172 / 266
158 娘の今
しおりを挟む
「それで、話って?」
ちびちびと舐めるように酒を飲みながら、ノアに問いかける。
ノアが少し悲しそうな顔をしているのが、妙に気がかりだった。
「柚乃ちゃんのことなんだけどね」
予想外に娘の名前が出て、俺は思わず目を見開いた。
「ゆ、柚乃に……何かあったのか……?」
自分でも声が震えているのがわかる。
鼓動がドクドクと早まるのを感じながら、俺はじっとノアを見つめた。
「ううん。柚乃ちゃんは元気にしているよ」
「そ、そうか……」
「今の柚乃ちゃんがどうしているのか、何を考えているのか、伊月くんは知りたい?」
もちろん知りたい。
そう即答したかったが、含みのあるノアの言い方がなんだか引っかかる。
俺は悩んだ結果「聞いてもいいことなのか?」と問い返した。
「どうだろう?……知りたいなら教えてあげることはできる。でも、柚乃ちゃんから直接話を聞いた方がいいのかもしれない」
「……それはどういう……?」
ノアもまた、悩んでいるように見えた。
俺に話をするべきか、しない方がいいのか。
ノアが躊躇する何かが娘に起こっているということが、俺には恐ろしく思えて仕方がなかった。
静寂に包まれた室内の空気は重い。
窓の外から見える夜の闇が、俺の不安を表しているようだった。
「聞かなくてもいいんじゃない?」
ベッドから、不意にあっけらかんとした声が聞こえる。
視線を向けると、眠っていたはずの妻が寝ぼけ眼でこちらをぼんやり眺めていた。
「詩織?」
「柚乃ちゃん、元気なんだよね?身体だけじゃなくて、心もちゃんと」
ゴシゴシと目を服の裾でこすりながら、妻が起き上がる。
まだ眠気が強いらしく、半分夢の中にいるような顔だ。
それでもその視線は、しっかりとノアを貫いている。
「元気だよ、心身ともにね」
ノアが確かにそう答えると、妻はふにゃりと気が抜けたように笑う。
その笑顔を見ていると、俺の不安も少し和らいだ気がした。
「ノアくんが悩むってことは、柚乃ちゃんにとって大事なことなんだと思う。だったら人からじゃなくて、本人に聞いたほうがいいんじゃないかな?」
「でも、柚乃にはいつ会えるか……」
「きっともうすぐだよ。じゃなかったら、ノアくんがこんな話するわけないもん」
そう言って微笑む妻が大人びて見えて、もしかして記憶が戻ったのではないかと思った。
でもそのしゃべり方はいまだ幼い。
俺は妻の言葉に同意の気持ちを込めて頷いた。
「そうだな。大事なことは、柚乃からちゃんと聞こう。今は……元気にしていると知れただけで、十分だ」
「……そっか」
俺の言葉に、ノアは安堵したような顔をした。
それを見て、一抹の不安を覚えたが、気づかないふりをした。
再びうとうとし始めた妻を寝かしつけていると、蓮と話を終えた奈央が戻ってきた。
そして机の上のグラスをみて「いいなぁ」と目を輝かせる。
ノアはそんな奈央に「一緒にどうだい?」と小瓶を掲げて見せた。
奈央は建前として遠慮しながらも、すぐにノアの差し出したグラスを受け取った。
酒の香りを楽しむその姿は晴れやかで、蓮と満足のいく会話ができたであろうことが窺える。
そんな奈央に、ノアが問いかけた。
「奈央ちゃん。蓮くんとゆっくり話もできたことだし、そろそろ元の世界へ戻るかい?」
奈央はその言葉に、うっかりグラスを落としそうになったがすんでのところで何とかグラスをつかみなおすことができたようだ。
奈央は少し考えた顔をしてから「早く帰りたい気持ちはやまやまだけど」と前置きしたうえで続ける。
「私のために、みんないろいろ頑張ってくれたんだもん。元の世界に戻るのは、改めてお礼を言ってからにするわ。それに……」
「それに?」
「帰ることに決めたのは、私だけじゃないしね」
得意げに言う奈央に、俺とノアは顔を見合わせて笑った。
