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地震
しおりを挟む谷中雄二が家に帰ったのは真夜中すぎだった。
職場の同僚と酒を飲んで帰ってきた。
夜更け、地震の衝撃があって慌てて眼を醒ました。
そしてテーブルの下に隠れた。
揺れが収まるのをゆうに四五分待ってから蛍光灯を点ける。
そのあいだ、子供の頃の棚から物が落ちてくる恐怖を思い出してゾッとした。
近所で亡くなった人がいたということもその恐怖の原因かも知れない。
だが、揺れて落ちているものもない。
弱かったのかな、とその時は思った。
その後、いざという時のために準備は必要だと思った。
地震の準備という検索でそれらしいサイトを見つけると、
結構色んな物が必要だと思った。
懐中電灯や水、と最初は思っていたが、ビスケット、板チョコ、乾パン、
トイレットペーパーやティッシュペーパー、
燐寸や蝋燭やカセットコントも必要だ。
大災害になれば使い物にならないが、財布や携帯電話も必要だ。
そんなことを考えていたせいか中々寝付けなかった。
一念発起して週末に買い揃えようかとその時は思った。
自分は四十歳、連れ合いはいないが、歳を取ってわかるのは健康や命の大切さだ。
だが次の日の夜更け、その地震はもう一度起きた。
自分はやはりテーブルの下に隠れ、がくがくと震えた。
もう少し、真剣に向かい合っておくべきだったかとその時は思った。
だがその揺れのあいだ僅かに、蝉時雨のような読経の声が聞こえた。
自分はふっと嫌な気持ちがした。
たとえば枕の下に蜥蜴や蜈蚣がいるような気持ち悪さを覚えたのだ。
その時になって初めて昨日の地震を調べる気になった。
地震速報をあたってふりかえりふりかえり調べてみるが、
どんなに調べても一つもそれらしい地震の記録がない。
次の日、会社で数人の同僚に聞いてみたがそれらしい答えは一つも返って来ない。
もちろん、そうは言っても夜更けだから眠っていて気付かないことはあるし、
必ずしも、地震が感知されるということもない。
だが二日立てつづけに起こったことは三日連続で起きない保証はない。
そこで保険会社で働いている友達の樋口という奴に今日は泊まらないかと言う。
事情を電話で話すと、じゃあ寿司おごれよ、ということで片がついた。
樋口は妻帯者である、平日のお泊りは家族だってねがうべきところではない。
でも樋口が引き受けたのには、
やはり自分の様子がおかしいと心配したからだろう。
七時ごろに、お邪魔しますとやって来た。
樋口は、ピザとビールを買ってきた。飲みモードだった。
寿司にピザを食べビールを飲み、布団を敷いて眠った。
自分は朝までぐっすりと眠ることができた。
やっぱり持つべき者は友だな、とその時に思った。
だが、朝起きると樋口は非常に疲れた顔で、キッチンのテーブルに座っていた。
「早起きなんだな。」
「・・・・・・一睡もしていない。」
もしかしてイビキがうるさかったのか、そういや中々寝れなかったからな。
そうかなと、思っていたら、
「お前、俺と一緒にこれから神社でお祓いしてくるぞ。」と言った。
詳しい説明もないまま、会社に今日は休みますと連絡をして、車に乗った。
樋口は何も言わず、強張った表情をしていた。
自分もさすがにこの頃になると、まさか幽霊とかじゃないかとも思えてくる。
それで樋口に聞いてみると、首を振った。
神社でお祓いを受けて、喫茶店へ入り、事情はよくわからないが、
会社休ませてすまなかったな、と謝る。
「それはいいんだ。」と樋口が言った。
「・・・・・・昨日の夜更け、お前、自分が何をしたか覚えてないだろ、
突然、テーブルの下に隠れて、なんだこいつ寝ぼけてるのかと思ったら、
テーブルを二時間も揺すってるんだ。
あれはもう尋常じゃなかったよ。眼がぎらついていてさ、
邪魔したら殺されるんじゃないかとも思った。」
、、、、、
ゾッとした。
じゃあ幽霊なのか、と言うと、樋口は首を振った。
