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いつかのために、さようなら~2~
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おじさんに別れを告げ、エディを連れて敷地を出たノマルとシエマー。せっかくエディが仲間になったのだからと昼食は売店で買い、街の外で一緒に食べることにして。同じく補充してきた人参をあげながら、和やかな時間を過ごしていた。
「いやぁ、懐いてくれたんだなとは思ってたけど、まさかついてきてくれるなんてねぇ」
「元々君の手入れや撫で方を気に入っている素振りはあった。来たる未来他の誰かに貰われるぐらいならあるいは、といったところやもしれぬな」
正直何かついて来たくなる要素があっただろうか、と思わずにはいられないのだが。まぁそれはシエマーも似たようなものかとノマルはあっさり考えるのをやめた。何故か今のところ自分の周りには思考回路がイマイチ分からないものしか集まってこないので。そもそも他人の思考なんて簡単に分かるものではないのだから、別におかしなことではないけれど。
そうして、昼食を食べ終えた二人はエディに乗って出発した。昼過ぎからだったので、着いたのは翌日になり。最初二日と少しかけて歩いてきた道のりをあっという間に通り抜けてしまって、ノマルは改めてエディの凄さを感じた。街道ほど整っていない道をそれはもうご機嫌に走ってくれたのだが、慣れてきたノマルはなんとか酔わずに村の門までやって来ていた。
「わっ、シエマーにノマルお嬢ちゃん!やっと帰ってきたんだね、おかえり!」
「ただいま、キッパ!」
「うむ、ただ今帰った」
今日も今日とて門の番をしていたキッパに出迎えられる。ニコニコと嬉しそうに笑って「旅は大収穫だったみたいだね?そんな綺麗な子連れちゃってさ」と言った。ノマルも得意げに笑って「へへ、そうでしょ?」と返す。
「じゃあ一旦マエクスの広場に放してきなよ。それから荷物も置いてきてもらって、身軽になったらここに集合!分かった?俺ずーっと楽しみにしてたんだから、話してくれるでしょ」
「おっけー、休憩ついでに丁度いいや」
二週間と少しくらいしか過ごしていない村だが、なんとなく帰ってきたなぁという感覚になるノマル。村の穏やかで懐かしい雰囲気がそうさせるのか、それだけ馴染み深いものになっていたということなのか。多分両方だろうと結論を出して。
マエクスの広場なんてあったっけ、と思いながらシエマーに案内してもらう。すると確かに見覚えのある広い空間があって、あぁこれかと納得した。初めて見た時はマエクスの姿はなかったし、そもそもマエクスについて知らなかったので運動場かと思っていたのだ。
「管理者に話を通してこよう。君は彼女の傍にいてやってくれ」
言われたとおりエディと二人で待っていると、周りを見ていたエディがおもむろに端っこの草を食み。固まってからゆっくりと振り返って、こちらを見つめる顔が物凄く微妙である。ノマルが困惑しつつ「なに、不味かったの?」と声をかけると、うーんと悩ましそうに頷いた。どうもコメントしがたい味のようだ。
そういや村近辺のは口に合わないって言ってたな。ノマルは謝りながら人参を出そうとして、エディが食べられそうな草はないか試していることに気付く。意外とチャレンジャーである。ことごとく失敗しているようだが。
「どうした、どこか……半端な面持ちのようだが」
「なんかどれ食べても不味いらしいよ。あ、今度はいけた?うん、ちょっとマシ?うーん、ごめんね。そんな長居はしないから」
「ああ。今日は皆の顔を見て支度を済ませ、翌朝出立としよう」
吟味している草ソムリエにじゃあ待っててねと言い残して、二人は家へ向かった。荷物を置いて(なんとなくメカリカの入った鞄は隅の方に)から、少ないゴミや洗濯物もまとめておく。今更だが、悲しいことに洗濯機なんて便利なものは普及していない。流石に昔話のごとく川へ洗濯に行かなくてもいいが、普通に手洗いなので大差はない。
「明日出るなら先に済ませておかないと乾かなくない?」
「そうだな……キッパには悪いが、用事は済ませなければ。先に始めていてくれ、すぐ戻る」
「ん、何しに行くの?」
「この家は元々村長から借りているもの、返すことを伝えに行こうと思ってな。彼は寝ていることが多いのだが、この時間なら起きているだろう」
いてらー、と軽く手を振って。その後、自分の洗濯物を洗い終えても戻ってこないシエマーに首を傾げるノマル。急ぎのため仕方ないとシエマーの分まで勝手に洗って──紺のボクサーパンツだった──しまったところ、癖が歪みそうな恥じらい方をされたのだが。まぁそんな二度目のパンツ事件はさておき。
洗濯物を干し終わり、キッパの元へ向かいながら遅かった理由を聞くことに。
「帰路にて出会った村人に礼と旅立つ旨を伝えたところ、近場にいた者に囲まれてしまってな。その上何か役立つ物をと、はなむけに色々持たせられ……先程はそれの整理をしていたのだ」
「うわ、めちゃくちゃ想像できる……まぁでもいいじゃん、それだけシエマーが好かれてるってことでしょ」
「うむ……皆あまり口には出さないが、大分心配をかけていたようだ。話を聞いて哀愁を浮かべた後、心の底から安堵しているようで……まっこと、よくできた者達よ」
シエマーが困った顔で村人に囲まれ、物を押しつけられている様がありありと浮かぶ。シエマーは四年もこの村にいたのだ、あれほどいい人達が黙って見送る訳がない。自分が来る前はどんな生活だったかなんて、ノマルは知らないけれど。きっと今と変わらず、このお人好しは世話を焼いては焼かれてを繰り返していたんだろうなと思った。
それで役立つ物とは何か聞いてみると、大体は食料や日用品だったらしい。無難に消耗品で有り難いことである。しかし話を聞く限り結構な量のようだが、果たして鞄に入るのだろうか。シエマーの鞄は魔道具なので入るのかもしれない。いや、しかしあれには既にメカリカが入っていなかったか……?
