宇宙(そら)の魔王

鳴門蒼空

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青の星 青の星戦域④ ニーナとの出会いと裕矢の決意と三人の旅立ち

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 隕石の撃墜を終えたニーナが地上に降り立つと、隕石群が落下してきた宇宙を見上げる。

 宇宙からはひっきりなしに、幾つもの隕石が地上に降り注ぎ、世界各国や裕矢たちのいる街に無差別に降り注いでいた。

 まずいな。当初の予定では青の星に降り注いだ少数の隕石に潜んでいる尖兵を駆逐するだけの予定だったのだが、隕石群やそれに潜む尖兵の数が思たより多い。このまま船から何のサポートもなければ、青の星はあと数字もあれば完全に魔王の尖兵の手によって落とされてしまうだろう。

 どうする? さすがにこの状況。わたし一人では手に余る。

 そう思ったニーナが右腕のガントレットに備え付けられているコンソールを左手で素早く操作し、小型戦艦ナノグリフにいるエリスたちと通信をしようとするが、強力なジャミングがかかっているのか、まったくと言っていいほどエリスたちと通信がつながらなかった。

 どういうことだ? この通信機は惑星爆発のような強力な磁場を発生させる爆発でも起きない限り、決して通信が通じなくなることなどない。ということは原因はただ一つ。惑星爆発に類似するほどの力を持った強力なジャミングがこの青の星。もしくはエリスたちのいる周辺宙域で起きているということだ。

 だが、これで今はっきりと分かったことが一つだけある。現状船にいるエリスたちのバックアップが当てにできないということと。この状況から生き残るには、こちらからエリスたちに現状を伝え援護、もしくは救出してもらわなければならないということだ。

 だがそれには、この強力なジャミングを上回る通信機能を持った通信機器を使用するか、もしくはジャミングを上回る電波を使用するしかない。

現状惑星爆発と同規模の強力なジャミングを上回る通信機を作り出すことはできない。だとしたら、残る手は一つ。ジャミングを上回る強力な電波を使用するのみだ。

 それにはこの星で最も巨大で最も強力な電波発信機を使い電波を増幅して、船にいるエリスたちに送るしかない。ならばもう進むべき道は決まっている

 ニーナは決意のこもった眼差しを、地上デジタル放送を発信し、雲を突き抜けそびえたっている新電波塔。東京スカイツリーへと向ける。

 青の星で最も強力な電波を発する場所。エリスの言っていたランデブー地点。そこへ向かうことを決めたニーナは、目の前で起こっている非日常を目の当たりにして、体がこわばり秋菜を抱きしめたまま身動き一つとれなくなっている裕矢に向かって声をかける。

「ここはもう駄目だっ死にたくなければその娘と一緒にわたしについて来いっ」

「?」

 しかし裕矢はニーナがせっかく声をかけているというのに、あ頭にクエスチョンマークを浮かべて首をかしげるだけで反応を示さない。

 どうやらニーナの言葉は、別の星の住民である裕矢には通じないらしい。

「ああ、言葉が通じないのか」

 裕矢の反応を見て、そのことに気付いたニーナが右手のガントレットにあるコンソールを操作した後、再度口を開く。

「聞こえるか?」

「あ、ああ」

 いきなり自分たちの言葉を話すようになったニーナに、裕矢は一瞬臆するも、度重なる隕石の落下。そこから現れた化け物たち。そしてそれを光の銃と光の剣で撃墜した美少女。

 と、すでに信じられないようなことが立て続けに起こっていたために、差し問題なく受け入れる。

「では、先ほどの言葉をもう一度言おう。ここはもう駄目だっ死にたくなければその娘と一緒にわたしについて来いっ」

 度重なる隕石の衝突や尖兵の攻撃によって、戦火の炎に包まれ始めた東京の街を背景に、ニーナが裕矢たちに手を差し出して声を上げる。

 ニーナに話しかけられた裕矢は思わず、ああ。と答えそうになるが、ニーナの背後にあった現実の光景を目の当たりにして思わず息をのむ。

 なぜなら、ここはもう駄目だっと言ったニーナの言葉を裏付けるかのようにして、今まで非現実的な事柄ばかりが立て続けに起こっていたために、視界に入っていなかった今起こっている現実の光景が、裕矢の目に飛び込んできたからだ。

 裕矢の視界に飛び込んできた光景は、街中に落下してきた隕石群によって街が破壊され、、そのせいで街のそこかしこから火の手が上がり、その炎に照らされて、さわやかな早朝の朝は、今や真っ赤な夕焼け色に染められている光景だった。

