暗闇坂お伽草紙

夏実朋可

文字の大きさ
上 下
31 / 42
其の三の三

しおりを挟む
 ナナ太郎とお可奈は暗い闇の中を歩いていた。
 もちろん気を失ったままでいるおみつも一緒だった。
 お可奈は、ナナ太郎とはぐれないようにナナ太郎の着物の袖を掴み、ナナ太郎のその両腕はおみつを抱えていた。
 あの牢屋のような暗い部屋の何もない空間から突然現れたナナ太郎。
 お可奈と気を失ってしまったおみつの縄を解き、またその空間へと入り込んで洞窟のような隠し部屋から逃げていた。
 目が慣れても周りがまったく見えない闇の中にいると言うのに、不思議なことにナナ太郎の姿だけは蒼白く浮かんで見えていた。
 「ここらへんかな」
 ナナ太郎はおみつをそっと下に置き、これまた何もない空間に手をかざしたかと思うと、今度はそのまま真っ直ぐにその空間へとグイと腕を突き刺した。
 ナナ太郎の真っ直ぐに伸ばした腕は半分消えていた。
 ナナ太郎は大きくうんと頷きその空間から腕を引き抜くように元に戻すと、消えたと思った腕は元通りとなる。
 目を丸くしてその様子をお可奈は見ていた。
 暗いあの部屋で最初に見た手はこうして現れた手だったのかと、今更ながら納得していた。
 そんなお可奈の視線を気に留めず、ナナ太郎は再びおみつを抱え、先程腕を突き刺したと思われる空間へ入っていった。
 当然、ナナ太郎の袖を掴んでいるお可奈も導かれるようにその中へ足を踏み入れる。
 すると、目の前にお可奈が見たことがある部屋が広がっていた。
 小間物問屋花田屋のおみつの部屋である。
 「ここ、おみっちゃんの部屋だわ」
 「そうです」
 ナナ太郎は、おみつをそっと畳の上におろすと、おみつの顔を覗きこんだ。
 「おまじないをしておきましょう」
 ブツブツと小声で呪文のような言葉を発し、次に、人指し指と中指を立てておみつの顔の前を右から左へひゅうと風を切るように動かした。
 「えい!」
 ナナ太郎のやることなすことすべて不思議だらけだとお可奈は思った。
 「何のおまじないなの?」
 「これでおみつさんは、本所に行ったことも、あの狸の穴蔵あなぐらに監禁されていた事もすべて忘れることになります」
 「忘れるって、どこらへんまで?」
 お可奈は食いつくように聞いた。
 「……またお可奈さんと楽しく毎日を過ごすようになるってことです。さ、長居は無用、今度はお可奈さんのところまで送っていきます。為松さんが首を長くして待ってますよ」
 「為松ちゃんが?」
 お可奈は一瞬どきりとした。
 ナナ太郎にたくさん訊ねたいことがあったが、為松の名を聞きまずはそちらの方に気持ちが向いた。
 「そう、為松さんの慌てようったらなかったんですよ。偽物のお可奈さんが家にいると暗闇坂の私のところへ訪ねてきたのですから」
 「あの怖がりの為松ちゃんが暗闇坂に? …為松ちゃん、私に成りすましていた偽者の事、気づいてくれたんだ」
 いつもの威勢のいいお可奈は少し影を潜め神妙な面持ちとなった。
 「そう、為松さんだけ気づいていました。他の誰も気づかなかったのに」
 「おとっつぁんやおっかさんも気付かなかった……」
 「そう、それだけあの狸の奴は上手くやってたんです。だけど、為松さんだけは気付いたんですよ」
 お可奈は、捕らわれていた時、常に為松の名前を心に思っていた自分を思い出した。
 為松の事を思いだすとなんだか今まで感じた事のない不思議な気持ちがしていた。
 「さあ、早く為松さんのところに戻りましょう」
 ナナ太郎がまたその空間の中に入って行こうとするので、慌ててお可奈はナナ太郎の袖を掴んだ。
 お可奈は今までのような勢いはなく殊勝な様子でナナ太郎の後を付いて行く。次はたぶん自分の部屋に行くのだろうと思った。
 暗闇の中を歩きながら、お可奈は、もしかしたら今まであった事もこの不思議な気持ちも何もかも、おみつのように分からなくなるのではと、一歩また一歩と歩くにつけ言いようもない不安に陥っていった。
 「ナナ太郎さん」
 「なんですか」
 「私も何も覚えてないの? 忘れちゃうの? 」
 「…………。」
 ナナ太郎が答えなかったので、お可奈はさらに不安になってもう一度聞いた。。
 「私の記憶も消しちゃうの? 」
 「覚えていないほうがいい事もあります……」
 「確かに、辛かった事は忘れた方がいい事もあると思うけど、私は、ナナ太郎さんを忘れたくはないわ。それに為松ちゃんのしてくれた事も……」
 そう言ったところでお可奈は心がチクンと痛んだ。
 ナナ太郎の事で心臓が痛むのかそれとも為松の事でなのかはよく分からなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

