娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

文字の大きさ
上 下
57 / 266

54 疑いの種

しおりを挟む
「家まで送っていくよ。」

 ノアが男の子に言った。
 男の子は遠慮したが、悪い奴に絡まれたら大変だと言われ、しぶしぶ了承した。


「ところで、君、名前は?」


 ノアが訊ねる。
 男の子ははっとして、答える。


「名乗ってなかったな。俺はエメル!よろしくな。」

「よろしく。僕はノア、こっちが伊月くん、詩織ちゃん、そしてコトラ。」


 互いに自己紹介を済ませ、エメルの案内で彼の家へ向かう。
 屋台の店主が「スラムのガキ」と言っていた通り、エメルの足はスラム街の奥へと進んでいった。

 もしかしたらエメルとの出会いが、ノアの言っていた「下準備」だったのかもしれない。


 壊れたまま放置された壁と、今にも崩れそうな屋根でなんとか家の形を保っているそこが、エメルの家だという。
 エメルはドア代わりのカーテンをめくり「ただいま!」と元気に声を上げる。
 しかし中からは何も返事は帰ってこず、周囲に人影もない。

 エメルの家族も、さっきの兵士たちに連れていかれたのだろうか?
 困惑するエメルにどう声をかけようか悩んでいると「あれ?」と聞き覚えのある声がした。


 振り向くと、昨日の少女と大男、そして青年の3人がたっていた。
 少女は驚いたような顔をしていたが、大男はやはり無表情で、青年は眉間にしわを寄せている。


「こんなところでどうしたの?」


 声をかける少女に、膝を折って頭を下げる。
 この国では、一市民が聖女と口を利くことなど恐れ多いというのが常識なのだと、昨日ノアに教わった。
 だから、気軽に返事を返すわけにはいかず、こうして礼を尽くす態度を示さなくてはならないのだ。


「ちょっ!今日はお忍びだから、そんなにかしこまらないで。昨日みたいに気楽に接してよ!ね、アランもネルもいいでしょ?」

「……君がそう望むなら。」

「聖女様の御心のままに。」


 どうやらこの青年がアラン、大男がネルというらしい。
 ふたりが了承したところで、俺たちは顔を上げる。


「それで、あなたたちはこんなところで何をしているの?」


 少女の問いかけに、ノアが答える。


「男の子を家まで送り届けていたところです。」

「男の子?」

「ええ、街で偶然出会い、成り行きで。ただ、家族が不在のようで、どうしようかと途方に暮れていたところだったのです。」

「そうなの…。あ、それならいい考えがあるわ!これからこの奥の広場で炊き出しをするの。その子の家族もくるかもしれないから、いっしょに行かない?」

「喜んでお手伝いをさせていただきます。」

「人手は足りているけど……手伝ってくれるなら、遠慮なく。助かるわ。」


 こっちよ、という少女のあとをみんなでついていく。
 エメルが不安そうな顔をしていたので、手をつないで歩いた。

 なんだか柚乃の小さかった頃が思い出されて、少し切ない。


 広場では、もうだいぶ炊き出しの準備が進んでいた。
 先程の兵士たちが中心となり、テントの下で調理を進めている。


「彼らも私の旅の仲間なの。さ、先にこの子の家族を探しましょう。特徴を教えてもらえる?」


 少女がエメルに優しく問いかけるが、エメルは辺りを見回して怯えている。
 そんなエメルに少女が戸惑い「どうかした?」と質問を変えると、震える声でエメルが答えた。


「……ここに住んでいるはずの人が誰もいない…。見たこともない人ばっかり……いっぱいいる…。」


 それはそうだろう。
 先程兵士たちが、住人を隔離するところを満たし、エキストラを招き入れるところも目撃した。
 なんなら、今作業しているのは兵士たちだが、会場の準備をしていたのはエキストラたちだった。


「どういうこと…?」


 少女が強張った声を出す。


「だから、スラムの人なんて一人もいない!家族もいない!こいつら誰なんだよ!」


 エメルがパニック状態になって叫び、俺にしがみついてきた。
 家に帰っても家族がいないわ、炊き出し場所に集まっている住人は全員知らないやつだわで、限界だったようだ。
 俺は落ち着かせるようにエメルの頭を撫でる。