「なんなんだよ、これ……」

 あまりにも非現実的な光景を目の前にして、裕矢は落下してくる隕石からその身を守るために抱きしめていた幼馴染の体を、さらにきつく抱きしめてボーぜんと呟いた。

 そして夕焼け色に染まっている街のある方角に、なんとはなしに視線を向けた裕矢の脳裏にあることがよぎる。

 裕矢の変化に気付いたニーナが声をかけてくる。

「何か問題でも発生したか?」

 だが裕矢はそれには取り合わずに口を開く。

「あきなを頼む」

 それだけ言うと裕矢は、先ほどの隕石群から守るために抱きしめていた秋菜の体をニーナに託す。そしてすぐさま学生服の内ポケットにしまっていた携帯を引っ張り出す。

 その形態には、子供の頃秋菜が手作りして、裕矢の携帯に強引に付けた星のストラップがついていて、こんな状況下だというのに星は、辺りの炎に照らし出されて煌いていた。

 裕矢は取り出した携帯で自宅に電話を掛ける。

 だが携帯からは呼び出し音すら鳴らず、ただお客様のおかけになった電話番号は、電波が届かない場所にあるか、電源が切られているために着信できません。と言ったいつものお決まりの文句が流れてくるのみだ。

「どうなってんだよっ壊れちまったのか!? 早く出ろよ!」

「無理だな」

 裕矢の行動を目にしていたニーナが声をかけてくる。

「?」

「隕石群が飛来した際に強力なジャミングが発生している。普通の通信機器などモノの役に立たないだろう」

「そんなことやってみなくちゃわかんないだろうが!」

 裕矢はニーナに忠告されたにもかかわらず、何度も何度も手当たり次第に携帯電話をかけ続ける。

 しかし……家族やどんなに多くの友人知人にかけようとも、携帯電話は一切つながらなかった。

「わたしの言った通りだろう。諦めろ」

「くそっ」

 裕矢は毒づくと、携帯を切って学生服の内ポケットにしまうと、すぐさまもと来た道を戻ろうとする。

 それを見ていたニーナから声がかけられる。

「この娘を残してどこに行くつもりだ」

「家に戻るっあの中に家族がいるんだっ」

 度重なる隕石群の衝突によって、火の手を上げる街に視線を移しながら裕矢が叫ぶ。

「そうか、お前はあの炎に包みこまれた街の中に、お前の家族を探しに行こうというのだな?」

「ああ」

 裕矢が力強く頷きニーナの指摘を肯定する。

「諦めろ。誰がいたのかは知らないが、もはや手遅れだ」

 ニーナは他人事のように、ただ淡々と事実のみを告げてくる。

 ニーナの言葉を聞いた裕矢が反発して声を上げる。

「そう簡単に諦められっかよ!」

「なら、勝手にしろ」

「ああっ勝手にすんに決まってんだろっ」

 感情の赴くままに叫び声をあげた裕矢の言葉を聞いたニーナが、ドサッと裕矢から託された秋菜の体を躊躇なく地面に転げ落とした。

「な!? あき!」

 いきなり転げ落とされた秋菜にかけよって、抱き起して怪我がないことを確認する。

「てめえっ何しやがる!」

「別にわたしが貴様の家族か友人か恋人か知らないが、助けてやる義理はない」

 怒声を上げてくる裕矢に対して、ニーナが自分の意見を淡々と言ってくる。

「なんだと!?」

「それに」

「それに、それになんだよ!」

「わたしはお前と違って忙しい」

「ざけんな!」

 人の神経を逆なでするようなニーナの物言いに、裕矢が思わず感情的になって殴りかかる。

 しかし所詮中学生である裕矢の拳は、宇宙を護る戦乙女であるヴァルキリーのニーナにとって、取るに足らない攻撃だったためにひらりとかわされる。

「ふぅ。せわしないことだ。まぁお前がどうなろうがわたしには関係ないしな。お前は勝手に痕跡も残らず、誰もいなくなった家にその娘と共に帰るんだな」

「ああっそうするよっ」

 秋菜を背負い歩き出そうとする裕矢の背中に声がかけられる。

「そうか、つまり地球人。お前はお前のわがままで、その娘を死地に追いやるというのだな?」

 ニーナが淡々とした口調で他人事のように言う。

「てめえっいちいち人の神経逆なでしやがって!」

 背中からかけられた言葉に、怒り心頭に達した裕矢が振り返りながら声を荒らげるが、今度は裕矢も秋菜を背負っているために、ニーナには殴り掛かれない。そのためただニーナを睨み付けるだけだ。

