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115 疑い

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 しばらくして蓮くんが戻ってきたころには、もう一人の少年は相当拗ねているようだった。
 蓮くんはそんな少年に慌てて謝りつつ、俺たちの方を向いて言った。


「案内するからついてこい!変な真似できないよう、今ぐらい離れてついてこいよ!」


 どうやら斎藤の許可が下りたのだろう。
 オレたちは了承し、距離を取りながら後をついていった。

 道中、蓮たちは何度もうしろを振り向いている。
 警戒しているのか、ちゃんとついてきていることを確認しているのか、その両方か。
 緊張している様子を微笑ましく思いつつも、斎藤と好意的に話ができるか不安になる。
 相手は20年もの時間、異世界で苦しい生活を送っていた男だ。

 歩き続けると、やがて拓けた場所に出た。
 整えられた土地には立派な畑と小さな小屋がある。
 ここが斎藤の家なのだろう。
 
 家の前に、男が立っていた。
 蓮と少年は男に駆け寄り、その後ろに身を隠した。
 男の強さを信頼している証拠だろう。


「はじめまして。突然お邪魔してすみません」


 俺が挨拶をすると、男は表情を動かすことなく頷いた。


「日本人が訪れたと聞いて驚きました。中へどうぞ。お茶くらいお出ししますよ」


 男に促され、俺たちは家の中にお邪魔することになった。







 男は案の定、斎藤正晴と名乗った。
 俺たちもそれぞれ自己紹介をする。
 蓮と行動をともにしていた少年は、ラウルと言うらしい。


「子どもたちが無礼を働いたようで申し訳ない」

「いえ、警戒するのも当然です」

「ご理解頂けて何よりです」


 斎藤は40過ぎだという話だったが、苦労しているからか、もっと年上に見えた。
 何より眉間に刻まれた深いシワが、彼の壮絶な人生を物語っているようだった。


「それで、ご用件は?」


 そう訊ねた斎藤に、俺は事情を説明する。

 異世界転移者のもとをめぐり、帰還したいかどうかの意思確認をしていること。
 帰還を望む者は、ノアが元の世界へ連れ帰ってくれること。


「……帰れるのか?」


 呟いたのは、蓮だった。
 ノアが肯定すると、蓮はパッと瞳を輝かせた。

 しかしそれに反して、斎藤は渋い顔をしている。


「失礼ですが、それが事実だという証拠は?」

「証拠……ですか?」

「残念ながら、初対面のあなた方を手放しで信頼することはできません」


 冷たい目で、斎藤は俺たちを見据えていた。
 世の中の厳しさや理不尽さを散々目の当たりにしてきた男だ。
 簡単に信用できない気持ちは理解できる。

 どうしたものかと考えていると、ノアがパチンと指を鳴らした。
 すると部屋の壁にスクリーンのようなものが現れた。


「これで、今の日本の映像を見せてあげよう。証拠になると言えるかはわからないけど、日本に繋がりがあることは証明できるだろう」

「……なるほど。蓮、希望はあるか?」

「えっ……じ、じゃあ、俺の家……」

「いいよ」


 ノアがパチンと指を鳴らすと、映像が映し出された。
 こぢんまりとしているが、温かみのある部屋だ。
 幼い頃の蓮や佐々木のものと思われる写真が飾られている。

 部屋の中で、一人の女性がソファに腰掛けてぼんやりとテレビを眺めている。


「母ちゃん……」


 ポツリと蓮が呟いた。
 そしてスクリーンに向かって何度も呼びかける。
 しかし、向こうからは何の反応もない。


「ごめんね、向こうには聞こえないんだ」


 ノアが告げると、蓮は肩を落とした。


「……母ちゃん、何か老けてる……。あっちって、そんな時間経っちゃったの?」

「いや、こっちとあまり変わらないよ」

「じゃあ、何で?母ちゃん、もっと若かったのに……」


 涙を滲ませて、蓮が言う。

 誰も口にはしなかったが、理由は容易に予想できた。
 大事な我が子が急に失踪したのだ。
 どれだけ探しても見つからない苦難の日々が、年月以上の老いをもたらしたのだろう。
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