割りの様にはじけた。文字通り、顔の上半分が砕けて破裂する。見た物が理解できなくて……頭が真っ白になる僕の耳に、声が届く。

「意味ないっしょ。カゴのネズミじゃ」

 思考できないまま、声の出場所に自然と目が向く。サーヤさんが持っている銃口先から、煙が立ち上っている。サーヤさんが先生を撃ったのだとわかって、全身が硬直して動けなくなった。撃たれて頭を失った先生は、砂の様に崩れ落ちる。

「じゃあねっ! この計画は失敗だったけど、縁があったらまた」

 サーヤさんは立ち上がり、言葉を残してかけ去ってゆく。そのサーヤさんを見ながらも、この場所の中ではただの人間の僕は震えるだけ。

 しばらく固まったまま時間が経つ。震えは収まらなかったけど、明莉は……と目を向けると、僕と同じように呆けたさまで立ちつくしている。

 見たくないけど先生は……と、沸き起こってくる悪寒を抑え込んで目を向ける。床に、撃たれた先生がぐにゃりと糸を失った操り人形のような格好で倒れていて……。撃ったサーヤさんは後ろ姿も見えなくなってどこかに行ってしまい……。

 僕らはその場所に残されて、ただただ立ちつくすことしかできないのだった。
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