上 下
206 / 208

183 嗚咽と抱擁

しおりを挟む
 室内には、騎士のような格好をした女性が背筋を伸ばして立っていた。
 その奥の椅子には、ドレスに身を包んだ女性が腰かけている。

 女性は立ち上がり、騎士の後ろからその顔をのぞかせた。
 白銀の髪に、金色の瞳がこちらをじっと見つめている。
 それを見て、俺は怒りに身を震わせ、魔王を睨みつけた。


「娘に会わせてくれるのでは?」


 非難めいた俺の口調に、魔王はため息を返す。
 騙されたのかと激高しそうになった瞬間、カシャン!と金属のぶつかる音がした。

 思わず音のしたほうを見ると、騎士服の女性が深くかぶっていた兜を落としたようだった。
 女性は慌ててしゃがみ込み、兜を拾ったまま固まってしまった。
 かわいらしい桃色の髪に隠れて、その表情は見えない。

 どうしたのかと戸惑う俺の腕を、妻がぐいっと引っ張った。
 俺はよろけながらもなんとかバランスを取り、妻に視線を向ける。
 妻は女騎士を見つめたまま、口を開けて震えていた。

 妻のその表情だけで、俺はようやく状況を理解することができた。


 妻とともに、その場にしゃがみこんだままの女騎士にゆっくりと近づき、同じようにその場に屈んだ。
 桃色の髪の下に、白銀の髪がのぞいている。
 女騎士は、恐る恐るといった様子で、ゆっくりと顔をあげて俺たちをみた。
 黄金の瞳がみるみる見開かれ、大粒の雫が次から次へとあふれている。


「ぱぱ……まま……」


 震える声で話すから、幼い子どものような拙い喋り方に聞こえる。
 なんだか娘がうんと小さかった頃が思い出されて、悲しくないのに涙が零れた。

 声を出すと余計に泣いてしまいそうで、俺は黙ったまま、娘と妻をまとめて抱きしめる。
 震える娘の右手が、俺の背中に触れた。
 左手はきっと、妻の背に回されているのだろう。

 しゃっくりをあげながら泣きじゃくる娘は小さな子どものようで、なんとも頼りない。
 なんで変装なんてしていたのか聞きたかったし、今までよく頑張ったと褒めてやりたかったのに、嗚咽にかき消されてどうにも声にならなかった。







 ひとしきり親子で泣いたころ、ぐうっと誰かの腹の虫が鳴いた。
 俯いて頬を赤くしているのを見る限り、腹の虫の飼い主は娘らしい。
 なんでも「パパとママの顔見たら、お腹が空いちゃった」らしい。

 そんな娘を微笑ましそうに見つめ、魔王が侍女に軽食の用意を頼む。
 慣れた仕草に父親としての危機感を覚えつつも、再会の喜びに水を差したくなくて黙っておくことにした。


「ひっ!おばけ……!」


 不意に娘が小さな悲鳴をあげる。
 震えながら指差す方向には、サミューが立っている。


「え、あっちにも……!?」


 さらにロズまで見つけたようで、恐怖に顔を引き攣らせている。
 しかし震えながらも俺と妻を背に庇おうとする姿に、娘の成長を感じて切なくなった。
 まだまだ守られるべき子どもなのに、守るべき立場にならざるをえなかったのかもしれない。

 怯えつつも臨戦態勢をとる娘に「大丈夫」だと声を掛ける。
 娘は不安げな顔をしたままだったが、ノアがパチンと指を鳴らすと、驚きに目を丸くした。


「あれ?!おばけが子どもになった……?」


 どうやら娘にも2人の姿を正しく認識できるようにしてくれたらしい。
 あわあわしている娘に、2人は護衛なのだと説明すると、戸惑いつつも安心したように表情を緩めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

処理中です...