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5 兄が幽霊になって帰ってきた?!
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ピピピピ、ピピピ……。
アラームの音が響き渡り、俺はスマホを手に取った。
気づけば、もう秋良のお迎えの時間だ。
手早く準備を済ませ、家を出る。
足早に保育園に到着すると、保育士が「おかえりなさい!」と声をかけてくれた。
他人に「おかえり」と言われるのは、なんだかこそばゆい気持ちだ。
どう返せばいいのかわからず、会釈する。
「秋良くーん!お迎えだよー」
保育士に呼ばれた秋良は、荷物を持って俺のもとへ駆けてきた。
少し戸惑ったような、複雑な表情。
兄や義姉がいつもお迎えに来ていたから、違和感があるのだろう。
……そもそも、秋良はどれだけ両親の死を理解しているのか。
両親のいない寂しさは、夜泣きという形で表れている。
しかし「両親にはもう二度と会えない」ということが理解できているのかどうかは、また違った話だ。
兄夫婦の遺体は、損傷が激しく、幼い秋良には到底見せられる状態ではなかった。
そこで葬儀社を通してエンバーミングを依頼し、生前に近い状態に修復してもらったうえで、秋良には対面してもらった。
完全に元通りとはいかなかったが、腕のいいエンバーマーだったようで、兄も義姉も安らかに眠っているように見えた。
秋良はきょとんとした顔で眠る両親を眺め、その頬に手を触れていた。
何も言わず、泣きもせず。
その様子が痛ましく、ただただ悲しかった。
担任によると、秋良は元気に過ごしていたらしい。
友だちとよく遊び、給食もしっかり食べたそうだ。
それでも、時折ぼうっとしていることがあったから、家庭でも気掛けておいてほしいと言われた。
俺は礼を告げ、秋良と手をつないで保育園をあとにする。
秋良に「今日の夕飯は何がいい?」と訊ねると、少し悩んで「からあげ」と答えた。
そして俺たちは、いつもの弁当屋で弁当を買い、家へと帰った。
※
秋良の泣き声が聞こえる。
あやふやな意識を手繰り寄せるように、俺はゆっくりと瞼を持ち上げ、秋良の姿を探す。
隣の布団で眠っていたはずの秋良は、いつの間にかドアの近くに座り込んでいて、しきりにしゃっくりをあげて嗚咽を漏らしていた。
「……秋良……」
震える小さな身体に手を伸ばす。
抱き上げようとしたが、その手は思い切り振り払われてしまった。
その途端、秋良の泣き声は大きく、悲鳴が混じったようなものに変わった。
いつもこうだ。
はじめは静かに泣いていた秋良を俺があやそうとすると、より激しく泣き始める。
手が付けられないくらい暴れて、暴れて、やがて疲れ果てたであろうタイミングで、ようやく俺の抱っこを受け入れてくれるのだ。
秋良が求めているのは、俺の手ではないのだろう。
しかし、彼が求めているものは、もう二度と帰ってこない。
部屋に響き続ける秋良の泣き声は、俺の胸を締め付ける。
寝不足と疲労と悲しみが入り交じり、頭がおかしくなりそうだった。
幼い甥に寄り添ってあげたいのに「早く泣き止んでくれ」とうなだれている自分がいる。
まだたったの一週間だ。
それだけでこんなに参っている自分が情けなくなりながらも、俺はただ秋良が泣きつかれるのを待っていた。
「……これ、いつまで続くんだろ……」
『な!やばいよな、泣き声』
「ほんとだよ。仕方ないんだろうけど、こうも毎晩続くと、こっちが限界……」
『いやいや、お前はよくやってるよ。サンキュ!』
「……軽いなー……、ん!?」
疲れすぎて幻聴が聞こえたのだろうか。
俺は今、誰と会話していた?
