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最終話 巣立ちの日
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その日の夜、倉木から着信があった。
時刻は22時。
秋良が寝て、ゆっくりしていた時間だった。
この時間に、連絡なしで直電とは珍しいな。
そう思いつつ、倉木からの電話の理由は何となく察していた。
おそらく、義姉が来ないという連絡だろう。
俺は光の中に消えていった兄夫婦を思い出し、涙ぐみながら通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あの!大変なんです!』
電話口の倉木は、慌てている様子だった。
「義姉のことですよね?」
『そ、そうです!』
「わかっています。……先に、お伝えしておくべきでしたね。俺もまだ、受け入れられていなくて……」
『あ……そうだったんですね。すみません、私、つい慌ててしまって』
「いえ、ありがとうございます」
義姉が兄と成仏したこと、倉木に伝えるべきか悩んだ。
ずいぶんと迷惑をかけたし、倉木の義姉への思い入れも十分知っていたから。
しかし、2人が成仏したのは喜ばしいことなのに、別れが悲しくて、どうしても伝えることができなかったのだ。
『でも驚きました!いきなりこんなに話せるようになるなんて……!』
……ん?
予想外の言葉に、俺は固まった。
俺はてっきり「毎日来ていた義姉が来ない」という連絡だと思っていたのだが、今、倉木は何と言ったのか?
「え、あの……義姉さん、そこにいるんすか?」
『はい!もうにっこにこで、あんなに泣いていたのが嘘みたいで』
「……ちょ、ちょっと待ってください……」
「え?……はい」
ゆっくり深呼吸しながら、頭を整理する。
今日の昼、兄たちはそろって光に包まれて消えていった。
あたかも成仏するかのように。
だがよく考えてみると、あの場で兄夫婦が成仏するのは納得できる。
でも、いっしょに早見さんが成仏するのはおかしくないか?
そして現在、義姉は倉木の自宅にいる。
ということは、もしかして兄は……。
俺は通話をミュートにして、低い声で兄を呼んだ。
一度では反応がなかったので、繰り返し何度か呼んでみる。
しかしやはり反応はない。
「このままだんまり決め込むなら、倉木さんから義姉さんにあのこと伝えてもらうからな」
『は?!あのことってなんだよ!』
俺の言葉に、慌てたように兄が飛び出してきた。
秋良の寝ている部屋に隠れていたらしく、壁から器用に頭だけを出している。
「やっぱりいるんじゃねぇか!昼のあれは何だったんだよ!というか呼んだらさっさと出てこいよ!」
『うるせえな~。そうやって怒るから、隠れてたんじゃん』
「そりゃ怒るだろ!俺の涙を返せよ!」
『あぁ、ありゃ感動的だったよな。さすがの演出だったぜ。あ、早見さんって昔、劇団の演出やってたらしくてさ』
うんうん、と兄が頷く。
状況はまだよくわからないままだが、通話のミュートを解除し、倉木に事の次第を説明した。
最初は驚きながら話を聞いていた倉木だったが、最後の成仏がただの演出だったことを聞くと、爆笑していた。
お兄さんらしい、と言われ、納得してしまう自分が切ない。
『でも、その運転手の男の人、だいぶ救われたんじゃないですかね?』
倉木に言われ、ハッとする。
自分のことで精いっぱいだったが、確かに、暗い顔やってきた男は、帰り際前向きな表情をしていた気がする。
そう考えると、無意味な演出ではなかったのかもしれない。
『ちなみに、どうやって光とか出したんですか?』
倉木の問いに『早見さんの霊パワーがめざましい成長を遂げてて、ついに発光できるようになったです!』などと兄が興奮気味に話す。
そのとき、俺はふと電話口から聞こえてくる笑い声が2人分であることに気づいた。
「あれ?倉木さん、娘さん起きてるんですか?」
『いいえ、寝てますよ?』
「でも笑い声が……」
そこまで言って、ハッとした。
倉木でもその娘でもないなら、残るは……。
「み、美冬義姉さん……?」
恐る恐る名前を呼ぶ。
そして期待通り、俺は懐かしい声を耳にすることができた。
