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11 ロワイエ国 2
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あれこれと他愛の無い会話に興じていると、コンコンと扉がノックされた。
「馬車、走ってるわよね?」
「お化けでしょうか?」
ノックされた側は、断崖絶壁である。聞き間違いかと思ったけれど、再びノックされ現実だと分かる。
「まさか」
青くなって動かないマリーに代わり、アリシアは窓ガラスに手をかける。貴族用の豪華な作りの馬車なので、窓は上下開閉式だ。
「失礼。アリシア・レンホルム嬢の馬車は、こちらで会っているかな?」
「どなた?」
窓から顔を出すと、すぐ側に巨大な鳥が迫る。だがよく見ればそれは、あり得ない生物だとアリシアは気付いた。
(……鳥じゃない。グリフォン? 絶滅したはずじゃ……)
獅子の体にワシの頭を持つその生き物は、何十年も前に姿を消したと聞いている。
ぽかんとしていると、その背に一人の青年が乗っていると気が付いた。グリフォンの手綱を取るその青年は、アリシアと目が合うと笑顔で手を振る。
少し癖のある金髪が風で乱れるのにもかまわず、まるで平原をのんびり散歩しているようにしか見えない。
「やあ、君がアリシア・レンホルム嬢?」
山間の風を受けて飛ぶグリフォンは不安定なはずだが、悠然と馬車に併走している手綱捌きは見事なものだ。
アリシアは感心しつつも、毅然とした態度で言葉を返す。
「そちらから名乗るのが礼儀でしょう」
「君の言うとおりだ。まず謝罪させてくれ。公爵令嬢に失礼な態度をとってしまい、申し訳なかった」
あっさり頭を下げられ、少し拍子抜けする。だが彼の名を聞きアリシアは内心悲鳴を上げた。
「俺はエリアス。ロワイエ国王の弟さ」
(……え、ちょっと待って。どういうこと?)
黙り込んだアリシアにかまわず、エリアスは続ける。
「婚約破棄されて怒り狂って妹を刺そうとしたら、転んで記憶喪失になった公爵令嬢が療養に来るって聞いてね。面白そうだから見物に来た」
(なによそれ。ああ、だから検問所の役人が変な顔をしたのね)
役人の態度に納得したアリシアだが、だからといってその馬鹿げた話に「はいそのとおりです」と頷けるわけもない。
「――というのは冗談。本当のところどうなのか確認するために、出迎えを俺にしてもらったという訳だ」
「つまり、貴方から見て私を危険人物と判断した場合、入国を拒否すると?」
「凶状持ちの令嬢が国に入ったら危険だろう?」
「お嬢様はそのようなことはしてません! 王弟といえど、そのような暴言は許せません!」
「マリー、落ち着いて」
立ち上がったマリーを椅子に座らせ、アリシアは大丈夫だと視線で告げる。
そもそも、そんな話が広まっているにもかかわらず検問所で止めずに入国させたという事は、正式に罪人扱いとはなっていない証拠だ。
この殿下は、単純に個人的な好奇心で来たのだろう。
(随分と失礼な人ね)
興味津々な視線を隠そうともしないエリアスを、アリシアは冷静に見つめ返す。
幼い頃に母から「お前は瞳に力が宿っている」と言われた事を、アリシアは思い出していた。
公爵令嬢として何より大切なのは、どんな時も取り乱さず対処すること。
貴族に生まれれば、理不尽な悪意を民衆から受けることもあるかもしれない。だがそのような事態に陥ったとき、自分が自分を信じる事こそ潔白に繋がるのだと母は教えてくれた。
(やましいことはしていない)
広間での記憶は無いけれど、少なくとも妹を刺そうとして暴れるなどという馬鹿げた行動を取るはずはない。何より広間に集った貴族達が、全てを目撃しているのだから証人はいくらでもいる。
「それで、どうなさいますの?」
「歓迎いたします。レンホルム嬢。ようこそ、ロワイエ国へ」
