宇宙(そら)の魔王

鳴門蒼空

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青の星 裕矢の日常① 宇宙学の講義と公認カップル

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 ふと見上げれば、都会の工場などが排出するダストで汚れた濁った空に、肺を蝕む排気ガスで汚れた空気。

 ごみ集積場には毎朝カラスが訪れて、ごみを出す近隣住民と日夜熾烈な戦いが繰り広げられているどこにでもある風景。

 どこにでもある空間。

 東京都内某所。敷地内に幾つもの巨大な校舎が立ち並び、総生徒数千名以上が通う中高一貫のマンモス校。

 そしてほかの学校の例外にもれず、東関東大震災だの何だのが起きたにもかかわらず、学校関係者や区議会などが予算が足りないという理由から、一切の耐震補強が行われていない学校。

 とはいってもこの少子化の時代。新たな生徒を獲得するためか、校舎の外壁だけは新しさを出すために、嫌みにならず、また、不快感を感じさせない程度の校名と類似している色彩である薄い青色で塗られていた。

 それが、東京二十三区内にある総生徒数数千名を超えるマンモス校、青星ヶ丘学園だ。

「で、あるからして。ビッグバンというものが起こるわけですね」

 黒板にチョークで書かれた爆発を起こしているような星の絵を、指揮棒のようなもので指し示しながら、中学二年の宇宙学担当の教師が説明する。

 宇宙学とは、近代科学の発展に伴い将来人類が宇宙に進出することを踏まえ、日本はおろか、世界規模で義務化された教養科目の一つだ。

 主に宇宙空間の成り立ちや星々の成り立ち。また、宇宙の役割やその存在理由から、宇宙旅行時の船内や将来多国籍で建設されようとしている宇宙人工居住区、コロニーでの生活の仕方までを教える人類にとって新しい未来に向けた学問である。

「ゆうちゃんっゆうちゃんっビッグバンだって♪」

 茶色くもこもこっとした髪を左右に結わえ付け、学園指定の薄青色のブレザーと、二年生の証である緑のネクタイをした愛嬌のある可愛らしい容姿をした一人の女子生徒が、大きな瞳を輝かせながら、星やビッグバンなどの宇宙学を話す宇宙学科担当の四十そこそこの男性教師の話を熱心に聞いていた。

 そして星の話など興味ないとばかりに、学校指定の薄青色のブレザーの制服に二年生の証である緑のネクタイを首に巻き付けながら、隣の席の机に突っ伏して眠っていた自分より少し身長が高い黒髪黒目をした男子生徒、裕矢の肩を揺さぶって来る。

 裕矢は気持ちよさげに眠っていたところを起こされたために、めんどくさげに顔を上げると、とりあえずまだ授業中ということもあり、右手で口元を隠しながら大きなあくびをして、自分を起こしてきた一人の女子生徒に文句を言った。

「ふぁ~あ。なんだよあき。なんかようかよ?」

 目を覚ました裕矢が大きなあくびをしながら、自分を起こした女子生徒に文句を言ったのとほぼ同時に、本日最後の授業が終了する鐘の音が、外観だけを薄い青色で染め上げた年代を感じさせる古びた校舎内に鳴り響いた。

「では、本日の授業はこれで終わります」

 宇宙学担当の教師はそれだけ言うと、持ってきたテキストをさっさと片付けて両手で持つと、授業終了の挨拶もそこそこに、そそくさと裕矢たちのいる教室を後にした。

 教師が教室を後にすると共に、裕矢のそばに先ほど裕矢の肩を揺さぶり目を覚まさせた秋菜が、頬を膨らませながら近づいてきて、大きな声を上げながら、裕矢に文句を言った。

「も~ゆうちゃんっもったいないよ~せっっっかく、宇宙学担当の先生があきとゆうちゃんのだ~い好きなお星さまのお話をしてくれてたのにっそれを聞かないなんて!」

 なんだそんなことか、と裕矢は思いながら、椅子に座りながら再び出そうになっているあくびをかみ殺してから秋菜を見上げて、めんんどくさそうに言葉を返す。「あのなぁあき。俺は前々から星には興味ないって言ってんだろうが」

