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70 異世界憑依

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「あれ?」


 白い扉をくぐった先は、いつも屋外だったが、今回は建物の中だった。
 あたりを見渡し、おそらくここが小さな小屋の中だと察する。

 妻とコトラ、ノアがいっしょにいることを確認してから、ノアに「ここは?」と問いかけた。


「ここはとある森の中にある、冒険者用の休憩所だよ」

「冒険者用の?」

「そう。この辺りは魔物が多くてね、野営するにも危険が多い。だから、魔物除けの結界を張った休憩所を設置しているんだ」

「……なるほど」

「由佳里ちゃんのところに夜間に忍び込んで、疲れているでしょ?まずは休憩をしようと思って」


 ノアの提案は、正直ありがたかった。
 窓の外が明るいため、この世界はどうやら朝か昼の時間帯らしい。
 しかし、由佳里のいた世界ではまだ夜遅い時間。

 一連の騒動が落ち着き、気が抜けたことで眠気が一気に襲ってくる。

 俺の横で、妻も眠い目をこすり、あくびをかみ殺していた。
 コトラに至っては、床に丸くなってすでに眠り始めている。


「みんなよく頑張ったね。ひとまずおやすみ」


 ノアに促され、鞄から寝袋を取り出す。
 異世界へ渡ったときに与えられた鞄は、見た目の何倍も容量がある魔法のバッグだ。
 なかには寝袋や着替え、食料など、生活に必要なものが一通りそろっている。

 鞄にもともと入っていた寝袋は、薄く見えるのに、ふかふかの寝心地だ。
 寝袋にくるまった妻は、あっという間に寝付いてしまった。
 それを確認して、俺も目を閉じた。

 俺はまどろむ間もなく、深い眠りに落ちた。







 眠りから覚めるころには、窓の外はすっかり暗くなっていた。
 あくびをしながら起き上がって、周囲を見渡す。

 妻はまだ夢の中らしい。
 幸せそうな寝顔で、口をもごもごと動かしている。
 何かおいしいものを食べる夢でも見ているのだろうか?


「おはよう。よく眠っていたね」


 ノアに声をかけられ、俺は笑う。


「おはよう、といっても夜みたいだけどな」

「そうだね。今回はちょっと時間がずれちゃったから、しばらく時差ボケがつらいかもね」

「異世界間でも時差ボケってあるんだな」


 小屋の中は、こざっぱりとしていた。
 明かりは備え付けられているが、それ以外の家具は一切ない。

 俺が「シンプルだな」と言うと、ノアは「盗難対策だよ」と教えてくれた。

 小屋ができたばかりのころは、ベッドや調理器具など、最低限の生活用品が備え付けられていたらしい。
 しかし小屋を利用するのは、善人ばかりではない。
 1週間もしないうちに小屋の設備はほとんど盗まれてしまい、今のシンプルな状態に収まったという。

 ちなみに明かりは、天井に魔方陣を刻印して確保しているため、盗難の心配はいらないようだ。


「さて、詩織ちゃんが寝ているうちに、ちょっと難しい話をしようか」


 ノアがそう言って、俺にコップを差し出した。
 お茶を淹れてくれたらしい。

 俺は礼を言ってコップを受け取った。
 ノアの淹れてくれるお茶は、元の世界から持ってきた日本茶だ。
 俺たちが少しでも安らげるようにと、わざわざ用意してくれていたらしい。

 懐かしい香りに、気分が落ち着く。
 俺はお茶を一口すすってから、ノアに視線を向けた。


「今回は、ちょっと特殊なケースなんだ」

「特殊?」

「そう。今までのは、単純な異世界転移だったけど、今回は違う」


 どういう意味だろう?
 意図が分からずに首を傾げていると、ノアが詳しく説明してくれた。


 異世界に行くには、いくつかの方法がある。

 一つは、異世界転移。
 単純に元の世界から異世界へ移動するパターンだ。
 神の干渉で多少姿が変わることがあるが、基本的に姿は元の世界のままだ。
 俺や詩織、コトラ、そして今まで出会った異世界転移者はみなこのパターンだ。

 ほかに有名なのは、異世界転生。
 ラノベや漫画などでよく見かける、元の世界で死んだあと異世界で生まれ変わるパターンがこれにあたる。
 ちなみに、異世界転生も珍しくはないらしい。
 死んだばかりの人間の魂を異世界の神がこっそりさらっていって、勝手に転生させているという。
 輪廻転生の輪に戻る一瞬のスキをついてくるらしく、タチが悪いとノアが憤っていた。


 そして、異世界憑依。
 異世界の住人の肉体に、魂がとりつくこのパターンは、これは異世界転移や異世界転生に比べると珍しいらしい。
 異世界で命を落とした人間に憑依することもあれば、元人格と共存することもあるという。


「次に会いに行くのはね、転移者じゃなくて、憑依者なんだ」

「憑依者ってことは……元の肉体はあっちの世界に残っているのか?」

「いや……」


 やけに歯切れの悪い返事だ。
 ノアの話からすると、こちらにもあちらにも肉体がないということになるが……。


「彼女は、元の世界で死んでしまったんだ」

「え……?」

「そして、肉体ごと異世界に連れ去られ、魂はこの世界の人物に憑依させられた。そして肉体は……分解され、この世界の養分として吸収されてしまった……」

「は?」


 とんでもない話だ。
 なぜ異世界から人間の肉体を持ってきて、養分にする必要があるんだ?

 俺の疑問に答えるように、ノアが解説する。


「君たち人間は、食事をすることで栄養をとるよね?自分の体の中では作れない栄養を、食事から摂取する。それによって、生きていける」

「ああ」

「この世界でもそうだよ。世界の維持のために必要なエネルギーが不足しているけど、それを自らの世界で自給自足することは難しい。それならば、外から補給しようと考えた。だが一番大きなエネルギーを秘めているのは魂は、すぐに分解するよりも培養する方が望ましい。だから、この世界の人間に憑依させた。一方で肉体のエネルギーは魂に劣るから、すぐに分解して吸収してしまったんだ」


 なかなか難しい話だが、要は果実と種のようなものだろうか?
 果実を食べ、種は植えて育てることにしたと。

 ……本当に、虫唾が走る話だ。
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