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22 信じたくない現実と兄の怒り

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 兄は義姉が冷静ではないと言った。

 いきなり命を奪われたのだ。
 愛する一人息子を残して。
 それがどれほど苦しく、無念なことか俺には到底想像もできない。

 しかし、この家に戻ってきて1ヶ月ほど過ぎても会話もままならないなんて、尋常ではない。
 もしかして義姉は、自我を保っていないのかもしれない。
 そんな状態だからこそ、兄は義姉の帰還を俺に知らせられなかった可能性もある。

 
 不思議だったんだ。
 兄は確かに、義姉を愛していたし、それは今も変わりないはず。
 それなのに、どうして兄は義姉との再会を喜ばなかったのか。

 成仏してほしかったのはわかる。
 現世に留まってしまったことを残念に思う気持ちも。

 しかし楽観的な兄の性格上、それだけで義姉の存在をひた隠しにするとは思えなかった。
 それはつまり、つまりーー


「もしかして義姉さんは悪霊になっちまったのか……?」


 俺の言葉に、兄がぱっと俺を見て、睨みつけた。
 兄のこんなに怒っている顔を見るのは、初めてだ。


『……今、なんつった!?もっぺん言ってみろ!』


 怒鳴りながらも、兄の目からは涙がこぼれ落ちていた。
 床に落ちる前に、音もなく消えていく。
 何の跡さえ残らない、悲しい涙だ。

 それは暗に、俺の言葉への肯定を示していた。


 視界が滲んで、兄の姿がぼやけて見える。



「美冬義姉さん……」


 名前を呼んでも、返事はない。
 遺影に映る彼女はこんなに晴れやかな笑顔をしているのに。
 そう思うと、悲しくてたまらなかった。







『……悪かった』


 しばらくお互い泣き続けて落ち着いた頃、ポツリと兄が言った。


『美冬は……悪霊、になったかはわからない。でも、可能性は高いと思う』

「うん」

『……認めたくなくてさ、悪かったよ。怖かったろ?でも俺、人を呪ったりとかいう不思議パワーにはまだ目覚めてないから安心してくれ』

「……まだってなんだよ。目覚めるつもりかよ。むしろそっちのが怖えよ」

『ま、霊の嗜みってやつだな』


 どうやら冗談を言える程度の元気は取り戻したらしい。
 兄が人を呪い出すのはさすがに嫌だな、と思うが、今はそんなことより義姉についてだ。

 俺は冷蔵庫から麦茶を取り出し、コップに注ぐ。
 泣いたせいか、ひどく喉が渇いていた。
 コップの中身を一気に飲み干して、話を続ける。


「義姉さんは、今ここにいるのか?」

『いや、いない。夜、秋良が寝てからは姿が見えないことが多い』

「……もしかしたら、倉木さんのところかもな」

『やっぱり?……あ~、まさか人様に迷惑かけてたとは……。でも俺が行くわけにもいかないしな……』

「なんでだよ、迎えに行けばいいだろ?」

『いや、常識的に考えてさ、ママ友の旦那が急に家にいたら怖いだろ。美冬の比じゃねえぞ。確実に塩ぶん投げられるレベル。プライバシーガン無視とか、ありえねぇし』


 ……確かに。
 子持ちとはいえ、妙齢の女性の家におっさんが侵入とか、犯罪の匂いしかしない。
 たとえ幽霊でも、倫理的に許されていいはずがない。


『それにさ、公園では倉木さんに俺は視えてなかった。電話越しで通話できたのは謎だが……今も会って会話ができる保証はない』

「確かにな……」

『それに彼女の話しぶりからすると、切迫した状況でもなさそうだ。怯えているっていうより、困惑してる感じだったしな。それに、美冬には彼女を恨む理由はないし、危害を加えることはないだろう』

「……それは……そう信じたいけど……」


 そのとき、ピロンとスマホの通知がなった。
 表示されているのは、倉木の名前だった。

 
《お時間があれば、明日お会いできませんか?》


 それに承諾の返事を返してから、俺はため息をついた。
 新しい情報が満載で、頭がパンクしそうだ。

 兄には「そろそろ寝るから、続きはまた話そう」と言った。
 兄も頷き、俺は寝る支度を整えて、秋良の眠る寝室へ向かった。

 ベッドの上では、秋良が布団を下敷きにして眠っている。
 苦笑して、布団を整えてから隣に寝転がった。

 兄にはああ言ったが、正直眠れそうになかった。
 ただ、冷静になるための時間がほしかった。
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