こちとら一般人なんよ~絆されたからには巻き込まれる運命~

クスノキ

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全てがそうはならんやろ案件~1~

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曇り空だった。頭がじくじくと痛むような鉛色。僅かな光をも捕らえて、同系色の瞳がきらりと光る。この身に芯がある限り、失われることの無い光だった。

「前線には俺が行く。ここは任せたぞ、副団長」

その背中は、決して死に向かう者ではなかった。

「副団長、報告によると戦線が崩壊しつつあると…」

この国の騎士は、決して死を良しとする者ではなかった。

「もうほとんどが突破されています!これ以上は持ちません副団長!」

そして私は、決して故郷の死をただ見届ける者ではなかった。黙って同胞の最期を見送る者ではなかった。己の命すら懸けられぬ軟弱者ではなかった。零れ落ちた欠片の数だけ、臆病になると知っているから。
瓦礫の山、広がる火の手、動かぬ陛下。肉も骨も灰になって、国と共に散るのだと。あぁ、最後のその瞬間まで、愚直に思っていたのに。



視界に映るは陽光。清らかな空気に見合わぬ激しい鼓動。今も尚、鳴り続けている。しぶとく、図々しく、おこがましいほどに。

「……はは、忘却は許さぬか。だが……元より未来永劫背負うつもりだ」

曇り空だった。胸がしくしくと痛むような鈍色。僅かな光をも映せずに、濁る瞳がどろりと溶ける。時折雨が降りはすれども、晴れることの無い曇天だった。







「それで、釣れたかい?春の魚は」

「いやーそりゃもう立派な"︎︎︎︎こい"︎︎が、ってんなわけあるかい。でもまぁ実際に尾びれがハートのやつが釣れたわけだし、それっぽいっちゃぽいけども」

「ハートメイトだね。性別問わず気に入った個体と餌を分け合おうとするとか何とか。まぁ、よくフラれてはハートブレイクしてるらしいけど」

「やかましいわ」

あたたかな日差しが降り注ぐ昼下がり。魚釣りの青年を思い出して、あの人もフラれてそうだなと失礼なことを考えながら、ノマルは大きく伸びをした。ついで、くありと欠伸を一つ。隣に座る眠そうなノマルを見て、キッパがくすりと笑った。
「うららかな陽気だから、うたたねでうたかたの夢を見るのもいいね」という言葉に「うわ」と返すだけで終わっても気まずくないくらいには打ち解けていて。

なんだかんだで慣れてしまった。人間ってこえー。脱力感に従って目を閉じたノマルは、瞼の裏に映る今までの光景に意識を向けた。
この世界の一般的な料理を学んでいた午前中や、キッパの母から昼食配達を頼まれてここへ来た時。比較的直近の出来事が浮かんでは消えていく。
他にも、釣竿に餌を付けられなかったことや、お下がりの服を着て完全に村娘Dくらいの見た目になったこと、おばあちゃんの編み物講座なんてことまで──異世界とはいえ、いたって普通の田舎生活のようである。少々冷めた現代社会で生きていたノマルにとっては妙に沁みる穏やかさだった。

ふと、今朝妙に元気がなかったシエマーのことが頭をよぎって、結局あれはなんだったのかと首を傾げる。

どしたん、体調悪い?違う?んー、なんか好きなご飯でも作ろうか?まだ練習中だけど。

なんてノマルが心配していたら、少し取り繕った感のある穏やかな顔で誤魔化されてしまい。ちなみにリクエストはシチューで、ルウ無しのレシピを知らないノマルは慌てて習いに行ったというわけである。
無理に聞き出す権利があるわけでもなし、できる限りのことをすればいいと考える。適切な接し方が分からないと思っていても、なるべく相手の気持ちに配慮しようとするのがノマルという人間だった。人参を包丁で星型にできるだろうか、という気の回し方をするあたり、若干ズレているけれど。

不調を隠されるのはきっと気を使っているからだろう。別に構いはしないとはいえ、ありがたいことだよなと思うノマル。自分が会ったばかりの人との同居生活をうまくこなせているのは、そんな優しいシエマーのおかげである。少し、いや大分人が良すぎるのが逆に心配なくらいにはできた人だと言える。
その気遣いのひと欠片でもいいから言語コミュニケーションの方に回してくれたら、もう他に何も言うことは無いのだけど。ノマルは大きく息を吐いた。

そうだ、と思い出す。かれこれほど、二週間程、シエマーにどれだけ聞いても嫌がらずに答えてくれるのは助かるとはいえ……相変わらず言葉の理解に苦労したことを。本当にあの詩人は話し方の癖が強すぎる。ノマルはいちいち頭の中で整理しないといけない上に、七割分かればいい方だった。

例えば、

『息絶えた獣が肉となり、形を変え、また肉へ戻るのに相応しい様となる。己が満たされるまで喰らい、全てを取り込んだことをもって獣への償いとしよう』

というのは、これから食事しよ?とほぼイコールである。どんな頭をしていたらそれほどの文字数になるのかとノマルは叫びたくなったし、実際「すっと言え!!!」と渾身の叫びを響かせた。その後あまりにも痛すぎたことに笑ってしまったのは少々遺憾ではある。まぁそこまでドギツイのはほとんど無いのだが。
基本的には言葉が堅苦しいか、言葉が足りないか、あるいは比喩表現が過多なせいで分かりにくいったらない。若者特有の軽いコミュニケーションが普通であるノマルには理解しがたい思考回路だ。悲しいことに他の人も割と癖が強い為、この世界において彼は普通であると既に判明しているのだけども。

終始そんなやり取りをしつつ、誤解がないように聞き直すまでがセットな為、情報収集の結果はあまり芳しくなかった。
いろんな神様がいる中で太陽の神と月の神が力の強い神であるとか。
魔力は人が生まれ持った力で各々の素質に応じて異なる魔法が使えるとか。
星の欠片に魔法の力を込めて作る魔道具を研究している魔研尖塔(脳内漢字変換に苦労した)なるものがあるとか。
これでも完全に正しいとは言いきれないのが恐ろしい。けれども、毎回なんだかんだギリギリ分からなくもないラインを掠めてくることがなんとも複雑だった。正直世界観ではなくもっと身近な生活の話を覚えるのに必死だったので、そもそも聞く余裕が無かったというのはあるが。

ノマルの眉間にしわが寄る。あのお馬鹿に何か変な名前でもつけてやろうか。人たらしじん、ガバ翻訳機など珍妙なあだ名が浮かぶ中、不意に生まれた着衣型二足歩行ポエムという謎ワードの語感が妙に気に入って。
ん、待てよ?とノマルは何かに引っかかった。日常会話でヘンな話し方が標準だとすれば、本はどうなのだろうか。考えたくはないがたとえ似たような文章だったとしても、聞くより読む方が遥かにマシだ。少なくとも文字なら気の済むまで繰り返し読むことができる。流石に大丈夫だとは思うけれど。

情報収集のチャンスだ、と今まで考えていた他のことが軽く吹き飛んでいき。パチリと目を開けると眠気さえもいくらか吹き飛んでいるようだった。

「ねぇキッパ、誰か本持ってる人知らない?シエマーのとこにはおいてなくて」

「んー?本なら村長のとこにあるよ。大体薬草とか魔法とかの本だったはずだけど、ノマルお嬢ちゃんの役には立ちそうかい?」

「いいじゃん、面白そう。仮に内容がよく分かんなくても、一応確認できればそれでいいから大丈夫」

「そっか。あ、ちなみに俺のオススメは『あおほしけもの』だよ」

「それ、何の本なの?」

「絵本」

「馬鹿にしとんのか」

あはは、と悪びれもなく軽やかな笑いを響かせるキッパをよそに、よっこらしょと起き上がるノマル。昼寝どころではなくなってしまったことが少しばかり残念だが、気になって行動せずにはいられないのも事実なので。

「じゃ、行ってくるね。まぁついでに絵本も読んでおくから。見張り頑張って」

「うん、後で感想よろしく!」

歩き出したノマルの背中に「昼ごはん美味しかったよー!」なんて大声がかけられる。補足しておくと、今日のキッパの昼食は彼の母親監修で作ったノマルの手製である。ノマルは振り返りもせずもぞつく口角を抑えて、小さく唸った。

アイツ、ちゃんとお母さんの味と区別できてんじゃん。





魚釣りの青年に貰った魚の干物を手に、ノマルは村長の家を訪れていた。好々爺という表現がよく似合う村長がにこやかにお出迎え。挨拶もそこそこに「あ、そうだこれどうぞ」と手土産の干物を渡す。

「おや、これはあの若造からかね?うむうむ、ありがとうお嬢ちゃん。わしは魚が好きでのぉ、今でこそ食べてないが昔は海の魚も」

「あ、村長さん、ここに本があるって聞いたんですけど読ませてもらってもいいですか?」

「え、何じゃ、本?あぁ、本ならこっちの部屋にあるから、好きなだけ見ていきなさい」

要件をストレートな大声で長話キャンセル。親戚のおじいちゃんを思い出して、ちょっと申し訳ないけどその雑なあしらい方に懐かしさを覚える。

後で村長の話も聞くからごめーん、と心の中で言いつつ。ノマルの背より低い本棚の前で屈み、背表紙を眺めていく。キッパの話通り、薬草図鑑や魔導書のようなものばかりだ。地理や農業に関する本もちらほらある。
手近の『魔法の基礎~魔力と魔法、そして素質~』と書かれた本を手に取ってみる。そういえば魔法と魔術と魔導って何が違うのかという素朴な疑問を浮かべながら、目次をかっ飛ばして本題へ。

