ネクロマンサーズソード

鳴門蒼空

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№13 襲撃 不死の軍団③ ユウ出撃① ユウと村人たち

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「腐った肉の群れ」

 血のにおいと獣臭。それに腐った肉の臭いを感じ取り、ユウが剣を背中に吊るして、猫の寝床亭から外に出ると、不死者であるアンデッドの群れが情け容赦なく村人たちを襲うという阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられていた。

 そう、いかに普通の怪物に対して多少の備えをしている村だったとしても、不死者の群れである不死の軍団に対しては無力だったからだ。

「うむ。あの腐りかけの肉の臭い。やはりアンデッドの群れか、ちと、厄介じゃな」

 ユウがコクリと頷くが早いか、背中に吊った剣を引き抜くと、手近にいた豚に酷似した頭をもったホブゴブリンのアンデッドの首を刎ねる。

 ユウに首を刎ねられたアンデッドであるはずのホブゴブリンは、その場にくず折れると共に完全に息絶える。

 続いてユウは、手近に固まっていた数体の不死者たちを一瞬のうちに斬り殺した。

 もちろんユウに斬られた不死者たちは、その場にくず折れると完全に息絶えていた。

 そうしてユウが何体かの不死者を斬り倒していると、不意にユウが先ほど出てきた猫の寝床亭の扉が開き外の騒ぎを聞きつけて、エルカが眠たい目をコスリコスリしながら顔を出してくる。

「なにかあったの~?」

 そうして猫の寝床亭から顔を出したエルカが目にしたのは、昼間肉を下ろしていた出刃包丁を片手に、村人たちに加勢しようとして、猫の寝床亭で女将をしていたエルカの母親が、グリズリーという大柄な巨大熊のアンデッドに襲われている光景だった。

「ママ!」

 グリズリーに襲われている母親を目にしたエルカが、甲高い叫び声を上げながら、母親を助けようと、無我夢中で母親の元に駆け出していった。

 だが所詮未だ年端も行かぬ子供にすぎないエルカに、母親を助けられるほどの度量があるはずもなく、ただエルカはグリズリーに襲われようとしている母親の前に、身を投げだすことしかできなかった。

 しかも所詮は薄っぺらい子供の華奢な身体だ。その身体はグリズリーの強烈な一撃に耐えられるはずもない。そのためほんの数秒、いや一秒とたたないうちに、母親もろともエルカは、グリズリーによって八つ裂きにされていたはずだった。だが、そうはならなかった。

 なぜなら、母親を庇いエルカがグリズリーの前へと飛び出した瞬間、そこへ一陣の疾風が吹き込み。信じられないような怪力で二人を抱え上げると同時に、エルカと母親を一瞬でグリズリーの攻撃の射程外まで運んでいたからだ。

 もちろんエルカ親子を救ったのは、銀色の鎧を纏い自分の背丈ほどの剣を手にして、村を襲う不死の軍団相手に大立ち回りを演じていた小柄な美少女剣士ユウだった。

「おねえちゃん!」

 自分たちを助けてくれたユウに気がついたエルカが黄色い歓声を上げる。

「ん、下がってる」

 そう言うとユウは、脇に抱えていた二人をその場に下ろして背後を振り返ると共に、自分たちを追って迫っていた先ほどエルカ親子に牙を向いたグリズリーに向かって、風のような速度で銀線を煌めかせた。

 もちろんユウの銀線の一撃を受けた身体の大きな不死の怪物であるグリズリーは、ズズズズンという地響きに似た音を立てて、地面にうつ伏せに倒れこむとそのまま動かなくなった。
その後エルカが自分たちを守るように剣を構えて立ちふさがるユウの後姿を見て、悲鳴に近い声を上げようとしたが、その声は発せられることはなかった。

 なぜなら、エルカ親子を護るために背中を向けたユウの背中には、先ほどエルカ親子を護るために負った。未だ生々しく血を滴らせているグリズリーの巨大な爪跡が見て取れたからだ。
しかも、普通の人が負っていたら致命傷と思われるその傷は、エルカ親子の見ている目の前で徐々に塞がっていったからだ。

「お……ねえ……ちゃん?」

 不思議そうにその光景を見つめていたエルカが呟いた。

「あんた……ネクロマンサー。だったのかい……」

 エルカと共にユウの背中の傷が塞がっていくのを目にしていたエルカの母親が、半ば信じられないようなものを見る目でユウを見つめながら、愕然とした感じに声を上げた。

「ネクロマンサー? ネクロマンサーだって!?」

 グリズリーによって負わされたユウの背中の傷が塞がる様子を目にして、さらにエルカの母親の言葉を耳にしていた人々から、次々に声が上がり始めると共に、ユウの正体がネクロマンサーだと知った者たちから、エルカたちを助けるためにユウが手傷を負ったというのに、信じられないことに、彼らはユウのことを気遣うばかりか、目の前の不死者などには目もくれず、次々と態度を豹変させると、逆に自分たちを助けようとしてくれているユウに対して、罵りの言葉を浴びせかけてきたのだった。