「お前、幽霊って簡単に言うけどさ、幽霊って見たことあるか?」
「―――ない。」
「そうだろ、だったら俺はまず、あれは幽霊じゃないと思う。」
そこにはもう、そう思いたいという言葉で集約されていた。
断固として憑依されていたのではなく、もっと精神的な問題なのだと判断した。
「・・・・そりゃ幽霊話でそういうのってあると思うよ。
でもそれは何処か違う世界で、いま目の前で起きてることと違うだろ。
俺はその時、こいつが夢遊病で、何かのキッカケで地震の恐怖が目覚めて、
そういうことをしているんじゃないかと思った。」
そこには一切の根拠もなかったが、
樋口のぎりぎりの瀬戸際の理性だったのだろう。
でもそう思うならばどうして神社でお祓いをしようと言ったのか。
そこには矛盾があった。だが、矛盾を承知しつつわざわざ連れていってくれたのは、そして一睡もしないで傍から見捨てないで離れなかったのは、本当の友達だからだ。樋口には妻や子供がいる、逃げたくなかったと言えば嘘のはずだ。
感謝した。申し訳なさと有り難さで涙が出た。
「・・・・・・そうかも知れない。」
樋口には、後で精神病院に一度行ってみるよ、と言った。
場合によっては休職して、必ず治すよ、本当にありがとう、と言った。
大事にならないといいな、と樋口は言った。
でも樋口が車で帰る時、自分はどうしてか気になって聞いてみた。
車の運転席の窓を、こんこんと叩くと、自動でウィンドウがズズズと開く。
「一つだけどうしても聞いておきたいことがあるんだけど・・」
「うん、何だ?」
「本当にこれは幽霊の仕業じゃないと思うか?」
「何度も言う、俺は幽霊の仕業だとは思わない。」
ありがとうと言って手を振って車が走り出すのを見送った瞬間に、
樋口の車の後部座席に、人がいるのに気付いた。
顔は見えなかったし、見間違いと言えばそうかも知れなかった。
お祓いを受けたあとだし、樋口からああいう話を聞かされた後である。
でも俺は、樋口に、どうしても電話をかけることは出来なかった。
樋口は数分後、見通しのよいはずので交差点でトラックと衝突して帰らぬ人になった。自分が精神科へ行った帰りに、である。
電話に何度も連絡してつながらず、避けられてるのかなあと思った次の日に、
奥さんから電話がかかってきて、教えられた。
樋口がああ言った以上は、幽霊ではないと思うべきなのだが―――。
正直、落ち込んだ・・。
葬式へ顔を出しても、墓でありがとう、そして本当にすまなかったと言っても心は一向に晴れない。
でも、樋口が俺を見捨てなかった、
だったら、自分も自分を見捨てていいわけがないと、立ち直れた。
数か月もかかった。精神科へ行けというアドバイスは、あたっていた。
*
後味の悪い話だが、一つだけ、自分はこう思う。
自分はそれを考えるのがどうしようもなく一番怖いのだが・・・。
はたして、樋口が泊まったその夜更け―――。
自分はテーブルを二時間も揺すっていただけだったのだろうか。
他に何か見なかったのだろうか、何か口走らなかったのだろうか。
また考えてみると、不思議なこともある。
どうしてその幽霊(車で見た人影)は、樋口へ付いていったのだろう。
だって、他にも色んな人間がいたはずだ。無数の選択肢があったはずだ。
というよりも、樋口だって、逃げるという選択肢があったかも知れない。
色んな考え方があり、色んな答え方がある。
とりたてて、樋口という回答者がいない以上はすべて机上の空論である。
ただ、もし、樋口がそうなることをあらかじめわかっていたというなら・・・。
―――そんなことを今は思う。
だが自分は無数の鳥居の向こうに社があるように、ふっとこんな風に思う。
呼吸しうる空気をすべて吐き出しながら、手錠でもかけられるように、思う。
、、、、、、、 、、、
あれはおそらく―――死神だ・・・。
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