上 下
2 / 21

2  お祖母様の遺言

しおりを挟む

 昔から雪鈴には、石の声が聞こえていた。

 けれど信じてくれたのは、病床にあった祖母だけ。

 祖母の話では、雪鈴の白い髪と紅い目の色。そして石の声を聞く力は、曾祖母譲りのものだと教えられた。

 雪鈴の産まれた北の地域では昔から石の神が信じられており、その神託を受ける巫女は白髪紅瞳で生まれてくるのだという。

 だが最近では信仰する者は減り、巫女の伝承すら忘れられてしまった。

 雪鈴の家族も神や巫女の話など信じておらず、まして石の声が聞こえるなどと真顔で言う娘を気味悪がった。

 亡くなる際に祖母は「余計な事は言わない方がよい」と処世術を教えてくれたので、後宮に来てからこの不思議な力の事は、誰にも話さずにいたのである。

 しかし次期皇后となる姫君が偽物を身につけている方が恥だと思った雪鈴は、美麗の髪で輝く青い宝石を指さして進言した。

 すぐに信じてもらえると思わなかったが、仮にも美麗は正妃候補である。

 宝物庫の役人を呼んで鑑定されると思いきや、突如大声で怒鳴りしたのだ。

 当然取り巻き達も美麗に習い、「無礼だ」とか「非常識な女だ」と口々に罵る。

 気が付いたときには雪鈴は「嘘をつき、簪を奪おうとした大罪人」にされていて、更には官長が呼ばれ、雪鈴はその日のうちに寵姫の住まいから立ち退くよう命じられたのである。

 まだ正式には決まっていないが、雪鈴は寵姫候補から外されたも同じだった。


「後宮でやっていける自信なかったし。まあいいか」

 一族は落胆するだろうけど、二度と会うこともない人達だから特に気にしてない。

 なにより楽しい思い出なんてなかったから、後宮に送られるのだと知ったときには内心ほっとしたほどだ。


「あの、雪鈴様。正式な沙汰がくだったら……私もお供してよろしいですか?」

「京が良ければ、かまわないわよ。でも私といたら、ろくなことにならないけどいいの?」

「商家の出の私を庇ってくださったご恩は、一生忘れませんよ。どうかこれからも、御側で恩返しさせてください」


 雪鈴より年下の京は、女官見習いとして後宮に入った娘だ。

 学舎での成績が良かったので特別に推挙されたと聞いている。だが女官は貴族の家系が殆どだ。

 そんな後ろ盾のない京は格好のいじめの対象となった。

 理不尽な扱いを受けていたところに偶々雪鈴が通りかかり、正式な側仕えの女官として召し上げたという経緯がある。

「正妃候補の美麗様に無礼を働いた罪、って女官長は言ってたけど。どんな罰がくだるか京は知ってる?」

「後宮の刑法では、余り例がないのですが……まだ正妃も決まってませんし、皇帝のお渡りもない以上、後宮の女子は全員清い身。となると、高位の貴族に下げ渡される可能性が高いですね」

「下げ渡される……」


 呟く雪鈴が己が未来を悲観したと勘違いした京が、慌てて付け加えた。

「あ、でも雪鈴様の場合は、正妻として望まれて後宮を出る事になると思いますよ。寵姫候補の中でも、上位でしたし。何より雪鈴様はお美しいから、引く手あまたですよ」

「ああ、うん。でも別に、愛人とかでいいんだけとね。その方が気楽だし」

 正直なところ、顔も知らない皇帝の寵姫になるのも、見知らぬ貴族に下げ渡されるのも体して変わらないと思う。


「食事と寝床がもらえて、時々散歩に出られる自由があれば十分よ」

「欲がなさ過ぎますよ」

 過酷な故郷の生活に比べれば、都に来られただけでも有り難い。
 貴族であっても北国の冬は凍えるし、食事だって作物の育ちが悪ければ飢えるのだ。

 特に家族の中で孤立していた雪鈴は、ほぼ民と同様の生活をしていたので、この隙間風の吹き込む部屋だって十分すぎる屋敷なのである。


(期待はせず、静かに暮らそう。ね、白露しらつゆ)


 雪鈴は帯の間から透明な宝玉を取り出す。水晶のように透明だが、水晶とはまた違う石なのだと祖母は教えてくれた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王子、侍女となって妃を選ぶ

夏笆(なつは)
恋愛
ジャンル変更しました。 ラングゥエ王国唯一の王子であるシリルは、働くことが大嫌いで、王子として課される仕事は側近任せ、やがて迎える妃も働けと言わない女がいいと思っている体たらくぶり。 そんなシリルに、ある日母である王妃は、候補のなかから自分自身で妃を選んでいい、という信じられない提案をしてくる。 一生怠けていたい王子は、自分と同じ意識を持つ伯爵令嬢アリス ハッカーを選ぼうとするも、母王妃に条件を出される。 それは、母王妃の魔法によって侍女と化し、それぞれの妃候補の元へ行き、彼女らの本質を見極める、というものだった。 問答無用で美少女化させられる王子シリル。 更に、母王妃は、彼女らがシリルを騙している、と言うのだが、その真相とは一体。 本編完結済。 小説家になろうにも掲載しています。