『春馬くん?なんで急に私の名前呼ぶの?』
笑みを含んだ、少し高い声。
俺は泣きながら、何度も義姉の名前を呼んだ。
そのたびに返事をしてくれるのが、嬉しくて。
『あ、そうか』
最初に気づいたのは、倉木だった。
直接兄の姿を視ることも声を聞くこともできない倉木だが、電話越しなら会話ができる。
それと同じことが、俺と義姉でも起きているのだ。
よかったですね、と倉木の優しい声がした。
『春馬くん?泣いてるの?どうした?』
『あぁ、めっちゃ泣いてる。何ならさっきより泣いてる』
『まじかぁ』
電話の向こうで、義姉と倉木が笑いあう声が聞こえる。
俺は乱暴に涙を拭った。
「義姉さん、お帰りなさい。俺、何もできなくて……」
『そんなことないよ。秋良のこと、大事にしてくれてありがとう』
「いや、そんな……。あとその、見苦しいものを見せちゃって……」
『大丈夫。人間だれしも全裸で生まれてくるものだからね!君のお兄ちゃんも、しょっちゅう裸でうろついてたよ』
せっかく濁したのに、義姉があっけらかんというものだから、倉木が小声で『え、裸……?』と若干引いた声を出している。
恥ずかしさにどうにかなりそうだったが、どうしても聞きたかったことを問いかけてみた。
「あの、俺の育児見守っててくれたんだよね?兄ちゃんに助言もらってたとはいえ、あんまりうまくいかないことも多くて……。なんか気になるとことかなかった?」
『ううん、春馬くんはよくやってくれてたと思うよ?でもまあ、強いて言うなら……』
遠慮気味ではあるが、出るわ出るわ。
義姉から見ると、やはり俺の育児は相当危なっかしく見えたらしい。
次々出てくるダメ出しに、兄とふたりでうなだれる。
小声で『ごめん……』という兄は、普段よりも小さく見えた。
一通り言い尽くしたあとに、義姉は『でも、どれも私が何年も秋良の親をやってきて気づいたことだからね』と言った。
『春馬くんは、まだ秋良と暮らし始めて数ヶ月でしょ?それで文句なしの育児が出来たら、こっちの顔が立たないっていうか、むしろ腹立つっていうか』
「え……そ、そういうもん?」
『そういうもん!私だっていっぱい失敗してきたし』
そういう義姉の声は、少し寂しそうに聞こえる。
『そういう失敗を繰り返しながら、もっといいお母さんになりたかったな』
義姉は秋良にとって、すごくいい母親だったと俺は思う。
それでも彼女は、もう秋良の人生にかかわっていくことができない。
彼女らしさを取り戻しても、その悲しみは消えることはないのだろう。
しんみりとした空気の中で、兄が『ま、いいじゃん』と明るく言い放った。
『秋良に俺たちは視えないけどさ、春馬とは話すことができる。だから春馬を通して、今後も親として頑張っていこうぜ!……ま、春馬には迷惑かけるけどさ』
「迷惑なんかじゃないさ」
『ほらほら、春馬もそう言ってるし。っていうか美冬!幽霊だからってあんまり遅い時間に出歩くなよ~。ワル幽霊にちょっかいかけられるぞ』
『えぇ~。今日は美紀ちゃんちに泊まりたい~。今までいっぱい迷惑かけたし、まだしゃべり足りないし』
「美紀ちゃん?」
『あ、私です。倉木美紀です』
「あ、すみません。下の名前は存じ上げず……」
『いやいや、知ってる方が怖いだろ~』
『確かに!怖い怖い』
兄と義姉がそろって茶化してくるので、ばからしくなって笑ってしまった。
兄夫婦が亡くなってから、一番和やかな時間かもしれない。
『ま、迷惑にならない程度にな。倉木さん、すんませんけどお願いします』
兄の言葉に、倉木が笑って了承する。
『じゃ、春馬くん!朝には帰るから、そのころにはちゃんと服着ててね!ズボンも穿いてね!』
義姉がそんな余計なことを言うので、俺は別れを告げて慌てて電話を切った。
電話先で倉木が笑いをかみ殺す声が聞こえていて、すこぶる恥ずかしかった。
八つ当たりに隣で爆笑している兄に殴りかかったが、やはりすり抜けて触れることは出来なかった。
※
「でもさ、まさかずっといるとは思わなかったなぁ……」
リビングのソファに座っている兄を見て、ぽつりと呟いた。
兄にもたれかかるように黒いもやがかかっているから、義姉もいっしょにくつろいでいるのだろう。
「おじさん、どうしたの?」
秋良が不思議そうに首を傾げた。