「わたしはただ事実を述べているだけだ。度重なる隕石の衝突。次いで巨大な爆発が巻き起こり、周囲は℃数千度の熱を持ち、その爆発のおかげで種変の空気も燃焼してしまったところに地球人。お前はその大切な友を連れて行こうというのだからな」

「皮肉かよっ!」

「皮肉? いや、わたしはただ事実を述べているだけだ」

「って、℃数千度っ!? それに空気がないって!? いったいどういうことだよ!?」

 ニーナの述べた事実に、今度は怒りではなく驚きの表情を浮かべながら裕矢が声を上げる。

「ああ、お前たち地球人はそんな中でも生き永らえられる得手でもあるのか? ならばわたしも止めはしない」

 裕矢が驚きに声を上げているにもかかわらず、先ほどと変わらずニーナは淡々とした物言いをする。

「というか、℃数千度とか、空気がないってなんでわかる?」

「気づいているかと思っていたが、先ほどから私たちのいる場所から半径数キロメートル以外は焦土と化している」

「な!?」

 予想だにしていなかった事実を突きつけられた裕矢が、驚きに目を見開き、ニーナを問い詰める。

「ならっならっどうして俺たちは生きてんだよっ!」

「それはこの近辺に私がコンソールを捜査してシールドを張っていたからだ」

 裕矢の質問にニーナは相変わらず、淡々とした物言いで答える。

「なら、俺の家も無事なんじゃ……」

 ニーナの言ったシールドという単語に一筋の希望を見出して裕矢が問いかけてみる。

「見てわかるだろう? シールド。といっても、隕石を防ぐようなものではない。周辺の空気などを安定させて中にいる者の行動をスムーズにさせるだけだ。それにこのシールド内外を検索したところ、お前が向かおうとしている周囲十キロ圏内には、地球上の生物による生命反応は一切感じられない」

 ニーナが他人事のように淡々と、冷酷な事実だけを突きつけてくる。

 それを聞いていた裕矢は、ただただボーぜんとして、絶句するだけだ。

「どうする? わたしと来てその娘と共に助かるか? 自分のわがままにその地球人の娘を突き合わせて、ともに朽ち果てるか? 決めるがいい」

 俺一人なら……家族を友人の安否を確認しに戻りたい! そしてもし無事に生きていたら、家族や友人を助けたい! けど、俺がいないと秋菜が……こいつは秋菜を助けない。なら気絶した秋菜はどうなる? きっと俺やこいつがいなくなって、こいつがシールドとかいうものを解いたとしたら、死んでしまうんじゃないか? なら、生きているかどうかわからない家族や友人より、まず、目の前で生きている秋菜を優先すべきなんじゃ……理屈じゃわかってるっわかってるけどっそんな簡単に割り切れるかよ! 心の中で葛藤し、叫び声をあげた裕矢は、理屈でなく感情に従うことにする。

「俺はここに残って家族を助けに行く!」

「死ぬと分かっていてか?」

「そんなことやってみなくちゃわからないだろうがっそれにっお前の言ってることが本当かどうかもわからないだろっ!」

 裕矢は家族や友人たちが皆死んでいると言われて、感情むき出しになって罵声を浴びせるが、ニーナは淡々と事実のみをついてくる。

「お前が死ぬのは勝手だがな。そこの娘も巻き添えになるぞ?」

「ぐっ」

 痛いところを突かれたとばかりに裕矢が口ごもる。

 

