4 / 8
蜘蛛
しおりを挟むとある牛丼屋で友達のCと牛丼を食べていた折り、天井に取り付けられたエアコン機の傍で何かが動いた。蜘蛛だった。高速な動きで知られる、網を張らないタイプのアシダガグモだった。ちなみに江戸時代にゴキブリ駆除の為に人為的に輸入した、といわれている蜘蛛である。いや蜘蛛より、ゴキブリが嫌いな理由は、黴菌の塊といった見た目だが、そんな昔から、なのだと思う人の方が多いだろうが。
ともあれ僕等は別に女の子でも、蜘蛛嫌いでもないので、平然と牛丼を食べた。
これがもしゴキブリだったら僕等も、ゾワッと生理的にキタかも知れないが。
―――と、友達がおもむろに話し始めた。
「怖い話ではないんだけど、」と前置きしてから、
「昔、犬を飼っていたのを話したことあるよな。タナって言うんだけどさ。」
雑種の犬、というのは聞いている。
十歳を越えるメス犬で、数年前に亡くなったと聞いた。
「実はタナは歳を取って、見るからにすごいやつれ方をしたんだ。
まあ、どんな風になろうが、飼い犬だ、愛着がある、別に変わらないんだ。」
世の中には、ひどい扱いをする飼い主もいるけど、まあ多くの飼い主はそうだろう。しかし、犬の死因で多いのは癌(腫瘍)である。そう聞くと、どれだけ人間と同じような身近な動物かとも思う。
「でもそれがどうしたんだ?」
「―――全然関係ないんだけど、夏の真夜中にさ、
大きな蜘蛛が実家の洗面所に出たんだ。
一瞬何かの模様とかシミかと思いたくなるような大きな蜘蛛なんだ。」
「怖そうだな。」と適当に言ってみる。
「でもその蜘蛛は二、三日いたんだ。まあ、最初は気持ち悪かったけど、
実家にはお婆ちゃんがいたからさ、大きな蜘蛛だから悪さしたら罰あたる、
勝手に何処かへ行くよって言ってみんな肯いたんだけどさ。」
ガバイか、それガバイか、と言っておく。
「お婆ちゃんの発言力なにげにすごいな。」
でもそういう時に、年寄りの発言力は重宝される。
まあ、たまたまその家に蜘蛛嫌いの人がいなかったということもあるだろう。
蜘蛛嫌いの人が、蜘蛛が大きく見えると言う。
、、、、、、、、、、、、、、、、、、、
どれだけ大きく見えるかまでは知らないが―――。
「これは誰にも言わなかったんだけどさ、その蜘蛛がいなくなった理由、
実は俺、何となく知ってるんだよね。」
「―――おばあちゃんがゴキジェットプロを噴射した?」
プッと、噴出したのでちょっと嬉しかった。
「じゃなくてさ、蜘蛛をタナが追いかける夢を見たんだ。」
「夢か・・・。」
「いやでも、犬ってほら、虫とか追いかけるじゃん。だから多分、ああそうなんだろうな、と思っただけなんだけどさ。」
そう言って、話を続けた。
「―――多分、タナがその大きな蜘蛛を殺したんだ。誰にも言わなかったのは因果関係があるとしたくなかったのもあるんだけど、いまになって思うんだな、もしかしたら、妙なやつれ方をしたのはそのせいじゃないかな、と。」
「呪いみたいな?」
「・・・・・・ちょっと、馬鹿なことを言ってるかも知れないけど。」
、、、、、、、、、、、、、、、、、、
朝蜘蛛は神の使いで夜蜘蛛は地獄の使い―――。
もしその言葉が本当だとすると、その蜘蛛は地獄から―――つまり人の悪意を代弁してそこにやって来ていたのだろう・・。
でもそれを怖いかというと、怖くはない。
「蜘蛛を瓶の中に詰めまくって川に投げ込んでやったぜ、
みたいな話なら呪いというのもわかるんだけどさ、
どうもその呪いとかいう発想がなあ―――。」
―――アシダカグモは、僕等の視線に気づいたみたいに、エアコン機の上部の隙間に隠れた。いつかは誰かに見つかるだろうが、そうしていれば、益虫なのになあ、とも思った。
蛇の呪い、蜘蛛の呪い―――やはりどこか、ピントが合わなかった・・。
「・・・・・・でも、」と付け足した。
家族ならみんな証言するんだけどさ、と言った。
「あれ、三十センチサイズの大きな蜘蛛だったんだよ。
昔、そんな話言ったら、そんなの日本にいねえよと言われたけど。
いや、いたんだって。いるんだって。」
「―――ツチノコだってそれはいるさ。」と僕は微笑んで肩を叩いた。
「・・・本当なんだって。」とCが言った。
でもそれぐらい大きな蜘蛛だったということは真実なのだろう。
それが犬への呪いと結びつき、ひょんなことから見た夢という作用を伝って一つの解答になったのだろう。でもまあ、確かに、不思議なことの一つや二つ、世の中にはあるものだ。
でも呪いがあったとしても、大切に死ぬまで面倒を見てもらった犬は、幸せだったんじゃないかな、と僕はぼんやりと思った。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
ショクザイのヤギ
煤原
ホラー
何でも屋を営む粟島は、とある依頼を受け山に入った。そこで珍妙な生き物に襲われ、マシロと名乗る男に助けられる。
後日あらためて山に登った粟島は、依頼を達成するべくマシロと共に山中を進む。そこにはたしかに、依頼されたのと同じ特徴を備えた“何か”が跳ねていた。
「あれが……ツチノコ?」
◇ ◆ ◇
因習ホラーのつもりで書き進めていたのに、気付けばジビエ料理を作っていました。
ホラーらしい覆せない理不尽はありますが、友情をトッピングして最後はハッピーエンドです。
赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

呪われた旅館の恐怖
ネモフ
ホラー
「呪われた旅館の恐怖」という物語は、主人公のジェイソンが、古い旅館で奇妙な出来事に巻き込まれるという物語です。彼は、旅館が古代の呪いによって影響を受けていることを知り、呪いを解くために奮闘します。神官たちと協力して、ジェイソンは旅館の呪いを解き、元の状態に戻します。この物語は、古代の神々や呪いなど、オカルト的な要素が含まれたホラー小説です。
5A霊話
ポケっこ
ホラー
藤花小学校に七不思議が存在するという噂を聞いた5年生。その七不思議の探索に5年生が挑戦する。
初めは順調に探索を進めていったが、途中謎の少女と出会い……
少しギャグも含む、オリジナルのホラー小説。
姉を死に追いやったのは何でも「ちょーだい!」という妹だった
黒星★チーコ
ホラー
「いいなぁ。ちょっとちょうだい?」
そう言われると彩佳の身体はすくんでしまう。小さい頃から妹や弟にそう言われてきたからだ。
※小説家になろうで投稿したものに加筆修正をしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる