学園制圧

月白由紀人

文字の大きさ
上 下
13 / 28

第13話 優也の記憶 その2

しおりを挟む
 その女の子と出逢ったのは、近所の小さな公園だった。

 僕がまだ小学校二年生のとき、学校が午前中に終わった帰り道、ブランコに座っているその子を見かけたのだ。

 公園内にはその女の子一人。ボサボサ頭でやけに質素、貧相といってもいいくらいの服も目に付いたんだけど、ブランコに乗っている様が落ち込んでいるというか、ただ座って下を向いているだけだったのが……気になったのだ。

 僕は歩道から公園内に入って、その子に近づいて話しかけた。

「あの……ごめん。がっこうは?」

 うつむいていたその子は、僕を見上げて少し驚いたという顔をしたのち、顔をまた下に向けて小さくつぶやいた。

「行ってない」
「えーと……。ごめんね、ふとうこうっての?」
「違う。行けないの。私はそういうの、駄目なの」

 女の子の言葉が解らなかった。

 その時の僕はまだ小学校二年生。だからまだ世の中のことは何も知らなくて。だから僕と同じくらいの年齢に見える女の子が平日の午前中から公園に一人でいるという普通はありえない事象を、深刻には受け取ることができなかったのだ。

「ごめん。よくわからない」

 僕は、沈んでいる様子のその女の子になんといえばいいのかわからなくて、謝ることしか出来ない。

 そのまま二人の間に沈黙が落ちる。無言で、その女の子とその場に佇む。

 僕とは無関係の、どこの誰ともしれない女の子。公園に捨てられた子猫の様な女の子。さすがに本当に捨てられたとは思わなかったけど、その子のことが気になって声をかけたのに、勝手に去ってゆくのはあまりにも我が儘な気がして……。

 ブランコに座って下を向いているだけの女の子の側で十分以上立っていただろうか。するといきなり女の子が立ち上がって、言葉を残して去ってゆく。

「私のことは放っておいて」

 それが僕と山名明莉の、不思議な縁の始まりだった。




 翌日。

 僕は午前中で学校を抜け出してきてしまった。国道脇から住宅地区に入り、公園にまで、はやる足でやってくる。すると、昨日と同じブランコに、昨日と同じ服の女の子が座っているのが見えて……。よかったと、安堵と喜びが心に広がるのを止められない。何故だかわからないんだけど、あの子のことが気になって、どうしようもなくなって学校をさぼってきてしまったのだ。

 入り口から公園に入り、近づいて柔らかく声をかける。

「あの……。こんにちは」

 昨日と同じように下を見ていた女の子が、僕を見た。そして昨日と同じように、その子の顔に少しだけ驚きが見えた。なんで……? という表情。そののち、僕をにらみつけてきた。

「どうして? 私のことは放っておいてって言ったでしょ」

 女の子の目が鋭い。敵に狙われている小さな野生動物を思わせた。警戒していないと、囚われて食べられてしまう子猫とか子ネズミとか、そんな感じの弱い生き物。

「ええと……」

 なんて言おうかと、正直、困った。困って、素直に思ったことを伝えるのが一番いいと思って話し出した。

「きになって……。きのうベッドに入ってからもねむれないで……。どうしようもなくなって、きちゃった。なぜかは僕にもわからない」

 女の子の警戒の顔に、再び驚きが浮かんだ。その後、また僕をにらみつけてくる。

「うそ。誰か大人に頼まれたんでしょ」
「え……?」
「私のこと、どうにかしようって人に」
「え?」

 僕は女の子が言ったことがわからなくて、反応を止めてただただ女の子を見つめる。女の子の顔に、怪訝だという表情が浮かんだ。

「違うの?」
「え? なにが?」
「後ろに大人がいるんでしょ?」
「おとな……って、僕のお父さんとかお母さん……のこと?」

 女の子が、黙ってじっと僕の瞳をのぞいてくる。奥の奥までのぞいてのぞき込んで、それから、ぽつりとつぶやいた。

「ごめんなさい。勘違い……だった」

 言ってから、立ち上がる。

「でももう私には関わらないで。その方がいいから」

 昨日と同じように僕から離れようと歩き出す。僕は、気づいたら声を出していた。

「まって!」

 女の子が振り向く。僕は、その勢いのまま続ける。ここで別れたら、もう二度と会えないとわかっていたから。

「ともだちになりたいんだ! 僕はたかつきゆうや。さいうんしょうがっこう、にねんいちくみ。家はここからごふんほどのばしょにあって、うまれた時からずっとこの街で暮らしてる」

 女の子の表情が止まった。僕の言葉がわからない、理解できない、受け止めることができない、だから反応が返ってこない、そんな顔。

 女の子が石膏の様に固まっているその内に、女の子が正気に戻って逃げちゃわないその内に――。

「あそぼうよ!」

 僕はたじろいでいる女の子の手を引いて、公園中心部の遊具に連れてゆく。




 なすがままという女の子と一緒に滑り台に昇って、二人で降りる。昇って滑って。昇って滑って。何度も何度も繰り返す。

 それから女の子を連れて砂場に入り、山を作り始める。手で砂をすくって、女の子を促しながら一緒に盛ってゆく。大きな山になるまで、時間をかけて頑張って高くして……。形を整えて出来上がり。

 ふぅと息を吐いて額の汗をぬぐう。目の前の砂山を満足気に見つめたのち、一緒に頑張った女の子に目を向ける。ちょうど視線が合って、砂だらけのその女の子に、手を差し出す。

