暗闇坂お伽草紙

夏実朋可

文字の大きさ
上 下
14 / 42
其の一の五

しおりを挟む
 「為松ちゃん!」
 お可奈が、そおっと店の奥から為松を呼んだ。
 その声に気づいた為松が、やはりお店の人たちに気づかれないようにそおっとお可奈に近づき、二人はこそこそと話し始めた。
 「お可奈ちゃん、今、忙しいんだけど」
 「為松ちゃん、夕べの事覚えてる?」
 「そりゃー、お可奈ちゃんと出かけた事くらい覚えてるよ。何かにぶつかったかと思ったら自分の部屋に戻ってた。部屋に戻ったらすぐに、番頭さんが来て大目玉さ。私が居ないのを知って、大番頭さん始め、番頭さんから手代さん達みんなが探してたみたいなんだ」
 「で、為松ちゃんはなんて言い訳したの?」
 「屋台の二八蕎麦を食べに外へ出たって」
 「へえ」
 「だけど、蕎麦を食べに行くくらいじゃあ時間がかかりすぎるって事になってさ、霧の中を歩いてましたって言ったら……」
 「言ったら?」
 「今、巷で噂になってる主人のいない蕎麦屋だったんじゃないかって、でもあれは本所の話だし」
 つい口をすべらした為松。
 以前から知っていた話ではある。
 この話にお可奈が興味を持たないはずはないと思っていた。なのでお可奈に知られないよう極力注意をしていたのだが、つい勢いで話してしまった。
 「何? えっ、それってどんな話?」
 お可奈はやはり興味津々で聞いてくる1。
 しまった! 
 探しに行こうなんて言われたら今度こそみんなを騙しきる自信がない。何とかごまかさねばならないと為松は思った。
 「だからさ、狐に化かされたんだろうって。そうそう、確かに河童に化かされたのかもしれないよね」
 為松は慌ててごまかした。
 「何言ってるの、為松ちゃん! あれは夢なんかじゃない!」
 思わず大声を出してしまったお可奈に、大慌てで大番頭の与助が近づいてきた。
 「お嬢様、そのような大きな声で。ここはお店ですよ」
 与助は店のお客に聞こえないよう小声だった。
 お可奈と為松がこそこそと何か話しているのを接客をしながらも気にしていたのだが、話の内容までは気づいていないようだった。
 「すみません、大番頭さん」
 為松がお可奈の代わりに謝ると、与助は手をぎゅっと握りこぶしを作って軽く為松の頭をたたくふりをした。
 「為松ちゃんが謝らなくったっていいのよ。なによ与助ったら、為松に用があって来たんじゃない。悪いけどちょっと為松を借りるわよ」
 「かまわないですけれど、為松ももうそろそろ手代として働いてもらってもいいと思っているんですよ。そのための修行ってもんもありますしね。いくら旦那様の言いつけだとは言え、決まった日にお嬢様について行くんならまだしも、あんまりチョクチョク外へ出られても為松のためにならない。それに今は師走なんですよ。お店のお嬢様として少しはお店の事考えておくんなさいまし」
 師走の忙しい最中のせいか与助の小言はしつこい。いつもとは違う与助のお可奈に対する態度にお可奈はちょっとばかし面白くなかった。
 「ふう~ん。それはおとっつぁんの言ってる事?」
 「あっ、いや、旦那様は為松を手代にとおっしゃって、それならばという私の意見です」
 お可奈の反撃に、弱った!と言わんばかりの顔つきになった与助。言葉の勢いは少々落ちていた。
 「分かったわ、私もそのつもりで考えとく。でも、ちょっと為松を借りるわね。話しておきたいことがあるの。話し終わったらすぐお店に戻ってもらうから」
 こそこそとお店にやって来たはずのお可奈だったが、今度は開き直って、堂々と為松の手を握ってグイグイと奥へと引っ張って行く。
 「お、お、大番頭さん、申し訳ございません。ちょっと外します。すぐ戻ってきますんで」
 お可奈に手を引っ張られ歩きながらも、大番頭の与助に頭を何度も下げ謝っている為松だ。それでもお可奈はお構いなしに為松を奥へと引っ張っていく。
 「待ってよ、お可奈ちゃん!」
 大番頭の与助も、実はお可奈を小さな時から自分の親族の子供の様にかわいがっていた。為松にも同じような気持を持っている。
 「しかたないなぁ、すぐ戻るんだよ」
 二人に対し自然と我が子にでもいうような口調だ。
 「まったく、お嬢様にも困ったもんだ」
 口では言いながらも自由気ままなわがまま娘をいつも温かく見守っていた。
 まったくもってその憎めない娘に店中の人間が甘かったのだった。
 お店からは見えない家の奥へと入ると、お可奈は周りを確かめ誰もいない廊下で立ち話を始めた。
 「あんな不思議な体験をしたのなんて、江戸中を探しても私と為松ちゃんぐらいなもんじゃないかしら」
 昨夜の事を話し始めると、お可奈の頬は紅潮し興奮が冷めやらないようだった。
 「でも、夢だといわれれば夢にも思えるよ」
 為松は少しお可奈の気持ちを冷まさないとと思い、いたって落ち着いて話そうとした。
 「夢なんかじゃない。だからあの、ナナ太郎って人を探してみようと思うの」
 「そう言ったってお可奈ちゃん、江戸は広いよ」
 「大丈夫よ、手がかりは、易者、占い師のたぐいよ。私もいろいろ当たってみるけれど、為松もお願いね」
 ああ、そうか。そう来たか。と為松は思った。
 お可奈だったら絶対に探そうとするだろう。
 「お願いって言ったって、私はお店があるし、暮れも切羽詰ってきているし、そうそうお可奈ちゃんに付き合っていたら大番頭さんに怒られちゃうよ」
 為松は半分諦めた様に言った。
 「為松だって、お店の用で外に出る事だってあるじゃない」
 「はあ…」
 「それと」
 「まだ、何かあるの?」
 「さっきの話」
 お可奈は為松を見て嬉しそうににっこりと笑った。
 「さっきの話?」
 「主人のいない蕎麦屋の話。後でゆっくり聞かせてもらうからね」