「して、あの家の話だが」とシエマーが切り出して、意識を現実に戻す。そういえば出て行ったのはその話のためだった。
「住む人間がいないらしく、暫くはそのままになりそうだ。いつ帰ってきてもいいように、手入れしておくとのこと。この村には恩ができてばかりで、申し訳が立たないな」
「えぇ、いいのかな。いやまぁ、旅の期間分からないから有り難いんだけどさ。あそうだ、あのアレ、神像ってまだそのままでいけてんの?村長の家に置いてたよね」
「いや、かなり薄れていそうだったな。あれでは村の端まで届かないだろう」
「マジか、じゃあ後で補充しに行かないと。ついでにおじいちゃんの話聞き納めしてこよ」
と言っている間に門が見えてきた。ひょこっと顔をのぞかせているキッパが手を振っている。いや見張りはどうした。しれっと職務怠慢だが、それほど楽しみだったのだと思えばまぁ可愛らしいものだろう。ノマルは小さく手を振った。
「よっ!待ってたよ、お二人さん。仕事中じゃなかったら家でゆっくりできたんだけど、悪いね。早く聞きたくてさ」
「いいよ別に。この辺適当に座るのも十分ゆっくりできるって知ってるし」
いつかの時のように、よいしょと門の近くに座ったノマルにならって、シエマーも隣に座る。キッパは小さく笑って、門に槍を立てかけて背を預けた。
「で、旅はどうだった?」
「大変なこともあったけど、なんだかんだ楽しかったよ。えーっと、何から話せばいいのやら……移動中暇だったとはいえ、間のイベントが濃かったからなぁ」
「そういえば、キッパの予想は外れだったぞ。きちんと彼女自身の力で辿り着いたのでな」
「えらーい!村の子達は結構根を上げるけどねぇ」
「え、何の話?」
「ノマルお嬢ちゃんが街まで歩けるかって話。シエマーは体力お化けだから、君一人背負ったところで大した負担にはならなかったんだけどね」
「酷くない???いやそりゃ、体力カッスカスだから神様パッシブ無かったら怪しかったけど」
いつの間にそんな予想をしてたんだ、とノマルがジト目で見つめるも、キッパは悪びれもせずに笑った。そもそも仮に背負われるとして、荷物はどうするという話である。あれか、こう前に持ってきて、小学生がランドセルでよくやってるやつでいくのか?うっかりイメージした絵面が面白すぎるが、大人がやるとシュールである。
そんなゆるーいやり取りをしながら、素直に旅立ちから順に思い出していく二人。野宿での苦労話から始まり、初めての街や昼食の話、そしてエディとの出会い。前半だけでも色々あったものである。
「まさかずっと野宿とはね……今更ながらよくやれたもんだと思ってるよ」
「すまない……街で一泊しても良かったのだが、どうも気がせいてしまって」
「まぁまぁ、慣れたら野宿も悪くないでしょ?俺、焚き火囲むの好きなんだよね」
「あ、そういや街の観光忘れてた。まぁ出店回るの楽しかったしそれも観光か」
「いいよね出店!お財布に優しいし、物々交換もアリだからね。でもリバフォトの街はそれだけじゃないよ、ねぇシエマー」
「ああ。次は雑貨店や服屋が並ぶ方向へ行ってみるか。若い娘の好む物もあるだろう」
「で、あの綺麗な子はどうやって口説き落としてきたのかな?」
「いやぁそれが決め手はマジで分からないんよ。行って帰ってきたらなんか懐かれてたっていうか」
「思えばあの件で、いざという時我々が守ってくれる存在だということを理解したのでは」
「えー、何があったの?「普通に星喰から守った」おお、それは惚れるのも無理ないね。動物だってちゃんと分かるんだよ、誰のおかげかってね」
続けて道中の景色やレクイエ王国跡地、石碑前での昔話が思い浮かぶ。後半の話題は不用意に触れるとシエマーの地雷に引っかかりそうで不安に思うノマル。が、存外穏やかな顔をしたシエマーはさほど気にしていないようだった。
「俺、そんな遠いところまで言ったことないや。そうだ、アンネモニ大橋はどうだった?」
「めっちゃ大きかったよ。いっぱいアーチがある綺麗な橋でさ。あれだけ大きいと魔法とか使って造ったのかなぁ」
「うむ、確か遠方から腕のある魔法使いを呼んだと聞いた。どのような魔法だったかまでは分からぬが、おかげで早く完成したそうだ」