俺は「なんでもない」と返しつつ、大きくなったなあと感慨にふける。
着古したブレザーに身を包んだ秋良は、今日高校を卒業する。
引き取ったばかりのころは軽々抱っこできるサイズだったのに、今では俺よりも頭一つ分大きい。
「なあ、秋良」
「なに?」
「もし秋良の父さんと母さんがさ、幽霊になってこの家にずっといたらどう思う?」
「は?なにそれ」
秋良は怪訝そうな顔をしながらも、少し考えて「そういうこともあるかもな、とは思う」と答えた。
意外な返答に戸惑っていると、秋良が笑う。
「俺はあんまり両親のこと覚えてないけど、なんていうか……ずっと見守ってくれてるような気がするんだよな」
「……そうか」
「え、おじさんもしかして本当に幽霊視えてるとか言わないよね?さすがにその歳で霊感アピールはきついと思うよ?」
「……言わねぇよ」
「なにその間。怪しいんだけど」
そう言いつつも、秋良は晴れやかな笑顔だった。
時計をちらりと見て「やべ」と呟いて慌ただしく玄関へ向かう。
「のんびりしすぎた!俺、もう出るから!」
「おう。気をつけろよ。俺はあとから行くから」
「いってきます!」
バタバタと出ていく秋良のうしろ姿を見送っていると、いつの間にか兄と義姉が隣に立っていた。
どうせ卒業式にもついてくるつもりなのだろう。
「なあ、兄ちゃん。ひとつ訊いていい?」
『ん~?』
「もうちょいしたらさ、秋良、進学で家出てくじゃん。そのあと、兄ちゃんたちってどうすんの?」
『え、さすがに息子の一人暮らしについていくのは野暮だろ』
……成仏とかしないんだろうか。
そう思いつつも、口には出さなかった。
今さら、幽霊兄夫婦のいない生活といわれても、ピンとこないし。
俺はぐっと背伸びをして、ダイニングの椅子にかけていた背広を羽織った。
ネクタイを締め、鏡で身だしなみを整える。
『早く行こうぜ!』
いつの間にか玄関に立っていた兄が、俺を呼ぶ。
俺は「今行く!」と返事をしながら、あの日からまったく変わらない兄の笑顔を見て目を細めた。
(完)
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最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!
ここまで書き上げられたのは、ひとえに読者の皆様のおかけです。
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時刻は22時。
秋良が寝て、ゆっくりしていた時間だった。
この時間に、連絡なしで直電とは珍しいな。
そう思いつつ、倉木からの電話の理由は何となく察していた。
おそらく、義姉が来ないという連絡だろう。
俺は光の中に消えていった兄夫婦を思い出し、涙ぐみながら通話ボタンを押した。
「もしもし?」
『あの!大変なんです!』
電話口の倉木は、慌てている様子だった。
「義姉のことですよね?」
『そ、そうです!』
「わかっています。……先に、お伝えしておくべきでしたね。俺もまだ、受け入れられていなくて……」
『あ……そうだったんですね。すみません、私、つい慌ててしまって』
「いえ、ありがとうございます」
義姉が兄と成仏したこと、倉木に伝えるべきか悩んだ。
ずいぶんと迷惑をかけたし、倉木の義姉への思い入れも十分知っていたから。
しかし、2人が成仏したのは喜ばしいことなのに、別れが悲しくて、どうしても伝えることができなかったのだ。
『でも驚きました!いきなりこんなに話せるようになるなんて……!』
……ん?
予想外の言葉に、俺は固まった。
俺はてっきり「毎日来ていた義姉が来ない」という連絡だと思っていたのだが、今、倉木は何と言ったのか?
「え、あの……義姉さん、そこにいるんすか?」
『はい!もうにっこにこで、あんなに泣いていたのが嘘みたいで』
「……ちょ、ちょっと待ってください……」
「え?……はい」
ゆっくり深呼吸しながら、頭を整理する。
今日の昼、兄たちはそろって光に包まれて消えていった。
あたかも成仏するかのように。
だがよく考えてみると、あの場で兄夫婦が成仏するのは納得できる。
でも、いっしょに早見さんが成仏するのはおかしくないか?
