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196 侵入者

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 それから数日はまた、何事もなく過ぎた。


 俺の痣は消えないままだったが、とくに問題はなかった。
 体調に異変もないし、時折悪夢を見るくらいだ。
 その悪夢も、ノアがすぐに助け出してくれるのでさほど苦痛ではなかった。

 ノアにとっても、あまり呪いの効果が出ていないことが不思議だったようで、毎日健康チェックをされた。
 しかしノアから見ても、問題は見当たらないらしい。
 ただ時間をおいて強い効果が出る類のものかもしれないからと、警戒を怠らないようにくぎを刺された。


 そしてもう一点、ノアが顔をしかめて指摘してくることがある。
 酒の量だ。

 確かに自覚はあった。
 確かにこの数日、飲酒量は増加している。
 しかし父は複雑な心境なのだ。
 飲まずにはやっていられない気持ちもわかってほしい。

 
 妻には、魔王と話をした翌日、娘から離れて軽く話をしておいた。
 妻は何か言いたげな表情をしていたが、ただ「わかった」と答えるだけだった。
 気になることがあるのなら教えてほしいと頼むと、妻は「確証のない話だから」と首を横に振った。
 時が来れば話すから待っていてほしいと真面目な顔で言われれば、頷かざるをえない。

 しかし時を待ったことにより、何か取り返しのつかない事態に発展するのではないかという不安に襲われる。
 妻に確認すると「何をもって手遅れというかだけど、これ以上悪いことにはならないと思う」と言葉を濁されてしまった。
 ひとまず事態が悪化しそうな予兆があれば即刻相談してもらうことで話がついた。


 魔王はあの日以降も、毎日一度は隠し部屋を訪れた。
 しかし二言三言会話しただけですぐに行ってしまう。
 魔王の出て行った扉を見て、寂しそうな顔をする娘を見ているといたたまれない気持ちになる。

 加えて、娘の調子はまだ戻っていないようだった。
 寝る時間が早まったと思っていたら、次は昼寝までし始めた。
 とにかく眠くてたまらないらしい。
 それ以外はとくに問題なく、食事もしっかりとれているし、顔色も悪くない。

 娘は視察やら謁見やらで、ここ最近忙しく過ごしていたらしい。
 その疲れがなかなか抜けないのだろうと妻はいうが、それでも娘が心配でならなかった。


 ロズが戻ってきたのは、そんなときだった。
 おやつを食べながら談笑していると、ふいにロズが現れて、俺は思わずお茶を吹き出してしまった。
 咳込む俺の背中をさすりながら、ロズが申し訳なさそうな顔をしている。
 俺は「ごめん」と謝りつつも、ロズの姿を視認できない娘の護衛騎士と侍女、そしてアリーに状況を軽く説明した。

 アリーはすぐに魔王のもとへ行き、ロズが戻ったことを知らせてくれた。
 しかし今日は運悪く、賓客が来城しているらしく、晩餐を終えるまで席を外すことは難しいらしい。
 ロズは何かノアに報告していたが、詳しくは魔王が来てからゆっくり話そうといわれ、詳細を聞くことはかなわなかった。

 そんなロズの手には、白く輝く一輪の花。


「それは?」


 問いかけると『とってもいいものだよ』とロズが笑った。
 どういいものなのかは、夜になってからのお楽しみらしい。



 


 夜になっても、なかなか魔王はやってこなかった。
 アリーに賓客の名前を聞いた娘が「あそこのおじ様はおしゃべり好きだから」と呆れた顔をする。
 娘も何度か会ったことがあるそうだが、酔うと話が堂々巡りするタイプらしい。
 異世界にも酒癖の悪いやつはいるものなのかと苦笑する。
 元の世界の会社の上司にも似たタイプがいるので、魔王の苦労を察して軽く同情した。

 そうして話していると、扉の外から小さな物音が聞こえた。
 魔王が来たのだろう。
 アリーが扉を開けようとしたそのとき『待て!』とサミューが叫んだ。
 しかし、アリーにはサミューの声は聞こえない。
 慌ててノアが「開けちゃだめ!」と声をあげたときには、すでに扉は開かれていた。
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