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第五話 それぞれの運命と幸せ(前編)

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 (葵(偽者の巫女)が牢獄脱出前二日前の話)

 皆様ご機嫌よう!…え?誰に言ってるんだって?私の中のもう一人…?
 ごめん、私も実は自分で何を言っているのか分かってない。

 それぐらい混乱することが今起きています。

 そう…ついに私は暁…朧と『恋人』になりましたっ!!

 え?私、夢を見ているの?
 あの何も知らない間柄だった私たちが、恋人だよ?!

 「なぁ?今夜一緒に褥で眠ってもええ?」

 「うん…うん…。」

 優しく私の手を取りながらにこっと微笑むその美青年は、金色の狐の妖。この国の近衛兵の一番隊隊長、朧。二十歳…私の四歳下の青年。
 私はその言葉を聞きながら、コクコクと縦に首を振る首振り人形と化している。
 目の保養だとか言葉があるけど、本当に保養だなぁ…。
 ううん、ここまでくれば毒になるかも。
 綺麗な黄金色の髪色に宝石のような金色の色に、それよりやや暗い瞳孔が少し縦に長い瞳。長い睫毛がそれを囲う。高い鼻は顔に陰影を作り、それが現実であることを教えてくれる。
 肌は白く、まるで雪野原を連想させる。シミや吹き出物なんて一つも見当たらない、え?毛穴?どこにも見えないんだけど。

 容姿良し、性格良し、お金持ちで努力家。頭もよくって、武術に長けている…。
 え?どこにも欠点が見当たらないんだけどっ?!
 容姿端麗、頭脳明晰、文武両道。この全てが当てはまる人物だよ?私釣り合ってる?!

 「本当に私でいいの?」

 「勿論。桜以外は考えられへん。」

 優しく額に接吻(キス)を落とされる。
 その感覚に、胸の方がぎゅうっと苦しくなって、早まって…ドキドキする。

 「うん、ありがとう。私も朧以外考えられないよ。」

 私も微笑み返す。
 うん、にやけないように顔調節してね。
 万が一にでも頬が緩んでニヤけたら即捨てられる覚悟でいた方がいいね。
 恋は盲目っていうけど、あの朧が私に恋してるだなんて今でも信じられない。

 それに私、年下は恋人として『ない』と思ってたから…。今思えば、思い込みというか、思い込もうとしてたんだと思う。
 暁を何とか忘れたくて…。
 それに、高校生(一年生)と、小学生(六年生)の年齢差って学生にとっては大きいじゃん?!その時の気持ちが恋なんて思わないよね。
 大人になれば四歳差とかは普通にありえる(?)けど、当時の私にとっては本当にあり得ない話だったから…。
 自然と気持ちに気が付かないように、年上だとか、同い年だとかを恋愛対象としてみようと必死だった気がする。
 だって小学生って…ショタコン以外のなにものでもないからね!!
 そんな昔は、思春期と反抗期の組み合わせだった私たちが今やお互い大人になって、恋人に…。
 去年までの私に言ってやりたい、『人生何があるか分かったものではない』って。
 

 「俺、明日仕事あらへんのや。…明日の昼まで離さへんけど、かまいまへんか?」

 「…お手柔らかにお願いします…。」

 年下って…二十歳って体力あるのね?!
 これって一日抱き潰すって言われているんだよね?!私、そんな魅力的な女性じゃないけど大丈夫かな?途中で飽きちゃったり…しないかな?

 「あ、飽きたりしない?」

 「飽きる?そないなことあらへんわ。寧ろ、俺以外じゃ満足できひん体にしたいと思っとるんやけど…。ええかな?」

 「ま、マニアックなこと以外なら頑張るね。それに、わ、私年上だし、り、リードするよ!朧はその…座ってれば大丈夫!」

 「まにあっく…?りーど…。ようわからへん言葉やなぁ。そやけど、なんとのう言いたいこと分かったわ。
 つまりは、特殊な癖な方法以外で頼みます~言うことやろ?それと、桜の方が年上さかい、自分から動きます~…言うことで間違いあらへんか?」

 そっか、カタカナがこの世界ないんだ。
 日本語で通じているから、勝手にカタカナも翻訳されてるかと思ってたけど、どうやらそうじゃないみたい…。

 すごい語彙力と、理解力。やっぱり頭良いんだなぁ…。
 ってか、改めて言葉にされると恥ずかしさが倍増されていくんだけど、なんの拷問かな?! 

 「そ…そういうことで、間違いはないんだけど。
 改めて確認されると、恥ずかしいからよしていただいていいかな…。」

 「すまへんすまへん。恥ずかしがっとる姿も可愛いらしいで。」

 ケラケラっと笑われる。
 この笑い方だけは昔から変わらない。
 少し釣り目の目元が細まって、口角が上がる。
 口の中の八重歯がちらりと見える。

 うん、どんな顔しても美形だ…。

 「と、ともかく!年上の意地を見せてあげるよ!」

 この世界では女性が年上の場合の結婚は本当に少ないと聞いた。
 しかも、四歳も離れている結婚は聞いたことがないそうだ(おとみさん談)。
 
 年上を選んでくれた朧の為にも…そして周りに負けないよう(?)にも飽きられないようにも。
 年上しかできないことをして見せる!
 

 「『年上の意地』ねぇ…。俺にナニするつもりなん?」

 面白そうにニヤリと笑って聞いてくる。
 目がギラっと光る姿は捕食者のそれだ。

 圧倒されそうになるが、堪える。

 「その…ナニをするんだと言われたら、言葉では説明できないというか…恥ずかしいというか…。
 でも、年上の余裕を見せてあげるつもりだよ!恋愛経験なら私の方が豊富なんだから!
 お酒の時は混乱してて色々流されちゃったけど、本来なら私だってもっと余裕なんだから。」

 えっへんと胸を張る。
 無駄にでかい胸がたゆんっと揺れる。
 クソっ!ここの世界じゃブラジャーがないから、胸が揺れて嫌だ。肺がそれに合わせて圧迫されるから、気分が良くない。走るのは辛いに違いない。

 「へぇ~…。それは楽しみやわぁ。まぁ、期待はしぃひんでおくなぁ。」

 「なっ?!期待しないでおくねって…。
 朧の方こそ私以外じゃ満足できない体にしてあげるよっ!」

 売り言葉に買い言葉…。
 まさに私は彼の掌で踊らされていたのだ。
 だけど、私はそんなことも思わずしっかりとその勝負(?)を受け取ったのだ。

 ゆらゆらり…と彼の尻尾が妖しく動く。

 「ほな、じゃ、賭け事しましょや?」

 「か、賭け事?」

 「桜の体を俺のモノにするのが先か。俺の体が桜のモノになるのが先か…。
 俺が負けたら、何でも言うこと聞いてあげはるかわりに、俺が勝ったら桜もなぁんでも言うこと聞いてくれはるってのはどうやろか?」

 「それってどうやって勝敗を決めるの?」

 「どっちかが先に『降参』言いはればええんとちゃいます?そうすれば、勝敗が決まりはる。
 うん、我ながら良い考えや。どうや?ただ一日褥で過ごすより、賭け事があればずっと面白いと思うんやけど?」

 先に相手を降参させた方が勝ちってことだよね?
 夜の行為でそんな勝負(?)みたいなことしたことないけど…前の彼氏には夜の行為で振られたんだし、朧も面白そうな、ワクワクした子供みたいな顔してるし。ここで断っちゃいけないよね。若い子の考えってよくわかんないけど、私の方が恋愛経験豊富だし、夜の方だって…たぶん経験値は上だよ…ね?
 しかも勝負に勝ったらなんでも言うこと聞いてもらえるんでしょ?『お城に連れてってもらう』ってのはどうだろう?
 もう元の世界に戻ることはないだろうけど、葵に会いたいのは変わらないし、会って葵と仲直りしないと。

 「わかった。先に朧に『降参』って言わせることができたら私の勝ちなんだよね。
 賭け事しよっか。大丈夫、私運だけはいいの!今回は何が何でも勝って見せるよ!」

 その言葉を受けて朧がにっこりと目を細めて笑った。
 袖で口元を隠しながら、尻尾がゆらゆら揺れて妖し気に「おきばりやす」と上機嫌で言った。

 夜の行為が勝負なのは少し、その…色々体面的、心情的にどうかとは思うけど、これでお城に行けるチケットが手に入るなら上々でしょう!
 しかも相手は恋人だもの。前の花街の時とは状況が違う。怖くないし、安心できる。
 普通に『お城に行かせて』って言ったら断られるだろうっておとみさんが言ってたし、私の予想もそうだ。
 私が悲しまないように~…だとか嫌な思い出を思い出して辛いだろうから~…とかうんぬんかんぬん言われそうだから…。
 だから、断れない方法で行く!
 
 
 



 「ええ?!じゃあ桜様、今夜に朧様と閨を共にするのですね?!体を磨き上げなくてはっ!!!お前たち、手伝いなさい!!」

 「え?いやそんな気合を入れるほどでは。それに、今になって私も少し冷静になってきて…ちょっと性急だった気がしているところで…「はい!!おとみさん!!!」え?えぇええ~~~?!」

 私の言葉に重なるように三人ほどの女性が元気よく返事をした。
 まさに体育会系って感じの返事だ。部活動やサークル活動の運動部を思い出した。
 
 「ささ、桜様…。体を磨いて、朧様を夢中にさせましょうね…。」

 ワキワキと指を動かしながら手を私の方へ向けてくる。
 何やらゾゾゾっと背筋に嫌な汗をかく。
 
 おとみさんが付けている眼鏡がギラっと光る。
 そのせいでおとみさんの表情を覗き見ることができない。

 「あ、あははは…私は、このままで…」

 その圧倒的な存在感に圧されつつ、私はじりじりと出入口へと逃げていた。
 手を前にちょこんと出しながら、首を全力で横に振る。
 さようなら、私は磨いても光らない川辺の石っころですので、お気になさらず…。
 
 何とか隙をみて背を向け走り出す。
 うっ、胸がブラジャーがないせいで痛いし、着物のせいで走り辛い!
 小走りでなんとか出入口に到着する。
 すぐに襖をあけて、廊下に出ようとした瞬間。
 そこにはすでに二人の女中さんが…。
 サッと顔が青く血の気が引いたのが自分でも分かった。

 「逃げても無駄ですわ。お覚悟を…ていやーーー!!」

 「ぎゃぁ~~~~~!!」


 
 


