娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち

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14 疑惑

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「……何なんだよ、それ…!」


 不快感を隠しもせず、勇司が吐き捨てる。
 どこまで彼に話そうか悩んだが、包み隠さずすべてを話すことにした。
 彼とその妹に関することも、すべて。

 勇司はとう、異世界のことは忘れたいのだと思っていた。
 だから初めは、彼の妹に関することは伏せておくつもりだったのだが、俺が彼の立場だったなら隠し事はされたくない。
 残酷な事実であっても、家族の痕跡を辿るヒントになるなら知りたいと望むはずだ。

 誠意を持って俺を救ってくれた彼には、誠意を持って返すのが筋というものだ。

「人の苦労をあざ笑いやがって、絶対に許せねえ。」

 怒りに震える彼に、どう言葉をかければいいのかわからない。
 気の利いたことでも言えればいいが、何を言っても、彼を慰めることは難しいだろう。

 勇司は俺に向き直り、「ありがとう。」と言った。
 その瞳は怒りに染まっていたが、どうやら事実を知ったことに後悔はないらしい。
 そして、続けて「俺も入れるかな?」と呟いた。

 入る、というのはもちろん「異世界転移被害者の会」のことだろう。

「多分入れると思う。佐々木さんに連絡しておくよ。」

「……よろしく。」

 そういった彼は、悲しそうに微笑んだ。







 今後のために連絡先を交換し、勇司とは別れることになった。
 別れ際、勇司はまっすぐ俺の目を見て「もうバカなことを考えるなよ。」と念押しする。
 俺が了承の返事を返すと、安心したように笑った。

「でもさ、ちょっと変だよな。」

 勇司の言葉に、俺は首をかしげる。

「だってさ、柚乃ちゃんの手がかりがようやく見つかりそうなんでしょ?このタイミングで異世界転生するために死にたくなるって、ちょっと違和感あるなって。……瀬野さん以外の、誰かの思惑が絡んでいるような…。」

「……え?」

「別世界の神がこの世界に干渉できるなら、人の意識にも影響できるかもしれない。……例の少年が瀬野さんと接触することを好ましく思わないやつがいたとしたら、手っ取り早く瀬野さんを排除しようとした可能性もあるかも。」

 まさか。
 信じられない気持ちでいっぱいだったが、ありえないと切り捨てられずにいるのは、娘の異世界転移から始まる一連の流れを経験したからだろう。
 しかし、もしも本当に神からの干渉があったとすれば、どう太刀打ちすればいいものか。


「ま、気のせいだとは思うけどさ。……でも念のため、ひとりにならないように注意したほうがいいかもな。」


 勇司の忠告に、俺は小さく頷く。
 今日はありがとう、と告げて勇司と別れ、俺は家路を急いだ。

 勇司の推察に、嫌な考えがひとつ浮かんだからだ。
 別世界の神が俺の思考に手を加えたのならば、ほかの人間に対してもそうする可能性があるということだ。
 あの少年が接触したのは、俺だけじゃない。
 初めに接触した妻に対しても、何らかの措置を講じるかもしれない。


 早く、早く。
 はやる気持ちから、思わず駆けだしていた。
 運動不足の身体に全速力は答えたが、かまわず俺は走り続ける。

 自宅が近づいてきた頃、遠くから聞こえる小さな声が耳をかすめた。
 無性に気になり、足を止めて耳を澄ますと、もう一度「おーい!」と声がした。
 聞き慣れたその声の主を探すために視線を走らせると、向かいの道路から手を振る妻と義母の姿が見えた。

 安堵して手を振り返すと、妻がこちらへ駆け出そうとする。
 驚いて「ダメだ!」と叫ぶと、間一髪のところで義母が妻にしがみついて引き留めた。
 そんな妻の前を、大型トラックが走り去っていく。

 急いで横断歩道へ向かい、信号が変わるのを待って妻のもとへ走った。
 義母に叱られている妻は涙目になっているものの、どうやら二人に怪我はないらしい。

「詩織!お義母さん!」

 駆け寄った俺に、二人が視線を向ける。
 妻は俺の姿を見て緊張の糸が切れたのか、泣き出してしまった。
 義母は青白い顔をして、妻の服の裾をぎゅっと握りしめている。


「お義母さん、ありがとうございます…!」


 義母がいなかったら、今ごろ妻は命を落としていたかもしれない。
 そう思うと、背筋が凍る思いだ。


「詩織、怪我はないか?怖かったな。歩けるか?」

 妻は袖口でゴシゴシと涙をぬぐい、小さく頷いて立ち上がる。
 つられて義母も立ち上がり、三人並んで歩き始めた。

 これは果たして、偶然なのだろうか。
 夫婦そろって、同じ日にトラックの前に飛び出そうとするなんて。
 勇司の仮説がますます現実味を帯びてきたことに、恐怖を感じる。
 今回は二人とも助かったが、次も無事でいられるとは限らない。

 だからといって、一体どうすればいいんだ。
 絶望的な状況に、俺は唇をかみしめながら、思考を巡らせることしかできなかった。
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