「久方ぶりに見たレクイエは酷く懐かしかった……もう元に戻らぬとはいえ、いつかあの場所が復興することになれば、どれだけ嬉しいことだろうか」
「……生きている間には見られるんじゃない?だってまだまだ先は長いし」
「そうだね。レクイエ王国の人達皆が亡くなったわけじゃない。だったら、意思を継ぐ人もいるわけだしね」
国の名前だけであれほど顔を曇らせていたシエマーが、自分から話すようになるなんて。短い時間でとてつもない進歩を遂げたものである。正直彼がどういう心境だったのか分からないが、立ち直ったならヨシ、と雑な結論を出すノマル。前を向けるなら理由なんて何だっていいのだ。
不意に居住まいを正したシエマーは、キッパの方を見上げる。その顔は至極真面目で、大事な話の予感がした。
「しかし、今になって悪いが……キッパ、私はレクイエ王国の騎士団にて、副団長をしていた者だ。あの森にいた詳細は省かせてもらうが、素性も分からぬ者の面倒を見てくれたこと、改めて感謝する」
「あはは、律儀だね。気にしなくていいのに。まぁそんなところだろうとは思ってたよ。だって君、強いしさ」
シエマーの正体にもさして驚くことなく、キッパは晴れやかな笑顔を浮かべる。そして何を思ったかノマルの方を見て、今度は含みのある笑顔になった。
「どうやら約束は守ってくれたみたいだね、ノマルお嬢ちゃん」
「うーん守れたって言うのかコレ……?別に何もしてないから自力で解決したんでしょ」
「ふっふっ、俺の目は誤魔化せないよ~、結局君が引っ張ったくせに。ね、台風さん」
確かに最後まで責任もって付き合ったし、これからの旅にも付き合うことになったが。約束を守ったというには少々ふわっとしすぎている気がする。まぁそもそも約束自体がふわっとしていたので何とも言えないのは当たり前である。
むしろ自分が引っ張ったのではなく引っ張られた気がするのだけど、とノマルは不服そうな面持ちになった。
シエマーが何の話だと首を傾げているが、この二人は相変わらず教えてあげる気がないようで。
「ノマルお嬢ちゃんが将来めちゃくちゃ大きい台風になるっていう約束の話」
「いやどんな約束やねん。ノマルちゃん台風になる、の巻ってか。嘘は言ってないけど意味不明すぎる」
結局明確な答えが得られずに疑問符を浮かべたままのシエマーを放置して。キッパはどこか感慨深そうに、あるいは寂しそうに目を細めると「ねぇシエマー、ノマルお嬢ちゃん」と呼んだ。キッパにしては珍しく、しんみりとした声色だった。
「君達、また旅に出るんだろう?しかも今度は長旅。どう、あたり?」
「え、まだ言ってないのによく分かったね」
「分かるさ。ここにマエクスを連れてくるってことは、また出て行くってことだからね。そうやって村を出て行く人を何度も見てきたんだ、門番としてね」
「キッパ……」と呼んだ名前が空気にとける。別れを惜しんでくれているのが伝わって、ノマルの眉がへにゃりと下がった。彼と過ごした時間はそう長くはないけれど、お世話になった思い出はある。最初に会った村人であり、絵本の存在を教えてくれた人であり、バリアの練習を手伝ってくれた人。その持ち前の明るさで誰よりも早く仲良くなってくれた彼は、間違いなくノマルの友達だった。
「こちらの勝手な都合ですまない。だが、行かなければならない。その道を歩むと、他の誰でもない己で決めたのだ」
「私も、ついてくって決めちゃったからさ。ごめんほんと、色々お世話になったのに」
しょんぼりと同じような雰囲気で見上げられたキッパは、パッと笑顔を見せると「なぁに言ってんの、お二人さん!」と言う。それから、その場で屈んで二人と同じ目線になった。
「それでいいんだよ。俺はずっとここで村を守ってるから、いつでも帰ってきて。あーでも、そうだね。わがままを一つだけ。できれば、思い出した時に手紙をくれるかい?」
「うん、絶対送る!……あんま文才には自信ないけど」
「……私も、友に文などしたためたことがないゆえ、自信は無いが。精進しよう」
「そんな気負わないでよ」と困った顔で笑うと、思い出したかのように「あ」と声を上げるキッパ。なにやら服をごそごそしているのを見守っていると、取り出したのは……玉?
「はいこれ、あげる。ちょっと大変な世の中だけどさ、いい旅になるようにって。要はお守りだね」
「わぁ、ありがとう!可愛いね、もしかしてお母さんの趣味?」
「そうだよ。あの人ってば自分が使うんじゃないのに、いつも可愛いの買ってきちゃって。ま、俺が持ってるよりノマルお嬢ちゃんが持つ方が絶対いいよ」
銅っぽい色の、模様が沢山入った紐付きの小さな玉。カラフルで綺麗な石が付いている。どうやらアクセサリーを兼ねたお守りのようだ。キッパは服のポケットにしまっていたようだが。
せっかくなのでと身につけてみるノマル。無地の胸元に映えていて、中々悪くない。
「うむ、キッパの母上は良い目を持っているな。愛らしいが、決して華美ではない。お守りとして丁度いいだろう」
「そこは似合ってるねが正解だと思うよ、シエマー。ね、ノマルお嬢ちゃん。今の回答は何点?」
「うーん、お守りにしか言及していないため、六十点!」
「あはは、思ったよりも辛口だ」
あっという間に明るくなった雰囲気のまま、その後もただただ軽やかな雑談をする三人。特に意味はないし、これといって大事な話でもなければ、今しなければならない話でもない。けれど、久々にゆったりと流れゆく時間の中で、その楽しさを噛みしめるように語り続けるのであった。
翌朝。朝日が輝く清々しい空である。ベッドでぐっすりと眠れて調子のいいノマルは、うーんと伸びをしてからズレた鞄を直した。そして戸締まりを済ませたシエマーと合流し、エディの元へ。草の味は不満だったようだが、元気そうではある。早々に人参を強請るエディを連れて、門の方へと歩き出す。
まさかまだまだ容量に余裕があったとはなぁ、とノマルはシエマーの鞄を見やった。入れてさえしまえばブラックホールのように呑み込むので、やばいなとは思っていたのだがどうやら自分の鞄とはスペックが段違いのようだ。あれに旅の必需品とメカリカが詰まっているのだから恐ろしい。中でぐちゃぐちゃになったりしないのだろうか。
そんなどうでもいいことに気を回せるほど早起きに慣れた頭で、ふと気付く。なんだか、妙に……静かな気がする。そう思って見てみれば、驚いたことに人っ子一人いなかった。早起きな村人達はこの時間でも活動しているはずだが、はて、何かあったのだろうか。
「なんか、静か過ぎない?」
「うむ……日によって差はあれど、ここまで無人というのは不可解だな」
昨日の今日なので流石に悪いことがあったとは思えないのだが、今日あるイベントと言えば自分達の出立くらい……すぐさま「あ」と気付いたように声を上げるノマル。なんだろう、何が起きるか分かってしまった気がする。しかしこれでは計画が台無しだろうと、シエマーが不思議そうにしているのをあえてそのままに。
門が見えてきた。しかし、そこまで大きくない門のため……結構はみ出しているのも見えている。隣に「あれは……何故門の傍に?」と全く意図を分かっていないド天然がいるので、まぁギリギリセーフといったところか。
そうして近くまでやってきた時──「じゃーん!」とキッパが飛び出してきた。ついで、同様にわっと現れる村人達。流石にこんな大人数がいるとは思わなかったのか、シエマーは驚いたように固まった。なんならエディはもっと驚いている。
「へへ、せっかくだから見送りに人集めたらこんなになっちゃってさ。でも賑やかでいいでしょ?」
「流石村社会、伝達速度が凄いね。盛大すぎてメインじゃない私でもちょっと照れる……あれ、シエマー?」
ぎゅっと口を引き結んだまま微動だにしていなかったシエマーは、ゆっくりと顔を覆ってしまった。デカいのに仕草が子供のようである。なんとなく感極まっていることは分かるのだが、そこへ容赦なく声をかけていく村人達。今までの礼や門出を祝う言葉が飛び交う様を見ていると、ノマルまで胸が温かくなるようだった。
やがてそろりと顔を覗かせたシエマーは、大分照れたような様子で瞼を落としながら。
「私は所詮余所者に過ぎぬ身だが……それでも、皆がこの様に親身になってくれたことを嬉しく思う……ありがとう」
アニメだ。どう見ても完全に主人公の旅立ちシーンだ。ノマルは一人やっぱこの人が主人公ではと思いながら、随分違う方向から事を見守っていた。滞在期間が短かったノマルは自分が混ざるのもなんか違うなと考えてしまったので、かなり他人事の心境である。
と、外側から眺めていたつもりが。
「キッパから聞いたぜ娘っ子!手紙送ってくれんだろ?旅の間に面白い魚見つけたら教えてくれよな!」
「私もおばばに編み物習ったのよ。ほら、可愛いでしょ?ノマルちゃんにあげる!」
「あらあらあの子ったら、うふふ。お守り、似合ってるわよノマルちゃん。大事にしてあげてね」
可愛い小物入れを手に、ノマルはめちゃくちゃ寂しくなってきてしまった。いくら時間が短くても、いくら平気でも、いくら今生の別れではないといっても。これほど温かく見送られたら普通に泣けてくる。しなっしなの笑顔で「分かった、ありがとう、大事にする」と一言ずつ言うことはできたが。これ以上話すと涙腺の蛇口君が勝手にひねりかねないので、泣く泣くお口チャック。
改めて二人並んで前に立ち、皆の顔を見渡した。名残惜しいが、そろそろ出発しなければならない。
「では、行ってくる。その、また会う日までどうか健やかに」
「いってきます、みんな元気でね!」
シエマーとノマルはエディに乗り、バラバラのいってらっしゃいを背に受けながら進み出した。その中でも一際大きく聞こえるキッパの声が耳に残り。じわ、とノマルの目に涙が滲む。
「あ、やば。ちょっと泣けてきた」
「……悪い、私もだ」
「待って今そっちが泣いたらエディの操作どうすんの!?」
「エディガウラ、暫し道なりで頼む……」
「丸投げ危険運転やめーや!!!」
颯爽と駆け抜けていった二人がそんなぐっだぐだのやり取りをしているとは露知らず。残された村人達があーあ行っちゃったと残念そうな解散ムードの中。キッパは一人門に体を預け、その背が見えなくなるまで見送って。
