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「勇司くん!」
俺が手を振ると、彼は視線をこちらに向け、小さく会釈してくれた。
急に「相談したいことがある。」と呼びだしたのにも関わらず、嫌な顔をせずに了承してくれたのは、昨日のことがあったからかもしれない。
周囲に聞かれるとおかしな目で見られるかもしれないから、個室が利用できるレストランを予約した。
「こんな高そうなところ…。」
どうやら普段は訪れない類の店なのだろう。
気後れしている様子だ。
「こちらの都合で呼び出したのだから、気にせず好きなものを頼んでくれ。本題は、料理がきてからにしよう。」
手早く注文を済ませ、料理を待つ間、他愛もない話をして過ごした。
勇司は大学生だといっていたが、趣味で小説を書いているという。
本人曰く、異世界で過ごした日々を忘れないようにとのことらしい。
小説投稿サイトに掲載しているが、なかなかアクセス数が伸びないのが悩みだと笑った。
「話自体は面白いと思うんだけどな。……言い回しがわかりづらいってコメントがきてて、日本語難しいって思ってるよ。」
「俺も読んでみたいな。なんていうタイトル?」
「恥ずいからやめて。」
はははっと明るく笑う様子に、ほっとする。
初めて顔をあわせたときの彼は、絶望に打ちひしがれた顔をしていた。
昨日の話で、気持ちの変化があったのかもしれない。
「そういえば、昨日の夜に佐々木さんに連絡したよ。次の会合に参加してみたらどうかって。」
「ありがとう。行ってみる。瀬野さんも行くんだろ?」
「いや、実はそれも踏まえて今回相談したくて……。」
そのとき、コンコンとドアをノックする音が響いた。
俺たちはしばし会話をとめ、料理の配膳を待つ。
配膳が終わり、店員が会釈して退出するのを見送って、話を再開する。
「突拍子もないけど、俺、異世界に行くことになったみたいで…。」
俺の言葉に、勇司が面を食らって黙り込む。
その後「うーん…。」と頭を抱え込み、
「どういう展開だよ!」
とツッコミを入れた。
そんな勇司の様子に、漫画みたいな動きだな、と思わず吹き出す。
「まだ本当かどうか確証は持てないんだけど、昨日夢に神様が出てきてさ…。」
一部始終を説明すると、勇司は首を傾げながらも納得してくれたらしい。
もしかしたら、俺の都合のいい想像が見せたただの夢だったのかもしれない。
そう思いつつも、握りしめていたお守りと同じように夢を見た妻のことを考えると、そうではない可能性も十分ありうる。
お守りとして授かった石を勇司に見せると「……翡翠じゃん。」と呟いた。
「翡翠?よくわかるね。」
「俺の転移した世界でも、お守りとして使われてたんだ。魔法攻撃を防いでくれる優れものだったんだぜ。」
「へえ。」
ひとしきり彼の異世界での冒険譚に耳を傾けていると、ふいに勇司が真剣な顔をして、
「それで、どうして俺に話してくれたの?」
と切り出した。
異世界への渡航を決意したとき、真っ先に浮かんだのが勇司だった。
異世界転移の経験者として、注意すべき点などを確認しておきたかったからだ。
ただし、俺の渡航する世界がどこになるのかはわからない。
勇司の話が参考にならない可能性も少なくないが、身に付けられる知識は少しでも多いに越したことはない。
俺の問いかけに、勇司は少し悩んだあと、ひとつアドバイスをしてくれた。
「俺の転移した世界では、魔法はイメージが基本だった。自分のイメージできるものは魔法にできるけど、想像が及ばないものはそうはいかない。その辺の異世界物の小説や漫画といっしょだな。だからこそ、魔法で役立つものを正確にイメージできるように知識を身に付けておくといいかも。」
「知識?」
「そう、例えば火を想像してみて。瀬野さんのイメージする火はどんな色や形をしてる?」
