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170 強硬手段

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 静かな部屋の中、ドアをこじ開けようとする音だけが響いていた。
 恐ろしさのあまり、妻は震えながらロズの後ろで泣いている。
 声を出さないように、口元を必死に押さえつけながら。 
 俺は音を立てないよう静かに妻に近づき、小刻みに震える肩をそっと抱いた。

 ノアはそんな俺たちの様子をちらりと見て、微笑んでみせる。
 大丈夫だとでもいうように。
 不思議と、普段と変わらないノアの顔を見ると、少しだけ気持ちが落ち着いてきた。


 それから何分、何十分経ったのかはわからない。
 部屋の外の相手は諦めたのか、ようやく音が止んだ。







 しばらく様子を見て室内で待機したあと、ノアが外を見に行ってくれた。
 外には目に見える痕跡は残っていなかったそうだが、わずかに神の力の残滓が見えたそうだ。

 つまり、先程の来訪者はこの世界の神だということになる。


「神というより、悪霊じゃないか……」


 ため息混じりに呟くと、慰めるようにノアが俺の背をポンポンと叩いた。
 妻は我慢して恐怖に耐えたご褒美にもらったお菓子をにこにこと頬張っているが、おそらくまた緊張しているのだろう。
 ずいぶんと顔色が悪い。
 ただ周囲を心配させないよう、平気な顔をしているようだ。

 それをロズもわかっているようで、あえて触れることなく、他愛もない会話に付き合ってくれている。
 このままゆっくり会話をしていれば、そのうち緊張も解けるはずだ。

 サミューが、心配そうな顔で俺を覗き込んでくる。
 どうやら俺も、妻に負けず劣らず顔色が悪いようだ。
 でもそれはホラーに耐性のない俺からすると、仕方ない話だ。


『向こうも焦っているようだな』


 サミューが言って。
 確かに、そうでないとこんな強硬手段にでないだろう。


「神の力をもってしても、ノアの結界は破れないものなんだな」


 俺が感心したように言うと、ノアではなくサミューの方が得意げな顔をして『それはそうだろう』と言い切った。
 しかしすぐにノアが冷たい瞳でサミューのことを見ていることに気づき、サミューは口をきゅっと結んだ。
 どうやらあまり話してはならない内容だったらしい。

 ちらりとノアを見ると、困ったように眉を下げた。
 ノアからしても、伝えたくないのではなく伝えられないのだろう。
 俺は「気にするな」という気持ちを込めて軽く首を振り、それを見たノアは安心したように頷いた。


「神にとって、僕たちが魔王や柚乃ちゃんに会うのはよほど都合が悪いのかもしれないね」


 そうノアが言う。
 確かに、今日は魔王城で面会の受付をしてから5日後。
 つまり、魔王と娘が帰還する日だ。
 そして明後日には、魔王に面会する予定になっている。

 間接的な攻撃が実を結ばないから、直接的な手段を選んだのかもしれない。
 そして今回の失敗を踏まえて、神は今後より過激な行動に出る可能性がある。
 そう考えると、思わず身震いした。


「このままここにいたら、宿の迷惑にならないか?さっきは大丈夫だったけど、いずれドアや壁なんかが破壊されるかもしれない」


 俺が訊ねると、ノアは少し考えてから「魔王城に行ってみようか」と提案する。
 正直、無謀ではないかと思った。
 約束の日はまだ先だし、融通を利かせて先に面談させてくれるようにも思えない。
 そんな俺の考えを見越したように、ノアが言う。


「魔王に会えなくても、狙われていることを話せば保護してくれるかもしれないよ」

「保護って……。ここでも魔王城でも、神にとってはあんまり変わらないんじゃ……」

「だろうね」


 さらりとノアが答え、俺はますます魔王城へ移動する意味がわからなくなった。
 戸惑う俺に、ノアが続ける。


「魔王城で襲撃を受けたら、緊急性があるとみなされて面会を早めてもらえる可能性がある。黙って待っていて、面会を邪魔されても面倒だからね。それに、攻撃は最大の防御っていうでしょ?向こうが防ぎたいであろう魔王との接触を早めるというのは、存外いい手段かもしれないよ」

「確かに……後手に回るよりはいいかもな」


 俺が頷くと、ノアはパン!と手を叩いた。


「じゃあ、決まりだね。善は急げ!荷物はこのまま、とりあえず魔王城まで行ってみようか」


 ノアの言葉に、俺たちは立ち上がった。
 そして俺にサミュー、妻にロズがそれぞれぴったりと背後に張り付く。
 ノアはそっとコトラを抱き上げ、そのまま歩き始めた。

 久しぶりに出た宿の外は、相変わらず活気に溢れている。
 ただこのどこかに神が潜んでいて、俺たちの命を奪う機会を窺っているかもしれないと思うと、気が気ではなかった。
 俺は額を伝う冷や汗を拭って、妻の手を引きながらノアのあとを追う。

 転移魔法陣のある建物までは短い距離のはずなのに、ずいぶんと遠く感じる。
 それでもしばらく歩き続け、見覚えのある建物がようやく見えてきた。
 ほっと安堵したそのとき、妻と繋いでいない方の手を何かが強く引っ張った。
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