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第13話 優也の記憶 その2
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その女の子と出逢ったのは、近所の小さな公園だった。
僕がまだ小学校二年生のとき、学校が午前中に終わった帰り道、ブランコに座っているその子を見かけたのだ。
公園内にはその女の子一人。ボサボサ頭でやけに質素、貧相といってもいいくらいの服も目に付いたんだけど、ブランコに乗っている様が落ち込んでいるというか、ただ座って下を向いているだけだったのが……気になったのだ。
僕は歩道から公園内に入って、その子に近づいて話しかけた。
「あの……ごめん。がっこうは?」
うつむいていたその子は、僕を見上げて少し驚いたという顔をしたのち、顔をまた下に向けて小さくつぶやいた。
「行ってない」
「えーと……。ごめんね、ふとうこうっての?」
「違う。行けないの。私はそういうの、駄目なの」
女の子の言葉が解らなかった。
その時の僕はまだ小学校二年生。だからまだ世の中のことは何も知らなくて。だから僕と同じくらいの年齢に見える女の子が平日の午前中から公園に一人でいるという普通はありえない事象を、深刻には受け取ることができなかったのだ。
「ごめん。よくわからない」
僕は、沈んでいる様子のその女の子になんといえばいいのかわからなくて、謝ることしか出来ない。
そのまま二人の間に沈黙が落ちる。無言で、その女の子とその場に佇む。
僕とは無関係の、どこの誰ともしれない女の子。公園に捨てられた子猫の様な女の子。さすがに本当に捨てられたとは思わなかったけど、その子のことが気になって声をかけたのに、勝手に去ってゆくのはあまりにも我が儘な気がして……。
ブランコに座って下を向いているだけの女の子の側で十分以上立っていただろうか。するといきなり女の子が立ち上がって、言葉を残して去ってゆく。
「私のことは放っておいて」
それが僕と山名明莉の、不思議な縁の始まりだった。
翌日。
僕は午前中で学校を抜け出してきてしまった。国道脇から住宅地区に入り、公園にまで、はやる足でやってくる。すると、昨日と同じブランコに、昨日と同じ服の女の子が座っているのが見えて……。よかったと、安堵と喜びが心に広がるのを止められない。何故だかわからないんだけど、あの子のことが気になって、どうしようもなくなって学校をさぼってきてしまったのだ。
入り口から公園に入り、近づいて柔らかく声をかける。
「あの……。こんにちは」
昨日と同じように下を見ていた女の子が、僕を見た。そして昨日と同じように、その子の顔に少しだけ驚きが見えた。なんで……? という表情。そののち、僕をにらみつけてきた。
「どうして? 私のことは放っておいてって言ったでしょ」
女の子の目が鋭い。敵に狙われている小さな野生動物を思わせた。警戒していないと、囚われて食べられてしまう子猫とか子ネズミとか、そんな感じの弱い生き物。
「ええと……」
なんて言おうかと、正直、困った。困って、素直に思ったことを伝えるのが一番いいと思って話し出した。
「きになって……。きのうベッドに入ってからもねむれないで……。どうしようもなくなって、きちゃった。なぜかは僕にもわからない」
女の子の警戒の顔に、再び驚きが浮かんだ。その後、また僕をにらみつけてくる。
「うそ。誰か大人に頼まれたんでしょ」
「え……?」
「私のこと、どうにかしようって人に」
「え?」
僕は女の子が言ったことがわからなくて、反応を止めてただただ女の子を見つめる。女の子の顔に、怪訝だという表情が浮かんだ。
「違うの?」
「え? なにが?」
「後ろに大人がいるんでしょ?」
「おとな……って、僕のお父さんとかお母さん……のこと?」
女の子が、黙ってじっと僕の瞳をのぞいてくる。奥の奥までのぞいてのぞき込んで、それから、ぽつりとつぶやいた。
「ごめんなさい。勘違い……だった」
言ってから、立ち上がる。
「でももう私には関わらないで。その方がいいから」
昨日と同じように僕から離れようと歩き出す。僕は、気づいたら声を出していた。
「まって!」
女の子が振り向く。僕は、その勢いのまま続ける。ここで別れたら、もう二度と会えないとわかっていたから。
「ともだちになりたいんだ! 僕はたかつきゆうや。さいうんしょうがっこう、にねんいちくみ。家はここからごふんほどのばしょにあって、うまれた時からずっとこの街で暮らしてる」
女の子の表情が止まった。僕の言葉がわからない、理解できない、受け止めることができない、だから反応が返ってこない、そんな顔。
女の子が石膏の様に固まっているその内に、女の子が正気に戻って逃げちゃわないその内に――。
「あそぼうよ!」
僕はたじろいでいる女の子の手を引いて、公園中心部の遊具に連れてゆく。
なすがままという女の子と一緒に滑り台に昇って、二人で降りる。昇って滑って。昇って滑って。何度も何度も繰り返す。
それから女の子を連れて砂場に入り、山を作り始める。手で砂をすくって、女の子を促しながら一緒に盛ってゆく。大きな山になるまで、時間をかけて頑張って高くして……。形を整えて出来上がり。
ふぅと息を吐いて額の汗をぬぐう。目の前の砂山を満足気に見つめたのち、一緒に頑張った女の子に目を向ける。ちょうど視線が合って、砂だらけのその女の子に、手を差し出す。
「ぼくは、ゆうや。たかつきゆうや」
もう一度、自己紹介をする。と、昨日までは尖ったナイフの様な警戒を突き付けてきたその子が、僕の手をとった。
「明莉。山名明莉」
女の子が、初めて名前を教えてくれた。
昨日も言った通り、ボサボサの頭で着ている服もみすぼらしくて今は砂だらけなんだけど、でも顔立ちは本当に綺麗で……。瞳は輝いていて、クラスとかには絶対にいない様な女の子で……。
「どうしたの? 顔が赤いわ。疲れたの?」
「い、いや。なんでもないんだ」
言葉が上ずって、どうにもごかまし切れない。
「すまほ、もってる?」
「持ってるわ。お金はきつかったんだけど、どうしても必要だから」
聞いてみると、明莉はこのニュータウンからちょっと外れたアパートに住んでいるってわかった。僕の家から歩いて二十分ほどの場所で、嬉しくなってしまった。
年齢は僕と同じ七歳で、なぜ学校に行ってないのかは不思議なんだけど、きっと何か訳があるんだと思うから、そこのところにはむやみには突っ込まない。
こうして、僕と明莉は、チャットアプリの交換をして友達になったのだった。
僕がまだ小学校二年生のとき、学校が午前中に終わった帰り道、ブランコに座っているその子を見かけたのだ。
公園内にはその女の子一人。ボサボサ頭でやけに質素、貧相といってもいいくらいの服も目に付いたんだけど、ブランコに乗っている様が落ち込んでいるというか、ただ座って下を向いているだけだったのが……気になったのだ。
僕は歩道から公園内に入って、その子に近づいて話しかけた。
「あの……ごめん。がっこうは?」
うつむいていたその子は、僕を見上げて少し驚いたという顔をしたのち、顔をまた下に向けて小さくつぶやいた。
「行ってない」
「えーと……。ごめんね、ふとうこうっての?」
「違う。行けないの。私はそういうの、駄目なの」
女の子の言葉が解らなかった。
その時の僕はまだ小学校二年生。だからまだ世の中のことは何も知らなくて。だから僕と同じくらいの年齢に見える女の子が平日の午前中から公園に一人でいるという普通はありえない事象を、深刻には受け取ることができなかったのだ。
「ごめん。よくわからない」
僕は、沈んでいる様子のその女の子になんといえばいいのかわからなくて、謝ることしか出来ない。
そのまま二人の間に沈黙が落ちる。無言で、その女の子とその場に佇む。
僕とは無関係の、どこの誰ともしれない女の子。公園に捨てられた子猫の様な女の子。さすがに本当に捨てられたとは思わなかったけど、その子のことが気になって声をかけたのに、勝手に去ってゆくのはあまりにも我が儘な気がして……。
ブランコに座って下を向いているだけの女の子の側で十分以上立っていただろうか。するといきなり女の子が立ち上がって、言葉を残して去ってゆく。
「私のことは放っておいて」
それが僕と山名明莉の、不思議な縁の始まりだった。
翌日。
僕は午前中で学校を抜け出してきてしまった。国道脇から住宅地区に入り、公園にまで、はやる足でやってくる。すると、昨日と同じブランコに、昨日と同じ服の女の子が座っているのが見えて……。よかったと、安堵と喜びが心に広がるのを止められない。何故だかわからないんだけど、あの子のことが気になって、どうしようもなくなって学校をさぼってきてしまったのだ。
入り口から公園に入り、近づいて柔らかく声をかける。
「あの……。こんにちは」
昨日と同じように下を見ていた女の子が、僕を見た。そして昨日と同じように、その子の顔に少しだけ驚きが見えた。なんで……? という表情。そののち、僕をにらみつけてきた。
「どうして? 私のことは放っておいてって言ったでしょ」
女の子の目が鋭い。敵に狙われている小さな野生動物を思わせた。警戒していないと、囚われて食べられてしまう子猫とか子ネズミとか、そんな感じの弱い生き物。
「ええと……」
なんて言おうかと、正直、困った。困って、素直に思ったことを伝えるのが一番いいと思って話し出した。
「きになって……。きのうベッドに入ってからもねむれないで……。どうしようもなくなって、きちゃった。なぜかは僕にもわからない」
女の子の警戒の顔に、再び驚きが浮かんだ。その後、また僕をにらみつけてくる。
「うそ。誰か大人に頼まれたんでしょ」
「え……?」
「私のこと、どうにかしようって人に」
「え?」
僕は女の子が言ったことがわからなくて、反応を止めてただただ女の子を見つめる。女の子の顔に、怪訝だという表情が浮かんだ。
「違うの?」
「え? なにが?」
「後ろに大人がいるんでしょ?」
「おとな……って、僕のお父さんとかお母さん……のこと?」
女の子が、黙ってじっと僕の瞳をのぞいてくる。奥の奥までのぞいてのぞき込んで、それから、ぽつりとつぶやいた。
「ごめんなさい。勘違い……だった」
言ってから、立ち上がる。
「でももう私には関わらないで。その方がいいから」
昨日と同じように僕から離れようと歩き出す。僕は、気づいたら声を出していた。
「まって!」
女の子が振り向く。僕は、その勢いのまま続ける。ここで別れたら、もう二度と会えないとわかっていたから。
「ともだちになりたいんだ! 僕はたかつきゆうや。さいうんしょうがっこう、にねんいちくみ。家はここからごふんほどのばしょにあって、うまれた時からずっとこの街で暮らしてる」
女の子の表情が止まった。僕の言葉がわからない、理解できない、受け止めることができない、だから反応が返ってこない、そんな顔。
女の子が石膏の様に固まっているその内に、女の子が正気に戻って逃げちゃわないその内に――。
「あそぼうよ!」
僕はたじろいでいる女の子の手を引いて、公園中心部の遊具に連れてゆく。
なすがままという女の子と一緒に滑り台に昇って、二人で降りる。昇って滑って。昇って滑って。何度も何度も繰り返す。
それから女の子を連れて砂場に入り、山を作り始める。手で砂をすくって、女の子を促しながら一緒に盛ってゆく。大きな山になるまで、時間をかけて頑張って高くして……。形を整えて出来上がり。
ふぅと息を吐いて額の汗をぬぐう。目の前の砂山を満足気に見つめたのち、一緒に頑張った女の子に目を向ける。ちょうど視線が合って、砂だらけのその女の子に、手を差し出す。
「ぼくは、ゆうや。たかつきゆうや」
もう一度、自己紹介をする。と、昨日までは尖ったナイフの様な警戒を突き付けてきたその子が、僕の手をとった。
「明莉。山名明莉」
女の子が、初めて名前を教えてくれた。
昨日も言った通り、ボサボサの頭で着ている服もみすぼらしくて今は砂だらけなんだけど、でも顔立ちは本当に綺麗で……。瞳は輝いていて、クラスとかには絶対にいない様な女の子で……。
「どうしたの? 顔が赤いわ。疲れたの?」
「い、いや。なんでもないんだ」
言葉が上ずって、どうにもごかまし切れない。
「すまほ、もってる?」
「持ってるわ。お金はきつかったんだけど、どうしても必要だから」
聞いてみると、明莉はこのニュータウンからちょっと外れたアパートに住んでいるってわかった。僕の家から歩いて二十分ほどの場所で、嬉しくなってしまった。
年齢は僕と同じ七歳で、なぜ学校に行ってないのかは不思議なんだけど、きっと何か訳があるんだと思うから、そこのところにはむやみには突っ込まない。
こうして、僕と明莉は、チャットアプリの交換をして友達になったのだった。
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