「赤くて、ぼんやりした形かな?」
「その火は、果たして強い炎になると思う?」
「強い…?」
火は温度によって色が変するものだ。
赤い火の温度が最も低く、黄・白・青と変わるにつれ、温度も高くなる。
つまり、攻撃力の高い火の魔法を使いたいなら、赤い炎ではなく青い炎をイメージしなくてはならないということだろう。
「単純な科学の知識でいいと思う。光の屈折とかろ過の仕組みとか、知っておくことでイメージをより強固にできるかもしれない。それに、単純にサバイバル知識を身に付けることにもなる。」
「サバイバル知識か。」
「日本のような高度な文明の世界へ転移するとは限らない。まずは生き延びなくちゃ、神様からの依頼をこなすこともできないだろ?」
確かに。
このあと、本屋によって読みやすいものをピックアップしよう。
付け焼刃でも、切羽詰まったこの状況下なら多少の知識を身に付けられるはずだ。
「ありがとう、参考になったよ。」
俺が礼を言うと、照れくさそうに勇司は笑った。
そしてもうひとつ、悩んでいることを口にする。
「異世界転移被害者の会には、今回のことを伝えた方がいいと思うかい?」
同じ被害者家族として、どんな情報でも伝えた方がいいのかもしれない。
しかし、異世界への渡航を提案されたのが自分だけだとしたら、同じ被害者家族なのにどうしてと相手を傷つける可能性もある。
勇司は少し考えてから「瀬野さんがしたいようにすればいいんじゃないかな?」と答えた。
「本当に異世界に行けるかどうかはわからない状況でしょ?言いづらいだろうなとも思うし、でも伝えたい気持ちもわかる……。瀬野さんが長い間帰ってこなかったら、俺から伝えることもできるじゃん?だから本当、気の向くままっていうか、好きなようにしていいと思う。」
「そっか…。ありがとう。」
勇司の言葉に、背中を押された気持ちだ。
俺は決意し、スマホを手に取った。
俺が手を振ると、彼は視線をこちらに向け、小さく会釈してくれた。
急に「相談したいことがある。」と呼びだしたのにも関わらず、嫌な顔をせずに了承してくれたのは、昨日のことがあったからかもしれない。
周囲に聞かれるとおかしな目で見られるかもしれないから、個室が利用できるレストランを予約した。
「こんな高そうなところ…。」
どうやら普段は訪れない類の店なのだろう。
気後れしている様子だ。
「こちらの都合で呼び出したのだから、気にせず好きなものを頼んでくれ。本題は、料理がきてからにしよう。」
手早く注文を済ませ、料理を待つ間、他愛もない話をして過ごした。
勇司は大学生だといっていたが、趣味で小説を書いているという。
本人曰く、異世界で過ごした日々を忘れないようにとのことらしい。
小説投稿サイトに掲載しているが、なかなかアクセス数が伸びないのが悩みだと笑った。
「話自体は面白いと思うんだけどな。……言い回しがわかりづらいってコメントがきてて、日本語難しいって思ってるよ。」
「俺も読んでみたいな。なんていうタイトル?」
「恥ずいからやめて。」
はははっと明るく笑う様子に、ほっとする。
初めて顔をあわせたときの彼は、絶望に打ちひしがれた顔をしていた。
昨日の話で、気持ちの変化があったのかもしれない。
「そういえば、昨日の夜に佐々木さんに連絡したよ。次の会合に参加してみたらどうかって。」
「ありがとう。行ってみる。瀬野さんも行くんだろ?」
「いや、実はそれも踏まえて今回相談したくて……。」
そのとき、コンコンとドアをノックする音が響いた。
俺たちはしばし会話をとめ、料理の配膳を待つ。
配膳が終わり、店員が会釈して退出するのを見送って、話を再開する。
「突拍子もないけど、俺、異世界に行くことになったみたいで…。」
俺の言葉に、勇司が面を食らって黙り込む。
その後「うーん…。」と頭を抱え込み、