 確かに俺一人なら構わないが、秋菜を巻き込むわけにはいかない。そう裕矢が背中にいる秋菜の顔を覗き込みながら悩んでいると、不意にニーナに声をかけられる。 

「まぁお前がどう足掻こうが、どのみちわたしと共に来なかった場合。家族を助けに行こうが行くまいが、お前が死ぬのは変わりないがな」

「な!? どういうことだよ!?」

 粋なr死ぬ。と言われた裕矢はニーナに食って掛かった。

「この青の星、いやお前たちの言うところの地球は魔王に狙われている。そして魔王に狙われた星は必ず廃星となり、惑星崩壊を起こし、この宇宙より消失する」

「魔王? はっおとぎ話じゃないんだっなんも知らないからってバカにするな!」

 自分をバカにしているとしか思えない、あまりに突拍子もないニーナの物言いに、裕矢が激高する。

 だがニーナはそんな裕矢の物言いに怒るそぶりすら見せず淡々と述べる。

「そうだな。ただ何も言わずに信じろというのも無理な話だろう。いいだろう地球人。今お前たちの置かれている状況を簡単に説明しよう。ただし移動してからだ」

 ニーナは周囲を見回して、先ほどの尖兵とかいう化け物がいないのを確認した後。周囲から見つからないよう、未だ無事な建物の陰に裕矢たちを引き連れて移動する。

 そしてニーナは建物に背を預け、裕矢が秋菜を比較的平らな地面に横たえたのち、手近な瓦礫に腰を下ろしたのを確認したニーナが、重々しく口を開いた。

 ニーナの話によると、外宇宙でこの地球は青の星と呼ばれており、その青の星が魔王と呼ばれるものに目をつけられていて、そしてその魔王と呼ばれるものが、すでにこの地球に向かって裕矢や秋菜の目にした流星群。つまり隕石群の中に自分の手先である尖兵という先ほどの機械兵を斥候部隊として紛れ込ませて、地球に送り込んできているということだった。

 そして、いずれこの星に、星の命の結晶体である星の神器を狙って、魔王と呼ばれる化け物が飛来してくるらしい。そしてその魔王っていう奴が星の命を食らおうとするのを阻止することができないと、星が死に、惑星。つまり地球そのものが崩壊するということだった。

 また、逆にこの青の星。つまり地球の神器を護れれば、少なくとも星は死なずに済む。という話だった。

 そんな感じで、ニーナが魔王だのなんだのといきなり御伽噺のようなことを言ってくる。

 もちろん裕矢とて普段ならこのような話笑い飛ばしてしまうのだが、実際に自分たちの目の前で起きた隕石群の襲来。地上にクレーターを穿った隕石から現れて自分を襲った尖兵と呼ばれる道の化け物。そして、今自分の目の前で起きている、まるで空襲の後の焼け野原のような燃え盛る炎に包まれた東京の街並み。

ニーナの説明は実に突拍子もなく、また現実味がない話だったが、現実に今裕矢の目の前で起きている状況が、それが事実だと雄弁に物語っていた。

「わたしの話を信じるか?」

 現実的にとても信じられるような話じゃない。だが先ほどあんな目にあったばかりなのだ。

 裕矢はニーナの話を信じざるを得なかった。

「まぁお前が信じようが信じまいが、起きている事実を曲げることはできないがな。これでわたしの話は終わりだ」

 ニーナが話を打ち切る。

 ニーナの話を聞き終えた裕矢は、あまりに予想外な、いや、予想すらできなかった展開に、ただ何をどうしていいか分からず、頭がついていけずに、声を発することもできなかった。

