暗闇坂お伽草紙

夏実朋可

文字の大きさ
上 下
38 / 42
其の三の六

しおりを挟む
 平次郎達がいた日本橋から一転、ここはナナ太郎の住む深川の長屋である。
 ナナ太郎の元に、一人、いやお一方、お客が訪ねてきていた。
 「こんなに早い時間に出歩いてもだいじょうぶなのですか?」
 訪ねてきたのはいつぞやあの暗闇坂で占った豆腐小僧である。夜が活躍の場である物の怪が真昼間にナナ太郎の住む長屋にやって来たとあって、さすがにナナ太郎も大丈夫なのかと疑問に思っていた。
 「おいらは何時だって平気さ。明るいと人間が気がつかないだけなんだよ。だから、昼間だって雨の日の薄暗い時には気づいてもらえるわけさ」
 戸口に立って話していた豆腐小僧がグッと部屋のほうへ歩み寄った。
 その目は何か嬉しそうにキラキラしていた。
 「それより、友達ができたんだ。本当にナナ太郎さんの言うようになったよ」
 「それは良かったですね」
 「毎日……じゃあないけど時々会って話をしたり遊んだりしてるんだ」
 「じゃあ、もう寂しくないですね。今までのように豆腐で人間を驚かしたりしなくなったという事ですね」
 「いや、それはおいらの仕事だからさ。袖引きの奴だって同じだよ。せっせと袖を引いてる。奴は誰かを探してる……ん? あれまあ、いったい誰を探してるって言うんだろう」
 豆腐小僧の話を聞いて、珍しくナナ太郎はふふっと笑った。
 「そうですか、まあほどほどにね」
 「言われなくたってほどほどだよぉ」
 ナナ太郎は、こんなほほえましいやり取りを出来るのは辻占のおかげだなと思った。
 そしてふと、これでも感情がないのだろうか、と父親とナナ太郎が信じているあの光の中に現れたかすかな人影に言われたことを思い出した。
 これも頭で考えて笑っているだけなのだろうか、と言う思いが横切り、ナナ太郎の顔の表情が一気に無くなった。
 「どうかした?」
 「あ、いや。豆腐ちゃんはうらやましいなと思いました」
 「えっ? なんで」
 「寂しいとか嬉しいとか、すごく素直だから。いいですよ。ずっとそのままでいてくださいな」
 「おいらは、ずっとこのままだよ。どうやったって変わりようがないさ。だって物の怪なんだもの」
 その時、声がするのが先か引き戸が開くが先か、ガラリと引き戸が開いて平次郎が現れた。
 「ナナ太郎さんいるかい? 入るよ」
 「ひゃっ!」
 軽い悲鳴のような声を出した戸口に立っている豆腐小僧である。その鉢合わせに平次郎は驚く様子もなく、まるで、勝手知ったるナナ太郎の家と言った風に慣れた様子で中へと入った。
 「ひゃっ、びっくりした。なんだ、馬場先のおじさんかぁ」
 「おう、豆腐じゃねえか。今日は何の用でい?」
 「ほんのお礼にさ。豆腐を持ってきたんだよ。あれまあ、お客さんを連れてきたの?」
 ナナ太郎の部屋の前に二つの人影があった。
 「ああ、あちらさん達もナナ太郎さんにお礼を言いたいと言うんでね。ほれ、隠れてねえでこっちへ入ってきたらどうなんで」
 平次郎はちらとお可奈と為松のほうを見る。
 つられる様に豆腐小僧もそちらの方を見た。
 「あれまあ、これはこれは」豆腐小僧は二人の様子を上から下まで見て取ると、何もかも承知したとでも言うようにうんと大きくうなずいた。
 「じゃあ、おいらは今日はこれで失礼するよ」
 豆腐小僧は、再びお可奈と為松の顔を見て意味深ににっこりと笑い、横をするりと抜けて長屋を後にした。
  為松が常にお可奈の後を付いて回るのは旦那様からの言いつけだ。とは言え為松は、心の奥底でお可奈と一緒にいられると言う嬉しい気持ちがある自分を知っている。
 しかし、先程の平次郎のからかいようもさることながら、あのような小さな子供にまでも自分のお可奈への気持ちを見取られてしまったような気がして、今、なんとも言えない居心地の悪さを感じていた。
 「お可奈ちゃん、お礼を言ったらすぐに帰ろうね」
 「何言ってるのよ為松ちゃん。やっと腰を落ち着けてナナ太郎さんに会うことが出来るんじゃない。こうして手土産も持ってきたし、占いの一つもしてもらいたいわ」
 お可奈の方はと言うと、人の目など一向に気にしていない様子だった。
 それよりも、やっと憧れのナナ太郎に落ち着いて逢う事が出来るという気持ちで、お可奈の胸の内はいっぱいだったのである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

夜明けの続唱歌

hidden
ファンタジー
炎に包まれた故郷。 背を灼かれるように、男は歩き続けていた。 辺境では賊徒が跋扈し、都では覇権や領土の奪い合いが繰り返されていた。 怯えながら、それでも慎ましく生きようとする民。 彼らに追い打ちをかけるように、不浄な土地に姿を現す、不吉な妖魔の影。 戦火の絶えない人の世。 闘いに身を投じる者が見据える彼方に、夜明けの空はあるのだろうか。 >Website 『夜明けの続唱歌』https://hidden1212.wixsite.com/moon-phase >投稿先 『小説家になろう』https://ncode.syosetu.com/n7405fz/ 『カクヨム』https://kakuyomu.jp/works/1177354054893903735 『アルファポリス』https://www.alphapolis.co.jp/novel/42558793/886340020

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

万能ドッペルゲンガーに転生したらしい俺はエルフに拾われる〜エルフと共に旅をしながらドッペルゲンガーとしての仕事を行い、最強へと至る〜

ネリムZ
ファンタジー
 人は仮面を被って生きている。  何も感じず、何も思わず、適当で淡々としてただの作業であった人生。  それが唐突に終わりを告げた。そして、俺は変なのに生まれ変わっていた。  対象を見ればそれに変身する事が出来、スキルも真似する事が出来る。  さらに、変身する先と先を【配合】する事で新たな姿を得る事が出来る。  森の中で魔物を倒しながら生活をしていたら、初めての人型生物で出会う。  それがエルフのヒスイ。  里の風習で旅をしているエルフと契約し、俺はエルフと旅をする。  そして、『影武者サービス』を始める事と成る。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

サイコミステリー

色部耀
ファンタジー
超能力遺伝子サイコゲノムを持つ人が集められた全寮制の高校「国立特殊能力支援校」 主人公の真壁鏡平(まかべきょうへい)はサイコゲノムを持つがまだ自身の超能力を特定できていない「未確定能力者」だった。 そんな彼の下に依頼が飛び込んでくる。 「何を探すか教えてくれない探し物」 鏡平はその探し物を……

処理中です...