ちびちびと舐めるように酒を飲みながら、ノアに問いかける。
ノアが少し悲しそうな顔をしているのが、妙に気がかりだった。
「柚乃ちゃんのことなんだけどね」
予想外に娘の名前が出て、俺は思わず目を見開いた。
「ゆ、柚乃に……何かあったのか……?」
自分でも声が震えているのがわかる。
鼓動がドクドクと早まるのを感じながら、俺はじっとノアを見つめた。
「ううん。柚乃ちゃんは元気にしているよ」
「そ、そうか……」
「今の柚乃ちゃんがどうしているのか、何を考えているのか、伊月くんは知りたい?」
もちろん知りたい。
そう即答したかったが、含みのあるノアの言い方がなんだか引っかかる。
俺は悩んだ結果「聞いてもいいことなのか?」と問い返した。
「どうだろう?……知りたいなら教えてあげることはできる。でも、柚乃ちゃんから直接話を聞いた方がいいのかもしれない」
「……それはどういう……?」
ノアもまた、悩んでいるように見えた。
俺に話をするべきか、しない方がいいのか。
ノアが躊躇する何かが娘に起こっているということが、俺には恐ろしく思えて仕方がなかった。
静寂に包まれた室内の空気は重い。
窓の外から見える夜の闇が、俺の不安を表しているようだった。
「聞かなくてもいいんじゃない?」
ベッドから、不意にあっけらかんとした声が聞こえる。
視線を向けると、眠っていたはずの妻が寝ぼけ眼でこちらをぼんやり眺めていた。
「詩織?」
「柚乃ちゃん、元気なんだよね?身体だけじゃなくて、心もちゃんと」
ゴシゴシと目を服の裾でこすりながら、妻が起き上がる。
まだ眠気が強いらしく、半分夢の中にいるような顔だ。
それでもその視線は、しっかりとノアを貫いている。
「元気だよ、心身ともにね」
ノアが確かにそう答えると、妻はふにゃりと気が抜けたように笑う。
その笑顔を見ていると、俺の不安も少し和らいだ気がした。
「ノアくんが悩むってことは、柚乃ちゃんにとって大事なことなんだと思う。だったら人からじゃなくて、本人に聞いたほうがいいんじゃないかな?」
「でも、柚乃にはいつ会えるか……」
「きっともうすぐだよ。じゃなかったら、ノアくんがこんな話するわけないもん」
そう言って微笑む妻が大人びて見えて、もしかして記憶が戻ったのではないかと思った。
でもそのしゃべり方はいまだ幼い。
俺は妻の言葉に同意の気持ちを込めて頷いた。
「そうだな。大事なことは、柚乃からちゃんと聞こう。今は……元気にしていると知れただけで、十分だ」
「……そっか」
俺の言葉に、ノアは安堵したような顔をした。
それを見て、一抹の不安を覚えたが、気づかないふりをした。
再びうとうとし始めた妻を寝かしつけていると、蓮と話を終えた奈央が戻ってきた。
そして机の上のグラスをみて「いいなぁ」と目を輝かせる。
ノアはそんな奈央に「一緒にどうだい?」と小瓶を掲げて見せた。
奈央は建前として遠慮しながらも、すぐにノアの差し出したグラスを受け取った。
酒の香りを楽しむその姿は晴れやかで、蓮と満足のいく会話ができたであろうことが窺える。
そんな奈央に、ノアが問いかけた。
「奈央ちゃん。蓮くんとゆっくり話もできたことだし、そろそろ元の世界へ戻るかい?」
奈央はその言葉に、うっかりグラスを落としそうになったがすんでのところで何とかグラスをつかみなおすことができたようだ。
奈央は少し考えた顔をしてから「早く帰りたい気持ちはやまやまだけど」と前置きしたうえで続ける。
「私のために、みんないろいろ頑張ってくれたんだもん。元の世界に戻るのは、改めてお礼を言ってからにするわ。それに……」
「それに?」
「帰ることに決めたのは、私だけじゃないしね」
得意げに言う奈央に、俺とノアは顔を見合わせて笑った。
21
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる