上 下
4 / 7

やり過ぎの自覚を持って下さい

しおりを挟む
「ほらほらもっと根性みせんかァ!ファイトォォォ!!」

「うるせぇぇぇ!!!俺!もう!ムリ!」

「ワハハ、そんだけ叫べるんやったら元気やん。ってあーあ、無理して酸素使うからぁ」

「……は、ふ、も、もうむり、しぬ」

暑苦しいトレーナーを添えて、ヨメルタは体力強化訓練の真っ最中であった。が、容赦ないランニング二十周にもはや虫の息。べちょっと崩れ落ちるように這いつくばって、必死に荒い呼吸を落ち着かせていた。完全に思いっきり叫んだことがトドメである。
ゲラコは仕方ないなぁという顔でヨメルタに近づくと、屈んで目線を合わせた。そして自身の口の横に手を添えながら。

「やーいお前の体ひょろひょろもやしぃ~、男やのにそぉんなざこでええんかなぁ?ほらほら気張りや、このざーこ、ざこもやし♡」

「……んの、クソアマッ……!」

「あれ、ヨメちゃん喜んでへんの?おっかしいなぁ、とりあえずざこって貶しとけば喜ぶんとちゃうかったか……?」

「どんな変態だよ」

んー?と記憶を遡っている様子のゲラコをよそに、よいしょと座り直すヨメルタ。このタイミングで休憩する気満々である。結局のところ十周くらいしか走れていないので、どうせ後で走らされることは目に見えているのだ。

「あ!せやったせやった、アレはちっちゃい女の子がやらんと意味無いんやったな。いやぁ、うちも大分記憶遠なってきてて怖いわぁ。やっぱ細かいことすっと出てこんもんやね」

「何でそんなヤバい概念があるんだ……というか、ゲラコ今何歳だよ。記憶云々の発言がやたら今は亡き俺のおばあちゃんにそっくりなんだが」

「そやなぁ……うち、何歳に見える?」

おっとこれは不味い。ヨメルタの顔がピシリと固まった。うっかり忘れていたが、女性の年齢とは得てして地雷である。正直に答えても、お世辞で答えても、行き着く先は理不尽な反応が待っているものだ。

「ええよ、正直に言うて。ゲラコちゃんそう簡単に怒らへんから」
「……に」
「に?」
「……二十代、後半かと」

「ふーん、なるほど。せやなぁ、うちは美人な姉ちゃんやもんなぁ。正直者は好きやで」

ゲラコはうんうん頷きながら立ち上がる。ヨメルタがほっと一息吐いた時──カッとゲラコの猫目が見開かれた。

「ってんなわけあるかいっ!そこは思うとる年齢のマイナス五歳やろうがッ!ちゅうわけで五十点不合格、ランニング五周追加ァ!」

「ああもう別に何歳でもいいだろめちゃくちゃ美人なんだからよぉ!!!」

「え」「……え?」

固まったゲラコを見てヨメルタは瞳を瞬かせた。いやいや、え、じゃないが。自分で言ってたのに何驚いてるんだこの人。

「そ、そお?なんや若い子にそんなん言われたら照れるなぁ。サービスで追加は三周だけにしとくわな、今回だけやで」

そっぽを向いて、髪をくるくると指に巻き付けながら「ほに、まだ終わってへんやろ。はよ立ちぃ」と言うゲラコ。それをぽけーっとした顔で眺めながら立ち上がったヨメルタは、ぼそりと一言。

「い、意外と可愛げあるんだな」

「意外は余計や一言多いねん!オラとっとと走ってこんかァッ!!!」

思いっきり背中を叩かれて「あイッタァ!」と悲鳴を上げたヨメルタは、痛みを堪えながら渋々走り出した。

あーくそ、やっぱ可愛くねぇ!!!






ゲラコ教官のブートキャンプで鍛えられること早十日。毎日ランニングや筋トレなど、やることはシンプルでも内容が中々にハードだった。腕立て伏せの際に背の上へ座られた時は大分イラッときたものである。とはいえすぐにぺしゃっと潰れたのは最初だけで、次から多少持つようになったのは驚きであった。
そもそもあまり連日やり過ぎない方がいいんじゃ、と思ったヨメルタだが、ゲラコは「大丈夫やって、うちに任せとき!」の一点張りで。どうやら用意される謎の食事が鍵のようで、毎回裂け目に手を突っ込んでは、

「うーん、これはATK攻撃力増加、こっちはDEF防御力、まぁ両方上がるのでええか。LUK幸運INT知力は自前で頑張ってもらうとして、MP魔力用にデザートでも」

などと呪文のような言葉を言っていた。雰囲気から自分の体に影響を及ぼすものであることを察して、ヨメルタは食事を見る度に複雑な顔をしていた。一体何が……入っているというんだ……
一度聞いてみたところ、ドラゴンの尻尾と言われたのでもうそれ以上は聞かなかった。商人としては失格だが、聞かない方が幸せになれる気がしたのだ。まぁ要は現実逃避である。

そして今日。貴重な安らぎの時間である朝食タイムだというのに、眉間にしわを寄せたヨメルタの姿があった。

「二日目から変だなとは思っていたんだ……なんか筋肉痛の時間がやたら短いし、寝るだけで一日の疲れがスッキリとれるし、動けるようになるのが早くて不自然過ぎたし」

ヨメルタはちら、とゲラコを見た。当の本人はこちらの困惑を物ともせず、優雅にコーヒーをすすっている。もはや腹も立たなくなったその憎たらしい顔を変えるべく、自身の体に指を指した。

「どう考えてもおかしいんだよ俺の体。途中までは俺も頑張ったしな、とか思ってたし疲れてたから深く考えてなかったが……が!流石に普通こんな早く筋肉つかないだろ!」

「ええやんか、細マッチョとマッチョの中間。確実に男前が上がっとるで。ひゅー、ヨメちゃんカッコええわぁ!」

「茶化すな答えろ」

普通がどれくらいか分からないため気付くのが遅れたが、今朝肌着が妙にピッチリするなと思ったらこれだ。日に日にこなせるトレーニングが増えていく時点で何故気付かなかったんだろう、と思うレベルである。明らかに成長スピードが異常だった。

「えー、まぁ教えてあげてもええけど……情報をタダでっていうのは、ちょおっと無理があるよなぁ?」
「はぁ……要求は何だ」
「ゲラコちゃんの髪の毛結んで♡」
「お前いつも魔法使って一瞬で済ませるくせに……」

三つ編み三本頼むわ、とご機嫌に手を振りながら面倒な注文をするゲラコ。文句を言ってもどうしようもないので、渡されたゴムを持って髪を手に取った。少しオレンジの混ざった綺麗な赤毛を三分割し、まずは一本三つ編みを作っていく。

「まぁ薄々分かってたかもしれんけど。種明かしするとやな、言うたら超絶ドーピングメニューやったわけよ」
「超絶どーぴ……?なんだそりゃ」
「んー、筋力増強薬とかそういうやつの料理版、みたいな?」
「にしたっておかしいだろ。多分普通は月単位でかかるはずだ」

うわ結構毛がはみ出てしまった、と思いながら次のに取りかかる。もしかしたらバレないかもしれないので平然とした態度を装って。

「あとは……こう、魔法でちょちょいのちょいって、な?」
「待て、魔法?ゲラコお前……もしかして、成長魔法か?」
「あーあーどうやろなぁ、うーんあんま詳しいことは言えんのでなぁ」

顔は見えないが、やたら棒読みなところを考慮すると……さてはこいつ、使ったな?
ヨメルタは掴んでいた髪の一房を軽く引っ張って、

「それは植物に使う魔法だよ馬鹿野郎!!人に使うのは禁止って言われてんだろうがッ!!!」

と怒りをあらわにした。成長魔法を人体に使うのは極めて調整が難しく、一歩間違えると大変なことになる。それで禁止級の魔法になっていたはずだというのに、このバカときたら……!ぐいぐい髪を引っ張りながらヨメルタは憤慨した。

「アイダダダッ!ごめ、ごめんて、でもうちなら大丈夫やから!ほんまに!ゲラコちゃん嘘つかへん」
「いや絶対嘘」
「やだ、うちの信用無さすぎ……?」
「自分の胸に手当てて考えてみろよ」
「……んふ」
「はい有罪、笑ってんじゃねぇか」

やってしまったものは仕方がないし、今のところ自分の体に不調は無いのでとりあえず無罪放免とするヨメルタ。そもそもゲラコを裁ける立場ではないため、いつも通り怒るだけ怒って終了である。

「アレが駄目なんは扱いが難しいからで、うまく使えば効率的に訓練できるええ魔法なんやけどなぁ」

ゲラコが性懲りもなく何か言っている間に、完成した三つ編みをペシッと背に叩きつける。大分ボサボサだがやり直すのも面倒なので「ほら、終わったぞ」と言って距離をとった。
振り返ったゲラコは、少し物言いたげな顔でヨメルタを見上げる。そんなに成長魔法の使用を認めさせたいのか、と思ったらどうやら違うらしい。

「でも勘違いせんといてや。あの魔法は、決してアレだけで成長するもんやないんよ。ヨメちゃんがちゃあんと努力した結果なんやで」

らしくない穏やかな声を聞いて、ヨメルタは淡い群青色の目を見開いた。ぴかぴかと虹彩の一部が緑色に輝く。

「……お前、人を真面目に褒めたりできるんだな」
「ゲラコちゃんがせぇっかく褒めたのに失礼過ぎんか???うちだって人の努力は認めるわ」

日頃の行いである。しかしそんなの知ったことではないとばかりに、ゲラコはわざとらしくムッと口をとがらせる。そしておもむろに三つ編みを手前に持ってきて、出来映えを確認した途端にプハッと吹き出した。

「ワハハ、下手くそ」
「うっせ、やったことなかったんだよ」

毛束を出してこなれ感を演出、という割には乱れすぎている三つ編みをいじりながら──ゲラコは一向に解こうとしなかった。あっさり魔法でやり直されると思っていたヨメルタは、何となくいたたまれなくなって目を逸らす。さっさと直せばいいものをと思うけれど、どこか、ほんの少しだけ嬉しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】騎士たちの監視対象になりました

ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。 *R18は告知無しです。 *複数プレイ有り。 *逆ハー *倫理感緩めです。 *作者の都合の良いように作っています。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

クソつよ性欲隠して結婚したら草食系旦那が巨根で絶倫だった

山吹花月
恋愛
『穢れを知らぬ清廉な乙女』と『王子系聖人君子』 色欲とは無縁と思われている夫婦は互いに欲望を隠していた。 ◇ムーンライトノベルズ様へも掲載しております。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!

臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。 そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。 ※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています ※表紙はニジジャーニーで生成しました

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話

もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。 詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。 え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか? え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか? え? 私、アースさん専用の聖女なんですか? 魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。 ※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。 ※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。 ※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。 R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...