そして現在、義姉は倉木の自宅にいる。
ということは、もしかして兄は……。
俺は通話をミュートにして、低い声で兄を呼んだ。
一度では反応がなかったので、繰り返し何度か呼んでみる。
しかしやはり反応はない。
「このままだんまり決め込むなら、倉木さんから義姉さんにあのこと伝えてもらうからな」
『は?!あのことってなんだよ!』
俺の言葉に、慌てたように兄が飛び出してきた。
秋良の寝ている部屋に隠れていたらしく、壁から器用に頭だけを出している。
「やっぱりいるんじゃねぇか!昼のあれは何だったんだよ!というか呼んだらさっさと出てこいよ!」
『うるせえな~。そうやって怒るから、隠れてたんじゃん』
「そりゃ怒るだろ!俺の涙を返せよ!」
『あぁ、ありゃ感動的だったよな。さすがの演出だったぜ。あ、早見さんって昔、劇団の演出やってたらしくてさ』
うんうん、と兄が頷く。
状況はまだよくわからないままだが、通話のミュートを解除し、倉木に事の次第を説明した。
最初は驚きながら話を聞いていた倉木だったが、最後の成仏がただの演出だったことを聞くと、爆笑していた。
お兄さんらしい、と言われ、納得してしまう自分が切ない。
『でも、その運転手の男の人、だいぶ救われたんじゃないですかね?』
倉木に言われ、ハッとする。
自分のことで精いっぱいだったが、確かに、暗い顔やってきた男は、帰り際前向きな表情をしていた気がする。
そう考えると、無意味な演出ではなかったのかもしれない。
『ちなみに、どうやって光とか出したんですか?』
倉木の問いに『早見さんの霊パワーがめざましい成長を遂げてて、ついに発光できるようになったです!』などと兄が興奮気味に話す。
そのとき、俺はふと電話口から聞こえてくる笑い声が2人分であることに気づいた。
「あれ?倉木さん、娘さん起きてるんですか?」
『いいえ、寝てますよ?』
「でも笑い声が……」
そこまで言って、ハッとした。
倉木でもその娘でもないなら、残るは……。
「み、美冬義姉さん……?」
恐る恐る名前を呼ぶ。
そして期待通り、俺は懐かしい声を耳にすることができた。
『春馬くん?なんで急に私の名前呼ぶの?』
笑みを含んだ、少し高い声。
俺は泣きながら、何度も義姉の名前を呼んだ。
そのたびに返事をしてくれるのが、嬉しくて。
『あ、そうか』
最初に気づいたのは、倉木だった。
直接兄の姿を視ることも声を聞くこともできない倉木だが、電話越しなら会話ができる。
それと同じことが、俺と義姉でも起きているのだ。
よかったですね、と倉木の優しい声がした。
『春馬くん?泣いてるの?どうした?』
『あぁ、めっちゃ泣いてる。何ならさっきより泣いてる』
『まじかぁ』
電話の向こうで、義姉と倉木が笑いあう声が聞こえる。
俺は乱暴に涙を拭った。
「義姉さん、お帰りなさい。俺、何もできなくて……」
『そんなことないよ。秋良のこと、大事にしてくれてありがとう』
「いや、そんな……。あとその、見苦しいものを見せちゃって……」
『大丈夫。人間だれしも全裸で生まれてくるものだからね!君のお兄ちゃんも、しょっちゅう裸でうろついてたよ』
せっかく濁したのに、義姉があっけらかんというものだから、倉木が小声で『え、裸……?』と若干引いた声を出している。
恥ずかしさにどうにかなりそうだったが、どうしても聞きたかったことを問いかけてみた。
「あの、俺の育児見守っててくれたんだよね?兄ちゃんに助言もらってたとはいえ、あんまりうまくいかないことも多くて……。なんか気になるとことかなかった?」
『ううん、春馬くんはよくやってくれてたと思うよ?でもまあ、強いて言うなら……』
遠慮気味ではあるが、出るわ出るわ。
義姉から見ると、やはり俺の育児は相当危なっかしく見えたらしい。
次々出てくるダメ出しに、兄とふたりでうなだれる。
小声で『ごめん……』という兄は、普段よりも小さく見えた。
一通り言い尽くしたあとに、義姉は『でも、どれも私が何年も秋良の親をやってきて気づいたことだからね』と言った。
『春馬くんは、まだ秋良と暮らし始めて数ヶ月でしょ?それで文句なしの育児が出来たら、こっちの顔が立たないっていうか、むしろ腹立つっていうか』
「え……そ、そういうもん?」
『そういうもん!私だっていっぱい失敗してきたし』
そういう義姉の声は、少し寂しそうに聞こえる。
『そういう失敗を繰り返しながら、もっといいお母さんになりたかったな』
義姉は秋良にとって、すごくいい母親だったと俺は思う。
それでも彼女は、もう秋良の人生にかかわっていくことができない。
彼女らしさを取り戻しても、その悲しみは消えることはないのだろう。
