5 / 34
5 兄が幽霊になって帰ってきた?!
しおりを挟む
ピピピピ、ピピピ……。
アラームの音が響き渡り、俺はスマホを手に取った。
気づけば、もう秋良のお迎えの時間だ。
手早く準備を済ませ、家を出る。
足早に保育園に到着すると、保育士が「おかえりなさい!」と声をかけてくれた。
他人に「おかえり」と言われるのは、なんだかこそばゆい気持ちだ。
どう返せばいいのかわからず、会釈する。
「秋良くーん!お迎えだよー」
保育士に呼ばれた秋良は、荷物を持って俺のもとへ駆けてきた。
少し戸惑ったような、複雑な表情。
兄や義姉がいつもお迎えに来ていたから、違和感があるのだろう。
……そもそも、秋良はどれだけ両親の死を理解しているのか。
両親のいない寂しさは、夜泣きという形で表れている。
しかし「両親にはもう二度と会えない」ということが理解できているのかどうかは、また違った話だ。
兄夫婦の遺体は、損傷が激しく、幼い秋良には到底見せられる状態ではなかった。
そこで葬儀社を通してエンバーミングを依頼し、生前に近い状態に修復してもらったうえで、秋良には対面してもらった。
完全に元通りとはいかなかったが、腕のいいエンバーマーだったようで、兄も義姉も安らかに眠っているように見えた。
秋良はきょとんとした顔で眠る両親を眺め、その頬に手を触れていた。
何も言わず、泣きもせず。
その様子が痛ましく、ただただ悲しかった。
担任によると、秋良は元気に過ごしていたらしい。
友だちとよく遊び、給食もしっかり食べたそうだ。
それでも、時折ぼうっとしていることがあったから、家庭でも気掛けておいてほしいと言われた。
俺は礼を告げ、秋良と手をつないで保育園をあとにする。
秋良に「今日の夕飯は何がいい?」と訊ねると、少し悩んで「からあげ」と答えた。
そして俺たちは、いつもの弁当屋で弁当を買い、家へと帰った。
※
秋良の泣き声が聞こえる。
あやふやな意識を手繰り寄せるように、俺はゆっくりと瞼を持ち上げ、秋良の姿を探す。
隣の布団で眠っていたはずの秋良は、いつの間にかドアの近くに座り込んでいて、しきりにしゃっくりをあげて嗚咽を漏らしていた。
「……秋良……」
震える小さな身体に手を伸ばす。
抱き上げようとしたが、その手は思い切り振り払われてしまった。
その途端、秋良の泣き声は大きく、悲鳴が混じったようなものに変わった。
いつもこうだ。
はじめは静かに泣いていた秋良を俺があやそうとすると、より激しく泣き始める。
手が付けられないくらい暴れて、暴れて、やがて疲れ果てたであろうタイミングで、ようやく俺の抱っこを受け入れてくれるのだ。
秋良が求めているのは、俺の手ではないのだろう。
しかし、彼が求めているものは、もう二度と帰ってこない。
部屋に響き続ける秋良の泣き声は、俺の胸を締め付ける。
寝不足と疲労と悲しみが入り交じり、頭がおかしくなりそうだった。
幼い甥に寄り添ってあげたいのに「早く泣き止んでくれ」とうなだれている自分がいる。
まだたったの一週間だ。
それだけでこんなに参っている自分が情けなくなりながらも、俺はただ秋良が泣きつかれるのを待っていた。
「……これ、いつまで続くんだろ……」
『な!やばいよな、泣き声』
「ほんとだよ。仕方ないんだろうけど、こうも毎晩続くと、こっちが限界……」
『いやいや、お前はよくやってるよ。サンキュ!』
「……軽いなー……、ん!?」
疲れすぎて幻聴が聞こえたのだろうか。
俺は今、誰と会話していた?