 
 渋々とお風呂に入れられ、上がるとおとみさんと数名の女性が待ち受けていて、私を頭のてっぺんから足のつま先までピカピカの艶々に磨き上げた。
 いい匂いのする高そうな香油や、化粧水をこれでもかっ!というほど塗りたくられた。けど、べとべとしていないし、肌や髪の艶もいいところを考えるに、適量だったようだ。

 部屋に入っていつもより大きめの褥を見たら、信じられないほど変な声が出た。もうたぶん一生こんな声でないと思うほど、変な裏声だったと思う。
 緊張でどうにかなりそうだからと、おとみさんたちにお願いして弱いお酒をほんの少しだけ飲ませてくれませんか?とお願いしたら、「えぇ…あ!そうですわ、と~ってもいいお酒がありますの。」と始めは断る雰囲気だったにもかかわらず、途中で何かを思い出したのか…まぁ、とにかくお酒をもらった。
 くちどけかまろやかで、甘くて優しいお酒。桃の果実酒だった。
 二人で飲んでくださいね。と言われたけど、美味しくて一人で殆ど飲み干してしまった。
 
 「どうしよう…初めてでもないのに緊張しすぎてお酒飲みすぎちゃった…。」

 朧の分がなくなったわけではないが、量の配分がおかしいことになった。
 
 謝ろう…。こんなに美味しいお酒きっと高いよね…。
 
 なんだかお酒のおかげでふわふわする。
 いい気分~…。
 うん、ほろ酔い気分だから、緊張しないで済みそう。
 それにしても、このお酒…度数はどれくらいなんだろう?まぁ、きっと軽いものだよね。

 お布団の上で待っているようにおとみさんに言われて待っていたら、朧が登場した。
 あの花街の時と違って寝間着で来た朧は、同じく風呂上りなのか少し頬が朱い気がした。

 「待たせたか?すまへん、時間かかってもうた…。」

 その目がツっと私を捉えると、優しく安心させるように微笑んで隣に座りこんできた。 
 寝巻の前合わせが緩いのかもう既に鎖骨が少し見える。
 その中世的にも見える輪郭の下にある太い首は男性らしく喉仏がある。
 そこから繋がる鎖骨への道は筋が張っていて、色っぽい。

 いつもの着物姿では前がしっかりと重なっているので鎖骨なんて見えはしない。
 昔の朧は…暁は可愛い美少年ってだけだったのに…!どうしてこんなに色っぽく育ってしまったの?!
 
 けしからんっ!!けしからんよっ?!

 「ん?酒飲んどったん?」

 「うん、少しだけ…のつもりだったんだけど、美味しくてちょっと多めに…。ごめんなさい、高いお酒だよねこれ。桃かな?本当に美味しくて…。」

 「かまへん。それより、気に入ってもらったならなによりや。どうする?まだ飲むか?…ん?これだいぶ…。」

 「ううん、もう大丈夫。朧はお酒はいいの?」

 まだ頭も回るし、しっかりとした視界。
 うん、大丈夫そう。
 
 「ん~…。今日はええかな。酒飲むと少し記憶力が落ちるさかい、今日はしっかり覚えておきたいからな。酒は辞めときますわ。」

 「そうなんだ?私は結構お酒に強い方だから、記憶力が下がったことないかなぁ…。」

 可愛げがないと思うけど、私は今まで本格的に酔ったことがない。
 記憶はあるし、しっかり歩ける。お話もできるし、眠くなったこともない。
 おかしな言動はたまにあるけど…声が大きくなったりとかはないかな…。

 「羨ましいわぁ。ほな、今日は賭け事をする大切な勝負や。先攻を譲ったる。どうぞ好きにしなはれ。」

 にこっと美人が華やかに微笑んだ。
 嫌味のない朧の笑顔と裏腹に、さっきまでの自分のほろ酔い気分がさっと引いたのが分かった。

 先攻を譲ってもらったけど、どこ触っていいの?!どこも恐れ多くて触れられないんだけどっ!!
 おかしいなっ?!昔は普通に触れて…もないか。全然触れ合ってなかったね。触れた数なんて片手で数えられる程度じゃんか…。

 う~ん…う~ん…手?手なら触れてもまだ大丈夫?

 「手…触れても大丈夫?」

 「っ、あはははっ!そないなことで悩んどったん?どこ触ってもええんやで。恋人同士なんやから、どこでも触れてや?それに、これからもっと凄いコトするのに…そんなことでいけるか?年上言うはるんなら、『りーど』しとくれやす。」

 さっきまで普通な顔…真顔で私の行動を見ていた朧は私の言葉で一気に破顔した。
 
 そんなに笑わなくても…。

 「も、勿論リードするよ!ただ確認しただけ。そう、確認しただけだよ!」

 私が言った『リード』って言葉の意味をなんとなくでも理解して、すぐに会話に折り入れることが出来るだなんて…天才なのこの子?!

 うぅっ、悔しい。なんで朧の方が余裕があるように見えるの?
 年上の私の方がドキドキしてて悔しい…。
 それでも手を私の方に伸ばしてくれたので、私も余裕があるように優雅に取ってみせた。
 するともっと笑われる。
 むっと口を尖らせてしまった。

 「女子(おなご)との紡ぎ事で、こないな緊張感も雰囲気もないやり取り初めてやわ。」

 あははっと笑われれば笑われるだけ悔しい。
 
 その取った手にがぶっと少し噛みついて見せた。
 予想外の行動だったのかピンっと毛が逆立った。
 うん、ちょっとだけいい気分。

 それに私が恋人なのに他の女性のことを思い出すのは厳禁だと教えなくては…。
 あれ?私も前に比べちゃったかな…?お互い様か。
 
 指綺麗だなぁ…。ぺろっと舐めてみれば、なんだか少ししょっぱいかな…。
 掌に接吻を落として、手首に鼻を寄せてみる。
 うん…朧の匂いがする…。
 お風呂で同じ石鹸使ってるのかな?自分と同じ匂いがする。

 「朧の匂い…今日の私と一緒だね。」

 嬉しいな…。
 ふと朧の顔を見ると、目が少し据わっている。お風呂上りのせいだろう、朱い頬が少し上気ばみ、ふー…っと荒い息を一回長くついた。
 どうしたんだろう…。
 手首に唇をつけると、そこにちょっと強く吸い付く。
 前の彼氏に教えてもらった『キスマーク』。うん、前の彼氏のことはいい経験だったとして消化しよう。
 
 朧の白い肌が少しだけ赤くなった。
 なんだか自分の恋人ですと主張しているみたいで…恥ずかしいかも。

 ううん、ここは押すんだ。私は年上、相手は年下。
 リードしなくちゃ。
 
 目の中に朧の首が映り込んできた。
 お風呂上がりだからなのか、汗なのか、一粒だけつっ_と落ちていくのが見えた。
 
 吸い込まれるように首元に顔を寄せて舌で舐めとる。
 首越しに見える尻尾がぞわぞわっと毛が逆立つ。
 
 「桜…いつまで『待て』してればええ?これで終いか。」

 首元に顔を寄せている私の頭を朧の大きな手が撫でてくる。
 うん…なんだかいい気分。

 「大丈夫。私、年上のお姉ちゃんだから、リードする。」

 大丈夫…大丈夫…。
 恥ずかしがっちゃ駄目だ。


 朧の頬に手を添えて、そっと顔を近づける。
 その美しすぎる顔が近づくだけで心臓が破裂しそう。
 あの夢の中の…数年前の名前すら知らない少年とこんな仲になるだなんて思わなかった。

 キスするまでほんの少し…その距離が詰められない。
 
 「俺から行くか?」

 また少し笑われた気がした。
 雰囲気が和らいだような気がする。

 朧からの方がいいのかな…。
 今日はもう任せた方が…。 

 もう一度目を合わせればその目にはほんの少しの寂しさが見えた気がした。
 
 「っ…!」

 次の瞬間驚いた朧の顔。
 私から口付けをした。
 
 寂しそうな目を見た瞬間に、とっさに体が動いた。

 キスをしながら目を開けると、その綺麗な宝石のような金の瞳とかち合った。
 目が嬉しそうに細まる。よかった…寂しさが消えたみたい。
 朧の手が私の頬に添えられる。
 少し口を離せば、熱が離れて口寂しい…と感じた。

 朧が口を少しだけ開く。
 中からチロリと赤く熟れた色をした長い舌が覗く。その顔を見れば「さぁ、おいで」と言っているように見えた。
 私はおずおずと舌を伸ばして口をもう一度朧の口に付けた。

 初めて入る人(?)の口内は想像以上に熱い。こういう行為はいつも私が受け身で、すべて任せていたように思う。そういう何もしないような人は『鮪(マグロ)』っていうんだって、大学の友人が言ってた。
 だから振られたのかもしれない…。感度も低いし、反応もあまりよくないって言われてた私だからこそ、朧にもそんな風に思われないためにも、すこしでも気持ちよくなってもらいたい。

 「ん…」

 こんな絵のように美しい人が、私の恋人だと思うと夢じゃないかとほんの少しだけまだ夢見心地だったのに…。
 ヌルヌルする唾液も綺麗に整列している歯も全部が直接的に脳に甘い痺れをもたらして、現実感が増していく。
 
 長くて人間より薄くてザラリとした舌が私の舌に絡まる。
 人間らしく分厚い舌だから、なんだか不相応な感じがする。

 私が今リードしているはずなのに、私の方がゾクゾクと甘い痺れを感じてしまう。
 腰が重くなった気がする。
 悔しいっ…このままじゃ絶対に降参させられない!

 口内の上顎を舌先でなぞると朧が初めて、息を漏らした。

 「は…っ」

 口を離せば舌と舌に銀の糸が繋がっている。息を切らしているのは私だけじゃなかったみたいで少しだけ満足。
 口をもう一度つけて銀の糸を切れば、口の中にあるその唾液をコクンッと飲み込んだ。
 向き合って座っている体を少しだけ背伸びをして、ふわふわの耳に顔を寄せる。

 「が、頑張るね。」

 何を?と言わんばかりの顔だけど、その顔を無視して、その胡坐を組んでいる足元に手を伸ばす。
 大丈夫…大丈夫…。私初めてじゃないし、花街で朧のだって見たんだから。
 早まる心臓の音を誤魔化す様に、朧の股元に手を付けた。
 着物を窮屈そうに押し上げているそれは、私が少し触れれば硬くて熱いのがすぐ分かった。
 
 お、大きい…。これが前入ってた…?嘘でしょ?
 よくお股裂けなかったなぁ…人間って案外丈夫って自分で言ってたけど、本当だったんだぁ…。

 朧が体をすこしだけ丸めて、私の耳に息を吹き込んできた。
 
 「もっと触ってええんやで?」

 声が聞こえた瞬間、ぞわっと肌が粟立った。
 期待している私がいる。
 この前の感覚をもう一度味わいたい…と欲望に忠実な私が、理性の私に囁く。
 『降参しました。』って言えばまたあの耐え難い快楽が私を貫いてくれるよ?と。

 そんなのはダメ!
 私は、お城に行くんだから。
 私はこの賭け事に勝てる!だって話しか聞いたことはないけれど、コレをすれば男性はイチコロだって梅姉さん(実の姉)言ってた技を知っているんだから!!

 朧の寝巻の着物の帯を解く。傷跡が痛々しい白い肌が見える。
 厚い胸板には筋肉がついていて、お腹にはゴツゴツとした筋肉の厚さが均等に配布されている。
 腰は案外広くて、がっちりとした筋肉が腰の骨に合わせて薄く乗っている。

 ちょ…直視できないっ!!
 なんでこんなに体が綺麗なの?!女の私もびっくりの綺麗さだよっ!!
 でも、前の時も思ったけど傷跡が痛々しい…。

 朧も私の寝巻の着物の帯を解いた。
 しゅるっ…と布が擦れる音がすると、私の寝巻の着物の前が広がった。
 隠せないその無駄に大きい胸がたゆんっと僅かな支えになっていた着物がなくなって、重力通りにやや広がった。 

 うぅ…もっと形のいい、もう少し小さい胸だったら…。どうしても重みで広がってしまう…。
 
 コンプレックスの胸が見られないように、肩に掛かっている寝巻の着物を寄せ合わせた。 

 「隠さへんで。綺麗や…。」
 
 私の横髪を耳にかけて、そうっと声を掛けてくれる。
 前みたいに性急な行為ではない。ゆっくりと、だけど真剣に…。

 そっと着物を合わせていた手を放して、「ありがとう」と小さく呟く。恥ずかしくて火が出そう。 

 朧のその核心を触ると熱くてどくどく脈を打っているのが分かる。
 その白い肌には似合わず、少しだけ赤黒い。先走りがタラ…と垂れている。
 思わず、唾を飲み込んでしまった。
 前までの私なら、目線を外したり失礼かもしれないけど、生々しいなぁ…って思っちゃうはずなのに…。

 「く…口付けてもいい…かな?」

 「は?」

 驚いた顔をされた。
 今まで何人の女性と経験があるかわからないし、知るつもりはないけれど、どうやら口でシてもらったことはないみたい。
 もしかして、この世界じゃない方法なのかな?でも、朧は私には口付けてたと思うんだけど…。
 梅姉さん曰く、「この方法で落ちない男はいないよっ!」って言ってたんだけどな。

 意味が分からないという顔をされたが、ダメとは言われていないし…。

 「気持ちよくなかったら、言ってね?…初めてだから、上手にできるか不安だけど…。」

 「え、口に入れるつもりなん?異世界人様が?」

 混乱しているのか、また私のことを昔のように『異世界人様』と呼んだ。
 なんだかいい気味かも。この賭け事、私勝てるんじゃない?

 掛かる髪の毛を手で押さえながら、そっと舌を伸ばして触れる。
 口のなかに、ぱくっと入れてみればその予想以上の大きさに圧迫される。
 
 うっ…。大きい…。苦しい…どこまで入れたら正解なの?全部は…多分喉の奥までだよね?
 口の中に広がる独特な臭いに、頭がクラクラする。
 苦くて、すこし…しょっぱくて、甘い?
 
 えっと…前後に擦る…そして、色々なぞる…だっけ?
 梅姉さんから話しか聞いてなかったから…。
 
 顔を少し前後に動かしながら、舌で溢れ出るその液を舐めとる。
 下を核心に沿って動かして、裏筋をなぞる。
 
 「ちょっ、あかんっ。これは予想しとらんかったって!まっ…、はっ、ぁ。ンっ。」

 私の頭に手を置いて、グイグイっと押してくる。
 嫌がってるのかな…?と思って慌てて顔を覗き見ると、口元を手で覆って声を抑えている姿が見えた。
 
 ズキューンッと何やら心に矢が刺さった。
 
 か…可愛いっ!!
 え?あの朧が私によって悶えているの?
 この勝負勝ったんじゃない?あとは…「降参です」って言わせるだけ!

 何度か口を滑らせて、核心を扱く。
 血管が浮き出ているのか、すこし凸凹しているのが分かる。

 何度も顔を前後に動かしたりしながら、その反応を楽しむ。
 私、すこしS気あったんだなぁ。
 うん…すごく生臭い感じがする…けど、甘くて苦い…独特な味。
 私の頭を抑えるのをやめ、「ン…。」と喘ぎ声を小さく出している朧を見ると、もっとシてあげたいって思えた。

 だんだんと息遣いが荒くなっていく朧が、喘ぎ声を抑えられないかのように、自分の指を少し噛んだ。
 だめだよ、痛いだろうに…。もっと気持ちよくなって欲しいの…。
 
 おかしいな…?私がリードしているはずなのに、お腹の奥が熱くなってきた。
 でも、あの朧が声を出して悶えてるのが分かるので、年上らしくリード出来てる!と思って調子に乗っていた。
 
 すごく声が色っぽい…。もともといい声なのに…困っちゃうな…。
 これこそ『耳で孕む』ってことなのかな?なんか葵が昔、声優さんの声を聴きながら、『私、耳で孕むことができそう!』って言ってた。
 この声がそうかも。ずっと聞いていてもいいってくらい、心地がいい。
 ううん、今はすごくぞくぞくして、嫌じゃないけど、体が変になるから…遠慮したいかも。

 口の中にあるその核心に夢中でしゃぶりついていると、頭をガシッと掴まれた。喘いでいた声とは違う、1オクターブ低い声で囁いてくる。

 「すまへん、ちょっと乱暴するわ。文句は後で聞く。」

 え?と思う暇もなく、ぐっと喉奥までに入れ込んできた。
 ずっと苦しくなる。私の喉が勝手にきゅぅっと締まると、朧が堪らず声を漏らした。

 「~~~ッ!!…っはぁ。」
 
 少し大きく膨らんだかと思うと、喉奥に擦りつけるように熱が吐き出された。その喉に擦り付けるような方法が前、花街でシたときの下腹の中での動きに思えて、心臓が勝手に早鐘を打つ。
 どくどくと脈打つその核心が喉奥までに入っているせいで私はゴクンっとそれを勢いのまま飲み込んでしまう。
 苦しい…涙が少し浮かんだのが分かった、目の前がぼやける。
 でも、頭上から気持ちよさそうな声が聞こえる度に、私の頭はぼぅっとして、霞がかかったように『快楽』に忠実になっていく。

 私がリードしているはずなの。そのはずなの。
 なのにどうしてこんなに私の方が熱い気がするんだろう…?
 まだ、足りない気がする…。
 
 朧がズルっと私の口から核心を引き抜こうとする。

 もう少しだけ、飲み足りない…。
 
 達したばかりの核心を引き抜かれる前に、ぢゅぅっと吸い付く。 

 「っ?!あ、あかんっ。なぁ、今は無理っ!ンッ!」

 予想外のことらしく慌てている朧。
 手が私の頭から離れたので、そのまま口の中に核心を戻す。
 
 「もうふこし、ほひたい(もう少し、飲みたい)。」

 もう駄目なのかな?
 でも、もう少しだけ…。

 咥えたままお願いしてみる。
 
 「そこで、その強請りは狡いやろっ。」

 余裕のない顔初めて見たかも。
 でも、少し笑ってる…?
 
 もう一度口内で前後に擦れば二度目となるからか、朧が少しだけ先程よりも早く達した。

 「んっ、はぁっ、あぁっ。やばっ…あかん、もうイクっ!____ッ!」

 
 口を押えている手の隙間から、笑っている口元が覗き見える。
 八重歯がちらりと見えて、あぁ、人間じゃないんだなぁと頭のどこかでぼんやりと思った。

 ガクッと大きく体が揺れて、再び私の口の中へ熱が吐き出された。ゴクゴクと丁寧に飲み込む。
 暫く戦慄く様に顔を上にあげて、喉仏が色っぽく動いたのが見えた。
 
 「っはぁ…。」

 厚い筋肉が乗った胸が上下する姿は本当に現実離れしているというか…ここって本当に十八禁のゲームの中なんだなぁという気持ちが湧いてくる。
 にしても…なんて妖艶なのっ!!

 快楽の余韻に浸り終わると、ゆったりとした風にこちらを見下げる。
 その宝石のような澄んだ黄金の瞳が、満月の光のように静かに私を捉えた。
 その現実離れした容姿にドキッとしてしまう。

 「気持ちええで。上手やなぁ。」
 
 頭を大きな掌が撫でてくれる。耳が垂れていて、頬が上気ばんでいる。
 色っぽくて、達してもいない私の方がクラクラする。
 尻尾がフリフリと機嫌よく揺れているのが分かって、あぁ、犬みたいだなぁと思った。
 
 口を離すと、唾液がタラりと溢れ出た。
 
 「っは、っは、っは…んっ。」

 おかしいな…。私の方が犬みたい。
 息を切らして、舌を突き出している様子は犬のように見えるだろうな…と思う。

 胸が苦しい、重たいし、邪魔だし…。
 汗が胸の上に滑り落ちる。
 両手で持ち上げると、朧が嬉しそうな声を出した。

 「なぁ?我儘ええか?」

 「ん、なぁに?」

 なんだか幼いように言ってしまった。
 違うのっ唾液が口の中にあって、うまく発音できなかっただけなの!!
 恥ずかしいっ。

 「柔らかそなそれで、挟んでくれたら…嬉しいんやけど…。その…汚してもええかいな?」

 ニヤッと笑いながら、頭をサラサラとなでてくる。汗ばんだ肌に髪の毛がへばり付いている。
 汗だくだから、触らないで欲しい、汚いよ。と言いたい気持ちと、もっと触れてほしい…と望む私が対立する。
 
 柔らかそうなそれ…って胸のこと?挟む…。挟むってこの…朧のを?
 それって気持ちいいのかな?汚れるだなんて考えてないけど…。
 私は年上だもの、リードしないとね。あれ?なんでこんなコトしてるんだっけ?

 よくわからないままコクンっと首を縦に振った。
 持ち上げた胸の間に核心を挟み込んでみると、その熱さに胸の皮膚が火傷をしそうな気になる。

 「そのまま先に口付けてくれはる?」

 いわれた通りに口を付ければ、またあの苦くて甘さがある味が口の中に広がる。
 この味と臭い、クラクラして駄目だ…。お腹の奥がぎゅぅって疼いて、苦しくて…切ない?
 
