上 下
90 / 216

84 命の灯

しおりを挟む
 それから茜とロエナは、とりとめのないユージの話をしていた。
 好きなものや嫌いなもの、ちょっとした癖など、些細なことを言っては笑いあう。

 妻は慣れないドレスに疲れたらしく、ラフな服装へ着替えに行ってしまった。
 俺とノアは、メイドに淹れてもらった紅茶を飲みながら、少女たちの話に耳を傾けていた。


 そうしているうちに、王がやってきた。
 一国の王にこんなに気軽に会っていいものなのかと思わないわけではなかったが、ガチガチに緊張している茜を見ていると、どうでもよく思えてきたから不思議だ。

 王は茜に笑いかけ「礼儀は気にしなくてもよい」と寛大な言葉をかける。
 ロエナもクスクス笑いながら、茜の背中をさすった。


「それでは、これからの話をしようか」


 王が言うには、いくら国王とは言え、侯爵家の娘を長期間王城にとどめておくことは難しいらしい。
 保護をするに足る理由が必要だということで、茜には王宮医による健康診断を受けてもらうことになった。

 茜の着替えを手伝った侍女によると、茜の身体は骨が浮き出るほど痩せこけており、ドレスの中は傷跡だらけだったという。
 医師の正確な診断をもとに、療養という形で王城に留めようというのが王の案だった。


 そして茜の療養期間に虐待の証拠を集め、親権を取り上げる。
 茜の後ろ盾には、ロエナが立候補した。

 王女という立場の彼女は、魔王討伐パーティーのメンバーとして功績を上げたことから、王や王太子に次ぐ政治的権力を有しているという。
 黙っていれば可憐な少女にしか見えないのだが、本人曰く「この国ではトップクラスの強さ」らしい。

 意外な顔をしていたのだろう。
 ロエナは苦笑しつつ「見た目にそぐわない強さをお持ちなのは、そちらも同じでしょう?」と言った。


「シャルロッテ嬢……いいえ、アカネ様と呼ばれる方がいいかしら?」


 ロエナの問いかけに、茜は少し悩んで「シャルロッテとお呼びください」と返した。
 意外だったが、どうやら茜には自身が憑依する前のシャルロッテの記憶も残っているらしい。

 ノア曰く、記憶は肉体にも刻まれるものなのだそうだ。
 そういえば元の世界でも、臓器移植を受けた人が提供者の性格や記憶、趣味や習慣などがうつったという話を聞いたことがある。
 にわかには信じたい話だが、それも肉体に刻まれた記憶ゆえなのだろうか?


 茜は、シャルロッテの人生に自らを重ねていたという。
 茜には勇司という信頼できる兄がいたが、両親は茜に無関心だったそうだ。
 とくに茜が病に伏せってからは、見舞いに来ることもなく、ただただ放置されていたらしい。
 茜にとっての真の家族は、勇司ただ一人だったという。


「私はシャルロッテのように暴力を受けたり、無理に働かされることはなかったけど、両親にはほとんど無視をされていました。私は勉強もスポーツも苦手で、お兄ちゃんのようにうまく出来なかったから……」


 悲しげに微笑む茜に、胸が痛んだ。
 まだ小さな子どもなのに、茜はすでに両親との関係を諦めているように見えた。


「シャルロッテは、大好きだったお母さんを亡くしてから、ずっと家族に愛されようと頑張っていました。頑張っていれば、いつか笑いかけてもらえると信じて……。でも、そんな日はこなかった。寒い冬の日、風邪をこじらせて寝込んでいたシャルロッテは、そのまま死んでしまったんです。そして私は気づくと、そんなシャルロッテの中にいました」

「彼女が亡くなったのは、どうしてわかったの?もしかしたら、君の中で眠っている可能性も……」

「うまくは言えないけど……ろうそくの火みたいに、シャルロッテの命が消えた記憶が残っているんです」


 憑依したばかりの茜は、自身の現状に困惑した。
 高熱に支配された身体はつらかったが、元の世界での最期に比べるとずいぶん楽だったという。
 冷たい床に横たわったまま、茜はシャルロッテの記憶を受け入れた。
 そして彼女の努力を無駄にしないため、シャルロッテとして生きていくことを誓った。

 幸い、シャルロッテには持病はなく、茜が憑依してから体調は少しずつ回復した。
 その後は、シャルロッテの記憶に頼りながら家事をこなし、虐待に耐える日々だったそうだ。


「大人になって、あの家を出ることを目標に頑張ろうと思いました。でも……記憶で知るのと経験するのは違って……」

「……いいえ、よく頑張りましたね」


 茜……いや、シャルロッテの目を見て、ロエナが微笑む。
 シャルロッテはふにゃりと笑い、恥ずかしそうにうつむいた。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

おじさんが異世界転移してしまった。

月見ひろっさん
ファンタジー
ひょんな事からゲーム異世界に転移してしまったおじさん、はたして、無事に帰還できるのだろうか? モンスターが蔓延る異世界で、様々な出会いと別れを経験し、おじさんはまた一つ、歳を重ねる。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

スキルガチャで異世界を冒険しよう

つちねこ
ファンタジー
異世界に召喚されて手に入れたスキルは「ガチャ」だった。 それはガチャガチャを回すことで様々な魔道具やスキルが入手できる優れものスキル。 しかしながら、お城で披露した際にただのポーション精製スキルと勘違いされてしまう。 お偉いさん方による検討の結果、監視の目はつくもののあっさりと追放されてしまう事態に……。 そんな世知辛い異世界でのスタートからもめげることなく頑張る主人公ニール(銭形にぎる)。 少しずつ信頼できる仲間や知り合いが増え、何とか生活の基盤を作れるようになっていく。そんなニールにスキル「ガチャ」は少しづつ奇跡を起こしはじめる。

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

処理中です...