スーパーワガママ女に振り回される奴隷(嫁)の魔王討伐旅行記

クスノキ

文字の大きさ
上 下
5 / 7

ところでパチモンって何?

しおりを挟む
ゲラコとヨメルタはいつもの訓練場で、ランニングも筋トレもせずに立っていた。裂け目に手を突っ込んでいるゲラコ、そして見守るヨメルタという構図である。

「んーヨメちゃんの背やと、うちとほぼ一緒やな。ほな、これくらいか……」

百八十センチ後半といったヨメルタとゲラコの身長はほぼ同じである。彼女は高いヒールを履いているので、実際の身長はもう少し低いだろうが。
適当に取り出した剣の長さを確認してから、ゲラコはヨメルタへ剣を手渡した。ということは、今日から訓練内容が変わるということに他ならない。ついに戦う時がきてしまったかとヨメルタは少し緊張した面持ちである。

「アーやっぱやるんだな、そっちの訓練……」

「当たり前やろ。それともなんや、己の拳一本で戦うんか?きゃーヨメちゃんったら男らしいー!」
「あ、俺急に剣で戦いたくなってきたナァー」

棒読みで流しつつ、受け取った剣を見るヨメルタ。片手剣というには少し大きいが、極々普通の鉄の剣だ。この重さなら十分振り回せるかとなんとなく構えてみる。小さい頃冒険者に憧れて木の枝を振り回していた記憶が蘇った。

「しかし、槍でも斧でも良かっただろ、何で剣なんだ?一番シンプルだからか?」
「そら勿論、勇者ポジは片手剣って決まっとるからや!まぁ大剣でもええんやけど、それはもううちが持っとるからな」
「俺勇者役なの……?じゃあゲラコは何なんだよ」
「主人公を鍛える謎に強い師匠ポジやけど」
「もうお前が戦えよ」

聞かなくてもよかったどうでもいい理由に頭を痛める。ヨメルタ的には槍かなぁと思っていたのだが、何にせよ素人なので別にこだわりはなかった。

「一応水晶玉で占った結果やから、ヨメちゃんに一番おうてるんは間違いないんやで?」
「水晶玉ァ……?そんなんで占えるのか」
「困った時には便利やで、わりと運ゲーやけど。ヨメちゃんのこともこれで占って探したんよ。ラッキースポットは牢屋、ラッキーカラーは緑!って感じでな」
「クソッ、俺の髪が父さん似だったばっかりに……!」

最初から逃れようがなかったんじゃねぇか、とこれまた頭が痛い。そうでもなければわざわざ嫁を探しに奴隷のところまで来るかという話なので分かるには分かるが、相変わらず理解できない思考だった。考えても仕方ないため早々に切り替えて本題へ。

「で、俺はこれでどれくらい戦えるようになればいいんだ?」

「そうやねぇ、あんまここでの訓練に時間かけてもおもんないから……」

ゲラコは思いついたように手を叩いてから、パッと両手を広げてにっこり笑った。

「ゲラコちゃんレベル1を倒せたら合格っちゅうわけで、頑張ってや♡」

「レベル1を倒すって、何か条件でも達成すればいいのか?」
「ううん、言葉の通りやで?」

ヨメルタが首を傾げていたら「まぁ見た方が早いわ」と言ってゲラコは人差し指をくるくる回した。すると光の粒子が一箇所に集まって──ぽこんっ。

「な、な、お、お前」

「「やっほー、みんなのゲラコちゃんやで!!!」」

「雑に増えるなッ!!!」

ゲラコの隣にもう一人、彼女と寸分違わぬ見た目をしたゲラコもどきが立っていた。仲良く揃って手を振る様は、もはや過労の時に見る悪夢である。非常に怖い。
複製魔法の一種なのだろうか、しかしここまで完成度の高いものを作れるものなのか……魔法使いではないヨメルタは、細かいことまでは知らなかった。が、何はともあれ凄くヤバいことだけは分かる。あれに……勝たなきゃいけないのか……?

「ちょっと分かりづらいからほっぺにマーク入れとくわな、ほれ、パチモンってな」
「パチモン扱いはヒドいんとちゃう?うちかて生命やのにぃ」
「はいはいうちのドッペルゲンガー風情が、立場弁えよなぁ」

やたらオシャレな字体で『パチモン』と頬に刻まれたおかげで判別はつくようになった。だが、話し方までそっくりとは驚いたものである。ゲラコにぺちっとデコピンされて「あいたっ!もぉ、扱い悪いわぁ」と不満げに声を上げるパチモン。癖のある発音すら見事に同じだった。

「大体うちの二十分の一くらい動けるんよ。ちょっと大変かもしれへんけど、これ倒せるようになるぐらいが丁度ええか思てな。ヨメちゃんとの新・婚・旅・行♡」

「ハハッ、寝言は寝て言ってくれ。そもそも俺ら結婚してないんだよ」

頑なにやめない嫁扱いには遠い目と苦笑である。ブレないなコイツと思いつつ、パチモンの方を向いた。視線に気付いて「ん?」と笑う顔はゲラコそのものである。その顔を見ると、なんというか、凄く。

「やりづらいな……」
「なんや、ほぼ一緒やから気が引けるんか?ワハハ、ヨメちゃんは優しいなぁ。大丈夫や、ひと思いにグッサリいったって!」
「まぁやれたらの話やけどな!うちもすぐにはやられたないし」

パチモンはゲラコに剣を貰うと距離をとって、随分ダラけた構えで待機。そして「どこからでもかかってきぃやぁ」と軽く手を振った。えー、と困惑するヨメルタが横目でゲラコを確認したところ、問答無用とばかりに顎で指される。まだ剣の使い方も知らないというのに、とんだ無茶ぶりである。

しかしまぁ、やらなければ話が進まないので。とりあえず縦に構えたまま走り出して、ヨメルタは剣を斜めに振りかぶった。当然パチモンは剣を滑り込ませて防御し、ギリギリと鍔迫り合いに。押し切るのは難しいか──そう思った時、パチモンはにぃ、といつもの悪戯な笑顔を見せた。つい、ヨメルタの力が少し緩む。
強い力で弾き飛ばされたヨメルタは後方へたたらを踏んだ。パチモンはその隙にサッと距離を詰め、ヨメルタのほっぺをぷにっとつつく。すぐに軽やかなステップで後退していくのを見送ってから、ヨメルタはハッと我に返った。

「はぁい、お情けはアカンでぇ」
「あんたもお情けでほっぺつついとったやないか。もぉ、成長には痛みが付きもんやろ?そこは一発ドカンと吹き飛ばさな」
「まだなんも教えてないから初回サービスやって。次はちゃぁんと吹っ飛ばすわ」
「アノー、恐ろしいこと言わないでもらっても……」
「「い・や♡」」

二人の悪魔がニッコリ笑う。ヤバさマシマシのとんでもない光景である。ヨメルタは青ざめた顔で「うわぁ」とドン引きした。今だけは先の未来が見える気がする。そう、自分がボロ雑巾のように地べたへ転がされる未来であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【番外編完結】聖女のお仕事は竜神様のお手当てです。

豆丸
恋愛
竜神都市アーガストに三人の聖女が召喚されました。バツイチ社会人が竜神のお手当てをしてさっくり日本に帰るつもりだったのに、竜の神官二人に溺愛されて帰れなくなっちゃう話。

処理中です...