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122 平凡で幸せな生活
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「私も当時は、すんなり裏切りを受け入れたわけではありませんよ。仲間が私の悪い話を広めていると知って、どうしてそんなことをしたのか理由を訊ねに行ったことがあります」
そういう斎藤は、遠い目をしている。
そして俺とノアへ交互に視線を向けた。
「納得できる理由は聞けたの?」
ノアが斎藤に訊ねると、斎藤は首を横に振った。
「あいつは、言い訳一つしませんでした。ただ、その表情は苦渋に歪んでいた。そしてそんな彼の傍らには、奥さんとまだ小さな子どもがいた。……あいつは、家族を無意識に背にかばっていました。そんなあいつを見て、俺はようやく理解できました」
「家族を守るために、あなたを貶めたと?」
「いいえ。私の存在が、彼らの幸せの妨げになっていると」
きっぱりと斎藤は言い切った。
「私にとって、家族のいない世界で得た仲間は家族同然の存在でした。彼らにとっても、そうだったと信じています。……あのとき、私が泣いて懇願すれば、罪悪感に耐えかね、彼らは私の味方についてくれたかもしれません。でも、それは彼らと彼らの大切な人を危険にさらすということ」
「だから、黙って追われたと?せめて、否定だけでも……」
「そうすると、仲間が嘘をついて私を陥れようとしたことが明るみに出てしまいます。私の主張が民衆に受け入れられなかったとしても、疑惑の目が向けられるかもしれません。つらく厳しい旅を乗り越え、平凡ながらも幸せな生活を手にした彼らを苦しめることはしたくありませんでした。私にとっては、自分の名誉なんかよりもずっと、仲間が笑って暮らしていけることが大切だったのです」
このまま斎藤が国を追われれば、仲間には罪悪感がしこりとなって残るかもしれない。
そう考えた斎藤は、仲間にこっそりと置手紙を残したという。
これからどうか、幸せに生きてほしいと。
自分のことは忘れてほしいと。
今までの感謝の言葉とともに。
「国にとって、私が反論を一切しなかったのは僥倖だったといえるでしょう。弁明しないということは、噂は事実なのだと、民衆の疑惑を深めやすくなりますから」
「でも……」
「何より、当時の私は疲れ切っていました。もう誰とも争いたくなかった、戦いたくなかったというのが実のところです。正直、森での暮らしは想像以上に快適でした。生活環境を整えるのに苦労はしましたが、もともと田舎暮らしをしていたので、故郷の環境に近い暮らしは穏やかなもの。英雄として生きていたあのころよりずっと、私に合っているのだと思います」
斎藤の言葉に、嘘はないようだった。
腑に落ちない気分ではあるが、今の彼の暮らしが穏やかなら、それに越したことはないだろう。
斎藤はふう、とため息をついて、俺の顔を見据えた。
「私からも、一つ伺いたいことがあります」
「……なんでしょう?」
「ご存じなければしょうがないのですが……元の世界で私が遭遇した事故についてです」
斎藤の目は、憂いを帯びている。
事故当時、斎藤は家族とともにバスに乗車していた。
彼が気にしているはおそらく、家族の安否についてだろう。
俺の知る事故の詳細は、斎藤にとってはきっとつらいものになるだろう。
そう思ったが、俺は正直に知っている限りのことを話すことにした。
嘘をついてごまかすこともできるが、斎藤はきっと、長年遠い日に別れた家族のことを思ってきたのだろう。
最悪の事態も、何度も想定したはずだ。
そして今、覚悟を決めて俺に真実を問いかけた。
俺も斎藤の覚悟に見合うよう覚悟を決め、背筋を伸ばして頷いた。
そういう斎藤は、遠い目をしている。
そして俺とノアへ交互に視線を向けた。
「納得できる理由は聞けたの?」
ノアが斎藤に訊ねると、斎藤は首を横に振った。
「あいつは、言い訳一つしませんでした。ただ、その表情は苦渋に歪んでいた。そしてそんな彼の傍らには、奥さんとまだ小さな子どもがいた。……あいつは、家族を無意識に背にかばっていました。そんなあいつを見て、俺はようやく理解できました」
「家族を守るために、あなたを貶めたと?」
「いいえ。私の存在が、彼らの幸せの妨げになっていると」
きっぱりと斎藤は言い切った。
「私にとって、家族のいない世界で得た仲間は家族同然の存在でした。彼らにとっても、そうだったと信じています。……あのとき、私が泣いて懇願すれば、罪悪感に耐えかね、彼らは私の味方についてくれたかもしれません。でも、それは彼らと彼らの大切な人を危険にさらすということ」
「だから、黙って追われたと?せめて、否定だけでも……」
「そうすると、仲間が嘘をついて私を陥れようとしたことが明るみに出てしまいます。私の主張が民衆に受け入れられなかったとしても、疑惑の目が向けられるかもしれません。つらく厳しい旅を乗り越え、平凡ながらも幸せな生活を手にした彼らを苦しめることはしたくありませんでした。私にとっては、自分の名誉なんかよりもずっと、仲間が笑って暮らしていけることが大切だったのです」
このまま斎藤が国を追われれば、仲間には罪悪感がしこりとなって残るかもしれない。
そう考えた斎藤は、仲間にこっそりと置手紙を残したという。
これからどうか、幸せに生きてほしいと。
自分のことは忘れてほしいと。
今までの感謝の言葉とともに。
「国にとって、私が反論を一切しなかったのは僥倖だったといえるでしょう。弁明しないということは、噂は事実なのだと、民衆の疑惑を深めやすくなりますから」
「でも……」
「何より、当時の私は疲れ切っていました。もう誰とも争いたくなかった、戦いたくなかったというのが実のところです。正直、森での暮らしは想像以上に快適でした。生活環境を整えるのに苦労はしましたが、もともと田舎暮らしをしていたので、故郷の環境に近い暮らしは穏やかなもの。英雄として生きていたあのころよりずっと、私に合っているのだと思います」
斎藤の言葉に、嘘はないようだった。
腑に落ちない気分ではあるが、今の彼の暮らしが穏やかなら、それに越したことはないだろう。
斎藤はふう、とため息をついて、俺の顔を見据えた。
「私からも、一つ伺いたいことがあります」
「……なんでしょう?」
「ご存じなければしょうがないのですが……元の世界で私が遭遇した事故についてです」
斎藤の目は、憂いを帯びている。
事故当時、斎藤は家族とともにバスに乗車していた。
彼が気にしているはおそらく、家族の安否についてだろう。
俺の知る事故の詳細は、斎藤にとってはきっとつらいものになるだろう。
そう思ったが、俺は正直に知っている限りのことを話すことにした。
嘘をついてごまかすこともできるが、斎藤はきっと、長年遠い日に別れた家族のことを思ってきたのだろう。
最悪の事態も、何度も想定したはずだ。
そして今、覚悟を決めて俺に真実を問いかけた。
俺も斎藤の覚悟に見合うよう覚悟を決め、背筋を伸ばして頷いた。
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