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35 訳が分かりません

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「ひっ……何故魔獣が、こんな所に……?」
「このグリフォンは俺の魔獣だ」

 グリフォンから降りたエリアスは、アリシアに視線を向ける。

「遅くなった。すまないアリシア」
「いえ、大丈夫です」

 きっぱり告げるアリシアにエリアスが苦笑する。

「もう少し俺を頼ってくれないかな?」

 そう言いながらエリアスがグリフォンから降りる。そしてレンホルム公爵に向き合うと、冷静に問いかけた。

「アリシア嬢は療養中だぞ。用があるなら手紙なり、あらかじめ使者を送って訪問を打診すべきだ」

(最近は療養そっちのけで、魔術の勉強に没頭してます。なんて、わざわざ伝えなくてもいいわよね)

 記憶喪失以前の激務で疲弊した心身は、薬湯や良質の医療魔術のお陰でかなり回復した。
 ただやはり記憶だけは全く戻る気配もないが、別にアリシアは不都合を感じていない。しかしアリシアは、父の言葉で我に返る。

「アリシアの記憶喪失は演技だ!」

 口から泡を飛ばして怒鳴る父に、アリシアは思わず後退った。
 エリアスと衛兵達が守りを固めているとはいえ、彼の目は血走り様子も尋常ではない。だがエリアスは臆する様子もなく冷静に問いかける。

「レンホルム公爵、何故そう思われるのです?」
「娘が……ダニエラがそう話している」
「証拠があるのですね?」
「っ……娘の言葉を疑う父がどこにいる!」

(そのお言葉、そのままお返ししますわ……)

 火に油をそそぎそうだから、アリシアは思うだけにした。けれどエリアスは容赦ない。

「アリシア嬢も、貴方の娘ですよね? 矛盾しているのではないですか」
「うるさい黙れ! 難しい事を言って誤魔化そうとしても、私は騙されないぞ!」

(難しくはないと思いますけど……)

 エリアスや衛兵達も同じ事を考えたのか、困惑気味に顔を見合わせて首を傾げる。
 そんな中、父親だけがまるで正論を言い放ってやったとばかりに羽交い締めにされたままふんぞり返っていた。

「アリシア、その。大変失礼とは思うが……公爵は普段からこうなのか?」
「父と話した記憶は僅かですけど。少なくとも私が旅立つまでは、落ち着いた方でした」

 アリシアが記憶喪失と診断された際は取り乱していたものの、こんなふうに訳の分からない論理を振りかざして暴れるような人ではなかった筈だ。

「さあ、アリシア。こちらへ来なさい。記憶喪失が演技でなかったとしても、広間で転んだときのように頭を打てば戻るとダニエラが教えてくれたのだ。誰か棍棒を持ってこい。手頃な石でもいいぞ。私が直々に殴ってやろう」

 にやにやと笑う公爵は、とても正気とは思えない。
 流石にアリシアも恐怖でへたり込みそうになるが、辛うじて踏みとどまる。

「本気で言っているのか?」

 エリアスの低い声が響き、その場がしんと静まりかえった。
 彼が激怒していると顔を見ずとも分かる声音だ。見守っていた衛兵達も一様に表情を引き締め、公爵に槍の切っ先を向ける。

 つまりこの時点で、レンホルム公爵はロワイエ国にとって「敵」と見做されたのだ。
 事ここに至っても自身の置かれた状況を理解していない公爵は、苛立った様子でエリアスを怒鳴りつける。

「さっきから何なんだ貴様は! 私はバイガル国のレンホルム公爵だぞ!」
「申し遅れました。私はロワイエ国王の弟、エリアス・ロワイエ。騎士団長でもあります」
「……え……陛下の弟君……騎士団長? いや、その……エリアス殿下。ご無礼をお許しください。私は娘を連れ帰るという使命があるのです。――アリシア、早く国に帰るぞ」

 青ざめる父は滑稽を通り越して哀れにさえ思えた。だからといって、彼に手を差し伸べるほどアリシアも馬鹿ではない。

「国へはお一人でお帰りください」
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