虚無からはじめる異世界生活 ~最強種の仲間と共に創造神の加護の力ですべてを解決します~

すなる
ファンタジー
追記《イラストを追加しました。主要キャラのイラストも可能であれば徐々に追加していきます》 猫を庇って死んでしまった男は、ある願いをしたことで何もない世界に転生してしまうことに。 不憫に思った神が特例で加護の力を授けた。実はそれはとてつもない力を秘めた創造神の加護だった。 何もない異世界で暮らし始めた男はその力使って第二の人生を歩み出す。 ある日、偶然にも生前助けた猫を加護の力で召喚してしまう。 人が居ない寂しさから猫に話しかけていると、その猫は加護の力で人に進化してしまった。 そんな猫との共同生活からはじまり徐々に動き出す異世界生活。 男は様々な異世界で沢山の人と出会いと加護の力ですべてを解決しながら第二の人生を謳歌していく。 そんな男の人柄に惹かれ沢山の者が集まり、いつしか男が作った街は伝説の都市と語られる存在になってく。 (

黒き魔女の世界線旅行

天羽 尤
ファンタジー
少女と執事の男が交通事故に遭い、意識不明に。 しかし、この交通事故には裏があって… 現代世界に戻れなくなってしまった二人がパラレルワールドを渡り、現代世界へ戻るために右往左往する物語。 BLNLもあります。 主人公はポンコツ系チート少女ですが、性格に難ありです。 登場人物は随時更新しますのでネタバレ注意です。 ただいま第1章執筆中。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

女神の加護を受けし勇者、史上最強の魔王、36歳無職の秋葉原ライフ

ゆき
ファンタジー
魔王城での最終決戦、勇者ティナは史上最強の魔王リカリナを追い詰めることに成功する。 でも、魔王リカリナは、ずっと疑問に抱いていたことがある。 「この世界、女しかいない」 勇者は魔王リカリナが話す転生先の世界に魅力を感じてしまう。 本では見たことがあった。 でも、男なんて創作物だと思っていたから、最終決戦にも関わらず、異世界転生という言葉に強く惹かれてしまう。 魔王リカリナは、勇者ティナが中々とどめを刺さないことにしびれを切らして、 勇者ともども、消滅する魔法をかけてしまう。 きっと、転生先で「王子に求婚される令嬢で、ゆるゆると、ときめきの転生ライフ」が待っていると信じて。 しかし、2人が転移した先は秋葉原のコンカフェの面接会場だった。 無事面接に受かった2人はカフェで働き始めるが、2人の作者を名乗る元ゲームクリエイター現在無職の雄太が現れる。 異世界から来た2人の身を案じた雄太は、同棲を提案する。 無職と勇者と魔王、ありえない3人の同棲生活が始まる。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...