「最初からこの村に収まるような器じゃなかったからね……彼らはそういう星回り、でもって俺は、こうやって見送る星回り……うーん、いつかは逆にって流れ星にお願いしとこうかなぁ」
まぁ結局自分で決めなきゃならないけどね、というキッパの独り言は、彼の母親しか聞いていなかった。
「いやぁ、懐いてくれたんだなとは思ってたけど、まさかついてきてくれるなんてねぇ」
「元々君の手入れや撫で方を気に入っている素振りはあった。来たる未来他の誰かに貰われるぐらいならあるいは、といったところやもしれぬな」
正直何かついて来たくなる要素があっただろうか、と思わずにはいられないのだが。まぁそれはシエマーも似たようなものかとノマルはあっさり考えるのをやめた。何故か今のところ自分の周りには思考回路がイマイチ分からないものしか集まってこないので。そもそも他人の思考なんて簡単に分かるものではないのだから、別におかしなことではないけれど。
そうして、昼食を食べ終えた二人はエディに乗って出発した。昼過ぎからだったので、着いたのは翌日になり。最初二日と少しかけて歩いてきた道のりをあっという間に通り抜けてしまって、ノマルは改めてエディの凄さを感じた。街道ほど整っていない道をそれはもうご機嫌に走ってくれたのだが、慣れてきたノマルはなんとか酔わずに村の門までやって来ていた。
「わっ、シエマーにノマルお嬢ちゃん!やっと帰ってきたんだね、おかえり!」
「ただいま、キッパ!」
「うむ、ただ今帰った」
今日も今日とて門の番をしていたキッパに出迎えられる。ニコニコと嬉しそうに笑って「旅は大収穫だったみたいだね?そんな綺麗な子連れちゃってさ」と言った。ノマルも得意げに笑って「へへ、そうでしょ?」と返す。
「じゃあ一旦マエクスの広場に放してきなよ。それから荷物も置いてきてもらって、身軽になったらここに集合!分かった?俺ずーっと楽しみにしてたんだから、話してくれるでしょ」
「おっけー、休憩ついでに丁度いいや」
二週間と少しくらいしか過ごしていない村だが、なんとなく帰ってきたなぁという感覚になるノマル。村の穏やかで懐かしい雰囲気がそうさせるのか、それだけ馴染み深いものになっていたということなのか。多分両方だろうと結論を出して。
マエクスの広場なんてあったっけ、と思いながらシエマーに案内してもらう。すると確かに見覚えのある広い空間があって、あぁこれかと納得した。初めて見た時はマエクスの姿はなかったし、そもそもマエクスについて知らなかったので運動場かと思っていたのだ。
「管理者に話を通してこよう。君は彼女の傍にいてやってくれ」
言われたとおりエディと二人で待っていると、周りを見ていたエディがおもむろに端っこの草を食み。固まってからゆっくりと振り返って、こちらを見つめる顔が物凄く微妙である。ノマルが困惑しつつ「なに、不味かったの?」と声をかけると、うーんと悩ましそうに頷いた。どうもコメントしがたい味のようだ。
そういや村近辺のは口に合わないって言ってたな。ノマルは謝りながら人参を出そうとして、エディが食べられそうな草はないか試していることに気付く。意外とチャレンジャーである。ことごとく失敗しているようだが。
「どうした、どこか……半端な面持ちのようだが」
「なんかどれ食べても不味いらしいよ。あ、今度はいけた?うん、ちょっとマシ?うーん、ごめんね。そんな長居はしないから」
「ああ。今日は皆の顔を見て支度を済ませ、翌朝出立としよう」
吟味している草ソムリエにじゃあ待っててねと言い残して、二人は家へ向かった。荷物を置いて(なんとなくメカリカの入った鞄は隅の方に)から、少ないゴミや洗濯物もまとめておく。今更だが、悲しいことに洗濯機なんて便利なものは普及していない。流石に昔話のごとく川へ洗濯に行かなくてもいいが、普通に手洗いなので大差はない。
「明日出るなら先に済ませておかないと乾かなくない?」
「そうだな……キッパには悪いが、用事は済ませなければ。先に始めていてくれ、すぐ戻る」
「ん、何しに行くの?」
「この家は元々村長から借りているもの、返すことを伝えに行こうと思ってな。彼は寝ていることが多いのだが、この時間なら起きているだろう」
いてらー、と軽く手を振って。その後、自分の洗濯物を洗い終えても戻ってこないシエマーに首を傾げるノマル。急ぎのため仕方ないとシエマーの分まで勝手に洗って──紺のボクサーパンツだった──しまったところ、癖が歪みそうな恥じらい方をされたのだが。まぁそんな二度目のパンツ事件はさておき。
洗濯物を干し終わり、キッパの元へ向かいながら遅かった理由を聞くことに。
「帰路にて出会った村人に礼と旅立つ旨を伝えたところ、近場にいた者に囲まれてしまってな。その上何か役立つ物をと、はなむけに色々持たせられ……先程はそれの整理をしていたのだ」
「うわ、めちゃくちゃ想像できる……まぁでもいいじゃん、それだけシエマーが好かれてるってことでしょ」
「うむ……皆あまり口には出さないが、大分心配をかけていたようだ。話を聞いて哀愁を浮かべた後、心の底から安堵しているようで……まっこと、よくできた者達よ」
シエマーが困った顔で村人に囲まれ、物を押しつけられている様がありありと浮かぶ。シエマーは四年もこの村にいたのだ、あれほどいい人達が黙って見送る訳がない。自分が来る前はどんな生活だったかなんて、ノマルは知らないけれど。きっと今と変わらず、このお人好しは世話を焼いては焼かれてを繰り返していたんだろうなと思った。
それで役立つ物とは何か聞いてみると、大体は食料や日用品だったらしい。無難に消耗品で有り難いことである。しかし話を聞く限り結構な量のようだが、果たして鞄に入るのだろうか。シエマーの鞄は魔道具なので入るのかもしれない。いや、しかしあれには既にメカリカが入っていなかったか……?