「無礼な…!」


 近くにいた兵士が、剣に手をかける。
 少女がとっさに「待って!」と叫ぶと、兵士はぴたっと動きを止めた。


「落ち着いて、話を聞かせてくれない?」


 少女がなおもエメルに語り掛ける。
 しかしエメルは俺にくっついたまま、黙り込んでいる。

 代わりに、ノアが口を開いた。


「彼らは、本当にここの住人なんですか?」

「……どういうこと?」

「いろんな街を旅してきましたが、彼らの身なりはと思いまして。」

「……そう?」

「エメルの身なりと比べてみてください。彼らは髪や肌の艶もあるし、痩せてもいない。服も多少古びているものの、ボロというほどではありません。しかしエメルは、そうではない。

 それに、僕は数日前にもスラム街にきたのですが、そのとき見かけた住人はみな、エメルのような恰好をしていましたよ。彼らのように健康的な見た目の人は、ほとんどいなかったんじゃないかな。」

「じゃあ、もし彼らが偽物だったとしてら、本物の住人はどこにいるってわけ?」

「どこでしょう?僕より、彼らに聞いてみた方が早いのでは?」


 ノアの言葉に、少女は息をのんだ。
 その瞳には、確かに動揺の色が浮かんでいた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

夢幻の錬金術師 ~【異空間収納】【錬金術】【鑑定】【スキル剥奪&付与】を兼ね備えたチートスキル【錬金工房】で最強の錬金術師として成り上がる~

青山 有
ファンタジー
女神の助手として異世界に召喚された厨二病少年・神薙拓光。 彼が手にしたユニークスキルは【錬金工房】。 ただでさえ、魔法があり魔物がはびこる危険な世界。そこを生産職の助手と巡るのかと、女神も頭を抱えたのだが……。 彼の持つ【錬金工房】は、レアスキルである【異空間収納】【錬金術】【鑑定】の上位互換機能を合わせ持ってるだけでなく、スキルの【剥奪】【付与】まで行えるという、女神の想像を遥かに超えたチートスキルだった。 これは一人の少年が異世界で伝説の錬金術師として成り上がっていく物語。 ※カクヨムにも投稿しています

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

普通の女子高生だと思っていたら、魔王の孫娘でした

桜井吏南
ファンタジー
 え、冴えないお父さんが異世界の英雄だったの?  私、村瀬 星歌。娘思いで優しいお父さんと二人暮らし。 お父さんのことがが大好きだけどファザコンだと思われたくないから、ほどよい距離を保っている元気いっぱいのどこにでもいるごく普通の高校一年生。  仲良しの双子の幼馴染みに育ての親でもある担任教師。平凡でも楽しい毎日が当たり前のように続くとばかり思っていたのに、ある日蛙男に襲われてしまい危機一髪の所で頼りないお父さんに助けられる。  そして明かされたお父さんの秘密。  え、お父さんが異世界を救った英雄で、今は亡きお母さんが魔王の娘なの?  だから魔王の孫娘である私を魔王復活の器にするため、異世界から魔族が私の命を狙いにやって来た。    私のヒーローは傷だらけのお父さんともう一人の英雄でチートの担任。  心の支えになってくれたのは幼馴染みの双子だった。 そして私の秘められし力とは?    始まりの章は、現代ファンタジー  聖女となって冤罪をはらしますは、異世界ファンタジー  完結まで毎日更新中。  表紙はきりりん様にスキマで取引させてもらいました。

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

~最弱のスキルコレクター~ スキルを無限に獲得できるようになった元落ちこぼれは、レベル1のまま世界最強まで成り上がる

僧侶A
ファンタジー
沢山のスキルさえあれば、レベルが無くても最強になれる。 スキルは5つしか獲得できないのに、どのスキルも補正値は5%以下。 だからレベルを上げる以外に強くなる方法はない。 それなのにレベルが1から上がらない如月飛鳥は当然のように落ちこぼれた。 色々と試行錯誤をしたものの、強くなれる見込みがないため、探索者になるという目標を諦め一般人として生きる道を歩んでいた。 しかしある日、5つしか獲得できないはずのスキルをいくらでも獲得できることに気づく。 ここで如月飛鳥は考えた。いくらスキルの一つ一つが大したことが無くても、100個、200個と大量に集めたのならレベルを上げるのと同様に強くなれるのではないかと。 一つの光明を見出した主人公は、最強への道を一直線に突き進む。 土曜日以外は毎日投稿してます。

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~

小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ) そこは、剣と魔法の世界だった。 2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。 新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・ 気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

処理中です...