しんみりとした空気の中で、兄が『ま、いいじゃん』と明るく言い放った。
『秋良に俺たちは視えないけどさ、春馬とは話すことができる。だから春馬を通して、今後も親として頑張っていこうぜ!……ま、春馬には迷惑かけるけどさ』
「迷惑なんかじゃないさ」
『ほらほら、春馬もそう言ってるし。っていうか美冬!幽霊だからってあんまり遅い時間に出歩くなよ~。ワル幽霊にちょっかいかけられるぞ』
『えぇ~。今日は美紀ちゃんちに泊まりたい~。今までいっぱい迷惑かけたし、まだしゃべり足りないし』
「美紀ちゃん?」
『あ、私です。倉木美紀です』
「あ、すみません。下の名前は存じ上げず……」
『いやいや、知ってる方が怖いだろ~』
『確かに!怖い怖い』
兄と義姉がそろって茶化してくるので、ばからしくなって笑ってしまった。
兄夫婦が亡くなってから、一番和やかな時間かもしれない。
『ま、迷惑にならない程度にな。倉木さん、すんませんけどお願いします』
兄の言葉に、倉木が笑って了承する。
『じゃ、春馬くん!朝には帰るから、そのころにはちゃんと服着ててね!ズボンも穿いてね!』
義姉がそんな余計なことを言うので、俺は別れを告げて慌てて電話を切った。
電話先で倉木が笑いをかみ殺す声が聞こえていて、すこぶる恥ずかしかった。
八つ当たりに隣で爆笑している兄に殴りかかったが、やはりすり抜けて触れることは出来なかった。
※
「でもさ、まさかずっといるとは思わなかったなぁ……」
リビングのソファに座っている兄を見て、ぽつりと呟いた。
兄にもたれかかるように黒いもやがかかっているから、義姉もいっしょにくつろいでいるのだろう。
「おじさん、どうしたの?」
秋良が不思議そうに首を傾げた。
俺は「なんでもない」と返しつつ、大きくなったなあと感慨にふける。
着古したブレザーに身を包んだ秋良は、今日高校を卒業する。
引き取ったばかりのころは軽々抱っこできるサイズだったのに、今では俺よりも頭一つ分大きい。
「なあ、秋良」
「なに?」
「もし秋良の父さんと母さんがさ、幽霊になってこの家にずっといたらどう思う?」
「は?なにそれ」
秋良は怪訝そうな顔をしながらも、少し考えて「そういうこともあるかもな、とは思う」と答えた。
意外な返答に戸惑っていると、秋良が笑う。
「俺はあんまり両親のこと覚えてないけど、なんていうか……ずっと見守ってくれてるような気がするんだよな」
「……そうか」
「え、おじさんもしかして本当に幽霊視えてるとか言わないよね?さすがにその歳で霊感アピールはきついと思うよ?」
「……言わねぇよ」
「なにその間。怪しいんだけど」
そう言いつつも、秋良は晴れやかな笑顔だった。
時計をちらりと見て「やべ」と呟いて慌ただしく玄関へ向かう。
「のんびりしすぎた!俺、もう出るから!」
「おう。気をつけろよ。俺はあとから行くから」
「いってきます!」
バタバタと出ていく秋良のうしろ姿を見送っていると、いつの間にか兄と義姉が隣に立っていた。
どうせ卒業式にもついてくるつもりなのだろう。
「なあ、兄ちゃん。ひとつ訊いていい?」
『ん~?』
「もうちょいしたらさ、秋良、進学で家出てくじゃん。そのあと、兄ちゃんたちってどうすんの?」
『え、さすがに息子の一人暮らしについていくのは野暮だろ』
……成仏とかしないんだろうか。
そう思いつつも、口には出さなかった。
今さら、幽霊兄夫婦のいない生活といわれても、ピンとこないし。
俺はぐっと背伸びをして、ダイニングの椅子にかけていた背広を羽織った。
ネクタイを締め、鏡で身だしなみを整える。
『早く行こうぜ!』
いつの間にか玄関に立っていた兄が、俺を呼ぶ。
俺は「今行く!」と返事をしながら、あの日からまったく変わらない兄の笑顔を見て目を細めた。
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改めまして、最後までご覧いただきありがとうございました!
全話拝読しました。完結おめでとうございます! お疲れ様でした。
4歳の息子を膝に乗せながら読ませていただきました。子育てあるあるが本当に子育てあるあるですね(笑)
幽霊になったお兄ちゃんのキャラがおもしろくて、重くなりそうな話なのに楽しんで読めました。
倉木さんとの出会い、義姉のお話のあたり、最後の終わり方が特に好きです。
ステキな物語をありがとうございました。
最後まで読んで頂けたとのこと、ありがとうございます!
あまり重くなりすぎないように意識して書いた話なので、楽しく読んでいただけて嬉しいです。
素敵な感想をありがとうございました!