「そんなのゆうちゃんのウソだもんっあきはね、ゆうちゃんが子供の頃からどん~なにっお星様のこと大好きなのかよ~く知ってるんだから♪」

 得意満面な顔をして、なぜかやたら偉そうに胸をそらせて言う秋菜。

 そんな秋菜を見て、裕矢は呆れたようなため息をつきながら言葉を返した。

「あのなぁあき。お前、何年前のこと言ってんだよ?」

「何年前って? 昨日も一昨日もゆうちゃんあきと一緒にお星様のお話ししたじゃない♪」

 問いかける裕矢に、秋菜はやたら楽しそうな笑顔を浮かべながら言葉を返した。

「まぁ確かにしたけどさ……」

 確かに秋菜の言う通り、裕矢は昨日も一昨日もそのまた前も、秋菜と星の話をしていたのだから、裕矢もそのことについては異論はない。

 だが、それで自分のことを星大好き人間と思われるのは心外だった。

 なぜなら昨日も一昨日もその前も、裕矢が秋菜と星の話をしたのは、ただ単に一緒に登下校をしている秋菜が一方的に星の話をして、裕矢はうんざりしながらそれに相槌を打ちつつ聞いていただけだからだ。

 だからそれだけの理由で星大好き人間と決めつけられてしまうのは、裕矢は心情的に納得がいかなかった裕矢が、椅子に座ったまま少しだけ起こった風に語尾を強めて反論する。

「とにかくだあ。俺は星には一切興味ねぇから、そこんとこ勘違いしないように」

 しかし裕矢が語尾を強めて自分の星好きを完全否定すれば、秋菜は秋菜で裕矢の眼前に身を乗り出して、上から目線で裕矢の星嫌いを真っ向から否定する。

「え~ウソだぁ~ゆちゃん。お星様大好きだもん。それはあきが保証するよ~」

 秋菜が満面の笑顔で、ドンッと自分の胸を叩いて真っ正面から裕矢の顔を見つめながら言えば、裕矢は裕矢で再度自分の星好き説を完全否定する。

「だ~か~ら~お前は何度言えばわかるっ俺は星が嫌いだ!」

 裕矢は少しばかり苛立たしげに、ダンッと強く机を叩きながら立ち上がり、秋菜と同じ目線になると、少しばかり声を荒らげて自分の星好き否定する。

「そんなの絶対ウソだもんっあきはゆうちゃんのことなら全部わかってるんだから♪ ゆうちゃんはただ照れてるだけなの♪」

 ダンッと、裕矢に机を叩き威嚇されたにもかかわらず、秋菜は一切ひるむことなく裕矢の意見を全く受け入れようとはしなかった。

 そのため裕矢は、いったいどうやったら秋菜を説得できるのかわからず脱力して、ストンッと力なく椅子に腰を落としながら口を開いた。

「ああ、もうっだからな。あき……俺は星のことなんて……」

 どうでもいい。と言うはずだった裕矢の言葉を勝手に秋菜が引き継いで言った。

「とっても、大好きなんだよね♪」

 といった感じに、秋菜はいつものようにいつもの如く、裕矢の意見を真っ向から否定しまくっていたのだった。

 二人がそうして、いつもの他人から見たら痴話げんかにしか見えないやり取りをしていると、ざわついている教室を静かにしようと、裕矢たちのクラス担任の三十路になりかけの女性教師がパンパンッと両手を打ち鳴らしながら教室に訪れ、ざわつきの収まった教室内で帰りのホームルームを始める。

 ほどなくして日直の号令の元帰りのあいさつを終え、ホームルームが終わりを告げると共に、教室に残っていた帰り支度を終えた大多数の生徒たちが教室を後にし始める。

 それに伴って、生徒たちと同じように教室に訪れていたこのクラスの担任である女性教師もまた、教室を後にする生徒たちと同じように、帰る生徒たちの流れに乗り、生徒たちと適当に別れのあいさつを交わしながら、早々に教室を後にした。

