娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

文字の大きさ
上 下
94 / 266

88 迷いなき選択

しおりを挟む
 俺は簡単に今までの経緯を勇司に説明した。
 彼は驚きつつも、この状況に狼狽えることはない。
 さすがは異世界経験者といったところだろうか。

 妹がもう元の世界へ戻れないこと。
 肉体を失って別人に憑依したこと。
 虐待を受けていたが保護されたこと。

 勇司は怒りに震えながらも、黙って話を聞いていた。
 虐待については詳細まで語らなかったが、それでも聞くに堪えない話だったと思う。


『それで、俺がそっちの世界へ行くにはどうしたらいいんだ?』

「こっちに来てくれるのか?」

『当たり前だろ。俺にとっての家族は、茜だけだ』


 茜が両親に放置されて悲しんでいたのと裏腹に、勇司は強い期待をかけられて育ったという。
 しかし茜が消え、勇司が存在かすらなかったことになっている茜を探し回っていることを知ると、両親は手のひらを返して勇司を早々に切り捨てた。
 精神科病院へ入院させ、今は絶縁状態なのだという。

 元々勇司は、自分と茜の扱いに差をつける両親に不満を持っていた。
 だから家族としての情よりも、世間体を気にする両親に嫌気が差したらしい。
 もう両親に対する未練はないと語った。


「友だちとかは?」

『ほぼいない。数少ないダチも、入院前後で離れていった』

「そっか……」


 何とも悲しい話だ。
 彼のもとに残ったのは、希薄な人間関係だけだという。

 初めて会ったときの、勇司の暗い顔を思い出す。
 妹を失った悲しみに加え、途方もない孤独が彼を苦しめていたのだ。


『……それで、妹は……?』


 勇司の質問に、医師の診察中だと答える。
 勇司は少し寂しそうに「どんな姿してるんだろ」と呟いた。

 シャルロッテの容姿は、愛らしかった。
 栄養失調で痩せこけてはいるが、それでも整った顔立ちをしている。
 だから余計に、継母と腹違いの妹の気に障ったのかもしれない。

 しかしシャルロッテの容姿は、日本人のそれとはかけ離れている。
 茜の頃の面影は、おそらくまったくないだろう。


『でも元気で生きていてくれるなら、それでいい……』


 茜の闘病生活は過酷なものだったという。
 元気に走り回ることはおろか、最期はまともに歩くことすら叶わなかったそうだ。
 食事制限も満足にとれず、高熱や体の痛みに苦しむ日々。
 毎日のようにお見舞いに通っていた勇司は、そんな妹をずっと見てきた。
 いつ命を落とすかわからない妹をただ黙ってみていることしかできない毎日は、どれほど彼の心を傷つけたことだろう。


「戻って来るまで繋いでいてあげるよ」


 ノアが優しく言った。
 勇司とノアは初対面のはずだが、ノアは勇司についてよく知っていた。
 勇司にもノアの存在については話していたので、疑問もなくノアの言葉を受け入れ、頭を下げる。

 そして、ふっと笑みを漏らした。


「どうしたんだ?」


 問いかけた俺に、勇司はくっくっくっと笑う。
 そうしてひとしきり笑いを噛み殺したあと、面白そうに言った。


『いや、本当にめっちゃ若返ってんだなって思ったら、急に笑えてきて』

「あ、そうか。……よくひと目で俺だって気づけたね」

『まあ、予備知識があったからな。それに瀬野さん……若返ってもあんまり顔変わってなかったし』

「そ、それはどっちの意味だろう……」


 元々老けているのか、それとも若く見えていたのか。
 勇司が笑って誤魔化し、返事をくれなかったので余計に気になったが、食い下がるのは恥ずかしくて我慢した。

 勇司によると、最近、異世界転移被害者の会の会合が開かれたらしい。
 特別ゲストとして、異世界からの帰還者を招いて。
 彼らの口から、俺たちの消息や見た目なんかについても話を聞いていたらしい。


『本当に異世界に行ったって聞いたときは、驚いたよ』

「そっか……」

『みんな驚いてたけど、生き証人が3人もいるからな。希望は大きいと思う。自分の家族も、同じように帰ってきてくれるんじゃないかって』


 俺が同じ立場でも、同じように期待をかけるだろう。
 願わくば、次は自分の娘でありますようにと。

 改めて、自分の背負う使命の重さを感じた。
 俺にとっては娘の救出につながる一歩だが、それだけではない。
 異世界転移被害者家族の1人として、ほかのみんなの思いを背負っていることを忘れないようにしようと固く心に誓った。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎

アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。 この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。 ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。 少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。 更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。 そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。 少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。 どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。 少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。 冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。 すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く… 果たして、その可能性とは⁉ HOTランキングは、最高は2位でした。 皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°. でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

処理中です...