「わたしについてくる気があるのなら、これを打っておけ」

 半ばボーぜんとしている裕矢に、ニーナから液体の入った針のない注射器のようなものが渡される。

「これ……は?」

 あまりに急激な展開に、未だ頭がついていけていないのか、裕矢はボーぜんとした感じに答える。

「この環境の中では、お前たち地球人は満足に行きすらできないだろうからな。お前たちが生き残るための環境適応型のナノエフェクトだ」

「ナノ……エフェクト?」

「つまり、お前たちの世界でいうところのナノマシンという体内にいれる小型の機械のことだ」

「そんなもん打って……大丈夫なのかよ?」

 ニーナと会話を交わすたび、少しづつ話の内容に頭がついてきたのか、先ほどよりはしっかりと受け応えで問い直す。

「問題ない。我々は皆あらゆる環境に適応するために打っている。地球人。お前に渡した環境適応型のではなく戦闘用だがな」

 先ほどの尖兵を倒した手腕やその身体能力は、そういうことだったのかと一人納得する裕矢。

「本当に、こんなわけのわからないものを打って大丈夫なのかよ?」

 顔に不安の色を浮かべながら、ニーナに渡された針のない注射器のようなものに入ったナノエフェクトを見つめて自問自答する。

 しかし裕矢には何となくだが分かっていた。

 今起こっている自分の常識外の出来事に対抗するには、この銀色の鎧を身にまとったニーナとか言う少女の指示に従わなければ生き残れないということが。

 少しの逡巡の後。裕矢は生き残るための決断を下す。

「わかった」

 裕矢の了解の言葉を聞いたニーナが、ナノエフェクトの打ち方の説明を始める。

「打ち方は簡単だ。先端を肌に触れさせ、そのまま後方の出っ張りを押し込むようにして、中の液体を体内に押し込むだけだ」

 説明しながらもニーナは、地面に横たえられて気絶している秋菜の制服の袖をまくり、その腕に注射をするようにナノエフェクトを注入しようとする。

 それを見て、裕矢が制止の声を上げる。

「ちょっちょっと待ってくれっ!」

「どうした? 今更怖気づいたか?」

「違う。そうじゃない」

「?」

「まず俺に打ってくれ。それから秋菜に打ってくれないか?」

 裕矢が学校指定の左腕の白いワイシャツの袖をまくって言う。

「なるほどな。まずこの地球人の娘に打つ前に、自分の体を実験体にしようというのか? いいだろう地球人。お前がそれを望むのならそうしよう」

 それだけ言うとニーナは、秋菜に打つはずだったナノエフェクトを、学生服の袖をまくった裕矢の左腕に充てるとそのまま押し込もうとする。

「痛みとかないのかよ?」

 未知なるものを体内にいれる恐怖と緊張感のために、裕矢の声が少し声が上ずる。

「ああ、そういったものは発生しない」

 言いながら試験管のような注射器の後ろの部分を親指で押し込み、一気に裕矢の腕の中にナノエフェクトを注入する。

「終わったぞ」

「あ、ああ」

「何か問題でも発生したか?」

「いや、特に何も変わんないんだけど?」

 言いながら立ち上がった裕矢は、自分の体の手の平をグーパーしたり腕を振り回したり、片足づつ足をぶらぶらさせたりしながら、体のあちこちを動かして見せる。

「そうか。ナノエフェクトとは、体中を循環しているお前の血液を通して体の隅々にまで送られ、どのような環境であろうと生きられる環境適応能力を与えてくれる。体になじむまで小一時間と言ったところか?」