 ああ、これもやっぱり聞き漏らしてなかったか・・・。

 怪談話が苦手ではあるけれど、お可奈の身の安全を自分が死んでも守らなければと決心していた為松の胃は、キュッと縮んだような痛みを感じたのだった。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

鬼退治

フッシー
ファンタジー
妖怪や鬼が現れる、ある時代の日本を舞台に、謎の少女「小春」と鬼との闘いを描いた和風ファンタジー小説です。

召喚体質、返上希望

篠原 皐月
ファンタジー
 資産運用会社、桐生アセットマネジメント勤務の高梨天輝(あき)は、幼少期に両親を事故で失い、二卵性双生児の妹、海晴(みはる)の他は近親者がいない、天涯孤独一歩手前状態。しかし妹に加え、姉妹を引き取った遠縁の桐生家の面々に囲まれ、色々物思う事はあったものの無事に成長。  長じるに従い、才能豊かな妹や義理の兄弟と己を比較して劣等感を感じることはあったものの、25歳の今現在はアナリストとしての仕事にも慣れ、比較的平穏な日々を送っていた。と思いきや、異世界召喚という、自分の正気を疑う事態が勃発。   しかもそれは既に家族が把握済みの上、自分以外にも同様のトラブルに巻き込まれた人物がいたらしいと判明し、天輝の困惑は深まる一方。果たして、天輝はこれまで同様の平穏な生活を取り戻せるのか?  以前、単発読み切りで出した『備えあれば憂いなし』の連載版で、「カクヨム」「小説家になろう」からの転載作品になります。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ガチャ召喚士〜ガチャを使って目指すは最強の王国〜

餅の米
ファンタジー
会社をクビにされ自信も喪失し毎日をただダラダラとゲームをして過ごして居た主人公の榊 隼人 ある日VRMMORPGゲームのサモンズキングダムオンラインにログインするとそのままログアウトが出来なくなって居た。 だが現実世界に未練の無い隼人はゲームの世界に来れた事を少し喜んで居た。 だがそれと同時に向こうの体が衰弱死する可能性の恐怖に怯える。 その時アルラ・フィーナドと名乗る元NPCの部下が隼人の前に姿を現わす。 隼人は彼女に言われるがままついて行くと着いたのは神殿だった。 神殿には地下が存在し、何層ものダンジョンの形をした地下王国となって居た。 そのダンジョンには過去に召喚したキャラクターが守護者として存在し、国を守って居た。 自身が王の国があり、部下も居る、そして圧倒的な強さを誇るアルセリスと言う自分自身のキャラ……この状況に榊はゲーム時の名であるアルセリスとして生きる事を決意した。 この物語は元社畜の榊事アルセリスがゲームだった異世界に飛ばされその世界を統べる為にガチャをしながら圧倒的な力で世界征服を進める物語。 この作品は某作品に影響を受けたオマージュです なろうとカクヨムにも投稿してます 2022年3月25日に完結済みです

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

万能ドッペルゲンガーに転生したらしい俺はエルフに拾われる〜エルフと共に旅をしながらドッペルゲンガーとしての仕事を行い、最強へと至る〜

ネリムZ
ファンタジー
 人は仮面を被って生きている。  何も感じず、何も思わず、適当で淡々としてただの作業であった人生。  それが唐突に終わりを告げた。そして、俺は変なのに生まれ変わっていた。  対象を見ればそれに変身する事が出来、スキルも真似する事が出来る。  さらに、変身する先と先を【配合】する事で新たな姿を得る事が出来る。  森の中で魔物を倒しながら生活をしていたら、初めての人型生物で出会う。  それがエルフのヒスイ。  里の風習で旅をしているエルフと契約し、俺はエルフと旅をする。  そして、『影武者サービス』を始める事と成る。

水野勝成 居候報恩記

尾方佐羽
歴史・時代
⭐タイトルを替えました。 ⭐『福山ご城下開端の記』もよろしくお願いします。 ⭐福山城さま令和の大普請、完成おめでとうございます。 ⭐2020年1月21日、5月4日に福山市の『福山城築城400年』Facebookでご紹介いただきました。https://m.facebook.com/fukuyama400/ 備後福山藩初代藩主、水野勝成が若い頃放浪を重ねたあと、備中(現在の岡山県)の片隅で居候をすることになるお話です。一番鑓しかしたくない、天下無双の暴れ者が、備中の片隅で居候した末に見つけたものは何だったのでしょうか。 →本編は完結、関連の話題を適宜更新。

処理中です...