「して、あの家の話だが」とシエマーが切り出して、意識を現実に戻す。そういえば出て行ったのはその話のためだった。
「住む人間がいないらしく、暫くはそのままになりそうだ。いつ帰ってきてもいいように、手入れしておくとのこと。この村には恩ができてばかりで、申し訳が立たないな」
「えぇ、いいのかな。いやまぁ、旅の期間分からないから有り難いんだけどさ。あそうだ、あのアレ、神像ってまだそのままでいけてんの?村長の家に置いてたよね」
「いや、かなり薄れていそうだったな。あれでは村の端まで届かないだろう」
「マジか、じゃあ後で補充しに行かないと。ついでにおじいちゃんの話聞き納めしてこよ」
と言っている間に門が見えてきた。ひょこっと顔をのぞかせているキッパが手を振っている。いや見張りはどうした。しれっと職務怠慢だが、それほど楽しみだったのだと思えばまぁ可愛らしいものだろう。ノマルは小さく手を振った。
「よっ!待ってたよ、お二人さん。仕事中じゃなかったら家でゆっくりできたんだけど、悪いね。早く聞きたくてさ」
「いいよ別に。この辺適当に座るのも十分ゆっくりできるって知ってるし」
いつかの時のように、よいしょと門の近くに座ったノマルにならって、シエマーも隣に座る。キッパは小さく笑って、門に槍を立てかけて背を預けた。
「で、旅はどうだった?」
「大変なこともあったけど、なんだかんだ楽しかったよ。えーっと、何から話せばいいのやら……移動中暇だったとはいえ、間のイベントが濃かったからなぁ」
「そういえば、キッパの予想は外れだったぞ。きちんと彼女自身の力で辿り着いたのでな」
「えらーい!村の子達は結構根を上げるけどねぇ」
「え、何の話?」
「ノマルお嬢ちゃんが街まで歩けるかって話。シエマーは体力お化けだから、君一人背負ったところで大した負担にはならなかったんだけどね」
「酷くない???いやそりゃ、体力カッスカスだから神様パッシブ無かったら怪しかったけど」
いつの間にそんな予想をしてたんだ、とノマルがジト目で見つめるも、キッパは悪びれもせずに笑った。そもそも仮に背負われるとして、荷物はどうするという話である。あれか、こう前に持ってきて、小学生がランドセルでよくやってるやつでいくのか?うっかりイメージした絵面が面白すぎるが、大人がやるとシュールである。
そんなゆるーいやり取りをしながら、素直に旅立ちから順に思い出していく二人。野宿での苦労話から始まり、初めての街や昼食の話、そしてエディとの出会い。前半だけでも色々あったものである。
「まさかずっと野宿とはね……今更ながらよくやれたもんだと思ってるよ」
「すまない……街で一泊しても良かったのだが、どうも気がせいてしまって」
「まぁまぁ、慣れたら野宿も悪くないでしょ?俺、焚き火囲むの好きなんだよね」
「あ、そういや街の観光忘れてた。まぁ出店回るの楽しかったしそれも観光か」
「いいよね出店!お財布に優しいし、物々交換もアリだからね。でもリバフォトの街はそれだけじゃないよ、ねぇシエマー」
「ああ。次は雑貨店や服屋が並ぶ方向へ行ってみるか。若い娘の好む物もあるだろう」
「で、あの綺麗な子はどうやって口説き落としてきたのかな?」
「いやぁそれが決め手はマジで分からないんよ。行って帰ってきたらなんか懐かれてたっていうか」
「思えばあの件で、いざという時我々が守ってくれる存在だということを理解したのでは」
「えー、何があったの?「普通に星喰から守った」おお、それは惚れるのも無理ないね。動物だってちゃんと分かるんだよ、誰のおかげかってね」
続けて道中の景色やレクイエ王国跡地、石碑前での昔話が思い浮かぶ。後半の話題は不用意に触れるとシエマーの地雷に引っかかりそうで不安に思うノマル。が、存外穏やかな顔をしたシエマーはさほど気にしていないようだった。
「俺、そんな遠いところまで言ったことないや。そうだ、アンネモニ大橋はどうだった?」
「めっちゃ大きかったよ。いっぱいアーチがある綺麗な橋でさ。あれだけ大きいと魔法とか使って造ったのかなぁ」
「うむ、確か遠方から腕のある魔法使いを呼んだと聞いた。どのような魔法だったかまでは分からぬが、おかげで早く完成したそうだ」
