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きがつけば心の内は

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ひとつ山越えをして観光がてらに町を通る。
時折水の流れを感じ方角を確認して進む。男はまだ付いてくる。
気紛れに狩った獲物を分けたりもしたが、魔術を使い獣を狩り自分で捕食したりもするようになった。
狩った獣は冒険者と同じく賞金が出るのだろう。ふらっと居なくなり町か何処かに行き、金と酒の臭いをつけ気が付けば側にいる。

いない間に離れようと移動するが、マーキングの術でも掛けられたのか居場所がすぐバレる。
まさか。
このまま海を渡っても付いてくるのか?
ゾッとした。

人だった頃の兄弟に振り回された記憶が残っている。大昔に狼兄弟はいたが独り立ちで離れた。これも大昔人と馴れ合ったことはあったが、こんな四六時中共にいた事は無い。俺は一匹狼だ。

今日は野宿だ。魔術師の焚き火から離れ伏せている。
日暮れに俺は痺れが切れた。

「どこまで付いてくる気だ」
「…あ、気が済むまで、ですかね」
「なんだと」
「納得するまでです」

男は困ったような顔をして返事を返す。
何だその顔は。俺の方が困る。

「ついてきても何も無い。俺は住処に帰るだけだ。お前も帰れ」
「それがですね、あそこに帰ろうとは思わないんです」
「俺に付いてくる理由にはならん」
「そうなんでしょうか。何か意味があると思うんです」
「無いと思うがな。下らん世迷言だ」
「世迷言…」
「どうせ自分が失敗した理由が納得出来ないんだろう。俺はどうしたんだと。何か変わるんじゃないかと寄り道したいだけだろ。人は面倒臭い。帰れ帰れ」

シャズナルはポカンとした。

そうだ。そうなんだ。俺は一体どうしたんだ。地位も名誉も財産も放って何故魔狼に付いて行くんだろう。俺は本当にどうしてしまったんだろう。胸がきゅっとした。知らず知らず涙が出てきた。いい歳して俺は、道が見えなくなったのか?挫折して現実逃避してるだけなのか?みるみるうちに大粒の涙になった。

「やれ面倒臭い。泣くような事か。考えたらわかるだろう。子供か。まだ数日だ帰れ帰れ」

魔狼は頭を前後に振り、しっしっと意を表した。

「こ、子供…俺は、二十二だ」
「だから何だ。魔物に諭され泣いて人生を見直す気か。だから阿呆だといっている。俺からしたら阿呆で子供だ。俺は悩み相談室なんかしてないぞ。帰れ帰れ」

言葉はまたシャズナルの胸に刺さった。
図星だった。
そうなんだ。失敗した自分をどこか認めたくないだけだった。またボロボロと涙が出てきた。

「魔物の、クセに、人間臭い事をいうな」

散々心の内を言い当てられた男の精一杯の嫌味だった。
それを聞いた魔狼は笑った。声も出さず笑い声があった訳でも無い。ただ、細めた目が笑って見えたのだった。

魔術師が泣いた。ほら面倒臭い。男の嗚咽なんぞ聞きたくもない。耳が後ろを向いて垂れた。
かといって日が暮れて休もうと思って伏せたのに移動も面倒くさい。移動…移動か。
少し落ち着いた男を見た。

「移動の術は使えるか」
「…は、いえ、使えます、が近距離です」
「召喚は遠かっただろう」
「あれは位置探索関係なく対象物指定の魔術なんです」
「なにが違う。魔術で俺を住処に帰せ。それが出来ないならついてくるな」
「…う」

魔狼の提案は受け入れ難いものだった。
出来ないならついてくるなという完全な拒否だ。
これもまたシャズナルの心を抉った。
魔術師は困惑した。何なんだ。俺はどうしたんだ。この美しい魔物に拒絶され傷付くのか。ただ、この魔物を知りたいだけなんだ。近くにいたいだけなんだ。そう思うと視界が歪む。俺の涙腺も一体どうしてしまったんだ。

魔狼は溜息を吐いた。
困った。これは困ったぞ。拾った子犬よりタチが悪いぞ。
自分を見失ってるのに自分が解らなくて混乱してる阿呆だ。俺は今、霧の森の頂点にいる黒鉄魔狼だ。人の子守はしない。ただの魔物だ。そして今の姿は犬だ。あああ、参った。これはかなり思ったより面倒臭いぞ。

一匹と男は今日も闇空を仰ぎ、溜息が出るのだった。



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