60 / 266
57 侵入
しおりを挟む
「それじゃあ、行こうか。」
小声で、ノアが囁く。
俺と妻は黙って頷き、ノアに続いて借りている教会の部屋の窓からこっそりと外に出た。
その後ろから、ひらりと華麗にコトラが出てきて、教会の塀に上る。
外はすでに暗く、月も雲に隠れて出ていない。
暗闇に紛れて俺たちが向かう先は、聖女が滞在している宿だった。
本来は明日、教会と孤児院を訪問するはずだった聖女は、急な体調不良でしばし療養することになったという。
だから明日も教会に自由に出入りしてもいいと、リサが聖女の身を案じながら教えてくれた。
十中八九、体調不良は嘘だろう。
おそらく彼女を再び王子たちの都合のいいように動かすための策を講じようと、部屋に軟禁しているのかもしれない。
放ってはおけず、こうして深夜に忍び込んで聖女と話をしようと決めたのだ。
「見張りは多いけど、大したことはないね。」
呑気にあくびをしている兵士を眺めて、ノアが言う。
そんなノアの言葉に続いて、コトラがゆっくりと兵士に歩み寄る。
兵士は猫好きだったのか、目尻を下げて猫の鳴き真似をしてコトラを呼んだ。
コトラもそれに応えるように一鳴きする。
にゃおん、とコトラの鳴き声が響いたと思ったら、兵士の身体がゆっくりと崩れ落ちた。
どうやら眠らせたらしい。
ノアとの魔法の訓練を通して、俺は何となく俺以外の魔力の動きも感知できるようになっていた。
そのためコトラが兵士に近づいた段階で、魔法を使おうとしていることを察していたので、驚くことはなかった。
「コトラ、どんどん魔法上手くなるなあ…。」
我ながら少しは上達しているつもりだったが、俺はまだこんなにスムーズに魔法は使えないし、そもそも人を眠らせる魔法自体無理だ。
人に直接干渉する魔法が苦手なのだ。
だから王子たちの言っていた洗脳魔法も使えないし、なんなら治癒魔法もお手上げ状態。
妻は精神に作用する魔法は使えないが、肉体に作用する魔法は使うことができる。
だから、ノアとの訓練で怪我を負った際は、妻に治療をお願いしている。
昼間の少女も、妻の魔法で治癒することはできた。
そうしなかったのは、この世界で治癒魔法が貴重だからだ。
初級の簡単な治癒魔法でさえ、使えるのは浄化魔法と同様、神官と聖女に限られるという。
周囲からの疑惑の目は避けるに越したことはないということで、あの場では念のためにとノアに持たされている応急薬が活躍したというわけだ。
「伊月くん、ぼさっとしない。気づかれる前にさっさと行くよ。」
ノアに注意され、慌てて宿の塀をよじ登る。
そして宿の裏庭に着地した。
聖女の宿泊している宿は、この街一番の高級宿。
しかし塀の後ろは裏通りに面しているため、こうして簡単に侵入することができたのだ。
…いや、一般人なら塀を上るという選択肢は最初から浮かばないだろう。
塀は宿の3階に届きそうなほど高い。
加えて周囲を見張りや巡回の兵士もいるため、上っている間に見つかるのがオチだろう。
俺たちがすんなり塀を上れたのは、ノアから支給されている靴の効果が大きい。
ノア曰く、靴の裏は「企業秘密」の特殊素材でできているため、吸盤のように塀にくっつくことができる。
また簡単に外せるため、ペタペタと塀を歩くように上ることができたのだ。
塀の表面には凹凸があり、手をかけるところが多かったことも、効率よく塀を上れた理由の一つだろう。
「彼女の部屋はどのあたりだ?」
「最上階の5階、右の角部屋だよ。」
また高いところに…。
そう思ったが、塀と同じ要領ですんなりと壁を上り、バルコニーに到着する。
部屋のカーテンはきっちりと閉められており、中の様子はわからない。
話し声などは一切聞こえないから、彼女は今一人でいる可能性もある。
しかし部屋の中、少なくとも外には見張りがいるだろうから、安易にコンタクトをとることも難しいだろう。
そんな俺の思考を嘲笑うように、コトラが唐突に鳴き始めた。
にゃおん、にゃあん、にゃおーんと、繰り返し、繰り返し。
ついでに窓を爪でひっかくものだから、何とも不快な音が鳴り響く。
止めようかと思ったが、ノアに「大丈夫」だと制止された。
しばらくそのままにさせていると、カチャンと窓のカギが開く音がした。
扉がゆっくりと開き、顔を出したのは聖女だった。
小声で、ノアが囁く。
俺と妻は黙って頷き、ノアに続いて借りている教会の部屋の窓からこっそりと外に出た。
その後ろから、ひらりと華麗にコトラが出てきて、教会の塀に上る。
外はすでに暗く、月も雲に隠れて出ていない。
暗闇に紛れて俺たちが向かう先は、聖女が滞在している宿だった。
本来は明日、教会と孤児院を訪問するはずだった聖女は、急な体調不良でしばし療養することになったという。
だから明日も教会に自由に出入りしてもいいと、リサが聖女の身を案じながら教えてくれた。
十中八九、体調不良は嘘だろう。
おそらく彼女を再び王子たちの都合のいいように動かすための策を講じようと、部屋に軟禁しているのかもしれない。
放ってはおけず、こうして深夜に忍び込んで聖女と話をしようと決めたのだ。
「見張りは多いけど、大したことはないね。」
呑気にあくびをしている兵士を眺めて、ノアが言う。
そんなノアの言葉に続いて、コトラがゆっくりと兵士に歩み寄る。
兵士は猫好きだったのか、目尻を下げて猫の鳴き真似をしてコトラを呼んだ。
コトラもそれに応えるように一鳴きする。
にゃおん、とコトラの鳴き声が響いたと思ったら、兵士の身体がゆっくりと崩れ落ちた。
どうやら眠らせたらしい。
ノアとの魔法の訓練を通して、俺は何となく俺以外の魔力の動きも感知できるようになっていた。
そのためコトラが兵士に近づいた段階で、魔法を使おうとしていることを察していたので、驚くことはなかった。
「コトラ、どんどん魔法上手くなるなあ…。」
我ながら少しは上達しているつもりだったが、俺はまだこんなにスムーズに魔法は使えないし、そもそも人を眠らせる魔法自体無理だ。
人に直接干渉する魔法が苦手なのだ。