 それだけ言うとニーナは、辺りを警戒しながら、自分の背中の腰のあたりに吊るしているものを掴みだすと口を開く。

「念のためこいつを持っておけ。護身用だ」

 そう言いながら裕矢に受けて何かをポーンと投げてよこす。

「おっとっと?」

 いきなり投げられたために取り落としそうになりながらも、何とか裕矢は両手でそれをキャッチする。

「これは?」

 裕矢が手にしたのは地球の銃に酷似しているが、弾丸を入れる部分のない引き金だけがついた銃のようなものだった。

「フォトン銃だ」

「フォトン銃?」

「ああ」

 裕矢の問いかけにこたえるニーナ。

「だけど俺、銃なんて扱ったことないんだけど?」

 裕矢は宇宙から来た未知なる機械兵器である銃を、様々な角度から興味深げに見ながら答える。

「青の星」

「?」

「わるい。我々がこの星を呼ぶときの名称だ。つまりはお前たち地球人の言うところのこの星、地球のことだ。つまり地球人は銃を使わないのか?」

「まぁ使ってる国もあるんだろうけど、俺はテレビとかでなら目にしたことあるけど、実際に見るのも触れるのも初めてだ」

「テレビ?」

「遠くの映像を映したりする機械のことだ」

「ああ、立体ビジョンのことか」

 それだけ呟くとニーナは、隕石群の落下で火災が巻き起こり、sじょれらが反射して赤く染まった空を見上げる。

「そうか、お前の星は、お前の国は平和。なのだな」

 まるでそれが特別なことのように、ニーナは心底羨ましそうに呟いた。

 しばらくして、様々な角度から渡されたフォトン銃を見回していた裕矢が口を開く。

「そういやさ。この銃、弾を入れる部分がないんだけど?」

「弾は入っていない」

 裕矢の問いかけに、何でもないことのようにニーナが答える。

「そんなもん何の役に立つんだよ?」

「問題ない。撃つときになれば自動で装填される……」

「?」

「つまりその銃は周囲の光を収束させて放つ」

「??」

 そこまで説明して、自分の説明に裕矢がついてこれていないのを理解したニーナが、言い方を変える。

「理解する必要はない。我々と地球人。お前たちとでは技術レベルが違いすぎるからな」

 なんかムカつく言い方だが、確かに自分にこの銃の特性とかを理解するのは無理そうだったので、裕矢は素直に頷いておくことにした。

「で、地球人。体の調子はどうだ?」

 不意にニーナが訪ねてくる。

「ん? 調子と言われても、特に変わったところは……なさそうだけどな」

 ニーナに問われた裕矢が再度体のあちこちを動かしながら答える。

「そうか、ならばナノエフェクトはすでにお前の体に馴染み、環境に適応しているということだな」

「?」

「理解しないでいい。つまり簡単に言えば、ナノエフェクトの適合に成功したというだけだ」

「ああ、そういうことかよ」

 ニーナの説明に裕矢が納得顔で頷いた。

「では、この娘にも打つぞ」

 ナノエフェクトが裕矢に適合して、安全確認が取れたために、ニーナが裕矢のそばで寝かされている秋菜の腕の袖をまくり、ナノエフェクト注入装置を押し付ける。

「ああ、頼む」

 裕矢の返答を聞いたニーナが、袖をまくった秋菜の左腕にプシュッとナノエフェクトを注入した。

「これでしばらくすればお前と同じように、この娘もこの星の環境に適応できるようになるだろう」

「わかった」

 裕矢の返事を聞いたニーナは、辺りを警戒しながらしばしの休息をとるために近くにあった瓦礫に腰を下ろすと、裕矢もニーナに倣い近くの瓦礫に腰を下ろした。

 小一時間ほどたった後、ニーナが瓦礫から腰を上げる。

「そろそろナノエフェクトが馴染んだ頃だろう。この辺りにあまり長いもしていられないからな。そろそろ行くぞ」

「ああ」

 ニーナに返事を返すと、裕矢はその場に立ち上がりながら、比較的平らな地面の上に寝かせていた秋菜の体を背負った。

 裕矢が秋菜を背負って立ち上がったのを確認したニーナが、目的の場所に向かって歩を進めようとするが、ふと何事か思い出したのか、不意に歩き出した足を止める。

 そのため秋菜を背負った裕矢が、いぶかしげな顔をしてニーナに声をかける。

「どうかしたのかよ?

「いや、そういえばお前たちには、わたしの名前すら教えていないことを思い出してな。わたしとお前たちとは、これからしばらくの間行動を共にし生死も共にする。そのため何かあったとき迅速な行動に移れるよう、お前たちにわたしの名前くらい知っておいてもらおうと思っただけだ。わたしはニーナ。宇宙の星々を護る『星の護り手』に所属しているヴァルキリーだ」

「ヴァルキリー? って、あの御伽噺とかに出てくる?」

 聞きなれない単語を耳にした裕矢が聞き返した。

「どう言い伝えられているか知らないが、何かを護るものという意味ならば、その認識で間違っていない。まぁ我々の場合。特定の星に伝えられているような昔語りの御伽噺に出てくる戦士というよりも、外宇宙の脅威から我々の住む星々や宇宙そのものを護っているようなものだがな」

 裕矢の質問にニーナが淡々とした口調で答えを返す。

「なるほどな」

 ニーナの返答を聞いた裕矢は納得気に頷いた。

 そしてニーナに自己紹介されて、そういえば自分は名前を名乗るどころか、先ほどニーナに助けてもらったお礼すら言っていないことを思い出した裕矢が、名前を名乗り先ほど助けてもらった例をも述べる。

「俺は裕矢。で、こっちが秋菜。俺はあきって呼んでる」

「了解した」

 それだけ言うと背を向け再び歩き出そうとするが、今度は裕矢がその場に立ち止まり、ニーナの背中に向けて声をかける。

「その、なんだ。ニーナ。さっきは助かった。それからいろいろ言って悪かった」

 先ほど口論になって和解したとはいえ、少しばつが悪そうにして礼を述べる。

「ああ、そんなことか。わたしは別段気にしていない」

 そう言いながらもニーナの口調は少しばかり柔らかくなったように感じられた。

「では地球人。行くぞ」

「だけどニーナ。行くってどこにだよ?」

「ああ、そういえば行き先をまだ言っていなかったな。この都市で最も高く強力な電波を発信するアンテナが立っているところだ」

「それってもしかして……」

何かを察した裕矢が今や東京のどこからでも見える世界最大。そして、日本の第二世代ともいえる電波塔である巨大な鉄塔。東京スカイツリーに視線を向けた。

「ああ、お前の思っている通り、これから我々はあの鉄塔に向かう」

 それだけ呟くと、ニーナが東京スカイツリーに向かって歩を進め始める。

 そしてそのあとを秋菜を背負って裕矢がついていく。

 そうして三人は、まるで戦時下のようにほとんどの建物が倒壊し燃え上がり、一面焼け野原と化した裕矢たちの故郷を後にしたのだった。
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