こちとら一般人なんよ~絆されたからには巻き込まれる運命~

クスノキ

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幕間 わがまま白蝶草のキセキ

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白磁のマエクスと翡翠のマエクスの間に生まれた子。まだ小さいながらもしっかりと立つ子は、親の白と緑、更に珍しい金色の角を持っていた。美しく可憐な花のような子は『エディガウラ』と名付けられた。

希少性から蝶よ花よと育てられたエディガウラは、自分が甘やかされて当然の存在なのだと思いながら生きてきた。そのせいで大分我が儘になってしまったが、それでも心根の優しい子に育ったのは同じく周りの者のおかげであった。両親ともう一人の親のような人間、そして何よりも自分と同様の姿をした兄に影響を受けていた。
エディガウラの兄は穏やかな性格でとても賢く、ほとんど同じ時に生まれたとは思えないほど人間のことをよく理解していた。エディガウラが気に入らないことに腹を立てていると、いつも決まって宥めるように優しく教えてくれるのだ。仕方のないことなのだと分かれば、機嫌も多少はマシになって。そうしている内に、エディガウラは周りを困らせるような行動をとらなくなった。

エディガウラはいつでも兄と一緒だった。部屋は隣同士でよく話していたし、外へ出るのは必ず同じ時で、どこへ行っても共に走っていた。どちらが先に辿り着けるか競争したり、新しい場所に怖がっていたら落ち着くまで話をしたり。いつだってエディガウラの世界を広げてくれるのは兄の存在だった。

そんな頼もしい兄のことが大好きだったエディガウラだが、ある日兄がよそに貰われるという話を聞いて愕然とした。兄は『いつかはそんな日が来るんだろうと思っていた』と物わかりのいいことを言っていて、何故だか非常に腹が立ち。しかし『あの人が認めたのならきっといい人だよ』と続いた言葉に何も言えなくなってしまって。従者のようにこき使っているあの人間が、自分達のことを大事に思ってくれていると知っていたから。
けれども、それで諦めるようなエディガウラではなかった。まぁそれはそれは盛大に駄々をこねて、いろんな人間に癇癪を起こした。今までで一番大きな我が儘には、兄も人間も困った顔をしていたけれど。結局兄は『僕がいなくてもエディガウラは大丈夫だよ、だって僕の兄弟だもの』と言って去ってしまった。

兄がいなくなってからの生活はそれはもうつまらなかった。他の平凡で頭の悪いマエクスとは話をする気にもならないし、誰と速さを競っても圧勝してしまう有様で。その上腹が立っても誰も宥めてくれないし、怖がっていても寄り添ってくれる存在がいなかった。それは感情を表にうまく出せないエディガウラが悪かったのだが、彼女にとっては周りが勝手にくみ取るものだったので。
兄のいない草原がいつもより広く感じて妙に怖かったのをきっかけに、エディガウラは外へ出るのを嫌がるようになった。世話役の人間が凄く、凄ーく困った顔をするものだから、たまには外へ出てやるのだけど。エディガウラはあの時いくら我が儘を言っても聞いてくれなかったことをずっと根に持っていた。

高嶺の花、深窓の令嬢とばかりに引きこもり生活をしていたエディガウラの元に、前触れもなく二人の人間がやって来た。片方は黒いメスで、もう片方は藍色のオスだ。不躾な視線は不快だが、褒め称えられるのは悪くない。仕方がないので唾を飛ばすのはやめておいた。
何やらいつもの人間が自分の説明をしていることに気付きながらも、エディガウラは素知らぬ顔をしていた。兄がいなくなって寂しいのかもというあたりでギクリとしたが、表には出さないままで。今になってつつかれるのはごめんだった。

メスの方が優しい声で話しかけてくる。その寄り添ってくれるような態度にどこか兄の面影を感じて、話くらいはしてあげるかと向き合った。人間はどうにかこうにか自分の気持ちを理解しようとしているようで、いろいろなことを聞いてくる。
二人は見当違いの推理をしているが、エディガウラはただ兄のように簡単に貰われてなるものかと意地を張っているだけである。やっぱり誰も自分の気持ちを分かってくれないのか、と少々がっかりしたところで。

「まさかただ単に違う環境に行くのが怖いってわけじゃないだろうし」

図星であった。ここにきて表情を取り繕えなくなったエディガウラは、とてつもなく間抜けな顔を晒してしまった。分かってほしかったけれど、同時に分かってほしくなかったのだ。思っていることがめちゃくちゃである。
その後追い打ちのように叫ばれたことにより更にダメージを受けて。挙げ句の果てには世話役が豪快に笑い飛ばし、意味の分からない流れで自分を連れて行かせようとするものだから、余計に腹が立った。
それでも、エディガウラは兄に似て賢い子である。この厩舎で最も賢いマエクスである自負があった。だからこそ、自分がこのままではいけないと分かっていたし、今がいい機会なのもよく分かっていた。そして何より、あの人間が認めた奴だから。兄と同じ理由なのは非常に、とてつもなく癪だけれど──二人の人間を見下ろして、エディガウラは了承の鳴き声を上げたのだった。