妹に婚約者を取られましたが、辺境で楽しく暮らしています

今川幸乃
ファンタジー
おいしい物が大好きのオルロンド公爵家の長女エリサは次期国王と目されているケビン王子と婚約していた。 それを羨んだ妹のシシリーは悪い噂を流してエリサとケビンの婚約を破棄させ、自分がケビンの婚約者に収まる。 そしてエリサは田舎・偏屈・頑固と恐れられる辺境伯レリクスの元に厄介払い同然で嫁に出された。 当初は見向きもされないエリサだったが、次第に料理や作物の知識で周囲を驚かせていく。 一方、ケビンは極度のナルシストで、エリサはそれを知っていたからこそシシリーにケビンを譲らなかった。ケビンと結ばれたシシリーはすぐに彼の本性を知り、後悔することになる。

私を利用するための婚約だと気付いたので、別れるまでチクチク攻撃することにしました

柚木ゆず
恋愛
※22日、本編は完結となりました。明日(23日)より、番外編を投稿させていただきます。 そちらでは、レオが太っちょレオを捨てるお話と、もう一つ別のお話を描く予定となっております。  婚約者であるエリックの卑劣な罠を知った、令嬢・リナ。  リナはエリックと別れる日まで、何も知らないフリをしてチクチク攻撃することにしたのでした。

世界を救いし聖女は、聖女を止め、普通の村娘になり、普通の生活をし、普通の恋愛をし、普通に生きていく事を望みます!

光子
恋愛
 私の名前は、リーシャ=ルド=マルリレーナ。  前職 聖女。  国を救った聖女として、王子様と結婚し、優雅なお城で暮らすはずでしたーーーが、 聖女としての役割を果たし終えた今、私は、私自身で生活を送る、普通の生活がしたいと、心より思いました!  だから私はーーー聖女から村娘に転職して、自分の事は自分で出来て、常に傍に付きっ切りでお世話をする人達のいない生活をして、普通に恋愛をして、好きな人と結婚するのを夢見る、普通の女の子に、今日からなります!!!  聖女として身の回りの事を一切せず生きてきた生活能力皆無のリーシャが、器用で優しい生活能力抜群の少年イマルに一途に恋しつつ、優しい村人達に囲まれ、成長していく物語ーー。  

婚約破棄は計画的に。

秋月一花
恋愛
「アイリーン、貴様との婚約を――」 「破棄するのですね、かしこまりました。喜んで同意致します」  私、アイリーンは転生者だ。愛読していた恋愛小説の悪役令嬢として転生した。とはいえ、悪役令嬢らしい活躍はしていない。していないけど、原作の強制力か、パーティー会場で婚約破棄を宣言されそうになった。  ……正直こっちから願い下げだから、婚約破棄、喜んで同意致します!

[完結]あなた方が呪いと呼ぶそれは本当は呪いではありません

真那月 凜
恋愛
10代前の先祖の血と知識を継いで生まれたため、気味が悪いと恐れられているアリシャナ 左腕と顔の左半分に入れ墨のような模様を持って生まれたため、呪われていると恐れられているエイドリアン 常に孤独とともにあった2人はある日突然、政略結婚させられることになる 100件を超えるお気に入り登録ありがとうございます! 第15回恋愛小説大賞:334位 +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です  カクヨム・なろうでも掲載しております

婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています

きさらぎ
恋愛
テンネル侯爵家の嫡男エドガーに真実の愛を見つけたと言われ、ブルーバーグ侯爵家の令嬢フローラは婚約破棄された。フローラにはとても良い結婚条件だったのだが……しかし、これを機に結婚よりも大好きな研究に打ち込もうと思っていたら、ガーデンパーティーで新たな出会いが待っていた。一方、テンネル侯爵家はエドガー達のやらかしが重なり、気づいた時には―。 ※『婚約破棄された地味令嬢は、あっという間に王子様に捕獲されました。』(現在は非公開です)をタイトルを変更して改稿をしています。  お気に入り登録・しおり等読んで頂いている皆様申し訳ございません。こちらの方を読んで頂ければと思います。

【完結】就職氷河期シンデレラ!

たまこ
恋愛
「ナスタジア!お前との婚約は破棄させてもらう!」  舞踏会で王太子から婚約破棄を突き付けられたナスタジア。彼の腕には義妹のエラがしがみ付いている。 「こんなにも可憐で、か弱いエラに使用人のような仕事を押し付けていただろう!」  王太子は喚くが、ナスタジアは妖艶に笑った。 「ええ。エラにはそれしかできることがありませんので」 ※恋愛小説大賞エントリー中です!

処理中です...