 そうして帰りのホームルームが終わった教室内で裕矢や秋菜が帰り支度をしていると、いつものように裕矢と仲のいい友人たち数人が裕矢に声をかけてくる。

「おいっゆうっ一緒に帰ろうぜ」

「ああっいいぜ」

 片手を上げて応じる裕矢。しかしそれに異を唱えるものがいた。秋菜だ。

「あ~だめだよぉっゆうちゃんはあきと一緒に帰るんだからっ」

「なんだよ裕矢、またかみさんと一緒に帰んのかよ?」

 裕矢の友人の一人が、からかい半分の口調でおどけたように言ってくる。

「そうだぜ、たまには俺らと帰ろうぜ。んでもって帰りにゲーセンよってこ。ゲーセン」

「ああ、そうだな。たまにゃゲーセンもいいか」

「おうっあそこのゲーセン鉄剣の新作は言ったんだぜっ新作っ」

 茶髪を逆立たせた佐々木という裕矢の友人の一人が、鉄剣がやりたくてやりたくて仕方ないといった感じに、アチョーッなどと中に出てくるひげずらのおっさんの真似をしながらまくし立ててくる。

「つうわけだからさ、あき。わりいけど俺佐々木たちとゲーセン行くわ」

 ガタンッと音をさせて立ち上がると、裕矢は机の上に置いたカバンに手をかける。

「え~だめだよおっゆうちゃんはあきと一緒に帰るんだからっ」 

 それだけ言うと秋菜は、友人たちと帰ろうとしている裕矢の腕をつかんで引っ張っていこうとする。

「おいっちょっと待てってのあきっ俺は佐々木たちと一緒に帰っ……」

「だめなの。ゆうちゃんはあきと一緒に帰るのっ」

「いや、俺たまには佐々木たちと一緒にゲーセンに……」

「え~~」

 一緒に帰ることを裕矢に拒絶された秋菜は、まるでこの世の終わりのように今にも泣きだしそうな顔で裕矢の友人たちを見る。

 裕矢の友人たちは、秋菜のその顔を見て、泣く子には敵わないとばかりに、肩をすくめると、あっさりと裕矢と一緒に帰るのを諦めた。

「あ~いいよ、いいよ、裕矢。俺たちはまた今度で」

「そうそう。かみさんと一緒に帰ってやんなよ」

 それだけ言うと裕矢の友人たちは、いつものように片手で持った学生鞄をヒョイッと肩にかけると、バカップルの熱気に充てられてはかなわないといった感じに、そそくさと教室を出ていこうとした。

 そのため裕矢が慌てて反論する。

「って、ちょっと待てってっ別にあきは俺のかいさんてわけじゃ……」

「い~ってい~って気にすんなって」

「そうそう校内公認のカップルが、他人に遠慮してんじゃねぇよ」

 裕矢の反論を佐々木たちが真っ向から否定してくる。

「ちょっまっ俺たちはそんなんじゃねぇ!」

 だが裕矢の反論など誰も気にも留めずに教室を後にしていく。

 そして最後に、裕矢のそばを離れ教室の出口に向かおうとしていた佐々木が、踵を返して裕矢の耳元に口を寄せて、囁くようにして呟いた。

「お前も尻に敷かれて大変だな」

 それだけ言うと佐々木は、じゃあなっと言って最後にポンッと裕矢の肩を軽く叩き教室を後にした。

「はぁ~~」

 佐々木たちの去って行った教室で、裕矢がため息を吐き出しながら秋菜に非難めいた視線を向けて口を開く。

「あきっお前なぁ」

 裕矢に咎められた秋菜は、まるで捨てられた子犬のようにしゅんとなり、ただ無言で捨てられた子犬のような潤んだ瞳でじーっと裕矢を見つめる。

「…………」

「…………」

 はぁ。女ってずりぃ。んな顔されたら、怒るに怒れねぇじゃねぇかよ。裕矢は心の中でため息をつくと、何も言わずに歩きだした。

 そして、教室の出口に差し掛かると足を止める。

 それから、なぜか少しだけばつが悪そうに、裕矢は右手で頭の後ろを掻きむしりながら、ほんの少し首を動かし視線だけを向けて、未だ自分の席の隣で立ち尽くしながら、声がかけられるのを待っていた秋菜に声をかけてやる。

「一緒に、帰んねぇのか?」 

裕矢に声をかけられた秋菜は、

「うん♪」

 先ほどまで泣き出しそうだったのが嘘のように大きく頷くと、満面の笑みを浮かべながら、まるで本物の子犬のように裕矢のもとに走り寄ってきたのだった。
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