「久方ぶりに見たレクイエは酷く懐かしかった……もう元に戻らぬとはいえ、いつかあの場所が復興することになれば、どれだけ嬉しいことだろうか」
「……生きている間には見られるんじゃない?だってまだまだ先は長いし」
「そうだね。レクイエ王国の人達皆が亡くなったわけじゃない。だったら、意思を継ぐ人もいるわけだしね」
国の名前だけであれほど顔を曇らせていたシエマーが、自分から話すようになるなんて。短い時間でとてつもない進歩を遂げたものである。正直彼がどういう心境だったのか分からないが、立ち直ったならヨシ、と雑な結論を出すノマル。前を向けるなら理由なんて何だっていいのだ。
不意に居住まいを正したシエマーは、キッパの方を見上げる。その顔は至極真面目で、大事な話の予感がした。
「しかし、今になって悪いが……キッパ、私はレクイエ王国の騎士団にて、副団長をしていた者だ。あの森にいた詳細は省かせてもらうが、素性も分からぬ者の面倒を見てくれたこと、改めて感謝する」
「あはは、律儀だね。気にしなくていいのに。まぁそんなところだろうとは思ってたよ。だって君、強いしさ」
シエマーの正体にもさして驚くことなく、キッパは晴れやかな笑顔を浮かべる。そして何を思ったかノマルの方を見て、今度は含みのある笑顔になった。
「どうやら約束は守ってくれたみたいだね、ノマルお嬢ちゃん」
「うーん守れたって言うのかコレ……?別に何もしてないから自力で解決したんでしょ」
「ふっふっ、俺の目は誤魔化せないよ~、結局君が引っ張ったくせに。ね、台風さん」
確かに最後まで責任もって付き合ったし、これからの旅にも付き合うことになったが。約束を守ったというには少々ふわっとしすぎている気がする。まぁそもそも約束自体がふわっとしていたので何とも言えないのは当たり前である。
むしろ自分が引っ張ったのではなく引っ張られた気がするのだけど、とノマルは不服そうな面持ちになった。
シエマーが何の話だと首を傾げているが、この二人は相変わらず教えてあげる気がないようで。
「ノマルお嬢ちゃんが将来めちゃくちゃ大きい台風になるっていう約束の話」
「いやどんな約束やねん。ノマルちゃん台風になる、の巻ってか。嘘は言ってないけど意味不明すぎる」
結局明確な答えが得られずに疑問符を浮かべたままのシエマーを放置して。キッパはどこか感慨深そうに、あるいは寂しそうに目を細めると「ねぇシエマー、ノマルお嬢ちゃん」と呼んだ。キッパにしては珍しく、しんみりとした声色だった。
「君達、また旅に出るんだろう?しかも今度は長旅。どう、あたり?」
「え、まだ言ってないのによく分かったね」
「分かるさ。ここにマエクスを連れてくるってことは、また出て行くってことだからね。そうやって村を出て行く人を何度も見てきたんだ、門番としてね」
「キッパ……」と呼んだ名前が空気にとける。別れを惜しんでくれているのが伝わって、ノマルの眉がへにゃりと下がった。彼と過ごした時間はそう長くはないけれど、お世話になった思い出はある。最初に会った村人であり、絵本の存在を教えてくれた人であり、バリアの練習を手伝ってくれた人。その持ち前の明るさで誰よりも早く仲良くなってくれた彼は、間違いなくノマルの友達だった。
「こちらの勝手な都合ですまない。だが、行かなければならない。その道を歩むと、他の誰でもない己で決めたのだ」
「私も、ついてくって決めちゃったからさ。ごめんほんと、色々お世話になったのに」
しょんぼりと同じような雰囲気で見上げられたキッパは、パッと笑顔を見せると「なぁに言ってんの、お二人さん!」と言う。それから、その場で屈んで二人と同じ目線になった。
「それでいいんだよ。俺はずっとここで村を守ってるから、いつでも帰ってきて。あーでも、そうだね。わがままを一つだけ。できれば、思い出した時に手紙をくれるかい?」
「うん、絶対送る!……あんま文才には自信ないけど」
「……私も、友に文などしたためたことがないゆえ、自信は無いが。精進しよう」
「そんな気負わないでよ」と困った顔で笑うと、思い出したかのように「あ」と声を上げるキッパ。なにやら服をごそごそしているのを見守っていると、取り出したのは……玉?