だから王子たちの言っていた洗脳魔法も使えないし、なんなら治癒魔法もお手上げ状態。
妻は精神に作用する魔法は使えないが、肉体に作用する魔法は使うことができる。
だから、ノアとの訓練で怪我を負った際は、妻に治療をお願いしている。
昼間の少女も、妻の魔法で治癒することはできた。
そうしなかったのは、この世界で治癒魔法が貴重だからだ。
初級の簡単な治癒魔法でさえ、使えるのは浄化魔法と同様、神官と聖女に限られるという。
周囲からの疑惑の目は避けるに越したことはないということで、あの場では念のためにとノアに持たされている応急薬が活躍したというわけだ。
「伊月くん、ぼさっとしない。気づかれる前にさっさと行くよ。」
ノアに注意され、慌てて宿の塀をよじ登る。
そして宿の裏庭に着地した。
聖女の宿泊している宿は、この街一番の高級宿。
しかし塀の後ろは裏通りに面しているため、こうして簡単に侵入することができたのだ。
…いや、一般人なら塀を上るという選択肢は最初から浮かばないだろう。
塀は宿の3階に届きそうなほど高い。
加えて周囲を見張りや巡回の兵士もいるため、上っている間に見つかるのがオチだろう。
俺たちがすんなり塀を上れたのは、ノアから支給されている靴の効果が大きい。
ノア曰く、靴の裏は「企業秘密」の特殊素材でできているため、吸盤のように塀にくっつくことができる。
また簡単に外せるため、ペタペタと塀を歩くように上ることができたのだ。
塀の表面には凹凸があり、手をかけるところが多かったことも、効率よく塀を上れた理由の一つだろう。
「彼女の部屋はどのあたりだ?」
「最上階の5階、右の角部屋だよ。」
また高いところに…。
そう思ったが、塀と同じ要領ですんなりと壁を上り、バルコニーに到着する。
部屋のカーテンはきっちりと閉められており、中の様子はわからない。
話し声などは一切聞こえないから、彼女は今一人でいる可能性もある。
しかし部屋の中、少なくとも外には見張りがいるだろうから、安易にコンタクトをとることも難しいだろう。
そんな俺の思考を嘲笑うように、コトラが唐突に鳴き始めた。
にゃおん、にゃあん、にゃおーんと、繰り返し、繰り返し。
ついでに窓を爪でひっかくものだから、何とも不快な音が鳴り響く。
止めようかと思ったが、ノアに「大丈夫」だと制止された。
しばらくそのままにさせていると、カチャンと窓のカギが開く音がした。
扉がゆっくりと開き、顔を出したのは聖女だった。
11
お気に入りに追加
63
あなたにおすすめの小説

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する
高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。
手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生
野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。
普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。
そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。
そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。
そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。
うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。
いずれは王となるのも夢ではないかも!?
◇世界観的に命の価値は軽いです◇
カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
スキル盗んで何が悪い!
大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物
"スキル"それは人が持つには限られた能力
"スキル"それは一人の青年の運命を変えた力
いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。
本人はこれからも続く生活だと思っていた。
そう、あのゲームを起動させるまでは……
大人気商品ワールドランド、略してWL。
ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。
しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……
女の子の正体は!? このゲームの目的は!?
これからどうするの主人公!
【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?
はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、
強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。
母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、
その少年に、突然の困難が立ちはだかる。
理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。
一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。
それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。
そんな少年の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる