スーパーワガママ女に振り回される奴隷(嫁)の魔王討伐旅行記

クスノキ

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自重って言葉ご存じですか

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「よぉぉぉし、ヨメちゃん心の準備はええか?いざ行かん、波瀾万丈の旅へ!」
「そういえば世界旅行も目的の一つだったな……まぁこの際、いい経験だと思えばいいか」
「なんでそんなに諦めムードなん?ノリ悪いなぁもう、ほらもっと元気出してや!ゴーゴーレッツゴー!!!」
「おー……」
「テンション低ッ!?昨日はふざけたけど、一応こっちが本命のご褒美パートやっちゅうのに」

元気よく拳をかかげるゲラコに対して、やる気のないだらっとした声を上げるヨメルタ。新しい場所は楽しみだが、何せ一緒に行くのはこのゲラコ変人。当然不安しかないので素直に喜べないのである。

「で、なんだ。いつもの転移魔法で観光にでも行くのか?」
「そんな味気ないことせぇへんよ。旅行っちゅうのは過程も楽しむもんやろ?もうちょっとまったり移動せんとな」
「まったりって、じゃあ馬とか?」
「逆に聞くわ、うちが普通の馬に乗ると思うか?」
「絶対乗らなさそう」

せやろ?と言う顔は腹立たしいが、確かにこれほど規格外の人物がわざわざ馬に乗って移動するとは思えない。なら一体どうやって移動するというのかという話なのだが……ゲラコは意味深に笑うと転移魔法を使い、突然視界が切り替わった。
何故か草原である。だだっ広い原っぱは比較的平和なようで、その辺でぽよぽよとスライムが跳ねている。名前も覚えていない田舎の周りがこんな感じだったようなと思いながら、ヨメルタはゲラコを見る。どうせお前がまた何か出すんだろ、という予想のためだ。

「おっしゃ誰もおらんな?ほんなら行くでぇ……はぁぁぁ、どっこいしょぉっ!」

なにやらぎゅうっと身を縮めたかと思うと、パッと伸び上がるゲラコ。その動きに何の意味があるのかは分からないが、地面に現れたのはいつもよりずっと大きい裂け目。ずず、と下からせり上がってきた物体を見上げて、ヨメルタは口をぱかっと開けた。

「んじゃじゃぁーん!コイツは黒飴号、うちの愛船や」
「えぇ、この見た目で飴?そこはこう、黒炎とかでよかっただろ」
「この黒くてつやつやした感じ、まさに黒飴やろ?」
「日光で溶けそう」

紹介された黒飴号はその名の通り黒い飛行船のようだった。随所に施された美しい金の装飾や、赤を基調とした様々な宝石が散りばめられている。一体どれだけのお金を払って作らせたのか、ヨメルタは考えるだけで背筋が寒くなった。もはや貴族の道楽とも言える金の使い方である。

しかしこの飛行船、何かが変だ。飛行船なんて絵本でしか見た事がないヨメルタだが、違和感は依然として存在する。魔法に頼らない浮力であるはずの気嚢が妙に小さいからだろうか。これだけでは飛べないだろうし、外から見た限り特別な機構があるわけでもない。
気になるのは船首と船尾、そして真ん中の両端にある出っ張り。デザインと言われればそうかもしれないが、それにしては主張が激しすぎる。まるで何かを引っ掛けるためのような……?

「よぉ目に焼き付けたな?んじゃ乗るで」
「ちょ、うわ、やめっ」

ヨメルタを雑に肩へ担いだ直後、物凄い跳躍をして船の甲板に降り立つゲラコ。急上昇の負荷がかかって若干気持ち悪くなったヨメルタは「せめて事前に言え!」とお怒りである。もっとも、ゲラコには欠片も響いていないようだが。

「おぉ、やっぱり相当腕のいい職人に作ってもらったんだな」
「造船の職人とは別にドワーフも呼んだからなぁ、見た目も耐久もバッチリやで」
「見たところ金属だしな。いやでも、金属なのにこんなので飛べるのか?」
「まぁいくら軽い金属使っとるとはいえ、このままでは飛べんよ」

ゲラコが手をかざすと、空中に大きな魔法陣が四つ。今度はなんだと思ったら、現れた生き物にこれまた度肝を抜かれた。体表を覆う黒い鱗、大きな飛膜、長いしっぽ。

「わ、ワイバーン……!」

「そんじょそこらの雑魚ワイバーンとちゃうで。コイツらは飛竜種の中でも屈指のパワーを持つ滅びの影シュトオンや」

それってつまりめちゃくちゃヤバいヤツではないだろうか。ヨメルタは引き攣った顔で上空を見上げた。あんなのが四体もいれば小さな町くらい潰してしまえそうだ。
というか、しれっと召喚魔法で魔物を呼ばないでほしい。そもそも一般的には珍しいし、呼べても精々が小型魔物のスライムや丸兎ラビロン程度である。考えるのも恐ろしいが、ゲラ子には使えない魔法など存在しないのかもしれない。

「いつも通り配置についてやー!はよせんかったらシメてステーキにするでー!」

「グギャッ!?グルルゥ……」

慌てたように散開していくワイバーンに同情の視線を送るヨメルタ。結局のところ、主人ゲラコに逆らえない奴隷という立場は同じようだったので。お互いとんでもないやつに捕まったものである。
そうして配置についたワイバーンの足に、突如紫色のオーラを纏った鎖が巻き付いた。それは丁度船の出っ張り部分から伸びているため、どうやら船をワイバーンに運ばせるということらしい。

「わざわざコイツらに運ばせなくても、お前なら船を飛ばすくらいできるんじゃないのか?」

「そらできるけど、何もない船がただ浮いとるだけってダサいやん。これの方が豪華やろ?」

さも当然かのように言われても困る。それはそうかもしれないが、そうはならないだろうがという話である。メイン浮力なのに採用目的が実質飾りとは、ワイバーン達が不憫でならない。

「んんっ……えー、当機はまもなく離陸いたします、その辺テキトーに掴まって揺れにご注意下さい」
「何だその似合わない声、って、うわっ!?」

注意からあまりにも早すぎる揺れに驚いて、ヨメルタは慌てて船の縁を掴んだ。転ばないよう耐えている内に、船はぐんぐんと上昇していく。
ある程度揺れが落ち着いてから、そうっと下を覗き込んでみると──何もかもが小さくなって、世界の広さを感じさせる景色がそこにあった。

「わぁ、凄い景色だな!同じ草原でもあっちとこっちで色が違うし、あの森もいろんな種類の木が集まってるみたいだ。はぁ、空から見ると感じ方が随分違うな」

「その様子やと、お気に召したようやね?」

「ああ、勿論!」

そう力強く言いきってから、ヨメルタはふとゲラコの顔を見た。自分がこうして、初めて空からの景色を楽しめているのは誰のおかげか。酷い奴隷生活を送らずに済んでいるのは、不本意でも戦う力を身に付けられたのは……どれもこれも、目の前の彼女によってもたらされた現実だと。考えなくても分かることであった。
「どないしたん?」とゲラコが珍しく不思議そうにきょとんとした。ヨメルタが何か言いたげに口をもごつかせているせいだった。思うところがありすぎるため気は進まないが、言うべきことを言わないほど恩知らずでもない。つまるところ彼は、心根の真っ直ぐな青年であった。

「ゲラコ、その。ありがとう」

「え、なんや急に。真面目くさった顔で何言うんかと思ったわ。別にええよ、うちがやりたくてやってることやし」

「それでもだ。拾って面倒を見てくれること、俺の世界を広げてくれること、俺は全部に感謝してる。やり方はちょっと、いやかなりアレだが、この環境が恵まれてることくらい十分に分かってるから」

だから、ありがとう。ヨメルタは重ねて感謝を告げた。この先相応に大変なことが待っているとしても、受けた恩への感謝はまた別なので。

「うちは、そんなええ人間とちゃうけど。そう言ってくれるんは嬉しいわ、ありがとうなヨメちゃん」

ゲラコはゆるやかに目尻を下げた。少々引っかかる言い方なのは本人も思うところがあるからか。するりと手を伸ばすと、ヨメルタの髪をわしゃわしゃとかき乱した。ヨメルタは「ぐちゃくちゃにするな」と引き気味だが、わざわざ逃げることはせず。

「ワハハ、男前が台無しや」
「お前がそうしたんだろうが!ったく」
「まぁまぁほら、一息つくんに茶でもしばこうや。目的地まで暫くかかるからな」
「茶を、しば……?」

現れた机と椅子、そしてティーセット。話を切り替えようとする魂胆は分かりつつも、大人しく流されてやることにする。とりあえず二人分紅茶をいれるかとセットをよく見れば、そこにはカップが一つだけ。

「……お前のは?」
「ん?うちはせっかくやから酒でも飲もうかなぁ思てな。ええ景色やし」

「昼間っから酒を飲もうとするなこの飲兵衛が!!!」

うーん、やっぱりこの馬鹿わりとロクでもないヤツかもしれない。
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