「はいこれ、あげる。ちょっと大変な世の中だけどさ、いい旅になるようにって。要はお守りだね」
「わぁ、ありがとう!可愛いね、もしかしてお母さんの趣味?」
「そうだよ。あの人ってば自分が使うんじゃないのに、いつも可愛いの買ってきちゃって。ま、俺が持ってるよりノマルお嬢ちゃんが持つ方が絶対いいよ」
銅っぽい色の、模様が沢山入った紐付きの小さな玉。カラフルで綺麗な石が付いている。どうやらアクセサリーを兼ねたお守りのようだ。キッパは服のポケットにしまっていたようだが。
せっかくなのでと身につけてみるノマル。無地の胸元に映えていて、中々悪くない。
「うむ、キッパの母上は良い目を持っているな。愛らしいが、決して華美ではない。お守りとして丁度いいだろう」
「そこは似合ってるねが正解だと思うよ、シエマー。ね、ノマルお嬢ちゃん。今の回答は何点?」
「うーん、お守りにしか言及していないため、六十点!」
「あはは、思ったよりも辛口だ」
あっという間に明るくなった雰囲気のまま、その後もただただ軽やかな雑談をする三人。特に意味はないし、これといって大事な話でもなければ、今しなければならない話でもない。けれど、久々にゆったりと流れゆく時間の中で、その楽しさを噛みしめるように語り続けるのであった。
翌朝。朝日が輝く清々しい空である。ベッドでぐっすりと眠れて調子のいいノマルは、うーんと伸びをしてからズレた鞄を直した。そして戸締まりを済ませたシエマーと合流し、エディの元へ。草の味は不満だったようだが、元気そうではある。早々に人参を強請るエディを連れて、門の方へと歩き出す。
まさかまだまだ容量に余裕があったとはなぁ、とノマルはシエマーの鞄を見やった。入れてさえしまえばブラックホールのように呑み込むので、やばいなとは思っていたのだがどうやら自分の鞄とはスペックが段違いのようだ。あれに旅の必需品とメカリカが詰まっているのだから恐ろしい。中でぐちゃぐちゃになったりしないのだろうか。
そんなどうでもいいことに気を回せるほど早起きに慣れた頭で、ふと気付く。なんだか、妙に……静かな気がする。そう思って見てみれば、驚いたことに人っ子一人いなかった。早起きな村人達はこの時間でも活動しているはずだが、はて、何かあったのだろうか。
「なんか、静か過ぎない?」
「うむ……日によって差はあれど、ここまで無人というのは不可解だな」
昨日の今日なので流石に悪いことがあったとは思えないのだが、今日あるイベントと言えば自分達の出立くらい……すぐさま「あ」と気付いたように声を上げるノマル。なんだろう、何が起きるか分かってしまった気がする。しかしこれでは計画が台無しだろうと、シエマーが不思議そうにしているのをあえてそのままに。
門が見えてきた。しかし、そこまで大きくない門のため……結構はみ出しているのも見えている。隣に「あれは……何故門の傍に?」と全く意図を分かっていないド天然がいるので、まぁギリギリセーフといったところか。
そうして近くまでやってきた時──「じゃーん!」とキッパが飛び出してきた。ついで、同様にわっと現れる村人達。流石にこんな大人数がいるとは思わなかったのか、シエマーは驚いたように固まった。なんならエディはもっと驚いている。
「へへ、せっかくだから見送りに人集めたらこんなになっちゃってさ。でも賑やかでいいでしょ?」
「流石村社会、伝達速度が凄いね。盛大すぎてメインじゃない私でもちょっと照れる……あれ、シエマー?」
ぎゅっと口を引き結んだまま微動だにしていなかったシエマーは、ゆっくりと顔を覆ってしまった。デカいのに仕草が子供のようである。なんとなく感極まっていることは分かるのだが、そこへ容赦なく声をかけていく村人達。今までの礼や門出を祝う言葉が飛び交う様を見ていると、ノマルまで胸が温かくなるようだった。
やがてそろりと顔を覗かせたシエマーは、大分照れたような様子で瞼を落としながら。
「私は所詮余所者に過ぎぬ身だが……それでも、皆がこの様に親身になってくれたことを嬉しく思う……ありがとう」
アニメだ。どう見ても完全に主人公の旅立ちシーンだ。ノマルは一人やっぱこの人が主人公ではと思いながら、随分違う方向から事を見守っていた。滞在期間が短かったノマルは自分が混ざるのもなんか違うなと考えてしまったので、かなり他人事の心境である。
と、外側から眺めていたつもりが。
「キッパから聞いたぜ娘っ子!手紙送ってくれんだろ?旅の間に面白い魚見つけたら教えてくれよな!」
「私もおばばに編み物習ったのよ。ほら、可愛いでしょ?ノマルちゃんにあげる!」
「あらあらあの子ったら、うふふ。お守り、似合ってるわよノマルちゃん。大事にしてあげてね」
可愛い小物入れを手に、ノマルはめちゃくちゃ寂しくなってきてしまった。いくら時間が短くても、いくら平気でも、いくら今生の別れではないといっても。これほど温かく見送られたら普通に泣けてくる。しなっしなの笑顔で「分かった、ありがとう、大事にする」と一言ずつ言うことはできたが。これ以上話すと涙腺の蛇口君が勝手にひねりかねないので、泣く泣くお口チャック。
改めて二人並んで前に立ち、皆の顔を見渡した。名残惜しいが、そろそろ出発しなければならない。
「では、行ってくる。その、また会う日までどうか健やかに」
「いってきます、みんな元気でね!」
シエマーとノマルはエディに乗り、バラバラのいってらっしゃいを背に受けながら進み出した。その中でも一際大きく聞こえるキッパの声が耳に残り。じわ、とノマルの目に涙が滲む。
「あ、やば。ちょっと泣けてきた」
「……悪い、私もだ」
「待って今そっちが泣いたらエディの操作どうすんの!?」
「エディガウラ、暫し道なりで頼む……」
「丸投げ危険運転やめーや!!!」
颯爽と駆け抜けていった二人がそんなぐっだぐだのやり取りをしているとは露知らず。残された村人達があーあ行っちゃったと残念そうな解散ムードの中。キッパは一人門に体を預け、その背が見えなくなるまで見送って。
「最初からこの村に収まるような器じゃなかったからね……彼らはそういう星回り、でもって俺は、こうやって見送る星回り……うーん、いつかは逆にって流れ星にお願いしとこうかなぁ」
まぁ結局自分で決めなきゃならないけどね、というキッパの独り言は、彼の母親しか聞いていなかった。
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