 しかもその中には、先ほど酒場で親しげに話しかけてきた猟師や木こりや農夫たちの姿もあった。

「ネクロマンサーだ! ネクロマンサーがいるぞぉ! みんな逃げろぉ! 不死者にされるぞぉっ!」

 誰かが警鐘の狂声を上げると共に、ネクロマンサーの存在を知らせる声を聞いた村人たちが、うわあああああああああっ!! いやあああああああっっ!! みんな逃げろおおおおおおおっ!! 大声を上げてわめき散らしながら恐慌状態に陥ってしまう。

 そう、この世界では、不死を生み出し不死を殺すネクロマンサーは、人間狩りをする不死の軍団よりも、畏怖され忌み嫌われている存在なのであった。

 しかしそんな中にいてもユウは、自分に浴びせられる人々の罵声や罵詈雑言もどこ吹く風と言った感じに、ただ淡々と己がなすことをなす。

 村人を襲う不死者を狩ることだ。

 そんな中ユウを化け物呼ばわりした村人の一人。先ほど村に攻め入ってきた不死者たちを弓矢で迎撃していた猟師のザックが、一体の大柄なゴブリン種に家の壁際まで追い詰められて、逃げ道をふさがれていた。

 無論ザックとて猟師であり、村を護る自警団の端くれだ。弓矢の腕にはそれなりに自信があった。

 そのためゴブリン種に追い詰められているにもかかわらず、ザックは自慢の弓矢でゴブリン種の腹を幾度も射抜いた。

 普通のゴブリン種なら、何度も射掛けられたザックの弓矢で絶命していたはずだ。

 しかし相手は不死者だ。不死者とは文字通り不死である。

 そのためゴブリン種は、ザックの弓矢による攻撃を幾度も受けたにもかかわらず、両手に持っていた大槌を難なく振りかぶると、ザックの頭を勝ち割るために、物凄い勢いで振り下ろしてきた。

 ゴブリン種の振り下ろしてきた大槌は、怪物から見れば非力な人間種であるザックの頭をたやすく打ち砕き、辺りに脳髄を撒き散らせて容易にザックを絶命させる威力があった。

 だが、なぜかゴブリン種によってザックの頭に振り下ろされるはずの大槌は、ザックの頭に振り下ろされることはなかった。

 なぜならザックの頭を勝ち割ろうと、大槌を振り上げていたゴブリン種の頭を、大槌が振り下ろされる直前に、ユウが背後から斬り飛ばしていたからだ。

 そう、ユウは自分に対して罵りの言葉を投げかけてきたザックをも救ったのだった。

 だが一瞬後ユウを襲ったのは、助けてくれてありがとう。とか、助かったぜ。とか言うザックの感謝の言葉ではなく、予期せぬ、衝撃だった。

「っ!?」

 痛みによるものか、罵りの言葉を受けたせいかはわからないが、ユウの口元が一瞬苦しそうに歪む。

 そしてユウは口から血を吐くと共に、鎧の隙間から滴り落ちる血液を押さえる。

「おねえちゃん!」

 ユウが口から血を吐いたのを目にしていたエルカが悲鳴を上げる。

「やっやったぞ、やってやったぞっネクロマンサーを! わははははっ!」

 猟師のザックが狂ったように笑い声を上げる。
 
 そう、あろうことかザックは、殺されそうになっていた自分を救ってくれたユウの腹を、持っていた獣を解体するときに使う野太い包丁を使って、鎧の隙間から突き刺したのだった。

 そうして人とは思えない行動をなしたザックが歓喜の狂声を発していると、いつの間にかザックの傍まで近寄っていた。頭にねじれた二本角を生やしたミノタウロスと呼ばれる牛鬼に酷似した不死の怪物が、物凄い鼻息を吹き散らして狂声を上げながら、ザック目掛けて巨大な両刃の斧であるハルバードを振り下ろしてきた。

「グオオオオオオオオオオォォォッッ!!」

「ひっ!?」

 と、小さな悲鳴を上げたザックの脳裏に死……という単語が駆け巡った瞬間。ザックの身体は真っ白な小さな手によって突き飛ばされていた。

 もちろんザックを突き飛ばしたのは、先ほどザックに腹部を刺されて、そこから血潮を滴らせていたユウだった。

 ユウは自らに刃を突き立てた者をも助けたのであった。

 そのおかげでザックとミノタウロスとの凶刃の間に差し入れることになったユウの左腕は、半ばから斬り飛ばされて宙を舞っていた。

 そしてザックは、自分が今しがたユウに突き飛ばされて、ミノタウロスの凶刃から命からがら助けられたにもかかわらず、ユウに礼を言うばかりか、信じられないことに、ユウに対して物凄い憎悪のこもった視線を向けて、罵りの言葉を投げかけてきたのである。

「誰が助けてくれなんて頼んだ! このネクロマンサーがっ!」

 命を助けた者に命を狙われ、あまつさえ再びその命を助けた礼が、これだ。

 普通の精神を持っているものならば、人間を憎み恨み今すぐ襲われている人間たちの村などもう知らん。と手の平を返していただろう。だがユウは、幾度も命を助けたというのに、罵りの言葉をかけてくるザックを何の感情もこもっていない瞳で一瞥するだけで、特に何か文句を吐き出すこともなく、斬り飛ばされて宙を舞っている己の左腕を掴み取ると、すぐさま斬り落とされた腕の部分へとくっつける。

 そしてそのすぐ後には、すぐにまた不死の怪物たちへと視線を戻して斬りこんでいった。
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