「ぼくは、ゆうや。たかつきゆうや」

 もう一度、自己紹介をする。と、昨日までは尖ったナイフの様な警戒を突き付けてきたその子が、僕の手をとった。

「明莉。山名明莉」

 女の子が、初めて名前を教えてくれた。

 昨日も言った通り、ボサボサの頭で着ている服もみすぼらしくて今は砂だらけなんだけど、でも顔立ちは本当に綺麗で……。瞳は輝いていて、クラスとかには絶対にいない様な女の子で……。

「どうしたの? 顔が赤いわ。疲れたの?」
「い、いや。なんでもないんだ」

 言葉が上ずって、どうにもごかまし切れない。

「すまほ、もってる?」
「持ってるわ。お金はきつかったんだけど、どうしても必要だから」

 聞いてみると、明莉はこのニュータウンからちょっと外れたアパートに住んでいるってわかった。僕の家から歩いて二十分ほどの場所で、嬉しくなってしまった。

 年齢は僕と同じ七歳で、なぜ学校に行ってないのかは不思議なんだけど、きっと何か訳があるんだと思うから、そこのところにはむやみには突っ込まない。

 こうして、僕と明莉は、チャットアプリの交換をして友達になったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

俺はどうしても主人公になれない

もぐのすけ
青春
高校に入学して『天文部』という何ともパッとしない部活に誘われた俺は、友人の桐生と一緒に入ることに。 そこに同じく入部したのは学校の2大アイドルの天条さんと海野さん。 まさかの展開に俺の気持ちは有頂天になるが、そこでの主人公は桐生であり、俺は彼の引き立て役にしか過ぎなかった。 ゲームやアニメでよくある、主人公の友人ポジションがどういう存在なのかを身をもって体験することになった俺の物語。 最終的に俺はハッピーエンドになれるんだろうか? 序盤はちょっと重めです。 後日談から後は9割バカな話になります。 コメディーです。

何故か超絶美少女に嫌われる日常

やまたけ
青春
K市内一と言われる超絶美少女の高校三年生柊美久。そして同じ高校三年生の武智悠斗は、何故か彼女に絡まれ疎まれる。何をしたのか覚えがないが、とにかく何かと文句を言われる毎日。だが、それでも彼女に歯向かえない事情があるようで……。疋田美里という、主人公がバイト先で知り合った可愛い女子高生。彼女の存在がより一層、この物語を複雑化させていくようで。 しょっぱなヒロインから嫌われるという、ちょっとひねくれた恋愛小説。

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

青色のOverture

東雲 うさ子
青春
忘れられない始まり  ある夏の暑い日。図書館の一角で涼んでいると見知らぬ女子生徒に叱られた。それが俺の物語の始まりだった。  まだその時は僕より後ろに沢山の人がいた。でも走り始めた人が何人かいるから、歩いていた僕をまたひとりまたひとりと追い抜いていく。特にそれに恐怖はなかった。特にそれに不安はなかった。  そのくらいでは、まったく走ろうという気にはならなかった。変な話だ。  たぶん、そう思っていられたのは何も知らなかったからかも知れない。追い抜いて行ったのが誰だったのか。気に留めなかったからかも知れない。  このままずっと歩いていたら置いてけぼりにされるだろう。僕は別にそれでも構わなかった。  寂しいって言葉がある。この思いは不思議なことに一人でいるときにはあまり感じないんだ。周りに人がいるときにこそ感じる。賑やかさを目の当たりにして、反対に自分は一人だと気づいて初めてそう思うんだ。  たとえば、誰もいない世界に生まれた人間は寂しいと思わないだろう。僕はそんな世界にいる人間より賑やかな状況を知っているから、その人間を寂しいと思ってしまうだけだ。でもその人間にとっては逆に自分の周りこそが賑やかでそれ以外は寂しい場所。  そんな状況だから、その人間は世界で一番の幸せ者と言えるんだ。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

Cutie Skip ★

月琴そう🌱*
青春
少年期の友情が破綻してしまった小学生も最後の年。瑞月と恵風はそれぞれに原因を察しながら、自分たちの元を離れた結日を呼び戻すことをしなかった。それまでの男、男、女の三人から男女一対一となり、思春期の繊細な障害を乗り越えて、ふたりは腹心の友という間柄になる。それは一方的に離れて行った結日を、再び振り向かせるほどだった。 自分が置き去りにした後悔を掘り起こし、結日は瑞月とよりを戻そうと企むが、想いが強いあまりそれは少し怪しげな方向へ。 高校生になり、瑞月は恵風に友情とは別の想いを打ち明けるが、それに対して慎重な恵風。学校生活での様々な出会いや出来事が、煮え切らない恵風の気付きとなり瑞月の想いが実る。 学校では瑞月と恵風の微笑ましい関係に嫉妬を膨らます、瑞月のクラスメイトの虹生と旺汰。虹生と旺汰は結日の想いを知り、”自分たちのやり方”で協力を図る。 どんな荒波が自分にぶち当たろうとも、瑞月はへこたれやしない。恵風のそばを離れない。離れてはいけないのだ。なぜなら恵風は人間以外をも恋に落とす強力なフェロモンの持ち主であると、自身が身を持って気付いてしまったからである。恵風の幸せ、そして自分のためにもその引力には誰も巻き込んではいけない。 一方、恵風の片割れである結日にも、得体の知れないものが備わっているようだ。瑞月との友情を二度と手放そうとしないその執念は、周りが翻弄するほどだ。一度は手放したがそれは幼い頃から育てもの。自分たちの友情を将来の義兄弟関係と位置付け遠慮を知らない。 こどもの頃の風景を練り込んだ、幼なじみの男女、同性の友情と恋愛の風景。 表紙:むにさん

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

処理中です...