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5 それぞれの異世界転移(1)

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 被害者の会の会合は、駅から少し離れたレンタルスペースで行われた。
 こじんまりとした会議室に集まったのは、3組の家族。

「今日は初めての人もいるので、自己紹介から始めましょう。まずは俺、会長の佐々木です。去年の春にさらわれた弟を探しています。…経緯はみなさんご存じなので、割愛します。それでは、左回りにいきますか。」

 佐々木の視線が不意に俺に向けられ、思わずびくっとする。
 佐々木以外の参加者の視線も、一斉に俺に集まった。

 こほん、と咳払いをして、どうよう悟られないようゆっくりと口を開く。

「初めまして、瀬野と申します。一週間ちょっと前に、娘が失踪しました。…失踪した際、娘の足元には強い日会を放つ魔法陣があり、娘はその光に包まれるように消えたのを目撃しまして……。何か少しでも情報が得られればと、この場に参加せていただきました。」

 襟を正し、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
 ここに集まっている人たちはみな、暗くやつれた顔をしている。
 失った家族を取り戻すため、彼らはどれほど多くの時間や労力を費やしてきたのだろう。
 そのたゆまない努力に、胸を締め付けられる思いだった。

 パチパチ、とまばらな拍手が響き、俺は着席する。

「それでは次に大和(やまと)さん、お願いします。」

 佐々木に促され、隣の席の男が立ち上がった。







【大和家の場合】

「大和だ。俺の妻は、3年前に失踪した。朝目覚めるとすでに妻の姿はなく、心当たりを探しても見つからなかった。そんなある日、夢の中に見たことのない男が現れたんだ。」

 当時を思い返し、悔しそうに大和は顔をしかめた。

「男は”異世界の神”だと名のった。何でも、男の司る世界を救うため、聖女として俺の妻を召喚したと。俺は必死になって妻を返してほしいといったが、やつは一方的に話すだけで、俺の話には一切耳を貸さなかった。自分の話が終わったと思ったらすぐに消えさり、俺は目を覚ましていた。」

「初めは、悪い夢だと思ったんですよね?」

 佐々木が訊ねる。

「ああ、俺は現実主義だからな。ただ疲れているだけだと思った。……だが、その日から異世界で活躍する妻の姿を夢に見るようになった。妄想だといわれちまえばそこまでかもしれねえが、嫌にリアルなんだ。」

 大和自身は、ファンタジー自体が好みではないらしく、異世界物の漫画や小説、アニメなどは一切見たことがなかったらしい。
 だからこそ、自身がそういう夢を見ることに違和感があったという。

 異世界転生という言葉自体、夢の中の彼の妻が教えてくれたようだ。

「夢の中で、俺はテレビを見ているんだ。テレビに映る映画の主人公が妻で、シーンごとに場面が切り替わる。妻が光って、よくわからない魔法を使っていることもあれば、敵と戦っていることもあった。俺の声は一切届かないし、俺が見ていることにもまったく気づいていない。」

 ふざけんな、と苦々しい声を漏らし、大和は続ける。

「妻は異世界で、俺の名前を呼びながらよく泣いている。気丈な女だから、部屋にひとりでいるときだけ。その姿を、俺が画面越しに見ていることしかできない…!」

「もう大丈夫ですよ。ありがとうございます。」

 なだめるように、佐々木が言う。
 目頭に滲んだ涙を乱暴にぬぐい、「よろしく。」と小さく大和が俺に呟いた。



【川西家の場合】

「川西誠です。こっちは妻の佳苗。…瀬野さん、どうぞよろしくお願いします。」

 すこしふっくらしている男と、痩せて青白い顔をしている女。
 ずいぶん対照的な夫婦に見えるが、どちらも瞳に深い悲壮感が刻まれている。

「僕たちも瀬野さんと同じく、娘をさらわれました。まだ中学生になったばかりでした。」

「毎年夏に家族旅行をしていて……。去年の夏は、家族で北海道へ行きました。そこで絶景として知られる青い池を見に行くことにしたんです。娘は写真が好きで、絶景スポットに目がなかったので…。」

「しかしそこで、娘は忽然と姿を消してしまったのです。」

 その話には、覚えがある。
 一時期テレビや新聞などで話題になっていた、女子中学生失踪事件ではないだろうか。

 困惑する俺の表情に気づき、「当時は話題になりましたからね。」と誠が苦笑いを浮かべる。

「娘のいなくなるところを見た人は、誰一人いません。私たち家族を含めて。だから私たちはずっと、娘が事故や事件に巻き込まれたのではないかと考えていたのです。


 そんな状況を一変させたのが、一件の電話だったそうだ。


「驚きました。娘が失踪して1ヶ月ほどたったころでしょうか、電話がかかってきたんです。娘本人から。」

「えっ!!」

 驚きのあまり、思わず声をあげる。
 誠は慣れた様子で、「信じられないですよね。」と話を続ける。

「娘がいうには、この世界とは別の世界に喚ばれ、瘴気というものを浄化する役割を与えられたのだそうです。娘は簡単にいいましたが、何でも瘴気は毒のようなものらしく、蔓延すると世界が消滅してしまうのだとか。」

「大丈夫なのかと聞く私たちに、娘は心配いらないと…。娘は変な正義感に燃えていて、世界を救うために頑張ると話していました。」

 通話が途切れる前、彼らの娘は悲しそうな表情をして、こう言ったらしい。
 「日本に戻ることはできないらしい。」と。

 勝手に連れ去って、返すことはできないなどというふざけた話があってたまるものか。
 もしも俺が娘に同じことを言われたら…正気を保っていられるだろうか。

「俺たちは何か方法はないのかと食い下がりましたが、娘の転移した世界では、過去に何人か召喚者がいたようですが、元の世界に戻れたものは一人もいないそうです。国一番の魔法使いにも話を聞いたものの、膨大な魔力と複雑な術式が必要で、実現は不可能だと。」

「……娘は、そんな現実を受け入れ、別の世界で生きていく決意を固めたといっていました。でも、私たちは到底、娘を諦めることはできない。」

「だから、この会に入ることにしたんです。あちらの世界でできないのであれば、こちらの世界で娘を取り戻す手段を探そうと。」

 電話は一度切りだったのですか、と尋ねると、夫婦はそろってうなずいた。
 その後、何度電話をかけてもつながることはなく、また相手からかかってくることもなかったと。
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