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22 信じたくない現実と兄の怒り
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兄は義姉が冷静ではないと言った。
いきなり命を奪われたのだ。
愛する一人息子を残して。
それがどれほど苦しく、無念なことか俺には到底想像もできない。
しかし、この家に戻ってきて1ヶ月ほど過ぎても会話もままならないなんて、尋常ではない。
もしかして義姉は、自我を保っていないのかもしれない。
そんな状態だからこそ、兄は義姉の帰還を俺に知らせられなかった可能性もある。
不思議だったんだ。
兄は確かに、義姉を愛していたし、それは今も変わりないはず。
それなのに、どうして兄は義姉との再会を喜ばなかったのか。
成仏してほしかったのはわかる。
現世に留まってしまったことを残念に思う気持ちも。
しかし楽観的な兄の性格上、それだけで義姉の存在をひた隠しにするとは思えなかった。
それはつまり、つまりーー
「もしかして義姉さんは悪霊になっちまったのか……?」
俺の言葉に、兄がぱっと俺を見て、睨みつけた。
兄のこんなに怒っている顔を見るのは、初めてだ。
『……今、なんつった!?もっぺん言ってみろ!』
怒鳴りながらも、兄の目からは涙がこぼれ落ちていた。
床に落ちる前に、音もなく消えていく。
何の跡さえ残らない、悲しい涙だ。
それは暗に、俺の言葉への肯定を示していた。
視界が滲んで、兄の姿がぼやけて見える。
「美冬義姉さん……」
名前を呼んでも、返事はない。
遺影に映る彼女はこんなに晴れやかな笑顔をしているのに。
そう思うと、悲しくてたまらなかった。
※
『……悪かった』
しばらくお互い泣き続けて落ち着いた頃、ポツリと兄が言った。
『美冬は……悪霊、になったかはわからない。でも、可能性は高いと思う』
「うん」
『……認めたくなくてさ、悪かったよ。怖かったろ?でも俺、人を呪ったりとかいう不思議パワーにはまだ目覚めてないから安心してくれ』
「……まだってなんだよ。目覚めるつもりかよ。むしろそっちのが怖えよ」
『ま、霊の嗜みってやつだな』
どうやら冗談を言える程度の元気は取り戻したらしい。
兄が人を呪い出すのはさすがに嫌だな、と思うが、今はそんなことより義姉についてだ。
俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐ。
泣いたせいか、ひどく喉が渇いていた。
コップの中身を一気に飲み干して、話を続ける。
「義姉さんは、今ここにいるのか?」
『いや、いない。夜、秋良が寝てからは姿が見えないことが多い』
「……もしかしたら、倉木さんのところかもな」
『やっぱり?……あ~、まさか人様に迷惑かけてたとは……。でも俺が行くわけにもいかないしな……』
「なんでだよ、迎えに行けばいいだろ?」
『いや、常識的に考えてさ、ママ友の旦那が急に家にいたら怖いだろ。美冬の比じゃねえぞ。確実に塩ぶん投げられるレベル。プライバシーガン無視とか、ありえねぇし』
……確かに。
子持ちとはいえ、妙齢の女性の家におっさんが侵入とか、犯罪の匂いしかしない。
たとえ幽霊でも、倫理的に許されていいはずがない。
『それにさ、公園では倉木さんに俺は視えてなかった。電話越しで通話できたのは謎だが……今も会って会話ができる保証はない』
「確かにな……」
『それに彼女の話しぶりからすると、切迫した状況でもなさそうだ。怯えているっていうより、困惑してる感じだったしな。それに、美冬には彼女を恨む理由はないし、危害を加えることはないだろう』
「……それは……そう信じたいけど……」
そのとき、ピロンとスマホの通知がなった。
表示されているのは、倉木の名前だった。
《お時間があれば、明日お会いできませんか?》
それに承諾の返事を返してから、俺はため息をついた。
新しい情報が満載で、頭がパンクしそうだ。
兄には「そろそろ寝るから、続きはまた話そう」と言った。
兄も頷き、俺は寝る支度を整えて、秋良の眠る寝室へ向かった。
ベッドの上では、秋良が布団を下敷きにして眠っている。
苦笑して、布団を整えてから隣に寝転がった。