エリアスが改めて頭を下げる。そしてグリフォンの手綱を操り、谷間へと進路を変えて飛び去った。
「馬車、走ってるわよね?」
「お化けでしょうか?」
ノックされた側は、断崖絶壁である。聞き間違いかと思ったけれど、再びノックされ現実だと分かる。
「まさか」
青くなって動かないマリーに代わり、アリシアは窓ガラスに手をかける。貴族用の豪華な作りの馬車なので、窓は上下開閉式だ。
「失礼。アリシア・レンホルム嬢の馬車は、こちらで会っているかな?」
「どなた?」
窓から顔を出すと、すぐ側に巨大な鳥が迫る。だがよく見ればそれは、あり得ない生物だとアリシアは気付いた。
(……鳥じゃない。グリフォン? 絶滅したはずじゃ……)
獅子の体にワシの頭を持つその生き物は、何十年も前に姿を消したと聞いている。
ぽかんとしていると、その背に一人の青年が乗っていると気が付いた。グリフォンの手綱を取るその青年は、アリシアと目が合うと笑顔で手を振る。
少し癖のある金髪が風で乱れるのにもかまわず、まるで平原をのんびり散歩しているようにしか見えない。
「やあ、君がアリシア・レンホルム嬢?」
山間の風を受けて飛ぶグリフォンは不安定なはずだが、悠然と馬車に併走している手綱捌きは見事なものだ。
アリシアは感心しつつも、毅然とした態度で言葉を返す。
「そちらから名乗るのが礼儀でしょう」
「君の言うとおりだ。まず謝罪させてくれ。公爵令嬢に失礼な態度をとってしまい、申し訳なかった」
あっさり頭を下げられ、少し拍子抜けする。だが彼の名を聞きアリシアは内心悲鳴を上げた。
「俺はエリアス。ロワイエ国王の弟さ」
(……え、ちょっと待って。どういうこと?)
黙り込んだアリシアにかまわず、エリアスは続ける。
「婚約破棄されて怒り狂って妹を刺そうとしたら、転んで記憶喪失になった公爵令嬢が療養に来るって聞いてね。面白そうだから見物に来た」
(なによそれ。ああ、だから検問所の役人が変な顔をしたのね)
役人の態度に納得したアリシアだが、だからといってその馬鹿げた話に「はいそのとおりです」と頷けるわけもない。
「――というのは冗談。本当のところどうなのか確認するために、出迎えを俺にしてもらったという訳だ」
「つまり、貴方から見て私を危険人物と判断した場合、入国を拒否すると?」
「凶状持ちの令嬢が国に入ったら危険だろう?」
「お嬢様はそのようなことはしてません! 王弟といえど、そのような暴言は許せません!」
「マリー、落ち着いて」
立ち上がったマリーを椅子に座らせ、アリシアは大丈夫だと視線で告げる。
そもそも、そんな話が広まっているにもかかわらず検問所で止めずに入国させたという事は、正式に罪人扱いとはなっていない証拠だ。
この殿下は、単純に個人的な好奇心で来たのだろう。
(随分と失礼な人ね)
興味津々な視線を隠そうともしないエリアスを、アリシアは冷静に見つめ返す。
幼い頃に母から「お前は瞳に力が宿っている」と言われた事を、アリシアは思い出していた。
公爵令嬢として何より大切なのは、どんな時も取り乱さず対処すること。
貴族に生まれれば、理不尽な悪意を民衆から受けることもあるかもしれない。だがそのような事態に陥ったとき、自分が自分を信じる事こそ潔白に繋がるのだと母は教えてくれた。
(やましいことはしていない)
広間での記憶は無いけれど、少なくとも妹を刺そうとして暴れるなどという馬鹿げた行動を取るはずはない。何より広間に集った貴族達が、全てを目撃しているのだから証人はいくらでもいる。
「それで、どうなさいますの?」
「歓迎いたします。レンホルム嬢。ようこそ、ロワイエ国へ」
エリアスが改めて頭を下げる。そしてグリフォンの手綱を操り、谷間へと進路を変えて飛び去った。
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