 ここに誰かいれば言ってくれただろう『貴方酔っ払っていますね?』と。
 勝負に色事を持ち出されて、それを引き受けるだなんて、本当に売り言葉に買い言葉はいけない。
 なおかつ、それを本当にしてしまうだなんて…。
 正気の私なら、恥ずかしくて穴があったら入りたいと顔から火を出しながら走り回ることであろう。

  コロンと畳の上で転がったそのお酒は甘い果実の臭いに隠れて、ひどい酒精の臭いがした。
 どうやら相当強いお酒らしい。
 でも、私は気づくことなく、自分の胸にその熱い杭を挟み込んで、そっとその先端に口付けた。
 ニヤッと笑った朧の顔が見たこともない意地悪な顔で、少しキュンッとしたのはここだけの話だ。



 しばらくすれば、私の方がくてっと謎の熱に浮かされて、体が重くなっていた。
 恐らくお酒の所為だと後で分かることになるが、この時の私は気づかなかった。

 「次は俺の番やな?年上らしく『りーど』してくれはったから…お礼せなあかんね?」

 つぅ~…っと体を指でなぞられるだけで体がピクッと跳ねる。
 どうしてこんなに感度が高いんだろう…?こんなに熱くて…ぼうっとして…。

 胸の先端を遊ぶように弄っている朧に翻弄されながら、上擦った声がしきりに出る。
 声を抑えようと口を手で押さえるが、無駄かもしれない。
 胸の先端を口に含んで、飴玉のように転がされれば、腰が知らずのうちに持ち上がってしまう。

 弓なりに体がしなるけど、達する前に胸の愛撫が止まった。

 空気が涼しいように感じる。
 褥の上に仰向けで寝かされた状態の私は、知らず知らずのうちに足を擦り合わせている。

 「足開いて?」

 耳元で低い朧の声がする。
 耳元でそうっと囁かれるだけで、ぞわぞわと肌が粟立つ。声が上擦る。

 体が勝手に言うこと聞いて、足を開く。

 朧の指が喉を…胸を、腹を辿って、最後に股元に辿り着く。
 もう熱く熟れ、濡れているソコは、朧の指が形を確かめるように動くだけで、ひくひくと動いてしまう。
 中に朧の綺麗な細くて長い節ばっている指が、最初から二本入り込んでくるがすんなりとなんの抵抗もなく入る。
 指がグニグニとお腹側を押したり、擦ったりしてくる。
 とある一定の場所を触れられた瞬間、ガクンッと体が跳ねた。
 
 するとその瞬間からずっとそこを集中的に弄ってくる。

 「ンっ、ぁっ…おぼ…ろ。そこばっか…やだぁ!」

 脳に流れ込む甘い電流が全身を回って、腰に溜まっていくのが分かる。
 
 「だめっ!もっ…イっ…んぅ___あぁぁっ!!!」

 ガクガクガクッっと甘く重い電流が頭から足先まで貫く。
 すっと涼しい感じが頭に触れる気がすると、足が勝手に痙攣を起こす。

 「口付けてくれはったから、俺もお返しするわ。」

 「へ?やっ、そこ弱いトコだからっ。」

 私の恥部に顔を寄せると、舌先で私の芽を舐めとる。
 人間とは違う薄く、少しザラザラした舌は小さな芽を的確に捉えて離さない。
 口の中に入れこまれると、歯で甘噛みをされる。歯と歯に挟まれて、コリコリと潰されると、たまらずに腰が浮く。
 それを朧が腰を掴んで逃げないように押さえつける。

 だめっ、腰逃げられないっ。
 刺激が強すぎて…っ!熱いの、溶けちゃうって!

 すると、次にクイッと皮を剥かれて、より一層その根元に舌が這う。
 根元にまで響くその官能的な電撃は私を追い詰めていく。

 褥にしがみ付いて何とか快楽を分散できないか試みるが、すべて無駄に終わった。
 強すぎる刺激が体の全身を貫いている。そしてついに、溜まりこむその快楽が弾け飛ぶ。
 
 「イクっ、あっ、あぁぁあ!!!」

 ガクガクっと腰を揺らして、胸元までせりあがるその快楽のせいで、体が弓なりにしなった。
 胸がやっぱり邪魔かな…。肺が圧迫されている気がする。気のせいかもしれないけど。
 はぁーっ、はぁーっと息をつくと、ようやく空気を吸えた気がした。
 
 朧が顔を持ち上げて私の首元に噛みつくと、ぢゅぅっと痕を付けられる。
 嬉しい、私に痕…。独占欲を見せつけてくれたみたいで…酷い言い方かもしれないけど、ちょっと優越感を感じる。
 
 「気持ちええ?」

 コクコクと頷くと、朧の背中にしがみついてしまう。

 「もっと奥欲しくあらへん?」

 「お、く?…奥にほし…い。朧、来て。」

 もう奥が切なくて切なくて…。キュンっと鳴る度、子宮が痛いほど。
 腰を掴まれて、朧の核心が当てられる。ちゅっと水音が鳴ると、下で接吻をしているよう。
 ゆっくりと入ってきたのがお腹をゴリゴリと押し広げて、奥の奥までやってくる。
 
 ドチュンッと鈍くて深い水音が鳴る。
  
 最奥に届くと、ずんっと腰が重くなって、足先がギュッと勝手に丸まる。
 寒いか熱いかわからない感覚がパチパチと火花のように足先で弾ける。

 「っ…は。奥、わかる?繋がっとる。」

 「ぅん。朧…がここまでいるの分かるよ。」

 お腹の上から入っている場所を撫でると、それだけでゾクゾクする。
 嬉しそうに笑う朧が、やっぱり可愛く見えて、私も嬉しくなってその顔に触れる。
 お腹を触っていたら、途端に中で大きくなる。

 「煽らんといて、優しくできひん。」

 我慢…させてるのかな?
 私で我慢しないで欲しいな…。
 
 ぼんやりとした快楽の中、子供の子狐の妖が思い出された。
 夜に独りで何かに耐えていたその姿…。
 私に少しだけ見せてくれた弱さ。

 優しくなんてしなくていい…もっと私に____。 

 「優しくしないで、酷く…してもいいんだよ?」

 「っ!!~~~っ。あぁ、もうっ!明日、動けなくなっても知らへんで、許可出したの桜やからな!」

 前髪をがしゃがしゃと乱暴にかき混ぜるように弄ると、前髪を掻き上げた。
 額に青筋が浮かんで、目の瞳孔がより一層細くなる。
 腰を掴んだ手が乱暴に動き出す。
 パンパンっと休む暇なく激しく動く。

 声、出るっ。
 やばっ…!奥、ごりごりされるの…好きっ。

 「アッアッ…も、イク!あ、あぁぁ!!~~まっ、イッてるから、あ、またイクっ!~~~!!!」

 激しい…けど、怖くない。
 乱暴…だけど、痛くない。

 足を片方持たれたと思ったら、そのまま朧の肩に引っ掛けられる。
 
 この体制じゃ、間接部が見えちゃう…!
 
 そのままグイっと朧が腰を動かす。
 
 「深っ…ンっ!!あ、イクっ!あ、ぁあああ___!!」

 「俺もっ!~~~っ!!」

 中に熱を吐き出されれると、より一層水音が鈍く重くなる。
 熱い中が、より一層熱くなって、感度があがる。

 朧も達したはずなのに、止まることもなく、そのまま何度も最奥を突かれる。
 私ばかり何度か連続的に絶頂を迎えると、お腹の奥から何かがせり上がってくる。
 
 やばい…この感覚知ってるっ…!!
 
 「お、ぼろ!とまっ…。潮、ふいちゃっ…ンっ~~~~!!!」

 体に熱が一気に走り抜けると、潮を吹いた。
 体が痙攣して、心臓が信じられないほど早鐘を打って…。
 目がチカチカする。

 はぁ~…っと長い息を吐きだせば、ようやくチカチカした目が戻ってくる。
 接吻をされると、口の中に舌が入り込んでくる。
 なされるがまま私も舌を夢中で絡ませる。

 口を離せば、汗ばんだ余裕のない朧の顔が目に入った。

 「俺以外じゃイけへんように調教したるさかい、しっかり覚えてや。」
 
 朧の肩に掛かっていた足を最初のあおむけの状態とは反対方向に移動させられる。
 中に入ったままだから、かき混ぜられるようなその感覚で軽く達してしまった。
 
 うつ伏せ…四つん這いのような状態になると、後ろから腰を持たれて、また何度も奥を突かれる。
 さっきとはまるで違う感覚に目を白黒してしまう。
 まるで獣同士の交尾のような体勢だ。
 恥ずかしくなる。

 その快楽に耐えられなくて、崩れ落ちてしまう。
 手で何とか耐えようとしたのだけれど、声がこれ以上出ないように顔を枕に押し付けるのが精一杯になった。

 後ろから胸を鷲掴みされて揉みしだかれる。
 先端が擦れると気持ち良すぎて、お腹の中がきゅっと締まる。
 
 「やっ、胸…一緒に弄らないでっ。」

 達しそう…っ!と思ったら、動きがゆるくなって、快楽の頂上からゆっくりと遠のく。
 何度もイイところを責められて、達しそうになるたびに、そのイイところから離れて、快楽の波を逃される。
 
 次第に感覚がより一層研ぎ澄まされて、達したくて、自ら押し付けるように動いてしまう。

 「ね、イきたいっ…!そこじゃ…ないのっ。」

 「嫌や、まだ遊び足りひん…年上なんやろ、もう少し遊ばせて?」

 「そ、んなっ…!あっ、ンっ…。んぁ、またイっ~…けない…。」

 何度も絶頂しそうになるのに、達しそうになるのに、耳元で「まだ遊びたい」「まだ我慢できるやろ?」と囁かれる。首元にぢゅっ、ぢゅっ、ぢゅぅっといくつも痕をつけられて、齧られて、舐められて…。
 耳を時折舐めてくるその舌も水音を敢て立てるせいで、耳まで犯されている気分になる。

 その度に私はもどかしい、不満のようなため息と声を出してしまう。

 どうしてっ?
 どうして達(イか)せてくれないの?
 頭が…おかしくなる…。

 頭の中が達することでいっぱいになっていく…。
 快楽の文字で塗りつぶされれば、残り少ない理性という細い縄がぶちぶちとちぎれ始めていた。

 「イきたい?なら、いう言葉があるやろ?ほら…『降参します』~は?」

 降参…?
 降参したら達(イか)せてくれるの?

