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特別編(10)懇願

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 魔物の討伐をはじめて、数ヶ月が過ぎたころ、勇司は王に呼び出されていた。
 応接間には、疲れ切った顔の王と困り顔のロエナ。

 挨拶もそこそこに、勇司はソファに座るよう促された。


「……どうかされたんですか?」


 勇司が問いかけると、王は少し悩んでから、渋々といった様子で口を開いた。


「君に行ってほしい土地がある」

「新しい救援要請ですか?」

「ああ。……だが、気が進まなければ断ってくれてかまわない」


 救援要請は、さまざまな地域から寄せられている。
 その中から緊急度の高い順に、討伐区域に加えていた。
 緊急度は、被害状況や魔物の数・種類などの複数の要素を考慮して決定している。
 勇司たち魔王討伐メンバーだけでなく、国の重鎮たちや研究者などの意見も参考にしている。

 それらを度外視しても、早急に救援を送るべき地域とは、どこなのだろうか?
 加えて、緊急度の高い地域だというにもかかわらず、拒否することも考慮の上だというのが勇司には不可解に思えた。


「あの……そこは一体……」

「……辺境伯領だ」

「辺境伯領?」

「ああ、北の辺境伯領だ。この国で一番大きなダンジョンがあるため、被害状況は深刻なのだ」

「なら、すぐにでも救援に……」

「ユージ」


 勇司の言葉を、ロエナが遮る。
 戸惑う勇司に、王がため息をついて訊ねる。


「北の辺境伯は、現時点ではまだシャルロッテ嬢の婚約者だ。金の力でシャルロッテ譲と婚約した相手は、ユージにとって好ましくはないだろう」

「……っ!そうか、シャルの……」


 生家で虐待を受けて育ったシャルロッテは、成人したら北の辺境伯の後妻として嫁ぐことが決まっていた。
 辺境伯は、シャルロッテの祖父といってもおかしくない年齢だ。
 シャルロッテを想っての婚約だという話もあったが、事実かどうかわからない状況では、確かに勇司にとっては面白くない相手だといえるだろう。

 しかし、勇司は迷わず言った。


「誰の治める土地であったとしても、困っている人がいるのなら俺は助けに行きたいです。それに、妹と無理に婚約したことを理由に救援を断るのは、筋が通りません」

「……恩に着る」


 王は勇司に頭を下げた。
 王がそこまでするということは、それほど事態は逼迫しているということだろう。
 一刻も早い出発を希望すると王に伝え、2日後に王都を発つことが決まった。







「どうしてダメなの?!」


 その日の夜、勇司の部屋に押しかけてきて、頬をぷっくり膨らませて怒っているのはシャルロッテだった。
 勇司は妹に甘いが、今回ばかりは譲る気はないときつく言い放つ。


「……お願い、私、どうしても辺境伯領に行きたいの」


 涙を滲ませながらシャルロッテが言う。
 勇司は困り顔をしつつも、危険が伴うたびに妹を連れて行く気にはどうしてもなれなかった。


「シャル、遊びに行くわけじゃないんだ。危ないから、留守番していてくれよ」

「……ちゃんとお兄ちゃんたちの言うこと、聞きます。だからお願い……」

「なんでそこまで……」


 勇司たちが北の辺境伯領へ向かうことを知ったシャルロッテは、自分も同行したいと言ってきかなかった。
 普段わがままひとつ言わない妹をたしなめながら、勇司は困り果てていた。


「シャルはどうしてそこまで辺境伯領へ行きたいのかしら?」


 北の辺境伯領までの道のりの確認のため、勇司の部屋を訪れていたロエナが言う。
 ロエナも、いつになく頑ななシャルロッテに戸惑っていた。


「……辺境伯様は、私の母の遠縁にあたる方だと聞きました。私には憑依前のシャルロッテの記憶はありますが、母の記憶はあいまいで……。でも、すごく優しい人だったことだけははっきりと覚えているんです。辺境伯様にお会いして、母の話を少しでも聞きたくて……」


 元の世界で病死した勇司の妹の茜は、この異世界でシャルロッテに憑依した。
 本物のシャルロッテは死んでしまったが、その記憶は今のシャルロッテに引き継がれている。

 シャルロッテは、元の世界でもこの世界でも、両親からの愛情を得ることは叶わなかった。
 そんな彼女が、優しかった母の面影を求めるのは当然のことなのかもしれない。


「……でも、だめだ。危険すぎる」


 苦しそうな表情で、勇司が言った。
 勇司も、できることなら妹の願いを叶えてやりたい。
 しかし、命の危機にさらされるとなれば、話は別だ。
 やっと再会できた家族を、みすみす危険にさらすことはしたくない。

 二人の間に、重苦しい空気が流れる。
 それに耐えかねて、ロエナが口を開く。


「シャル。ユージは遊びに行くのではなく、困っている人々を救うために旅に出る。それはわかっていますね?」

「……はい」

「あなたはまだ子どもで、守られるべき存在です。危険な場所へ足を運ぶ必要はありません」

「……わかっています……」


 瞳いっぱいに涙をため、震える声でシャルロッテが答える。
 そんなシャルロッテを、ロエナはそっと抱きしめた。


「それでも……あなたはどうしても、お母様のことが知りたいのね?シャルを愛してくれたお母様がいたことを、確かめたいのかしら?」

「……っ」

「ねえ、ユージ?辺境伯はもう高齢ですし、この危機的状況です。今回を逃せば、シャルは二度とお母様の話を聞くことができなくなってしまうかもしれない。そうすると、シャルの心には大きなしこりが残ってしまうのではないかしら?」


 ロエナは、まっすぐ勇司を見つめて微笑んだ。


「私もできれば、シャルには安全なところにいてほしい。けれど、シャルが後悔することがないよう、辺境伯に会わせてあげたいと思うの。私が全力でシャルを守ってみせるから、どうか同行を許可してあげられないかしら?」

「ロエナ……」


 勇司はしばらく頭を抱えたあと、低いうなり声をあげた。
 そしてワシワシと頭を掻き、ため息をつく。


「……わかったよ」

「本当?!」


 勇司の言葉に、シャルロッテが目を輝かせる。
 勇司は観念したように笑って、シャルロッテの頭を撫でながら言った。


「ただし、絶対に無理はせず、自分の身の安全を最優先にすること。その約束が守れないなら、連れていけない」

「わかった!約束する」

「……みんなの言うこと、ちゃんと聞くんだぞ?」

「うん!……お兄ちゃん、姫様、ありがとう……!」


 これから、王たちにシャルロッテの同行の許可をとるのに苦労しそうだな、と思いつつも、勇司とロエナは顔を見合わせて笑った。
 シャルロッテも安心したのか、泣きながら笑っていた。
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