2 / 8
2 兄の親友と俺の決意
しおりを挟む
兄と義姉の葬儀には、多くの人が参列してくれた。
職場の同僚、友人、近隣の住民など、人付き合いを大切にしていた兄夫婦らしい葬儀だった。
ただしそこに、親戚の姿はない。
俺が子どものころに両親は事故で亡くなったし、親戚もいなかった。
義姉は施設育ちで、天涯孤独の身の上だった。
だから葬儀などの手続きは、俺が一手に引き受けることになった。
悲しむ間もないほど忙しない日々だったが、泣きもせずぼんやりと過ごしている秋良のことが何より気がかりだった。
「この度は、ご愁傷さまでした。……まさか、こんなに早く逝っちまうとはな。」
泣きはらした目をした大男が、俺に声をかける。
兄の親友の悠馬だ。
幼馴染で、俺も子どものころからよく一緒に遊んでいた。
「それで、これからお前どうするんだ?」
悠馬の問いかけの意図がわからず「何が?」と返す。
悠馬は小声で「秋良のことだよ。」と言った。
「入所の手続きは進んでんのか?」
「入所?」
「施設だよ。両親ともに頼れる親戚はいなかっただろ?まだ小さい秋良には酷だが、早いとこいい施設を見つけてやらねえと。」
どうやら悠馬は、秋良の今後を心配してくれているらしい。
情に厚い男だから、親友の一人息子が気になって仕方がないのだろう。
「本当は俺が引き取ってやりたかったんだがな。うちは子どもも多いし、秋良もうちの子たちと仲いいし。ただ、今は嫁さんの調子が悪くてな。……すまない。」
「いや、悠馬が謝ることじゃないだろ。ありがとな。」
悠馬の妻は明るく元気な人だったが、数年前から調子を崩して入退院を繰り返している。
もともとふくよかな体型だったのに、今では骨が浮き出るほど瘦せ細っていた。
悠馬自身も、妻の看病に加え、仕事に家事、育児を一手に担っており、どんどんやつれていっている。
多少実家の助けもあるとはいえ、高齢だから無理は言えない。
悠馬の苦労は、俺には計り知れないものだ。
そんな彼に、これ以上負担をかけることなどどうしてできようか。
「それにさ、秋良には頼れる親戚がちゃんといるだろ?」
「は?……お前、まさか…。」
明らかに動揺した様子で、悠馬が言葉を濁す。
俺はふっと笑って、彼の言葉を肯定した。
「ああ。秋良は、俺が育てる。」
兄と義姉の遺体を見て、2人の死を実感したとき、俺は迷いなく決めたのだ。
家族として、秋良を引き取り、立派な大人に育てることを。
かつての兄が、俺にそうしてくれたように。
「待てよ!子ども育てるって、そんなに簡単なことじゃねえぞ!」
「わかってる。覚悟の上だ。」
「覚悟って、お前まだ25だろ?一人で子どもを育てるって、仕事にも結婚にも支障が出るぞ。」
「結婚するあてはないし、結婚願望も別にない。仕事はフリーランスだから調整しやすいし、多少の蓄えはある。」
「いや、だからって……。」
悠馬はなかなか納得してくれなかった。
まさに子育て真っ最中の悠馬からすると、俺の考えは相当甘いのかもしれない。
実際、いざ子育てをするとなると、今からでは想像もできないような苦労も多くあるだろう。
「兄ちゃんも、俺を育ててくれた。俺はその恩に報いたい。」
「いや、でもそのとき、お前はもう中学生だっただろ?ある程度自分のことは自分でできるようになってた。でも、秋良はまだ5歳だ。小学生にもなってない。」
「それでも……ここで秋良を施設に入れたら、俺は絶対に後悔する。俺にとっても、秋良はたった一人の身内なんだ。」
悠馬は、それ以上は止めなかった。
ただ仕方ないとでも言いたげに首を振り、俺の背中をポンポンと叩く。
不器用な彼なりの激励なのかもしれない。
悠馬は「何かあったら、すぐに頼れよ。」と言ってくれた。
そうして気にかけてくれる存在がいるだけで、俺はなんだか救われたような気持ちになった。