 「もっ、降参する…『降参します』だ、だから、イかせてっ!お願い朧…。」
 
 ニヤァ…と笑った気がしたけど、私にはそんなことを気にする暇なんてなかった。

 「ええで、意識飛ばすくらい、良うしてやるからな。きばってや?」

 ようやく欲しかった場所に、その核心が届く。
 焦らされ過ぎた体は一回のその衝撃で簡単に達した。
 
 「あぁぁっ!!」

 声が出なくなるほどの激しいその動きに合わせて、快楽の波が私を襲う。
 
 イくの、とまんなっ…!?
 あっ、無理っ!気持ち良すぎて…意識がっ…。

 何度か意識を手放しそうなほどの快楽の中、不思議と恐怖は一つもなかった。だって…

 「好っきやで、桜。離さへんからな。」

 朧がいるなら、何も怖くないから。








 「んっ…。」
 
 眩しい…。もう朝?
 こんな時間までヤるだなんて…若いってすごい…。
 私も謎に歳を感じるんだけど…。

 「おはようさん。水飲むか?」

 朧が先に起きていたらしく、水をもって横に来てくれた。
 朝から眩し過ぎるその姿を見ていたら、目が腐りそうだな…と思った。

 「朧、おはよう。うん、お水欲しいな。」

 声が掠れていることに気が付いたので、ありがとう、と喉を傷めない程度に伝えると水が入った器をもらった。
 想像以上に喉が渇いていたらしく、すべて飲み干してしまった。
 
 体を何とか、起こすと腰に重たい鈍器で殴られたかのような痛みが、ズゥウン…ッと来た。
 
 い、痛い…。動けない…。体が怠い…まだ熱っぽいかも。
 頭がくらくらする。飲みすぎちゃったのかな…?度数は低いお酒だと思ったんだけど。

 うんうん唸っていたら、ふわりと上掛けをかけてくれる。
 綺麗な桜の模様の上掛けだ。すごく肌触りが良くて、高価そうだなと一目でわかる。
 私の為にここまでしてくれて、なんて…
 
 なんてスパダリなのっ?!
 お相手私で本当に大丈夫?!なにか幼いころに拾い食いでもしたんじゃないのかな?!
 朧が暁だった時になにか術でも掛けちゃったのかな?ううん、何もしてないよね?
 あれ、だんだんと自信なくなってきたぞ…。

 つい最近までは、警察に捕まって私がモザイク掛けられて朝放送されているニュース番組ばっかり想像してたせいなのか、自信がない。
 でも、今日この頃は逆にこの朧による監禁軟禁が私の頭の中のニュースになっている。



 外に出たいと言えば庭まで。しかも庭は中庭のみ。前庭は朧が同行している時にしか出られない。(庭は前庭と中庭裏には畑が存在する)
 食事は朧自ら私の口に運ぶ。私が自分で食べることはできない。食べるものなら泣きそうな顔をして『俺のこと信用できひんの?』とその美貌を使って訴えてくる。
 そうなると私も泣かせたくないので、好きにさせている。
 外に出ても確かに私の行き場などないので、必要はないんだろうけど、町とかもう少し見ておきたかった。
 なんていったて、すぐに花街に行って捕まった馬鹿な女だったもので、ちっとも町の様子を堪能などできていなかったから。
 あ、でも、我儘は言わない。どうなるかわからないからね。
 
 え?朧とは恋人なんだから大丈夫だって?そんなことはないよ。
 私に対してはすごく丁寧で優しいんだけど、周りの人に対してはなんだかすごく冷たいの。
 私には『太陽』で周りには『月』って感じだって言えばいいのかな。月って綺麗だけど、温かくないのよね。
 そんな感じ。

 私が下手なことをすると、周りの人が殺される(←本気マジな話)ので下手なことはしないよう気を付けている。
 それ以外は私には勿体無い程の最強のスーパーダーリンだ。
 
 また、いつも朧が仕事でいないときは部屋から出ないように言われる。
 出ようものなら、私の足が動かなくなると本気の目で言われたときは『あ、これ本気マジな目だや』と思い、出ないようにした。ヤンデレルートで一番してはいけないのは相手の気持ちやお願いを無視することや蔑ろにすることだ。気をつけねば…。
 それに、部屋には私が暇をしないように、私の興味のあるものだけで埋め尽くされている。
 一度、『綺麗だなぁ…。』と呟いたモノならすべてが次の日には用意されていた。
 それには目を疑ったものだ。一種の恐怖を覚えたかもしれない。ううん、嘘、おぼろに対して恐怖なんてものは微塵もない。ただ、このお願いを間違えたら、朧が壊れてしまうと漠然とどこかで理解した。
 
 
 どういう仕組みなのかわからないけれど、すごく小さい声で呟いた『尻尾また触りたいな』をまた叶えてくれた。
 本人は不服そうだったけど、次は尻尾を触りながら朧のことを褒めまくったら本人は満更でもない顔をしていた。
 頭を撫でられるのは苦手らしく、手を頭の上に翳すと、少し身構える。
 なので、頭をなでる時は顔の横から徐々に頭の上に移動するように撫でている。本人が気づいているかわからないけど…。
 尻尾も本当は嫌がっているのかもしれない、触ると、ピタ…と動きを止めて、少し緊張したように毛がほんの少しだけ硬くなる。しばらくすればまたふわふわの尻尾に戻るので、もしかしたら誰かに撫でられるのに慣れていないのかもしれないなぁ…と思った。

 お願いに似た言葉は絶対に言わないように…もし言うならば気を付けようと思った出来事だった…。
 

 
 

 「なぁ、伝えたいことあるんや。」

 「伝えたいこと?」
 
 思考がまた可笑しな事を考えていた時に、ふと朧が私の手を握ってきたので、意識を戻した。
 顔を朧の方に向けると、朧がいつにもまして緊張しているのが分かった。
 真剣な目で、何度も口を開いては閉じ開いては閉じを繰り返し、葛藤の末、静かな声で私に伝えた。

 「桜…愛しとる。」

 今更な気がするけれど、どうしたんだろう?
 前も言ってくれたのに。
 不思議な気分だけど、私も同じ気持ちだから、不安にさせないように笑顔で私も伝える。
 
 「うん。私も、朧を愛してる。」

 私がそう口にすれば、その緊張した顔が一気に破願する。今まで一番見たこともない飛びきりの笑顔だ。
 嬉しそうに耳が垂れる姿は昔の彼を思い出させた。
 
 「桜から『愛してる』って聞いてない気がして。すまへん、いきなりで驚いたやろ?」

 そっか…私から言ってないんだ。
 不安にさせたのかもしれない。言葉にするってこんなにも大切だったんだ。
 は、恥ずかしいけど、色々と言葉を尽くしてくれた朧に、今度は私が言葉を尽くそう!
 頑張れ私!年上なんだから、ケジメはしっかりとつける!
 
 「ううん、ごめんね。私全然、言ってなかったね。」

 体を朧の方にしっかり向けて、きちんと正座すると寝間着だけど佇まいを正した。

 「朧、貴方がこの世界に産まれて、私に出会ってくれて…本当に嬉しい。
 この世界を嫌いにならずに済んだのは、朧が…『暁』が私の大切な人になったから。私を護衛してくれて、この世界で独りぼっちにならないように傍にいてくれて、本当にありがとう。貴方が無事で、本当に良かった。
 貴方の孤独も傷もまだ何も知らないけれど、全部を含めて、貴方が好きです。私を選んでくれて…探してくれて…会いたいって言ってくれて、本当に…本当にありがとう。」 

 一つ息を吸って、朧の手を両手で包み込む。

 「愛しています…世界で、ううん、宇宙で一番愛してます。」

 伝わってほしい、そう思って、その宝石のような黄金色の瞳を見つめながら微笑んで言葉を紡ぐ。
 すると、みるみるうちに朧のその瞳から涙が溢れ出る。まるで蜂蜜のよう。綺麗だと思ったけれど、どうして泣き出したのか分からない。
 ぽたぽたと溢れた涙が、着物に染みを作る。

 「えっ?!ごめんなさい!何か嫌な言葉あったかな?私、気が回らなくてっ…!」

 「違(ちゃ)う。『産まれてきてくれて、ありがとう』なんて言われたことなんかあらへんかった…からっ。嬉しくて、勝手に…すまへん、困らせるつもりなんてあらへんのに…。」

 産まれて初めて喜ばれた…?
 それってとっても辛いことじゃないのかな。だって誰にも祝われない誕生って、きっと切ないし、孤独だし、悲しいと思うから。

 もしかしたら、昔の『悪夢』と関係があるのかな?
 聞きたい…。本当はその話を聞いて、不安をすべて掻き消してあげたい。
 でも、そんなことは私からしてはいけない。
 私だったら、そうっとして欲しいこともあるから。

 「困ってないよ。本当に、私嬉しいの。ありがとう産まれて…ここまで大きく育ってくれて。」

 何も聞かずに、寄り添うの。
 昔みたいに歌を歌って、涙が止まるまで、傍に…。

 でも、昔の時と違って今日は朝で、泣いている理由が『嬉し涙』だから。
 あの時とはほんの少し、気持ちが違うかな。




 
 いつの間にか、私に抱き着くように傍にいた朧が、また昔のように「その歌、ええなぁ。桜の方の歌やっけ。」と言ったから、私も昔のように「うん、そうなの。優しい歌だよね、私も好き。」と同じやり取りをした。

 ふふふっと二人で笑う。
 
 「どないしてあの日震えてたか、話してもええか?」

 私をぎゅっと苦しい程に強く抱きしめくる。
 私もその朧の体を、強く抱きしめた。
 無理しなくても大丈夫だよ?と聞いたけれど、話したいんやと言われた。

 「俺は側室の子ってやつで、子供の頃は父の本妻やその子供にはよう酷い目に合されたもんや。
 俺の母親は父が若いころに熱を上げて身請けした妓女やった。やけど、数年たって熱が冷めた言うた父は母を簡単に裏切り、幼馴染やった義理の母を本妻に迎えた。
 妓女であった母はそのまま、また花街に出される予定やった。酷い話や…一度身請けされたことのある女はもう一度まともな妓女になんかなれへん。まるで夜鷹の様に道の端で体を売るだけの女に成り果て、最後は性病で死ぬのがお似合いだと言われたも当然やった。せやけど…。」
 
 そこで言葉を区切って、少し辛そうに眉を寄せた。
 すこし迷ってから、また言葉を続ける。

 「せやけど、俺を身籠っていたんや。子供を身籠っていることが分かった父は母を馬小屋よりも酷い場所に閉じ込めて俺を産ませた。
 義理の母は産まれた俺だけを取り上げて、母には逃げられぬよう足首の健を切ってもうた。こう言ったんやて。『お前は惨めに死ぬことによって、うちの旦那様を勾引(かどわ)かして、色目つかったことへの贖罪になる。』てな。父はそないな義理の母を止めることもなかった。産まれてすぐ義理の母に引き取られた俺は、酷い躾…いや、虐めに合うようになる。
 いつもどないして父や母、弟にこんなに…虐められるんやろう?俺が悪い子やからに違いない…なんてどこかで納得しようとしてた。」

 少しだけ震えている。
 もしかしたら、思い出してしまったのかもしれない。 

 「虐めって…。」

 「硬い定規や手で叩かれたり、しっぽ掴まれて引きずられたり…食事が極端に少なかったり、泥が入ってたり。
 馬用の鞭で体を打たれたり…冬に水を被せられて外に放り投げられたりとかやな。
 ま、機嫌次第だったかもしれへん。なんもされへんで、無視されただけの日もあったさかいな。」

 案外俺も丈夫やなぁ。と他人事のように話す。
 もしかして体に合ったあの傷跡は全部…。
 
 私は知らず知らずのうちに、その頭を、体を優しく撫でていた。
 なんで私が泣きそうなんだろう。
 朧が泣きたいだろうに。辛かったのも、苦しかったのも全部…朧だったのに。
 
 「母は俺の誕生日に亡くなったんや。その日は異様に義理の母の機嫌が良くてな。
 いつもは俺の誕生日には機嫌が悪い母が、機嫌がいいから嫌な予感はしてたんや。ふっ、阿保やろ?実の親が死んだんに、気づかへんかったんや。
 それまでは義理の母が本当の母親だと思ってたんやで。いつも弟ばかり可愛がられて…抱きしめられて。一度でもいいから抱きしめてほしくて無駄に頑張ってもうた…。いい子でいようと、聞き分けの良い子をずっと演じてた。そうすれば愛してくれる…見てくれる、一度は抱きしめてくれはるかも…って思っとたんや。全部、無駄やったけど。
 今では俺の方が嫌になってもうて距離を取っとるんや。そんな…そんだけの話。」

 私の顔を触って、それでも微笑んでくれる朧は優しくて…強がりだ。
 ぽたりぽたりと落ちる涙が、忌々しい。しっかりと、朧を見たいのに。

 「泣いてくれはるの?優しいなぁ…。でも、もう平気やで?」

 「平気なわけないよ。川に流れる岩がどんなに下流に流れて小さな小石になっても存在が消えないように。一度味わった…感じてしまった辛さや悲しみは絶対に消えてなくならないもの。
 辛いでしょう。ごめんね、心の傷を遠慮なく触ってしまって。話してくれてありがとう。
 もしも…もしもの話だから、当時の朧が救われることはないし、どうにもならないんだけど…言わせてほしい言葉がたくさんあるの。」

 朧の頭を撫でて、目を合わせて、しっかりと涙をぬぐって言葉を伝える。
 優しいのは朧の方だよ!

 「もしも、私がそこに居たら、絶対に味方になった。
 話を聞く限りだから、すべては分からないけど、朧は何も悪くない。
 産まれてはならない人は絶対にいないし、悪いこともありえない。
 それに…阿保なわけないよ、お母様を亡くされたんでしょう?温もりを求めるのは悪いこと?そんなの絶対に間違ってるよ。子供が…親や兄弟に虐められて平気なわけないじゃない。
 私痛いのは嫌いだし、寒いのも苦しいのも…無視されたり蔑みの中生きていくのも、嫌だな。
 私は…一年だけだったから、比べるのも烏滸(おこ)がましいけど…。」

 うぅ、言葉が全然まとまらない。
 有名な著名人はもっとズバッと名言じみたことを言えるのに…!

 「と、ともかく!優しいのは朧の方だよ!私、全部知っても、全部愛してみせるから!だから…だから平気な振り…しないで?」

 「平気な振り?」

 その体を抱きしめて、よしよし!いい子だね!と大きく撫でる。
 すると朧が驚いたように目を見開くと、ぐしゃっと綺麗な顔が台無しになるように泣き笑いの表情を浮かべた
 
 「もう、なんか全部滅茶苦茶やで?らしいわ…。でも…うん。平気…平気やないかもな。
 今も夢に見る。尻尾は引っ張られれば痛たかったし、傷跡はたまにまだ痛むし。産まれただけなのに…色が少し家族の中で一人だけ違うってだけなのに…。『金食い虫の色、金の色』って言われてたんやで?悔しいやろ。色関係あらへんわって言ってやればよかった。
 勉強も武術も弟より…誰よりも頑張ったんや。なのに褒めてもくれんのや。虚しいわ、悔しいわ、悲しいわ切ないわで…今もぐっちゃぐちゃやで。
 出世したらしたで、今更俺にすり寄るんや。ざまぁみろって心で思ってはずなんに…ちっとも心は晴れんへん。」

 嘲笑するように話していたはずなのに、ポロポロまた涙を流す。
 だんだんと声が荒くなって、まるで怒鳴るように声が出る。

 「俺は認めてもらいたくて、愛してほしくて頑張ったんや。
 近所の奴らが無条件に親に抱き着いて、下の兄弟たちと手をつないで帰っていくのを横目で見つめるだけ。
 容姿だけがいいって言われて、でも初めて褒められたから嬉しくなって…容姿だけは気を付けようって思ったんや。後から聞いた話、大人になったら花街に売る予定やったらしい。その話を聞いて傷ついた自分にも驚いたわ。『まだ期待してたのか』ってな。何度も期待して、何度も裏切られて…。
 誰かに愛してほしい…って。無条件に、何の見返りもなく愛してほしい。それを望むのもいけへんのかっ!!
 俺は、産まれるのも…生きているのも汚らわしい奴なんか!?」

 「朧っ」

 その頬に手を添えて、口づけをしてしまう。
 体が勝手に動いたことだった。
 昂っていた朧も目を静かに閉じて接吻を受け入れてくれる。

 長く…ただ口を合わせるだけ。
 そっと離れれば、朧が小さな声で「すまへん、怒鳴る様に…。」と言った。 

 「愛してる朧。何も、何もいらないの。綺麗な簪も着物も豪華な食事も、花もお金もなにも…何もいらないの。ただ、朧が傍にいてくれるだけで私幸せ。」

 額を合わせて、目を閉じる。

 「好き、大好き…愛してる。」

 「うん…。俺も好き…大好き、愛しとる。」

 ありがとう…と言ってまた触れるだけの口づけを交わす。
 落ち着きを取り戻した朧は、困ったように笑った。
 
 「取り乱したわぁ…。俺らしくもない。桜はいつも俺をの余裕をなくすのが得意やなぁ。」

 「えへへ…それほどでも…。」

 何かもの言いたげな目だったけれど、ため息をついて流された。
 え?今のって褒めてない?


 
 

 「そうや、丁度ええ。桜に…『異世界人様』に名付けてもらった『暁』の話もしたいんや。聞いてくれはる?」

 「え?でも私、知って…ない。『暁』のこと全然知らないや。私がいなくなった後の朧の話はここのお屋敷に来た初日に聞いたけど。うん、知りたい!だった頃って何思ってたの?あ、聞いてもいいのかな?」

 朧が可笑しそうに笑う。
 別に今とそう変わらへんで。と言いながら、でも生意気やったな。と当時の自分をそう言った。
 
 うん、否定はしないよ。初対面の時は最悪な出会いだったもんね…。
 でも、私も生意気だったからお互い様だよ…。寧ろ年上だったのに意地を張ってた私の方が…うっ、自分で言ってて情けない。

 「本当の母が死んでから、俺は自分の家から独立するために色々情報を集めたんや。すると近衛兵の募集を見たつけたんや。」

 するとな?と当時のことを思い出したかのように苦笑いしながら私の寄せ合っている肩を撫でた。
 過去の自分に失笑しているようにも見える。

 「国の近衛兵になれば、国王陛下に見てもらえる。上手くいけば実力が認められて家をもらえるし、位も自分で得られる。近々その試験があるっちゅう話聞いて、死に物狂いで勉強して入団したんに…見習いの一年目は異世界人の…しかも『無能な女』の護衛っちゅう話やったさかい、子供の俺は酷く憤ってな。
 酷い態度やったやろ?すまへん…堪忍え。名前も名乗らん、失礼な餓鬼やった。」

 ブンブンっと首を横に振る。
 失礼な子供?そんなことない。
 始めは、それは嫌だったけど…。でも、『暁』は私にずっと親切だった。
 仕事には手を抜かずに、ずっと真面目に…。
 私の話も聞いてくれたし、私のお願いも聞いてくれた。
 
 「『』は、ずっと…優しかったの。私がその邪魔したの。
 知ってたよ、暁が本当は私なんかに構ってていい人じゃないってこと。侍女の皆さん言ってたもの。
 『あんなに難しい試験を合格したのに、巫女でもない貴方に捕まって可哀想。』って。すごく申し訳なかったの。ずっと謝りたかったのは…私。
 ごめんなさい、早く暁を開放すればよかったの。陛下に…誰かにお願いすれば済んだことなのに、知らない人に会うのがすごく怖くて…部屋から出られなくなって…。」

 私はいろんな侍女さんに蹴られたり、殴られたりされながらずっとその言葉を聞いていた。
 中には本気で暁のことを想っていた子もいた。
 私がその暁の努力を…明るい未来を邪魔しているんだとどこかで…ううん最初から気づいていた。

 「謝らへんといて。謝りたいのは俺の方なんや、侍女に虐められてるなんて知らへんで…。いや、気づかない振りをしてたんや、傍に誰よりもいたのに、誰よりも近くにいたのに気づかへんかったなんて、無意識にきっと加担してたんや。痛かったやろう?」

 優しく頭を撫でて、そっと頬に接吻をしてくれる。
 軽く首を振った。

 大丈夫…ではなかったけど、暁のおかげで心までは傷つかなかったの。
 
 「でも、巫女様の護衛になりたかったでしょ。私が…本物だとは知らなかったけど、あの時までは確かに葵が本物の巫女様だったんだから…朧もあっちが良かった、よね。」

 私が本物の巫女様だ___。と言われたけれど、未だにピンとこない。
 それに、あの時…私が死ぬ時までは葵が確かに本物の巫女として扱われていた。
 葵のとこに行きたかっただろうに。
 
 なのに朧は首を振った。

 「確かに巫女の護衛になるのは光栄で栄誉あることや。上手く巫女様と契りを結んで、『影憑き』を封印することに助力する事ができれば一族…俺の場合は狐の妖達に箔が付く。箔が付けば給金も扱いも変わってくる。城にいる大勢のお偉い大臣達は、先祖に護衛を果たした奴がいた連中や。ま、その一族ってだけらしいけどな。
 せやけど、『赤の契り』を結べば、巫女様の命令には逆らえへん。ほぼ性奴隷と一緒や、そうずっと囁かれてたし、俺もそう思っとった。」

 苦笑いをしながら、告げる内容はやっぱり想像した通りだった。
 でも、少し違うのはここの世界の人達も『赤い契り』は奴隷のようだって考えがあったこと。

 そうだよね…知らないわけないよね。
 皆あの方法は『本気ですか?!』って聞きたくなるよね。
 その気持ち私が最初に葵に聞いた時とおんなじだや…。

 「それで、や。」

 「ん?」

 「昨日の賭け事俺の勝ちやんな?いう事聞いてくれはるやろ。お願いがあるんや。」

 賭け事…。
 あ!そうだ!私…『降参しました』って言っちゃったんだ!
 あんなの無しだよ!酷い…!梅姉さんの嘘つき!!

 「そんなぁ…。うん、でも約束だもんね。なんでもいいよ?」

 叶えられる範囲ならの話だけどね。と付け加えておく。
 命まで取られたら最悪だもん。
 まぁ、あり得ないだろうけど…。
 どんなお願いかな?


 「俺と『赤の契り』を結んでくれはりまへんか?」
 
 

 「え?」


 一瞬世界が急停止した。
 何だって?なんて言ったの?

 『赤の契り』を結ぶ…?

 「それって、巫女様がやることだよね?
 私、一度この世界じゃ死んでいるし、たぶん巫女様じゃないと思うんだけど…。
 それに、『赤の契り』って…朧も知ってる通り酷いことだよ。私誰かに命令なんてできないし、怖いよ。」

 「巫女召喚が桜が召喚されてから八年たつが、失敗続きや。これは別に珍しいことじゃあらへん。そもそも巫女召喚は成功することすら奇跡やらかな。
 だが、最近の召喚では術が発動し終える前に消えてしまうらしい。
 つい数か月前に一度その術の最中、桜の花弁が召喚儀式の最中に舞い込み、そのまま術が停止した摩訶不思議な事件が起きたんや。」

 桜の花弁…?
 それって私がこの世界に来た時に起きたあの殺傷能力が高い桜の花弁達のこと?
 あれ結構苦しかったんだよね…って、ええ?!私じゃないのかってことだよね?!

 「そ、それって…」

 「桜が教えてくれたやろ?この世界にもう一度来た時に『殺傷能力が高い桜の花弁に連れてこられた』言うてたやん?もしかしたらな…って思うんや。」

 それは私がこの屋敷に来て最初の朝食の席で話した内容だった。




 私がまたなの?!
 葵から役を取ってしまったってこと?ううん、葵は始めから違ったって…。
 私巫女になってどうしたらいいの?旅に出ればいいの?

 「わ、私、巫女になったらどうしたらいいの?旅に出て、結界を張って、浄化して…。『影憑き』を封印すればいいんだよね?術なんて使い方わかんないんだけど…どうしよう?
 護衛の人って誰かな?あんまり怖くない人がいいな。優しい人ならどんな人でもいいけど、私の所為でお仕事邪魔したりしないかな?…え?え?どうしよう…。」

 私が、巫女…。あぁ、最悪な予想が当たっちゃった…。
 でも、やっぱり巫女になったら旅に…。

 「大丈夫や、この話知っとるのはや。
 でもこの国はだいぶ、瘴気によって蝕まれとる。巫女と知られれば直ぐにでも結界を張りに出されるやろう。巫女としてばれるのも時間の問題やろうな。
 俺はこの国のことなんてどうでもええけど、このままやと俺まで巻き込まれて死んでまうからな…まだ桜と幸せになっとらんし、の未来を考えるとなぁ…と思ってな?」

 こ…子供?!いや、その…そうだろうけど!!
 なんか改めて言葉にされると恥ずかしすぎて…!!
 てか理由がすごく自己満足的!いいのかなぁ…そんな理由で…。

 「巫女の護衛に選ばれる男はみな『美形で実力が中間より下の者』が選ばれる傾向にあるんよなぁ…。ま、俺が__。」

 ん?待って、なんか変なこと言ってない?

 「え?何その『美形で実力が中間より下の者』って…。いや、強い人じゃないの?っていう突っ込みは抑えて…その美形って何の規定なの?必要な事なの?」

 なんでそんな『え?俺おかしなこと言ったかな?』って顔してるの?
 耳が片方倒れて、小首をかしげないでよっ!まるで私がおかしなこと言ってるみたいじゃないの!

 「ん?異世界人様達はみんな『美形好き』やろ?異世界から来てもらったんやから、なるべく相手に合わせるのは当然のことや。それに、媾うのが好きなお人が多いやろ?まぁ、神術を使うのに必要なことやから、こっちはかまへんのやけど。
 その説明すると、美形を要求するんよな。あと年齢や一族の見た目…鬼だったり蛇だったり…指定される事がおおんやて。そういうのはある程度巫女様の要求に会うように用意するんや。巫女様のやる気がそれで出るんやったら万々歳やさかいな。
 それに、強い奴が国の中枢から出過ぎると防衛に問題が出るんや。近衛兵から選出されはるから、実力は中から下やけど他の兵士よりはずっと腕利きのはずやで。」

 そっかぁ~!国を守るのも仕事だもんね。
 強い人を前線に最初から投入するのは間違いだって話だよね。
 すごいなぁ…よく考えられて…え?
 なにその異世界人みんな美形好きって話。

 「いや、美形が嫌いな人は滅多にいないと思うけど…異世界に来ていきなり巫女様ですって言われて…美形の護衛さんを要求するのは変だよ!普通は地図だとか、宿だとか、言葉とか文字だとか文化だとか…他にもいろいろ気にするところあると思うんだけどっ?!
 今までの巫女さんたちは一体どのような気分でこの異世界に?!旅行気分なの?!すごい精神力だよ!!私この世界来た時人の顔立ちよりも、この後の処遇が気になってた人なんだけどっ!巫女様って言われながらすごく淫乱な感じにしか聞こえないのは私だけなのっ。嫌だよ!その淫乱な女性の所に名前を連ねたくないよっ!!」

 「おぉ…。一応その意識は共通やったんやな。昔の俺に聞かせてやりたいわぁ…。」

 朧の中の異世界人ってどんなイメージなんだろ…。
 聞きたいような…聞きたくないような。
 あれ?その意識でいたから私のこと嫌ってたのかな?
 私だったら…うん。嫌うね。

 「それでや、桜が巫女なのはたぶん決まりや。
 せやけど俺は残念ながら上の官職についてもうたから、桜の護衛にはなれへん。」

 あ…そうだよね。
 朧は一番隊の隊長さんだもんね。
 巫女になったら、その
 私しかできないなら、私がやるしかない。
 大丈夫…朧のいるこの国を、この世界を守りたい。そう
 前回召喚されたときは、巫女だったらなぁって思ってたはずなんだから!

 「うん。だよね、だいじょ「せやから、俺と俺と『赤の契り』を結んでくれはりまへんか?」え?」

 そういえば、この会話って『俺と『赤の契り』を結んでくれはりまへんか?』っていう朧の言葉で始まったんじゃなかった?
 私の言葉に言葉を重ねるように、私の強がりの言葉をパッと切り裂いた。 

 「俺が『赤の契り』を結べば、俺が護衛になれる。巫女様なんや、我儘言うてええんやで。
 陛下はきっといろいろ言うはるかもしれへんけど、かまへんかまへん。桜の為なら別にこの地位も捨てられるわ。
 他の男に桜を取られるくらいなら、全部捨てる覚悟でおるっちゅうことは承知してくれや。」

 ニッ!とはんなりと笑う。
 この笑い方は暁の時に数回…花街で一回見た太陽のような笑顔。 

 「賭け事に俺が勝ったんやから、これは決定事項やで。
 それに、瘴気が国を覆うのもあと指折りや。そうなれば自然に桜が見つかって、別の男が護衛になる…そいつと寝るようになるやろ?そんなの耐えられへん。
 それに『赤の契り』を結べば巫女の力は確固たるものになるし、そして結ばれた当人同士は、どこにいるかお互いに分かるからな、桜がどこにいるかわかるええ機会や。
 あいにく、他の男と好きな女を分けられるほど心は広くも深くもあらへんのでな。独占させてくれはります?」

 そうだよね…私が数日旅した時にも聞いたけど、この国は今だいぶヤバいらしい。
 巫女になんとかしてもらいたいのがこの国の本音。そして、朧も…私との未来(自分で考えてて恥ずかしいなっ)のために巫女が必要だって…。
 でも浄化や結界…封印の為の神術のためには巫女と護衛の『赤い契り』が必要不可欠(神術を回復させるために『赤の契り』を結んだ妖の男との同衾が必要らしい)。
 でも、赤い契りを結んだ妖は巫女の言葉に絶対服従。

 「でも、赤い契りをしたら、私の言葉が『命令』になっちゃうんだよ。それ嫌でしょう?私も朧とは対等にいたいの。」

 「そんなひどい命令をくれはるんか?」

 にやにやと笑って私の顔をぐにっと両手で挟んできた。

 「そんなわけないっ!」

 「なら、ええ。…信じとる。」

 優しく微笑んだかと思うと、目の前でいきなり叩頭した。
 戸惑う私を気にもせず、私の足をむんずと掴んだ。
 転びはしなかったが、体勢が少し崩れた。右足を掴んで、足の甲に口づけをしたかと思うと、二重に聞こえる声で呪文を唱え始めた。
 たぶんこの呪文が『赤い契』なんだと思う。
 
 前回この世界に来た時に本で勉強した『赤い契り』の方法だ。
 また、この『赤い契り』には解約方法も存在する。
 万が一の葵の為に、葵に会ったときに教えられるように調べたことだった。

 呪文が紡がれるたびに足の甲が焼けるようにじりじりと熱くなる。

 「赤い契りよ、今ここに。」

 最後に朧が私の足の甲に接吻を落とした瞬間、パァ…!!と黄金に光る私と朧の体。
 桜の花弁が不思議と現れ、私たちを囲んで舞う。
 赤い糸が私の足首から現れたかと思うと、ぐるりと私の足首を一周巻いて、朧の首に一周巻きついた。

 キンッ…!と高い音が鳴った瞬間。何事もないようになった。

 「お…お終い?」

 本では知っていたし、私の世界でもゲームについて調べていたので、方法は知っていたけれど…なんだか案外素朴な感じ。 
 いや、豪華さなんて別に求めてないんだけどね。
 
 顔を上げた朧は優しく微笑みながら私の足から顔を上げた。
 まるでその仕草が忠誠というよりは…支配に近くて…なんだか嫌だ。

 「終いや。ほら、やっぱり巫女様やったな。試しに何か命令してみてや。」

 命令の方法は私が朧の首元に触れながら話す…らしい。
 ずっとゲームのことを調べた日から考えていた。
 もし私がまた巫女として呼ばれてしまったら…護衛を決めてその人に命令する時が来たのなら、その『命令』ができる状況を『封じる』お願いを最初にしよう、と決めていた。

 「じゃあ、『私が今後言う命令はお願いとして受け取って』それと、『貴方はずっと私が死ぬまで、私に対して対等でいて』。」
 
 フワっと桜の花弁が舞うと静かに空気に消えた。
 よかった…このお願いも届くんだ。
 朧が驚いた顔をした。私の言葉の意味を理解した瞬間、嬉しそうに…誇らしそうに笑った。
 
 「その命令、しかと受け取りました。」

 茶目っ気たっぷりに恭しく返してくれた後、私に一つ片目を瞑って見せた。
 
 ウィンクだ!すごい破壊力だよ!!
 美形のウィンクは美形好きな人をいちころで射貫ける威力を持ってるよ…!

 「ええんか?そんな命令で。なんでもええんやで。」

 「うん。私、人に命令できるほどよくできた人じゃないの。それに『お願い』はできるけど、『命令』は苦手だから。『お願い』なら、私の『お願い』が嫌だった時に朧が嫌だって言えるでしょう?
 ずっと正しい人でいられないと思うし、優しい人でい続けることもできないと思う。
 私、実は臆病で我儘で執拗な粘着性のある人間なの。ふふっ…だから朧が後悔しないようにしたいな。」

 「何度も言うてるやん。『後悔』なんてしぃひん。」

 また二人で顔をどちらとなく寄せた時だった。

 


 

 ドタバタと酷い足音が廊下を鳴らす。

 何の騒ぎなんだろう…?

 「お話の最中、失礼いたします!緊急事態でございます!!」

 「どないしたんや。」

 女中のおとみさんが入ってくると、すぐに朧の甘い雰囲気が消え去り、冷たい空気をまとう。
 いや、きっとこの冷たい感じが彼の本性なのかもしれない。
 甘い部分は恋人限定なのかも…。
 なんだかうれしいような…悲しいような…複雑な気分だ。

 私は気恥ずかしい場面を見られたので、赤い顔を隠すように俯いた。

 「城下町上空より黒い瘴気を含む雨が降っております!瘴気の雨に当たった者から正気を失って…暴徒と化しております!!国王陛下より伝令、朧様、王宮に召集令が出ております!ですが…この瘴気の雨の中王宮に来いなどと…お隠れ下さいませ!」

 おとみさんが他の女中さんや召使さんにお願いして、朧と私を隠そうと動き始めた。
 え?っと驚いている暇もない。

 「陛下が招集令を?あかん、陛下からの直接的な命令には逆らえへん。逆らえば逆賊としてみなされてまう。でも…瘴気の雨の中、城に向かうには距離がありすぎるで…!どうする…。」

 朧が国王陛下の招集令に戸惑っている。

 「朧様!こんな瘴気の中外に出るのは危険です!家までいずれ崩れ去ってしまうかも…!早く地下にお逃げください!このお屋敷には運よく地下に酒蔵がございます。そこに逃げ込めば一時は凌げましょう!」
 
 「このままやとこの国が…!都市にまで瘴気がくるなんてどないなっとんねん!」

 「突如として上空に黒い雲が現れ、瘴気を含んだ雨を降らせているようでございます!瘴気の雨にあたって帰ってきた女中が教えてくれました。」

 雨に打たれて帰ってきた…?
 その女中さんはいったいどうなって…?

 「その女中さんは?」

 おとみさんが私を見て…言い辛そうに俯くと、静かに教えてくれた。

 「瘴気に飲まれ、悶え苦しんでおります。直に正気を失い、暴徒と化しましょう。…私の娘でございます。どうかお隠れを朧様、桜様。」

 おとみさんの娘さん…?
 私をお風呂に入れて、髪を梳かしてくれたあの優しい美人な女性が…今苦しんでいるの?

 思い出すのは優しい茶髪の髪を一本の木の簪でまとめた活き活きとした女性だ。
 私が朧から受けた告白に悩み、戸惑いっていた時に彼女は私に明るさと元気をくれた人だった。

 『朧様には感謝しているんです。家や土地…父を瘴気で失い、行き場のなかった母と私をここで雇用してくださって…。この御恩は、絶対に返したいと思っているのですよ。普通のお偉いさまは私たちなんて弱い人は見て見ぬふりだったのに…朧様は違った。そんな朧様が選んだ御方の桜様なら、きっと…。
 桜様、朧様の気持ちは嘘じゃないし、きっと本気だと思います。年齢や年月なんて関係ありませんよ。今悩んでいても、きっといい答えが出てきます。焦らず生きましょう?
 私と母も傍で御支え致しますから、心配しないで大丈夫ですよ!きっと未来は明るいはずです!』

 笑って私に話す内容は、酷い思い出を一生懸命に背負いながらも前を向いて生きている彼女の話だった。
 

 おとみさんは私が巫女だと気が付いているかもしれないのに、私に縋ることもなく隠れてくれという。
 本当は泣きたくて、直ぐにでも娘さんの所に行って、ずっと傍に居てあげたいだろうに。
 私の為に来てくれたんだ…。
 私に選択肢を見せて…導いてくれたおとみさん。母のようだと思ったのはつい最近のこと。

 私このまま隠れていいの?
 逃げていいの?だめだよね…。ここまで来たんだから。

 「瘴気に苦しんでいる彼女のもとへ行かせてください。」

 「桜様?!ダメです、娘のことはお気になさらないでください!…娘も朧様と桜様の為ならば本望でございます!今桜様を失くすわけにはいかないのでございます!」

 慌てて私を止めようとするおとみさんは本当に強い女性だ。

 「ありがとうございます、おとみさん。
 気づいていたと思いますが、私『巫女』なんです。ならば役割を全うしなくては。私ならきっと彼女を救えます。やり方が分からなくても、非力でも行かなくては。」

 おとみさんの顔をまっすぐに見つめ返す。

 「おとみさん、貴方の御かげで私未来に進もうって思えたんです。まだ『後悔してないか』って言われれば分からないけど、私ができることをしたいんです。」

 「桜様…。」

 私が朧を見つめた。何を言うかわかっているような顔だ。

 「朧、私が町に結界と浄化を施す。一緒に…来てくれる?」

 朧が私を見つめて力強く頷いた。
 
 「必ず御守いたします、『巫女様』。」

 おとみさんが私を見て、次第に涙を流した。小さな声で「どうかお助けください…。あの子は私の何よりもの宝物なんです。」と言った。
 溢れる涙を理性で留めていたのだろう。そこにいたのは優秀な女中長ではなく、ただ一人の母親だった。
 



 「さぁ、行こう!皆を助けないと!」





 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 瘴気の雨が降り注ぐ街の中、ビニール傘を差しながら桜の枝を握って全力疾走している謎の男が叫んだ。

 「こんな場面に弟を入れ込む姉ってどこのどいつだよ?!…僕の姉さんだよ!!」

 一人で自問自答している男は桜の枝をもう一人の姉に渡すために全力で走り回っていた。
 桜の枝は硬い蕾がついていて、花は咲いていない。

 黒い雨の雫は地面を汚し、花や木を枯れさせていく。
 人は地面に横たわり、呻き声をあげる。次第に笑い出したかと思うと、叫びながら近くの物や人を襲い破壊行動に出始めた。

 「いや、ここ乙女ゲームの世界じゃないだろ!バイオ〇ザードの世界線だろこれ!!」

 僕の知ってる乙女ゲームの絵面じゃねぇぞ、これ!地獄か?ここは地獄なのか?!

 自分の持っている桜の枝を見て眉をひそめる。

 「本当にこの枝役に立つんだろうな…?梅姉さんが言った言葉ってどうも信用が…。」

 長女から託されたその桜の枝は、硬い蕾があるだけの何の変哲もない枝だった。
 これが今回この異世界を救う手助けができるのだという。

 歴史にはのちに出てくるモノだけど、今回は緊急性が高いから使っちゃえ!との事だった。

 「歴史変えちゃいけないんじゃなかったのかよ…。てか、どうして歴史上後で出てくるモノを地球でも持ってるんだよ…梅姉さん只者じゃないだろ。
 でも、人が死んで存在が消えるよりは少しの歴史の改編の方がマシかぁ?でも歴史が変わったら僕達どうなっちゃんだ?どっちも嫌だぞ僕は。
 っはー…。適当なんだから、梅姉さんは。『どうにかなる』の精神本当に辞めてほしいよなぁ。」

 まぁ、ここの世界にいる桜姉ちゃんは、梅姉さんの実の先祖(?)とはまた違った桜姉ちゃんらしいので(?)とにかく影憑きを封印させて、桜姉ちゃんを朧(羨ましいなコノヤロー)と結婚させて…。
 あと、僕が逆召喚の儀式(地球の日本に戻す方法)を行って、葵さんを連れ戻せば完璧…だったか。

 「ふんふんふん…。いや、滅茶苦茶じゃねぇか!!あの時の僕、どうして引き受けてしまったんだ!!」

 いや、結婚までは見届けなくていい、ただ封印を施したところを見て、葵さんを連れ戻せばいいんだ。
 桜姉ちゃんの結婚姿だなんて泣いちまう!!絶対見れない!!!

 「あぁ、桜姉ちゃん待っててくれ!すぐに僕が姉ちゃんを幸せにしてみせるからな!!!」

 ん?いや幸せにするのはその朧っていう男か?
 クソ!その男の面拝んでやる!!





 「あぁ!ビニール傘二本目壊れちまった!何なんだよこの雨!!手持ちの傘あと三本しかねぇぞ!!」

 謎に手持ちの傘が多いのは長女からの助言のおかげだった。
 
 「次は梅姉さんが用意してくれた傘か…嫌な予感しかしないが、仕方がねぇ…。これで乗り切るぞ!!」

 器用に穴が開きだした傘を差しながら、次の傘をバッと開いた。
 勿論、黒い雨に打たれないように気を付けながら。

 「はぁ?!なんだこのラブリーな傘は!!ったく!もういいよ!これで走るよ!!」


 ハートだらけのそのド派手な傘を差しながら走る先は厚い黒い雲の真下。城下町へ。

 黒い雨は酷さを増していた。
 
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