上 下
233 / 242

210 侵攻

しおりを挟む
 ノアから与えられた予想外のご褒美に、俺も妻もぽかんとしたまま固まっていた。
 二つの世界を行き来できる力。
 そんなもの、喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
 しかしそんな人知を超える力が手に入るなんて、ありえないと思っていた。

 だから、覚悟を決めるのに苦労したのだ。
 愛する娘と金輪際会えない、そんな胸を引き裂かれるような覚悟を。
 でも、諦めなくていいとノアが言う。
 元の世界へ戻っても、娘に会えると。

 鍵は2つ。
 俺と妻がひとつ、娘がひとつ持つことで、互いに望んだタイミングで世界を行き来できるというのは、なんてありがたいのだろう。
 困ったことがあればいつでもおいで、そう娘に言ってやれることがどれだけ嬉しいことか。

 黙りこくったままの俺たちを、ノアが仕方なさそうな顔で優しく抱きしめた。
 小さい腕なのに、なんて包容力だろう。
 視界は涙でひどく歪んでいて、きっと俺は情けない顔をしているんだと思う。
 それでも嬉しくて、ただ嬉しくて、俺も妻も子どものように泣いた。

 2人とも本当に泣き虫だね、というノアの声がくすぐったい。
 俺は心底、ノアを信じてついてきてよかったと思わずにはいられなかった。







 この世界に来て、何度号泣したことか。
 年甲斐もなく醜態を晒したことを恥ずかしく思いながらも、俺は涙のあとをゴシゴシと拭った。

 そして妻と顔を見合わせて微笑み合う。
 娘にも鍵の話を早く伝えてやりたいが、向こうの話はどうなったのだろう?

 ドアを小さく開けて、居間の様子を窺う。
 娘と魔王はまだ話の最中だと思っていたが、すでに終わったのか揃ってアリーと何やら話し込んでいた。

 俺の視線に気づいた娘が、こちらを向いてぎょっとした顔をする。
 そしてすぐに駆け寄ってきた。


「パパ、大丈夫?!あいつにいじめられたの?」


 泣き腫らした顔を見て心配してくれたのだろう。
 神をあいつ呼ばわりしてもいいのか悩むところだが、被害者という立場からすると仕方ないのかもしれない。


「大丈夫。これはちょっと……別件で」

「別件?」

「あとで話すよ。……ところで、何かあったのか?」


 暗い顔をしている魔王とアリーに視線を移し、問いかける。
 談笑しているのかと思ったが、どうにも重苦しい雰囲気だ。
 ただ事ではないだろう。

 娘が顔を曇らせて「実は……」と事情を説明してくれた。

 何でも火急の伝令が届いたそうだ。
 内容は「勇者の侵攻」だという。


「勇者……ってこの世界の人間だよな?」

「そう。勇者パーティーが国の有力騎士を何人か引き連れて、魔王領に進軍してきたの。軍と言っても少数精鋭で、数は10から20程度だろうって」

「それなら、そこまで脅威にはならないんじゃないのか?」


 以前ノアに聞いた話を思い返す。
 確か勇者パーティーはそれなりに強く、下級魔族にとっては脅威的な存在だ。
 加えて最近聖剣も手にして、より力を増しているという。

 しかし力を増したからと言って、魔王軍からすると大したことはないはずだ。
 魔王はおろか、その側近にも手が出ないという話だった。


「たしかに、勇者の力自体はそこまで強くない。でも、隠密の魔法を使っているのか所在がまったく掴めなくて、気づかぬうちに攻撃を受ける者が続出しているみたい」

「……被害状況は?」

「ほとんどは軽症。かすり傷程度ね。でも子どもやお年寄りを中心に、重症者も出てる。死者はまだ出ていないけど、このままだと時間の問題かも」


 すでに高位魔族が対応に向かっているそうだが、隠密の効果が予想外に高く、勇者捜索は難航しているらしい。
 周辺地域では、被害拡大を防ぐため、力の弱いものは結界を張った建物の中に避難させているという。
 しかし姿を見せない勇者に、結界を突破する手段がないとは言い切れない。
 そのため、早急な解決に向けて話し合いをしていたのだそうだ。


「方針は決まったのか?」

「アークが出るって」

「魔王自ら?!」

「うん……。向こうの魔法レベルがわからないから、絶対見抜けるであろう自分が行くって聞かなくて」


 妻によく似た困り顔で、娘が言う。
 なんともフットワークの軽い魔王だと感心してしまった。
 一国の主が早々城を開けていいものなのかとも思ったが、魔族の国では考え方が違うのか、アリーもとくに止める素振りは見せていない。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは

竹井ゴールド
ライト文芸
 日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。  その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。  青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。  その後がよろしくない。  青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。  妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。  長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。  次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。  三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。  四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。  この5人とも青夜は家族となり、  ・・・何これ? 少し想定外なんだけど。  【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】 【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】 【2023/6/5、お気に入り数2130突破】 【アルファポリスのみの投稿です】 【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】 【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】 【未完】

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

晴明、異世界に転生する!

るう
ファンタジー
 穢れを祓うことができる一族として、帝国に認められているロルシー家。獣人や人妖を蔑視する人間界にあって、唯一爵位を賜った人妖一族だ。前世で最強人生を送ってきた安倍晴明は、このロルシー家、末の息子として生を受ける。成人の証である妖への転変もできず、未熟者の証明である灰色の髪のままの少年、それが安倍晴明の転生した姿だった。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

とある辺境伯家の長男 ~剣と魔法の異世界に転生した努力したことがない男の奮闘記 「ちょっ、うちの家族が優秀すぎるんだが」~

海堂金太郎
ファンタジー
現代社会日本にとある男がいた。 その男は優秀ではあったものの向上心がなく、刺激を求めていた。 そんな時、人生最初にして最大の刺激が訪れる。 居眠り暴走トラックという名の刺激が……。 意識を取り戻した男は自分がとある辺境伯の長男アルテュールとして生を受けていることに気が付く。 俗に言う異世界転生である。 何不自由ない生活の中、アルテュールは思った。 「あれ?俺の家族優秀すぎじゃね……?」と……。 ―――地球とは異なる世界の超大陸テラに存在する国の一つ、アルトアイゼン王国。 その最前線、ヴァンティエール辺境伯家に生まれたアルテュールは前世にしなかった努力をして異世界を逞しく生きてゆく――

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...