『魔力とは、かつて神が与えたと言われている力である。我々人間に限らず、動物や虫、植物など生きとし生けるもの全てが持っている。主な役割は体を構成する組織を修復する自己治癒能力だが、体内の魔力を消費することにより魔法を使うこともできる。
消費した魔力は時間経過で少しづつ回復し、また、魔力を多く含むものを摂取することでも回復する(例:魔力ポーション)魔力の回復速度は体調に影響される他、周囲の魔力濃度(※1)によっても変動する。しかし、魔力の上限に到達すると回復は止まり、どれだけ魔力を摂取しようと体から放出されるようになる』

あ、これガチのヤツだわ。

ノマルは一旦顔を上げて、どうしたものかと考える。まさかここまで真面目な本だとは。情報がほしいと言ったのは自分だが、異世界に来てまで学校の教材みたいな本で勉強したいかと言われると答えは否である。ノマルの勉強へのモチベーションはそこそこ低かった。あったら大学行ってるわ、という話なので。

とりあえず魔法の本は後にして、薬草の本も手に取ってみる。パラパラとめくれば精巧な植物の絵と説明が目に入り、いかにも昔の植物図鑑といった感じである。知らない植物がずらりと並んでいるが、そもそも植物に詳しくないノマルにはどれが異世界特有の物なのか判別がつかなかった。
爆速でページをめくって奇天烈な植物に脳内ツッコミをし続けること数分。まるで植物園を早足で駆け抜けたかのような読了感を抱えて、ノマルは本を閉じる。

いやこっちも内容ムズいんだが。

結局、植物学者には向いてないことだけはわかった。面白いと言えば面白いし、いくつか記憶に残ったものもあるが細かい説明まで覚えている訳もなく。覚える気も大してなかったとはいえ、つくづく自分の脳みそはポンコツであると実感する。
絵本をオススメされるのも納得の内容であった。ちゃんと興味があるか、状況に強いられれば読めるのだろうが……また今度にしよ、と絶対しない定型文を呟いた。具体的にいつと決めていない時点でお察しである。

さて、と気を取り直して噂の絵本を探し始めるノマル。タイトルはなんだったか、確か──ぴたりと視線が止まった先に『あおほしけもの』の文字。これだ。
お洒落な装丁は少々劣化しており、古ぼけた印象を感じさせる。保管状態の悪さと言うよりかは、沢山の人に読まれてきたことが原因のようだった。これ以上ボロボロにしたくはないから、できるだけそっと本を開く。
黒一色なのにやわらかく、あたたかみのある絵が描かれている。見たことがないのに懐かしさを感じるのは、そもそも絵本自体が懐かしい存在だからか。

ふるい ふるい むかしはなし あるとき そらからほしがふってきて あおくてまぶしい そらいろ きらきらひかって とてもきれい

あおほしはみんなのもの あおひかりはみんなのちから ひとけもの神様かみさまも みんながねがう あおほし

ある ひかりにつられてやってきた くろけものがおくちをあけて「おほしさま おいしそう」 ぱくんとべて ごくんとんだら あおけもののできあがり

あおけものはおおよろこび ぴょんぴょん ぴょこぴょこ とびはねて ぱくぱく むしゃむしゃ つぎからつぎへと べちゃった

みんなのぶんまでひとりじめ それでもけものはとまらない「まだたりない もっとほしい」 けものいまもさがしてる ほしひかりをさがしてる』

ノマルはすうっと大きく息を吸い、

「……めっちゃ意味深なヤツ……!!」

と押し殺したような声を吐き出した。のちの大事な伏線としか思えない内容に、頭痛が呼んだ?と顔を出している。早急にお帰り願いたい。
確実に青い星どころか獣も存在すると考えた方がいいだろう。この流れだと獣はヤバいやつでしかなさそうなことも、不安に拍車をかけていた。頭痛がぶんぶんと手を振っている。悲しいことに頭痛薬は無い。

これまで見てきた漫画やゲームの記憶が囁いている。決して特別賢くは無いが察しのいいノマルの頭は、ついに一つの可能性について導き出してしまった。

「これどうにかせぇ……ってことは、流石に」

ないよね、と言ってしまってから。うっかり立派なフラグを立ててしまったことを悟り、ノマルは遠い目になった。困ったことに建築士の才能はあったらしい。自分で自分にドン引きである。
流石に、流石にねと自己暗示のように繰り返す。それが余計にフラグの強度を高めているとは露知らず、ノマルは頭痛と仲良く部屋を出るのであった。
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