「いや、まさかな」
秋良の泣き声を聞きすぎて、どうやらおかしくなっていたらしい。
しっかりしなければと思い直し、改めて秋良をなだめようと声をかけるが、一向に耳に入らないようだ。
「……やっぱ、落ち着くまで待つしかないか……」
ため息をつく。
落ち着くまで、どのくらい時間がかかるだろう。
子どもは意外と体力があるのか、平気で長時間泣き続けるのだ。
絶望的な気持ちになりながらも、腹をくくって暴れる秋良の隣に座り込む。
『いっそ電気点けて起こしちゃえば?』
また幻聴が聞こえた。
どうやら本当に疲れているらしい。
『夜泣きってさ、寝ながら泣いてる状態なんだぜ?一度起こして気分転換させた方が絶対早いって~』
「……さっきから幻聴がひどいな。病院行くか?」
『無視すんなよ~。聞こえてるんじゃねえのかよ~』
なんとも情けない話し方は、記憶にある兄そっくりだ。
それはそうか。
俺の記憶が生み出している幻聴なのだから。
うんうん、と頷く俺に視界に、ふっと見慣れた顔が飛び込んできた。
『ばあ!なんちって』
おちゃらけた兄が、変顔をしてゲラゲラ笑う。
しまいには俺の顔に尻を近づけ、フリフリと振る始末。
「……は?」
目の前に広がる、意味のわからない光景に唖然とする。
兄は俺の漏らした戸惑いの声が聞こえなかったのか、次は秋良に向かって変顔を繰り広げていた。
俺は頬をつねった。
痛みがある。
どうやらこれは、質の悪いことに現実らしい。
「はあああああああああ?!」
渾身の力を込めて、俺は叫び声をあげた。
近所迷惑だなんだと考える余裕はなく、俺の声に驚いた兄はぱっとこちらを振り向き、にかっと笑った。
『やっぱり見えてんじゃん!春馬、おつかれーい!』
思わず俺は、兄の足元を見た。
幽霊なら足はないのが世の常だが……がっつりついている……。
俺には俺の視線に気づいて、照れたように言った。
『いや、俺もさ、足はなくなると思ったんだけどな。普通にあってびっくりだわ』
……死んだ兄と、こんなふざけた感じで再会することが何よりの驚きなのだが、突っ込みどころが多すぎて、何から言えばいいのか、俺にはわからなかった。
アラームの音が響き渡り、俺はスマホを手に取った。
気づけば、もう秋良のお迎えの時間だ。
手早く準備を済ませ、家を出る。
足早に保育園に到着すると、保育士が「おかえりなさい!」と声をかけてくれた。
他人に「おかえり」と言われるのは、なんだかこそばゆい気持ちだ。
どう返せばいいのかわからず、会釈する。
「秋良くーん!お迎えだよー」
保育士に呼ばれた秋良は、荷物を持って俺のもとへ駆けてきた。
少し戸惑ったような、複雑な表情。
兄や義姉がいつもお迎えに来ていたから、違和感があるのだろう。
……そもそも、秋良はどれだけ両親の死を理解しているのか。
両親のいない寂しさは、夜泣きという形で表れている。
しかし「両親にはもう二度と会えない」ということが理解できているのかどうかは、また違った話だ。
兄夫婦の遺体は、損傷が激しく、幼い秋良には到底見せられる状態ではなかった。
そこで葬儀社を通してエンバーミングを依頼し、生前に近い状態に修復してもらったうえで、秋良には対面してもらった。
完全に元通りとはいかなかったが、腕のいいエンバーマーだったようで、兄も義姉も安らかに眠っているように見えた。
秋良はきょとんとした顔で眠る両親を眺め、その頬に手を触れていた。
何も言わず、泣きもせず。
その様子が痛ましく、ただただ悲しかった。
担任によると、秋良は元気に過ごしていたらしい。
友だちとよく遊び、給食もしっかり食べたそうだ。
それでも、時折ぼうっとしていることがあったから、家庭でも気掛けておいてほしいと言われた。
俺は礼を告げ、秋良と手をつないで保育園をあとにする。
秋良に「今日の夕飯は何がいい?」と訊ねると、少し悩んで「からあげ」と答えた。
そして俺たちは、いつもの弁当屋で弁当を買い、家へと帰った。
※
秋良の泣き声が聞こえる。
あやふやな意識を手繰り寄せるように、俺はゆっくりと瞼を持ち上げ、秋良の姿を探す。
隣の布団で眠っていたはずの秋良は、いつの間にかドアの近くに座り込んでいて、しきりにしゃっくりをあげて嗚咽を漏らしていた。
「……秋良……」
震える小さな身体に手を伸ばす。
抱き上げようとしたが、その手は思い切り振り払われてしまった。
その途端、秋良の泣き声は大きく、悲鳴が混じったようなものに変わった。
いつもこうだ。
はじめは静かに泣いていた秋良を俺があやそうとすると、より激しく泣き始める。
手が付けられないくらい暴れて、暴れて、やがて疲れ果てたであろうタイミングで、ようやく俺の抱っこを受け入れてくれるのだ。
秋良が求めているのは、俺の手ではないのだろう。
しかし、彼が求めているものは、もう二度と帰ってこない。
部屋に響き続ける秋良の泣き声は、俺の胸を締め付ける。
寝不足と疲労と悲しみが入り交じり、頭がおかしくなりそうだった。
幼い甥に寄り添ってあげたいのに「早く泣き止んでくれ」とうなだれている自分がいる。
まだたったの一週間だ。
それだけでこんなに参っている自分が情けなくなりながらも、俺はただ秋良が泣きつかれるのを待っていた。
「……これ、いつまで続くんだろ……」
『な!やばいよな、泣き声』
「ほんとだよ。仕方ないんだろうけど、こうも毎晩続くと、こっちが限界……」
『いやいや、お前はよくやってるよ。サンキュ!』
「……軽いなー……、ん!?」
疲れすぎて幻聴が聞こえたのだろうか。
俺は今、誰と会話していた?
「いや、まさかな」
秋良の泣き声を聞きすぎて、どうやらおかしくなっていたらしい。
しっかりしなければと思い直し、改めて秋良をなだめようと声をかけるが、一向に耳に入らないようだ。
「……やっぱ、落ち着くまで待つしかないか……」
ため息をつく。
落ち着くまで、どのくらい時間がかかるだろう。
子どもは意外と体力があるのか、平気で長時間泣き続けるのだ。
絶望的な気持ちになりながらも、腹をくくって暴れる秋良の隣に座り込む。
『いっそ電気点けて起こしちゃえば?』
また幻聴が聞こえた。
どうやら本当に疲れているらしい。
『夜泣きってさ、寝ながら泣いてる状態なんだぜ?一度起こして気分転換させた方が絶対早いって~』
「……さっきから幻聴がひどいな。病院行くか?」
『無視すんなよ~。聞こえてるんじゃねえのかよ~』
なんとも情けない話し方は、記憶にある兄そっくりだ。
それはそうか。
俺の記憶が生み出している幻聴なのだから。
うんうん、と頷く俺に視界に、ふっと見慣れた顔が飛び込んできた。
『ばあ!なんちって』
おちゃらけた兄が、変顔をしてゲラゲラ笑う。
しまいには俺の顔に尻を近づけ、フリフリと振る始末。
「……は?」
目の前に広がる、意味のわからない光景に唖然とする。
兄は俺の漏らした戸惑いの声が聞こえなかったのか、次は秋良に向かって変顔を繰り広げていた。
俺は頬をつねった。
痛みがある。
どうやらこれは、質の悪いことに現実らしい。
「はあああああああああ?!」
渾身の力を込めて、俺は叫び声をあげた。
近所迷惑だなんだと考える余裕はなく、俺の声に驚いた兄はぱっとこちらを振り向き、にかっと笑った。
『やっぱり見えてんじゃん!春馬、おつかれーい!』
思わず俺は、兄の足元を見た。
幽霊なら足はないのが世の常だが……がっつりついている……。
俺には俺の視線に気づいて、照れたように言った。
『いや、俺もさ、足はなくなると思ったんだけどな。普通にあってびっくりだわ』
……死んだ兄と、こんなふざけた感じで再会することが何よりの驚きなのだが、突っ込みどころが多すぎて、何から言えばいいのか、俺にはわからなかった。
13
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
小さなパン屋の恋物語
あさの紅茶
ライト文芸
住宅地にひっそりと佇む小さなパン屋さん。
毎日美味しいパンを心を込めて焼いている。
一人でお店を切り盛りしてがむしゃらに働いている、そんな毎日に何の疑問も感じていなかった。
いつもの日常。
いつものルーチンワーク。
◆小さなパン屋minamiのオーナー◆
南部琴葉(ナンブコトハ) 25
早瀬設計事務所の御曹司にして若き副社長。
自分の仕事に誇りを持ち、建築士としてもバリバリ働く。
この先もずっと仕事人間なんだろう。
別にそれで構わない。
そんな風に思っていた。
◆早瀬設計事務所 副社長◆
早瀬雄大(ハヤセユウダイ) 27
二人の出会いはたったひとつのパンだった。
**********
作中に出てきます三浦杏奈のスピンオフ【そんな恋もありかなって。】もどうぞよろしくお願い致します。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
料理屋「○」~異世界に飛ばされたけど美味しい物を食べる事に妥協できませんでした~
斬原和菓子
ファンタジー
ここは異世界の中都市にある料理屋。日々の疲れを癒すべく店に来るお客様は様々な問題に悩まされている
酒と食事に癒される人々をさらに幸せにするべく奮闘するマスターの異世界食事情冒険譚
【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件
三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。
※アルファポリスのみの公開です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる