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184 親子の時間

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 戻ってきた侍女にお茶や軽食を用意してもらってから、俺たちはたくさん話をした。

 娘がこの世界でどれだけ頑張ってきたか。
 つらかったこと、楽しかったこと、苦しかったこと、うれしかったこと。
 そして、俺たちがこれまでめぐってきた数々の世界のこと。


「私以外にも、異世界転移した人ってたくさんいるんだね……」

「そうだな。……一番に、柚乃のところに行けなくてごめんな」

「ううん。仕方なかったんだって、わかってるから。それより……そんなにいくつもの世界を巡ってまで、追いかけてきてくれてありがとう」


 涙ぐみながらいう娘の頭を、そっと撫でる。


「当たり前だろ。親なんだから」


 俺がそう言うと、隣で妻もにっこりと笑った。
 娘はそんな俺たちを見て、心の底からうれしそうにうなずいた。

 家族水入らずでゆっくり話したいだろうからと、魔王やノアたちは席を外してくれた。
 ただ念のため、部屋の外には護衛としてロズとサミュー、そして先ほど娘に変装していた女性騎士が控えている。


 娘の容姿の変化には、思いのほか違和感がなかった。
 確かに印象はがらりと変わって見えるが、仕草や話し方はまったく変わっていない。
 ちょっと大胆なイメチェンをしたんだな、という程度だ。


「ところで、なんで変装してたんだ?魔王が嘘をついたのかと思ったじゃないか」

「だって」


 俺の問いかけに、娘は口をとがらせる。


「絶対偽物だと思ったんだもん。魔法で記憶を探るかなにかして、パパとママになりすましてる悪い奴がくるんだって。だから替え玉作戦に引っかかったら、思いっきり責め立ててやろうと思ってたの。でも……」

「でも?」

「二人とも、昔アルバムで見た若いときそのものだったし、何より怒ってるときの話し方が本人そのものだったからびっくりしちゃって」

「話し方?そんな特徴あるか?」

「……何年娘やってると思ってるの?私がパパとママを間違うわけないじゃない」


 きっぱりと言い切る娘は、なんとも頼もしい。
 妻がくすくすとうれしそうに笑っている。


「そういえば二人とも、その目どうなってんの?カラコン?すごいかわいい」

「ああ、ノアが用意してくれてな。そのままの目だと、すぐに人間だってバレるからって」

「そっか……今、ちょっと情勢がよくないから……」


 そうつぶやいた娘の表情は大人びていて、なんだか切なくなった。 
 ぐっと拳を握りしめ、娘をじっと見据える。


「……パパ……?ママ……?」


 不思議そうな顔で、娘が俺と妻を見る。
 ちらりと妻を見ると、妻も真面目な顔で娘を見つめていた。


「見知らぬ世界に一人連れ去られて、今まで本当につらかったな」

「……うん。でも、支えてくれる人もたくさんいたから」

「ああ。ちゃんとお礼を言わないとな」

「……うん」

「なあ、柚乃」


 娘はその後に続く言葉を察しているのかいないのか、緊張した面持ちで俺たちを見ていた。
 俺はゆっくりと、でも力強く娘に語り掛ける。


「お前はまだ子どもだし、守られるべき存在だ。それなのに、今までよく頑張ってきた……。俺たちといっしょに、元の世界に帰ろう。おばあちゃんも、お前の帰りをずっと待っている」


 俺の言葉に、娘は目に涙をためたまま黙っていた。
 そしてしばらくの間のあと、娘が口を開こうとしたその瞬間、急に冷たい空気が首筋を通り過ぎて行った。

 驚いて風の吹いてきた方角を見ると、小さな窓があった。
 窓の外は暗いはずなのに、不気味な赤い光を放っている。
 とっさに妻と娘を背にかばい、部屋の外のサミューとロズを呼ぶ。


 窓枠がガタガタと揺れ、今にも窓が外れてしまいそうだった。
 サミューとロズからの返事はなく、俺は二人を呼び続ける。
 そのとき、娘が小さく悲鳴を上げた。
 激しく揺れてゆがんだ窓枠の隙間から、細長い蛇のようなものがうごめきながら部屋に入ろうとしている。

 その何者かの先端が、口の形に変化した。
 妻と娘が俺の背中で震えている。
 俺も、自分が冷や汗をびっしょりかいていることに気付いていた。


『そんなかってはゆるされない』


 そう発せられた声は、いつかの悪夢で聞いた神の声にほかならなかった。
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