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169 義手
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「そういえば、サミューさん」
『サミューでいい。さんはいらない』
「……サミュー。答えたくない質問だったら答えなくていいんだけど、ひとつ気になってたことがあって……」
『ん?なんだ?』
首をかしげるサミューに、俺は意を決して訊ねる。
「その、腕は……腕はもういいのか?」
サミューの右腕は、奈央の転移した世界の神との戦闘で失われてしまった。
あのときサミューは大丈夫だと話していたが、ずっと気になっていたのだ。
サミューは少し目を丸くして、ふっと笑みをこぼした。
『そんな真剣な顔をして、何か苦情でもあるのかと思ったら……ずっとこれを心配してくれてたのか?伊月くんは本当にいい子だな』
「いや、中身はもういいおじさんなんだけど……」
『ふふ、俺たちからしたら幼子と変わらないさ』
そう言ってサミューは、手袋を外して服の袖をたくし上げた。
こうしてずっと衣類で隠れていたから、余計に気になっていたのもある。
サミューの右腕は、もともと失われていなかったようにそこにあった。
俺が驚いていると『よくなじんでいるだろ?』とサミューが言う。
継ぎ目のようなものも何もないが、これは義手なのだそうだ。
『ノア様がさ、珍しい素材なんかを集めるのが好きで、いろんな世界からコツコツ集めて回ってるんだ。その中から、どれでも好きなものを使っていいって言ってくれてね、おかけでいい腕を作ることができたよ』
「それにしても、義手だとは思えないほどの出来だな」
『だろ?外して見せようか?』
「い、いや、それは遠慮しとく」
俺が拒否すると、サミューは声をあげて笑った。
『伊月くんには刺激が強いかな?』
「いや、そうじゃなくて……」
『こういうの見るの、苦手?』
「違う!……その、つけ外ししたら痛いんじゃないかと思ったんだ」
俺の言葉に、サミューは目を細める。
そして『痛くはないから大丈夫だよ』と答えた。
『ただ、まだ作って間もないからたまに違和感があるんだ。少し外したら落ち着くんだけどな』
「え、そうなのか!どうする?今外すか?」
焦る俺の様子を見てサミューがクスクス笑い、からかわれたことに気づいた。
念押しで「本当に少しでもつらくなったら外してくれよ?」と言うと『ありがとう』と頭を撫でられた。
子ども扱いには未だ慣れないが、彼らからすると、俺が小さな子どもを眺めて微笑ましく感じるようなものなのだろうと諦める。
サミューが手を高く上げると、周囲が優しい光に包まれた。
薄れていく視界の中、サミューが穏やかに言った。
『夜はまだ長い。怖いものがきたらすぐに助けにくるから、今はゆっくりおやすみ』
暖かい光の中は心地よく、俺は頷いてゆっくりと意識を手放した。
※
娘のいる世界へきて5日後の夜のこと、コンコンとノックの音が室内に響き渡った。
宿の従業員かと思って出ようとした俺の腕を、サミューが引いた。
驚いて振り向くと、サミューは険しい顔をしていた。
そのうしろでは、ロズが妻を背に庇っている。
「一体どうし……」
疑問を発する俺の口を、そっとノアが塞ぐ。
そして人差し指を自分の鼻先に当て「しーっ」と小声で囁いた。
俺はよくわからないまま従い、そのまま息を潜める。
妻の足元に佇んでいるコトラはただならぬ気配を感じるのか、尻尾を逆立てて警戒態勢に入っていた。
一体扉の先に何がいるというのか。
サミューに促されるまま彼の後ろに隠れ、扉をじっと見つめる。
鳴り続けるノックの音は、次第に大きくなっていき、終いにはドンドンとドアが壊れそうな程の強さになっていた。
相手が宿の従業員でないことは明らかだ。
鍵のかかったドアノブをガチャガチャと乱暴に回したり、爪か何かでドアを引っ掻いたりとやりたい放題だが、外から何の反応もないことを見ると、この音は俺たちにしか聞こえていないのかもしれない。
『サミューでいい。さんはいらない』
「……サミュー。答えたくない質問だったら答えなくていいんだけど、ひとつ気になってたことがあって……」
『ん?なんだ?』
首をかしげるサミューに、俺は意を決して訊ねる。
「その、腕は……腕はもういいのか?」
サミューの右腕は、奈央の転移した世界の神との戦闘で失われてしまった。
あのときサミューは大丈夫だと話していたが、ずっと気になっていたのだ。
サミューは少し目を丸くして、ふっと笑みをこぼした。
『そんな真剣な顔をして、何か苦情でもあるのかと思ったら……ずっとこれを心配してくれてたのか?伊月くんは本当にいい子だな』
「いや、中身はもういいおじさんなんだけど……」
『ふふ、俺たちからしたら幼子と変わらないさ』
そう言ってサミューは、手袋を外して服の袖をたくし上げた。
こうしてずっと衣類で隠れていたから、余計に気になっていたのもある。
サミューの右腕は、もともと失われていなかったようにそこにあった。
俺が驚いていると『よくなじんでいるだろ?』とサミューが言う。
継ぎ目のようなものも何もないが、これは義手なのだそうだ。
『ノア様がさ、珍しい素材なんかを集めるのが好きで、いろんな世界からコツコツ集めて回ってるんだ。その中から、どれでも好きなものを使っていいって言ってくれてね、おかけでいい腕を作ることができたよ』
「それにしても、義手だとは思えないほどの出来だな」
『だろ?外して見せようか?』
「い、いや、それは遠慮しとく」
俺が拒否すると、サミューは声をあげて笑った。
『伊月くんには刺激が強いかな?』
「いや、そうじゃなくて……」
『こういうの見るの、苦手?』
「違う!……その、つけ外ししたら痛いんじゃないかと思ったんだ」
俺の言葉に、サミューは目を細める。
そして『痛くはないから大丈夫だよ』と答えた。
『ただ、まだ作って間もないからたまに違和感があるんだ。少し外したら落ち着くんだけどな』
「え、そうなのか!どうする?今外すか?」
焦る俺の様子を見てサミューがクスクス笑い、からかわれたことに気づいた。
念押しで「本当に少しでもつらくなったら外してくれよ?」と言うと『ありがとう』と頭を撫でられた。
子ども扱いには未だ慣れないが、彼らからすると、俺が小さな子どもを眺めて微笑ましく感じるようなものなのだろうと諦める。
サミューが手を高く上げると、周囲が優しい光に包まれた。
薄れていく視界の中、サミューが穏やかに言った。
『夜はまだ長い。怖いものがきたらすぐに助けにくるから、今はゆっくりおやすみ』
暖かい光の中は心地よく、俺は頷いてゆっくりと意識を手放した。
※
娘のいる世界へきて5日後の夜のこと、コンコンとノックの音が室内に響き渡った。
宿の従業員かと思って出ようとした俺の腕を、サミューが引いた。
驚いて振り向くと、サミューは険しい顔をしていた。
そのうしろでは、ロズが妻を背に庇っている。
「一体どうし……」
疑問を発する俺の口を、そっとノアが塞ぐ。
そして人差し指を自分の鼻先に当て「しーっ」と小声で囁いた。
俺はよくわからないまま従い、そのまま息を潜める。
妻の足元に佇んでいるコトラはただならぬ気配を感じるのか、尻尾を逆立てて警戒態勢に入っていた。
一体扉の先に何がいるというのか。
サミューに促されるまま彼の後ろに隠れ、扉をじっと見つめる。
鳴り続けるノックの音は、次第に大きくなっていき、終いにはドンドンとドアが壊れそうな程の強さになっていた。
相手が宿の従業員でないことは明らかだ。
鍵のかかったドアノブをガチャガチャと乱暴に回したり、爪か何かでドアを引っ掻いたりとやりたい放題だが、外から何の反応もないことを見ると、この音は俺たちにしか聞こえていないのかもしれない。
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