メスの人間ノマルは、オスのシエマーより乗るのが不慣れなようだった。エディガウラはそれに不安を覚えるでもなく、ただ珍しいなと思った。自分に乗る人間はいつも慣れている人間ばかりだったので、落ちないように必死なノマルが新鮮だった。
街を出る前は少し怖かったのに二人を乗せて走っていると、何故だかあまり怖くないことに気づいたエディガウラ。最初はビビりまくっているノマルによって逆に落ち着きを得て、その後は背から聞こえる和やかな雑談によって平常心を維持していたと──そこまで具体的な理由はエディガウラには分からなかったけれど。きっと二人のおかげなのだろうということは、なんとなく分かっていた。

エディガウラはその扱いにくい性格のせいで、今まで人に借りられたことがなかった。しかしこうしていざ人間に付き合ってやると、なかなかどうして悪くないと感じる。沢山手入れをしてもらえるし、都度褒められるし、我が儘を言ってもむしろ嬉しそうに笑うのだ。そして何より、他のマエクスがいないので実質二人の僕が自分のものである。独り占めとは、なんていい響きなのだろう。エディガウラは本人が思っている以上にチョロかった。
二人は用事だとエディガウラをおいてどこかへ行くことがあったが、彼女は特に何も思っていなかった。厩舎にいる時の酷く退屈な時間と比べれば短いものだったし、きちんと運動したおかげかすこぶる調子がよくて些細なことなど気にならなかったのだ。怖かったら合流していいと保険があったのも功を奏し、思ったよりも怖くないなと拍子抜けすること幾度か。エディガウラはすっかり恐怖を感じなくなっていた。
戻ってきた後の話を聞いた感じ、エディガウラがいない間二人にとって色々起きていたらしい。いちいちくだらないことで悩んでいるのを見て、人間って面倒な生き物だと鼻を鳴らした。彼女も案ずるより産むが易しを実感したばかりだというのに、結構なブーメランである。とはいえ、感情メインの思考をしているエディガウラにとって、人間の考えることはややこしすぎて難解に思えるのだった。

ある日の晩。焚き火を囲む二人が自分について話しているのを聞いたエディガウラは、意外と満更でもない様子だった。連れて行きたいと言われるのは、それだけ自分の価値を認められたようで悪い気分ではなかったから。しかし、今までずっと過ごしてきた厩舎と別れるというのも、それはそれで気が乗らず。いまいちどうしたいのか決めきれないまま、エディガウラは複雑な気持ちで草を食んでいた。
もごもごと口を動かしている時、ふと耳に届いた微かな音。何だろうとその方向を見ていたら、現れたのは星喰で。実のところ、エディガウラは星喰を見たことがなかった。それでも周りから気をつけなさいと話は聞いていたので、姿形から例の星喰なのだろうと理解した。その危険な存在が自分の方に向かってくることに驚いて、エディガウラは鳴き声を上げた。
早く逃げなくてはならないのは分かっていた。けれど、本能的に相手が捕食者であると察知したからこそ、今までより明確な恐怖に固まってしまって。自慢の足もこの時ばかりは縫い付けられたかのように動くことができなかった。

けれど──あたたかい気配が自分を覆って、目の前で星喰を防いでくれた。その後シエマーの声によって我に返ったエディガウラは慌てて走り出し。じきに難なく仕留められた星喰を見て、彼女は心の底から安堵した。
あの時自分を守った気配が何であるか、エディガウラはちゃんと分かっていた。それになりふり構わず助けに来てくれたことも、ようく分かっていた。

そして彼女は考えた。ノマルが自分を守ってくれて、シエマーが仕留めてくれるなら、安全に外にいられるのではと。それは結構、いやかなり悪くないかもしれない。どこまでも上からの考えでエディガウラはうんうんと頷いた。
考えている間に二人がまた些細なことでウダウダ言っているなと思いながら、彼女は分かりやすく信頼をアピールしてやることにした。人間がどれだけ察しの悪い生き物であるか、もう身に染みていたので。まぁせっかくの気遣いを何故か台無しにされてイラッときたのだが。






エディガウラは久方ぶりに見た実家に少し感慨深い気持ちになった。あれほど出たくなかった厩舎も、今となっては出てよかったと思えたので。世話役の顔もこれで見納めかとまたもやしみじみ感じていたら、なんだか話の流れがおかしいことに気づいた。

私、もしかしなくても置いていかれそうになってるのでは。あれだけ自分が懐いていると見せつけ、二人も連れて行きたそうにしていたのにも関わらず、そうなっているということは……つまり、この世話役のせいで?
あまりにも雑な結論を出したエディガウラは、苛立ちのままに世話役へちょっかいをかけ始めた。またこいつは兄さんの時みたいに要求を聞き入れてくれないのね!こうなったらもう知らないわ、私勝手について行くから!
表への出し方が下手過ぎて伝わっていないだけである。驚くほど誰にも、その気持ちの一欠片も伝わっていない。そのくせもっとあからさまな態度で示すのは恥ずかしがるのだから、困った性格であった。

しかし、なんだかんだエディガウラの思惑通りにことが進み。ノマルの弾けるような笑顔を見て、この顔がこれからも見られるのは中々いいわねと思う。彼女にしては高い評価を付けているのだが、やはりというかなんというか。あまり伝わっていないと気付きながらも──まぁいいか、とエディガウラは気にしないことにした。あくまでもマエクスというただの動物なので、なるようになればそれでいいのである。
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