上 下
162 / 208

148 何よりも大切な人

しおりを挟む
 奈央は目を見開き、ノアの言葉にショックを受けているようだった。
 しかし彼女は、ノアの言葉を否定することはなかった。

 眉間にしわを寄せ、しばらく考え込んだのち、奈央は小さく首を横に振った。
 そして顔を上げ、自身を取り囲む騎士たちを見る。
 奈央は悲しそうな顔をして、その場で深々と頭を下げた。
 騎士たちはそんな奈央の姿に、困惑の眼差しを向ける。


「……ごめんなさい。あなたたちに私の力が必要なことは、理解しています。それでも……夫には私が必要だし、私にも夫が必要なんです」

「聖女様、いったい何を……!」


 騎士が非難めいた声を上げたが、奈央は頭を下げたまま言葉を続ける。


「本当にごめんなさい!でも、私にはあの人が何よりも大切なんです。何を敵に回したとしても、あの人のそばにいたいの!」


 そうして、奈央はぱっと顔を上げた。
 その頬には涙が伝っていたが、瞳は力強く輝いている。
 まるで奈央の決心が伝わってくるかのように。


「私は元の世界に戻ります。私を待ち続けてくれている、あの人のところへ」


 奈央の言葉に一番に反応したのは、ルーシェだった。
 斎藤に押さえつけられたまま、低い声で「ふざけるな」と奈央を睨みつける。


「ろくでもない男一人のために、この国を捨てるというのか!国の民がお前のせいで苦しむことになっても、心は痛まないのか?!」

「……ごめんなさい」

「聖女様……。お気持ちは理解できますが、どうか考え直してください……!彼はあなたがいなくても生きていけますが、この国はあなたがいなければ滅んでしまうのです」


 ルーシェに続いて、騎士たちも奈央に説得の言葉を投げかける。
 奈央は苦しげな顔をしながら「ごめんなさい」と繰り返した。

 見ていられなくなって間に入ろうとしたところで、一人の騎士がぽつりと「もういいじゃないですか」と呟いた。
 思わぬ一言に、騒然としていた場が静まり返る。
 騎士は穏やかな声で続けた。


「聖女様はこれまで、誠心誠意この国のために尽くしてくださいました。誘拐同然にさらわれてきたというのに、我々に文句の一つも言ったことがない。この国は十分、聖女様の救いを受けてきました。これ以上を望むのは、酷というもの。元の世界へ帰りたいとおっしゃるのを止める権利は、我々にはありません」


 騎士の言葉に、ルーシェがわなわなと怒りに震える。
 そして整った顔を醜く歪ませながら、口汚く騎士を罵った。


「下賤のものが生意気な口をきくな!聖女にはまだまだこの国に、この僕に尽くしてもらわねばならない!」

「……それは、お前の愚かな欲望のためだろう。そもそも、聖女様がいなくなって国が滅ぶなど、誰が決めた?そうならないよう、みなが力を合わせればいいだけの話だろう」

「お、お前だと……!一介の騎士の分際で、この僕をお前呼ばわりするなど……!それにふざけた世迷言を……」

「許しがたいなら処刑するか?神に背くものだと言い渡して?」

「……っ!」


 騎士はやれやれといった様子で、両手を軽く上げる。
 そして奈央に向き直り、きれいな所作で礼をしてみせた。
 奈央もほかの騎士たちも、唖然として言葉も出ない様子だ。

 そんな奈央に軽く笑みをこぼし、騎士はかぶっていた兜を脱いだ。
 その姿に、奈央は驚いたように目を見開いた。
 肩まで伸びた銀髪に、青い瞳。
 20歳前後に見えるその男は、中性的で整った顔立ちをしている。
 一つ一つの所作の美しさから、身分の高さがうかがえる。


「先ほどの彼を愛しておられるから、我々の求婚に頑なに応じてくださらなかったのでしょう?」


 にこりと微笑んだ男に、奈央は小さく頷く。
 男はうんうんと満足そうに頷き返し、俺たちに向かって「聖女様をよろしくお願いいたします」と頭を下げた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

処理中です...