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56 愛人なんて遠慮します

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 玉座に座るマレクの前まで来たアリシアは、近くに父と義母が立っていると気が付いた。
 父は以前会った時より落ち着いた様子だが視線は定まっていない。義母はと言えば、アリシアを憎らしげに睨み付けている。

(私、なにかしたかしら)

 義母とはロワイエに旅立つ際に挨拶をしたきり会っていない。それに跡取りはダニエラの子にすればいいと助言したことで、アリシアに対して感謝さえしていた。

「ちょっと! どうしてあんたがそんなドレスを着てるのよ。その宝石もどうしたの? 分かった、盗んだのね!」

 王妃の椅子から立ち上がり、叫んだのはダニエラだった。

(あ、そうか。お義母様は私に一着しかドレスを持たせてくれなかったものね)

 いまアリシアが身につけているドレスと宝石は、ローゼ妃が見立ててくれたものだ。白を基調にした華やかなドレスは、最先端のデザイナーがアリシア専用に仕立てた。
 アリシアの胸元には、ローゼ妃がラサを出る際に持って来たルビーを中心に置き、周囲をダイヤで飾った豪華なネックレスが輝いている。

 これもロワイエ一の職人が作った一点物だ。

「盗みまでして着飾りたいのか。まったく落ちぶれた……」
「アリシア嬢の身につけているドレスは、我が国の王妃から送られた品です。彼女を侮辱するという事は、ロワイエに対する侮辱にもなりますよ」

 みなまで言わせずエリアスが遮ると、マレクが一瞬怯み視線を逸らして舌打ちする。

「……まあいい。アリシア、君は記憶が戻っていないと言い張っているそうだな」
「本当に戻っていないんです」
「ロワイエ国の医療でも戻せないというなら、もう一度同じ事をすれば戻るんじゃないか? 君が立っている場所は、あの日転んだ場所だ。そこのメイド、アリシアを突き飛ばしてやれ」

 控えていたマリーが何か言おうとしたの察して、アリシアは彼女に目配せする。
 いまは騒ぎを起こすときではない。そんなアリシアの気持ちを察してくれたのか、マリーは俯いて悔しさを紛らわせるようにスカートを握りしめる。
 命令に従わないマリーにまたマレクが舌打ちをする。

「そうだアリシア、君はもう公爵家から追放されたんだったな。それなら私の愛人として迎えても問題無いだろう。記憶など私と触れ合えば自ずと思い出す」

 それまで睨んでいたダニエラが、マレクの言葉にいやらしい笑みを浮かべる。

「マレク王子に可愛がってもらった後は、おねえさまを特別に侍女にしてあげるわ。私「憶えてないことを思い出させる」素敵な方法を幾つも知ってるの。だから安心して」

 二人はにたにたと笑い頷き合う。
 そんなマレクとダニエラの前に、エリアスが進み出た。

「アリシア嬢はラサ皇国の皇女として正式に認められた。よって貴方が寵姫にと乞うても無駄だ」

 最低限の礼儀を保とうとしてエリアスも言葉を選んでいるが、その声には隠しきれない怒りが滲んでいる。

「皇女の立場でなくとも、私は貴方の愛人にはなりたくありません。ダニエラの侍女も遠慮します」

「嘘だアリシア! 本心では私が好きなんだろう? この私が抱いてやってもいいと言っているんだぞ? お前が望むなら、すぐにでも王の寝室へ連れて行ってやろう」

(貴族達の前で何を言ってるのこの人。気持ち悪い)

「嫌です」

 拒絶されると本気で思っていなかったのか、マレクはぽかんと口を開いて固まる。
 それなりに美形の部類に入る容姿だが、流石に間抜け面としか形容しようがない。マレク派の貴族達も、何人かは我慢できず噴き出す始末だ。

「っ……最初から政略結婚などしたくなかったんだ! 私はアリシアなどどうでもいい! ダニエラ、君だけが私の天使だよ」

 拒絶された事を誤魔化すかのように、マレクが玉座から立ち上がってダニエラに歩み寄る。そして互いに手を取りあい見つめ合う。
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