「いや、まさかな」
秋良の泣き声を聞きすぎて、どうやらおかしくなっていたらしい。
しっかりしなければと思い直し、改めて秋良をなだめようと声をかけるが、一向に耳に入らないようだ。
「……やっぱ、落ち着くまで待つしかないか……」
ため息をつく。
落ち着くまで、どのくらい時間がかかるだろう。
子どもは意外と体力があるのか、平気で長時間泣き続けるのだ。
絶望的な気持ちになりながらも、腹をくくって暴れる秋良の隣に座り込む。
『いっそ電気点けて起こしちゃえば?』
また幻聴が聞こえた。
どうやら本当に疲れているらしい。
『夜泣きってさ、寝ながら泣いてる状態なんだぜ?一度起こして気分転換させた方が絶対早いって~』
「……さっきから幻聴がひどいな。病院行くか?」
『無視すんなよ~。聞こえてるんじゃねえのかよ~』
なんとも情けない話し方は、記憶にある兄そっくりだ。
それはそうか。
俺の記憶が生み出している幻聴なのだから。
うんうん、と頷く俺に視界に、ふっと見慣れた顔が飛び込んできた。
『ばあ!なんちって』
おちゃらけた兄が、変顔をしてゲラゲラ笑う。
しまいには俺の顔に尻を近づけ、フリフリと振る始末。
「……は?」
目の前に広がる、意味のわからない光景に唖然とする。
兄は俺の漏らした戸惑いの声が聞こえなかったのか、次は秋良に向かって変顔を繰り広げていた。
俺は頬をつねった。
痛みがある。
どうやらこれは、質の悪いことに現実らしい。
「はあああああああああ?!」
渾身の力を込めて、俺は叫び声をあげた。
近所迷惑だなんだと考える余裕はなく、俺の声に驚いた兄はぱっとこちらを振り向き、にかっと笑った。
『やっぱり見えてんじゃん!春馬、おつかれーい!』
思わず俺は、兄の足元を見た。
幽霊なら足はないのが世の常だが……がっつりついている……。
俺には俺の視線に気づいて、照れたように言った。
『いや、俺もさ、足はなくなると思ったんだけどな。普通にあってびっくりだわ』
……死んだ兄と、こんなふざけた感じで再会することが何よりの驚きなのだが、突っ込みどころが多すぎて、何から言えばいいのか、俺にはわからなかった。
アラームの音が響き渡り、俺はスマホを手に取った。
気づけば、もう秋良のお迎えの時間だ。
手早く準備を済ませ、家を出る。
足早に保育園に到着すると、保育士が「おかえりなさい!」と声をかけてくれた。
他人に「おかえり」と言われるのは、なんだかこそばゆい気持ちだ。
どう返せばいいのかわからず、会釈する。
「秋良くーん!お迎えだよー」
保育士に呼ばれた秋良は、荷物を持って俺のもとへ駆けてきた。
少し戸惑ったような、複雑な表情。
兄や義姉がいつもお迎えに来ていたから、違和感があるのだろう。
……そもそも、秋良はどれだけ両親の死を理解しているのか。
両親のいない寂しさは、夜泣きという形で表れている。
しかし「両親にはもう二度と会えない」ということが理解できているのかどうかは、また違った話だ。
兄夫婦の遺体は、損傷が激しく、幼い秋良には到底見せられる状態ではなかった。
そこで葬儀社を通してエンバーミングを依頼し、生前に近い状態に修復してもらったうえで、秋良には対面してもらった。
完全に元通りとはいかなかったが、腕のいいエンバーマーだったようで、兄も義姉も安らかに眠っているように見えた。
秋良はきょとんとした顔で眠る両親を眺め、その頬に手を触れていた。
何も言わず、泣きもせず。
その様子が痛ましく、ただただ悲しかった。
担任によると、秋良は元気に過ごしていたらしい。
友だちとよく遊び、給食もしっかり食べたそうだ。
それでも、時折ぼうっとしていることがあったから、家庭でも気掛けておいてほしいと言われた。
俺は礼を告げ、秋良と手をつないで保育園をあとにする。
秋良に「今日の夕飯は何がいい?」と訊ねると、少し悩んで「からあげ」と答えた。
そして俺たちは、いつもの弁当屋で弁当を買い、家へと帰った。
※
秋良の泣き声が聞こえる。
あやふやな意識を手繰り寄せるように、俺はゆっくりと瞼を持ち上げ、秋良の姿を探す。
隣の布団で眠っていたはずの秋良は、いつの間にかドアの近くに座り込んでいて、しきりにしゃっくりをあげて嗚咽を漏らしていた。
「……秋良……」
震える小さな身体に手を伸ばす。
抱き上げようとしたが、その手は思い切り振り払われてしまった。
その途端、秋良の泣き声は大きく、悲鳴が混じったようなものに変わった。
いつもこうだ。
はじめは静かに泣いていた秋良を俺があやそうとすると、より激しく泣き始める。
手が付けられないくらい暴れて、暴れて、やがて疲れ果てたであろうタイミングで、ようやく俺の抱っこを受け入れてくれるのだ。
秋良が求めているのは、俺の手ではないのだろう。
しかし、彼が求めているものは、もう二度と帰ってこない。
部屋に響き続ける秋良の泣き声は、俺の胸を締め付ける。
寝不足と疲労と悲しみが入り交じり、頭がおかしくなりそうだった。
幼い甥に寄り添ってあげたいのに「早く泣き止んでくれ」とうなだれている自分がいる。
まだたったの一週間だ。
それだけでこんなに参っている自分が情けなくなりながらも、俺はただ秋良が泣きつかれるのを待っていた。
「……これ、いつまで続くんだろ……」
『な!やばいよな、泣き声』
「ほんとだよ。仕方ないんだろうけど、こうも毎晩続くと、こっちが限界……」
『いやいや、お前はよくやってるよ。サンキュ!』
「……軽いなー……、ん!?」
疲れすぎて幻聴が聞こえたのだろうか。
俺は今、誰と会話していた?
「いや、まさかな」
秋良の泣き声を聞きすぎて、どうやらおかしくなっていたらしい。
しっかりしなければと思い直し、改めて秋良をなだめようと声をかけるが、一向に耳に入らないようだ。
「……やっぱ、落ち着くまで待つしかないか……」
ため息をつく。
落ち着くまで、どのくらい時間がかかるだろう。
子どもは意外と体力があるのか、平気で長時間泣き続けるのだ。
絶望的な気持ちになりながらも、腹をくくって暴れる秋良の隣に座り込む。
『いっそ電気点けて起こしちゃえば?』
また幻聴が聞こえた。
どうやら本当に疲れているらしい。
『夜泣きってさ、寝ながら泣いてる状態なんだぜ?一度起こして気分転換させた方が絶対早いって~』
「……さっきから幻聴がひどいな。病院行くか?」
『無視すんなよ~。聞こえてるんじゃねえのかよ~』
なんとも情けない話し方は、記憶にある兄そっくりだ。
それはそうか。
俺の記憶が生み出している幻聴なのだから。
うんうん、と頷く俺に視界に、ふっと見慣れた顔が飛び込んできた。
『ばあ!なんちって』
おちゃらけた兄が、変顔をしてゲラゲラ笑う。
しまいには俺の顔に尻を近づけ、フリフリと振る始末。
「……は?」
目の前に広がる、意味のわからない光景に唖然とする。
兄は俺の漏らした戸惑いの声が聞こえなかったのか、次は秋良に向かって変顔を繰り広げていた。
俺は頬をつねった。
痛みがある。
どうやらこれは、質の悪いことに現実らしい。
「はあああああああああ?!」
渾身の力を込めて、俺は叫び声をあげた。
近所迷惑だなんだと考える余裕はなく、俺の声に驚いた兄はぱっとこちらを振り向き、にかっと笑った。
『やっぱり見えてんじゃん!春馬、おつかれーい!』
思わず俺は、兄の足元を見た。
幽霊なら足はないのが世の常だが……がっつりついている……。
俺には俺の視線に気づいて、照れたように言った。
『いや、俺もさ、足はなくなると思ったんだけどな。普通にあってびっくりだわ』
……死んだ兄と、こんなふざけた感じで再会することが何よりの驚きなのだが、突っ込みどころが多すぎて、何から言えばいいのか、俺にはわからなかった。
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