兄にはああ言ったが、正直眠れそうになかった。
ただ、冷静になるための時間がほしかった。
いきなり命を奪われたのだ。
愛する一人息子を残して。
それがどれほど苦しく、無念なことか俺には到底想像もできない。
しかし、この家に戻ってきて1ヶ月ほど過ぎても会話もままならないなんて、尋常ではない。
もしかして義姉は、自我を保っていないのかもしれない。
そんな状態だからこそ、兄は義姉の帰還を俺に知らせられなかった可能性もある。
不思議だったんだ。
兄は確かに、義姉を愛していたし、それは今も変わりないはず。
それなのに、どうして兄は義姉との再会を喜ばなかったのか。
成仏してほしかったのはわかる。
現世に留まってしまったことを残念に思う気持ちも。
しかし楽観的な兄の性格上、それだけで義姉の存在をひた隠しにするとは思えなかった。
それはつまり、つまりーー
「もしかして義姉さんは悪霊になっちまったのか……?」
俺の言葉に、兄がぱっと俺を見て、睨みつけた。
兄のこんなに怒っている顔を見るのは、初めてだ。
『……今、なんつった!?もっぺん言ってみろ!』
怒鳴りながらも、兄の目からは涙がこぼれ落ちていた。
床に落ちる前に、音もなく消えていく。
何の跡さえ残らない、悲しい涙だ。
それは暗に、俺の言葉への肯定を示していた。
視界が滲んで、兄の姿がぼやけて見える。
「美冬義姉さん……」
名前を呼んでも、返事はない。
遺影に映る彼女はこんなに晴れやかな笑顔をしているのに。
そう思うと、悲しくてたまらなかった。
※
『……悪かった』
しばらくお互い泣き続けて落ち着いた頃、ポツリと兄が言った。
『美冬は……悪霊、になったかはわからない。でも、可能性は高いと思う』
「うん」
『……認めたくなくてさ、悪かったよ。怖かったろ?でも俺、人を呪ったりとかいう不思議パワーにはまだ目覚めてないから安心してくれ』
「……まだってなんだよ。目覚めるつもりかよ。むしろそっちのが怖えよ」
『ま、霊の嗜みってやつだな』
どうやら冗談を言える程度の元気は取り戻したらしい。
兄が人を呪い出すのはさすがに嫌だな、と思うが、今はそんなことより義姉についてだ。
俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐ。
泣いたせいか、ひどく喉が渇いていた。
コップの中身を一気に飲み干して、話を続ける。
「義姉さんは、今ここにいるのか?」
『いや、いない。夜、秋良が寝てからは姿が見えないことが多い』
「……もしかしたら、倉木さんのところかもな」
『やっぱり?……あ~、まさか人様に迷惑かけてたとは……。でも俺が行くわけにもいかないしな……』
「なんでだよ、迎えに行けばいいだろ?」
『いや、常識的に考えてさ、ママ友の旦那が急に家にいたら怖いだろ。美冬の比じゃねえぞ。確実に塩ぶん投げられるレベル。プライバシーガン無視とか、ありえねぇし』
……確かに。
子持ちとはいえ、妙齢の女性の家におっさんが侵入とか、犯罪の匂いしかしない。
たとえ幽霊でも、倫理的に許されていいはずがない。
『それにさ、公園では倉木さんに俺は視えてなかった。電話越しで通話できたのは謎だが……今も会って会話ができる保証はない』
「確かにな……」
『それに彼女の話しぶりからすると、切迫した状況でもなさそうだ。怯えているっていうより、困惑してる感じだったしな。それに、美冬には彼女を恨む理由はないし、危害を加えることはないだろう』
「……それは……そう信じたいけど……」
そのとき、ピロンとスマホの通知がなった。
表示されているのは、倉木の名前だった。
《お時間があれば、明日お会いできませんか?》
それに承諾の返事を返してから、俺はため息をついた。
新しい情報が満載で、頭がパンクしそうだ。
兄には「そろそろ寝るから、続きはまた話そう」と言った。
兄も頷き、俺は寝る支度を整えて、秋良の眠る寝室へ向かった。
ベッドの上では、秋良が布団を下敷きにして眠っている。
苦笑して、布団を整えてから隣に寝転がった。
兄にはああ言ったが、正直眠れそうになかった。
ただ、冷静になるための時間がほしかった。
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