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16 ダニエラ始動・1

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辛気くさい姉が居なくなって、早十日。
 ダニエラは相変わらず、夜会や王子との逢瀬に励んでいた。

「婚約破棄の噂は、周辺国にばらまいた?」
「はい。仰せの通りに」

 公爵家にはメイド長のティアやジェラルド医師のように、明らかにアリシア側の使用人が多い。
 だが、ダニエラに付く使用人も少なからず存在するのだ。
 彼らは金さえ渡せば、どんな無理難題でもやってのける有能な手下達だ。邸内の細々とした雑事はティア達に任せ、ダニエラは信用できる者達を周囲に集めて日々情報収集に励んでいる。

「マレクは?」
「明後日、城で行われる、ダニエラ様との婚約式の準備をされているようです」
「ならいいわ」

 昼寝用のゆったりとしたドレスに着替え、ダニエラは長椅子に横たわる。すぐに果物と菓子が用意され、ダニエラは満足げに微笑んだ。

(王妃になったら、もっと贅沢ができるわ。本当に姉さんが馬鹿でよかった)

 物事ついたときから、ダニエラは愛人の子として蔑まれて育った。母は酒場で歌姫として有名で、ダニエラもその道に進むのだと漠然と思っていた。
 けれど転機は意外な事で訪れる。
 母が関係を持っていた男の一人が、実は公爵だと判明したのだ。羽振りのいい男だとは気付いていたけど、まさか身分を偽って場末の酒場に入り浸る女好きとは……。

 年端もいかないダニエラと、盛り場一の歌姫である母はすぐさま作戦に取りかかる。

 まず公爵へ積極的に取り入り、ダニエラを私生児から実子として認めさせた。そして「自分達は公爵家に入るつもりはないが、経済的な援助はしてほしい」と、当時存命だったレアーナ夫人に手紙を送りつけたのである。

(あの母親も馬鹿よね。善意の塊みたいな人間だったけど、そういう馬鹿は淘汰されて当然なのよ)

 レアーナ夫人はダニエラ母子を哀れみ、酒場近くのボロアパートから都の中心街にある一軒家に住むことを許可してくれた。全てレアーナ夫人のポケットマネーで支払われ、ダニエラ達の生活環境は向上する。
 やっと手に入れた、安定した暮らし。公爵夫人公認の愛人ともなれば、社交会への出入りさえも許可された。
 けれどもっといい生活をしたいと考えるようになるまで、そう時間はかからなかった。
 何よりダニエラを苛立たせたのは、あの地味な女だった。流行遅れのドレスを纏い、ひっつめた茶色の髪と化粧もしない顔で平然と歩き回る。

 その姿を笑う貴族は少なくなく、特に同年代からは嘲りの言葉を浴びせられていた。
 この頃にはあの馬鹿なレアーナが死に、母と共に公爵邸で暮らすようになっていた。
 毎日帳簿を抱えて走り回るアリシアを横目で見ながら、ダニエラは何気なく一つの提案をする。

「お姉様は忙しいのだから、私が代理で夜会やお茶会へ行ってもいいかしら?」と。

 アリシアはおどおどとした笑みを浮かべ、何度もダニエラに頭を下げて感謝した。その出来事以来、社交会に出るのはダニエラの仕事と正式に決まったのである。
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