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160 新しい扉

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「じゃあ、そろそろお別れのときだね」


 ノアがそう言って、指をぱちんと鳴らす。
 白い扉が、狭い部屋の壁に現れた。
 俺たちにはもはや見慣れてきた光景だが、初めて目にする蓮や奈央たちは驚きで固まっている。

 ノアがもう一度指を鳴らすと、扉がゆっくりと開いた。
 しかし途中で止まってしまう。
 不思議に思ってノアを見ると、ノアはもう一度指を鳴らした。
 すると扉は一度締まり、次は逆向きに開いた。


「こっちに開こうと思ったけど、ちょっと場所が足りなかったね」


 イタズラっぽく、ノアが笑った。
 確かにこの部屋のスペースでは、扉が途中でつかえてしまうだろう。

 俺たちはみんなで笑いあい、そして蓮と奈央に最後の別れを告げる。
 蓮は名残惜しそうにラウルと斎藤の方を見ていたが、ふたりは笑って手を振っていた。
 そして蓮は意を決したように振り向き、扉の中に足を踏み入れた。
 奈央も俺たちに深々と頭を下げ、蓮のあとに続く。
 二人の姿が光の中に包まれて見えなくなると、扉は締まり、そして消えてしまった。

 何もなくなった壁を見つめて、ラウルがぽつりと「行っちまったな……」と呟いた。
 目からは大粒の涙が零れ落ちている。
 肩を震わせて泣きじゃくるラウルの背をさすりながら、斎藤が「よく我慢したな」と褒めた。

 本当は、ラウルは蓮と別れたくなかったのだろう。
 それでも蓮の気持ちを尊重して、離れがたい気持ちを押し殺していたのだ。
 俺もラウルの頭をポンポンと撫でながら「かっこよかったよ」と言った。

 ラウルは何度も小さく頷きながら、しばらく涙を流し続けた。







 しばらく泣いて落ち着いたであろうラウルは、少し恥ずかしそうにしていた。
 人前で涙を見せることに抵抗のある年なのだろう。
 微笑ましく思いつつ、ちらりとノアの方を見る。

 ノアは小さく頷き、斎藤とラウルに声をかけた。


「僕たちもそろそろ出発するよ。二人とも、元気に頑張るんだよ」


 まるで小さな子どもに言い聞かせているようだ。
 斎藤をこんな風に子ども扱いするのは、ノアくらいなものだろう。
 斎藤は少し照れ臭そうにしながら「ありがとうございます」と返した。
 ラウルもその隣で「ありがとな!」と笑う。

 俺と妻もふたりに別れを告げる。
 二人とも改めて礼を口にして、俺たちに手を差し出した。
 俺たちは笑って、それぞれと握手をする。


「宿のお金は払っておいたからね」


 ノアが言う。
 申し訳ないと斎藤が答えると「いいから、いいから」と笑った。

 ノアが指を鳴らすと、再び白い扉が現れた。
 次は、蓮と奈央の行き先とは違う世界へ続く扉だ。
 すでに慣れつつあるが、やはり次の世界へ足を踏み入れるときは緊張する。


「……イツキ」


 扉を見ていた俺の服の裾を、ラウルが軽く引っ張った。
 俺が視線を向けると、少し恥ずかしそうにしながらラウルが言う。


「その……俺、家族とかそういうの、よくわかんないけど……」

「うん」

「イツキやシオリみたいな親がいるってのは、幸せなことなんじゃないかなって思う」

「……ありがとう」

「イツキの娘もきっと、そう思うよ。早く会えるといいな」

「……ありがとう……!」


 思わず感極まりそうになりながら、ラウルをそっと抱きしめた。
 願わくば、この優しい子がこの先、斎藤とともに幸せな人生を歩んでいけますように。

 妻もそんなラウルの頭をそっと撫でていた。
 その表情はどこか大人びていて、なんだか俺は懐かしく思えた。

 開いた扉に足を踏み入れると、淡い光に包まれる。
 斎藤とラウルを振り返ると、二人は深く頭を下げていた。
 そしてそんな二人の姿は、光の中に隠れて見えなくなった。
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