「どういう展開だよ!」
とツッコミを入れた。
そんな勇司の様子に、漫画みたいな動きだな、と思わず吹き出す。
「まだ本当かどうか確証は持てないんだけど、昨日夢に神様が出てきてさ…。」
一部始終を説明すると、勇司は首を傾げながらも納得してくれたらしい。
もしかしたら、俺の都合のいい想像が見せたただの夢だったのかもしれない。
そう思いつつも、握りしめていたお守りと同じように夢を見た妻のことを考えると、そうではない可能性も十分ありうる。
お守りとして授かった石を勇司に見せると「……翡翠じゃん。」と呟いた。
「翡翠?よくわかるね。」
「俺の転移した世界でも、お守りとして使われてたんだ。魔法攻撃を防いでくれる優れものだったんだぜ。」
「へえ。」
ひとしきり彼の異世界での冒険譚に耳を傾けていると、ふいに勇司が真剣な顔をして、
「それで、どうして俺に話してくれたの?」
と切り出した。
異世界への渡航を決意したとき、真っ先に浮かんだのが勇司だった。
異世界転移の経験者として、注意すべき点などを確認しておきたかったからだ。
ただし、俺の渡航する世界がどこになるのかはわからない。
勇司の話が参考にならない可能性も少なくないが、身に付けられる知識は少しでも多いに越したことはない。
俺の問いかけに、勇司は少し悩んだあと、ひとつアドバイスをしてくれた。
「俺の転移した世界では、魔法はイメージが基本だった。自分のイメージできるものは魔法にできるけど、想像が及ばないものはそうはいかない。その辺の異世界物の小説や漫画といっしょだな。だからこそ、魔法で役立つものを正確にイメージできるように知識を身に付けておくといいかも。」
「知識?」
「そう、例えば火を想像してみて。瀬野さんのイメージする火はどんな色や形をしてる?」
「赤くて、ぼんやりした形かな?」
「その火は、果たして強い炎になると思う?」
「強い…?」
火は温度によって色が変するものだ。
赤い火の温度が最も低く、黄・白・青と変わるにつれ、温度も高くなる。
つまり、攻撃力の高い火の魔法を使いたいなら、赤い炎ではなく青い炎をイメージしなくてはならないということだろう。
「単純な科学の知識でいいと思う。光の屈折とかろ過の仕組みとか、知っておくことでイメージをより強固にできるかもしれない。それに、単純にサバイバル知識を身に付けることにもなる。」
「サバイバル知識か。」
「日本のような高度な文明の世界へ転移するとは限らない。まずは生き延びなくちゃ、神様からの依頼をこなすこともできないだろ?」
確かに。
このあと、本屋によって読みやすいものをピックアップしよう。
付け焼刃でも、切羽詰まったこの状況下なら多少の知識を身に付けられるはずだ。
「ありがとう、参考になったよ。」
俺が礼を言うと、照れくさそうに勇司は笑った。
そしてもうひとつ、悩んでいることを口にする。
「異世界転移被害者の会には、今回のことを伝えた方がいいと思うかい?」
同じ被害者家族として、どんな情報でも伝えた方がいいのかもしれない。
しかし、異世界への渡航を提案されたのが自分だけだとしたら、同じ被害者家族なのにどうしてと相手を傷つける可能性もある。
勇司は少し考えてから「瀬野さんがしたいようにすればいいんじゃないかな?」と答えた。
「本当に異世界に行けるかどうかはわからない状況でしょ?言いづらいだろうなとも思うし、でも伝えたい気持ちもわかる……。瀬野さんが長い間帰ってこなかったら、俺から伝えることもできるじゃん?だから本当、気の向くままっていうか、好きなようにしていいと思う。」
「そっか…。ありがとう。」
勇司の言葉に、背中を押された気持ちだ。
俺は決意し、スマホを手に取った。
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