職場の同僚、友人、近隣の住民など、人付き合いを大切にしていた兄夫婦らしい葬儀だった。
ただしそこに、親戚の姿はない。
俺が子どものころに両親は事故で亡くなったし、親戚もいなかった。
義姉は施設育ちで、天涯孤独の身の上だった。
だから葬儀などの手続きは、俺が一手に引き受けることになった。
悲しむ間もないほど忙しない日々だったが、泣きもせずぼんやりと過ごしている秋良のことが何より気がかりだった。
「この度は、ご愁傷さまでした。……まさか、こんなに早く逝っちまうとはな。」
泣きはらした目をした大男が、俺に声をかける。
兄の親友の悠馬だ。
幼馴染で、俺も子どものころからよく一緒に遊んでいた。
「それで、これからお前どうするんだ?」
悠馬の問いかけの意図がわからず「何が?」と返す。
悠馬は小声で「秋良のことだよ。」と言った。
「入所の手続きは進んでんのか?」
「入所?」
「施設だよ。両親ともに頼れる親戚はいなかっただろ?まだ小さい秋良には酷だが、早いとこいい施設を見つけてやらねえと。」
どうやら悠馬は、秋良の今後を心配してくれているらしい。
情に厚い男だから、親友の一人息子が気になって仕方がないのだろう。
「本当は俺が引き取ってやりたかったんだがな。うちは子どもも多いし、秋良もうちの子たちと仲いいし。ただ、今は嫁さんの調子が悪くてな。……すまない。」
「いや、悠馬が謝ることじゃないだろ。ありがとな。」
悠馬の妻は明るく元気な人だったが、数年前から調子を崩して入退院を繰り返している。
もともとふくよかな体型だったのに、今では骨が浮き出るほど瘦せ細っていた。
悠馬自身も、妻の看病に加え、仕事に家事、育児を一手に担っており、どんどんやつれていっている。
多少実家の助けもあるとはいえ、高齢だから無理は言えない。
悠馬の苦労は、俺には計り知れないものだ。
そんな彼に、これ以上負担をかけることなどどうしてできようか。
「それにさ、秋良には頼れる親戚がちゃんといるだろ?」
「は?……お前、まさか…。」
明らかに動揺した様子で、悠馬が言葉を濁す。
俺はふっと笑って、彼の言葉を肯定した。
「ああ。秋良は、俺が育てる。」
兄と義姉の遺体を見て、2人の死を実感したとき、俺は迷いなく決めたのだ。
家族として、秋良を引き取り、立派な大人に育てることを。
かつての兄が、俺にそうしてくれたように。
「待てよ!子ども育てるって、そんなに簡単なことじゃねえぞ!」
「わかってる。覚悟の上だ。」
「覚悟って、お前まだ25だろ?一人で子どもを育てるって、仕事にも結婚にも支障が出るぞ。」
「結婚するあてはないし、結婚願望も別にない。仕事はフリーランスだから調整しやすいし、多少の蓄えはある。」
「いや、だからって……。」
悠馬はなかなか納得してくれなかった。
まさに子育て真っ最中の悠馬からすると、俺の考えは相当甘いのかもしれない。
実際、いざ子育てをするとなると、今からでは想像もできないような苦労も多くあるだろう。
「兄ちゃんも、俺を育ててくれた。俺はその恩に報いたい。」
「いや、でもそのとき、お前はもう中学生だっただろ?ある程度自分のことは自分でできるようになってた。でも、秋良はまだ5歳だ。小学生にもなってない。」
「それでも……ここで秋良を施設に入れたら、俺は絶対に後悔する。俺にとっても、秋良はたった一人の身内なんだ。」
悠馬は、それ以上は止めなかった。
ただ仕方ないとでも言いたげに首を振り、俺の背中をポンポンと叩く。
不器用な彼なりの激励なのかもしれない。
悠馬は「何かあったら、すぐに頼れよ。」と言ってくれた。
そうして気にかけてくれる存在がいるだけで、俺はなんだか救われたような気持ちになった。
応援ありがとうございます!
2
お気に入りに追加
5
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる