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其の一の三
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お可奈のお供をする事になってしばらく経ったある日の事。
店で働く為松に旦那様が声をかけた。
「為松、お可奈のお供はどうだい?やはり帰りが遅いようだが」
やっぱりそう来たか。
お可奈との外出から帰ってすぐに旦那さんに声をかけられた為松。
旦那さんが自分をお可奈のお供に付けたのは、きっとお可奈の寄り道を報告させる為に違いないと思っていた。
「お嬢様は薬問屋のお初さんや小間物屋のおみつさんと、帰りに最近評判の茶店、甘味どころなどに寄っています」
為松は、かねてから考えていた言い訳をした。
「毎回毎回かい?」
旦那様の続けての質問に、心臓が飛び出しそうなくらいドキリとしながらも「あ…い、いえ、お初さんにしてもおみつさんにしても、そうそう付き合ってくれるでもないようで、お一人で行く事も多いです」などと答えたのだった。
とっさとは言え一人で出歩くなど言って良かったものかと、為松の心臓は利左エ門に聞こえやしないかと思うくらいに高鳴っている。
「一人で?」
「あ、一人と言っても私もおりますし、あの…」
「為松も一緒になって甘味を食べているのかい」
利左エ門は為松にちょっぴり意地悪く言ったが、顔は満面の笑みであった。
「あ、あ、いえ」
「ああ、そうかいそうかい。いいんだよ。やはりお前をお供につけてよかった。一人でそんな寄り道をしてたんじゃあ心配で仕方がない。お糸より男の為松のほうが安心だ。悪いがあのわがまま娘のお可奈に付き合っておくれな」
利左衛門は自分の判断に間違いないと満足したご様子だった。
そんなお可奈のお供に付いて何日が経ち、またも今日は外出。
お店を出てすぐお可奈が為松に話し始めた。
「よくやったわ、為松ちゃん」
「なにをですか?」
「上手い事言ってくれたって言うのよ。これでお初ちゃんやおみっちゃんに口裏を合わせてもらわなくても済むわ。いつもいつもあの2人と出かけていると言っていたら、おとっつぁんだって2人のご両親と知らない仲じゃあないし、いつかはばれちゃうもの。良かった。やっぱり為松ちゃんね。頭が良いし頼りになるわ」
お可奈に褒められた事を嬉しくないとは言わないが、利左衛門に嘘をついていることは事実。為松はなんとも後味の悪い思いでいた。
「何でそんなに浮かない顔をしているの? おとっつぁんは大丈夫よ。私に甘いから気にしなくても平気。それより……」
「今日も帰りに弁慶濠ですか?」
「う~ん、為松と外出するたびに弁慶濠に行くけれど、何にも出やしないじゃない。きっと昼間行ってもいないのよ」
昼間行ってもいない?
その言葉が引っかかった為松だったが、どうせ昼間しか外出する事はできないだろうと高をくくっていた。
「今日は弁慶濠はお休みして、何かお菓子を買って帰ろうと思うの。たまにはお菓子を持って帰らないとね。おとっつぁんやおっかさんに勘ぐられてもいやだし」
「そりゃー、旦那さんもおかみさんもお喜びなさる」
「で、ね。昼間の弁慶濠には河童はいないでしょ」
「はあ……」
「だから夜行こうと思うのよ」
「何をおっしゃいます。夜なんか行ける訳ないでしょう」
「大丈夫よ、上手くやるから。さっそくだけど、今晩、宵五つの鐘が鳴ったら裏口に来て」
宵五つ。今で言えば19時となる。
「無理無理無理無理。そんなの無理。お可奈ちゃんは気楽に言うけど、こっちはいろいろ大変なんだから」
今の今まで主従関係の節度を守って話していたが、何かが外れ為松は一気にお加奈と対等な口の利き方となっていた。
「大変って?」
「だからいろいろ。今は師走なんだよ。お店が一番忙しい時なんだ。今日だってみんなに悪いなと思いながらお可奈ちゃんのお伴をしているのだから」
為吉の言う事などお可奈の心の奥底の耳には入っていないようだった。
「きっとね。待ってるからね。為松ちゃんが来なくても一人でも行くから」
「一人で行くなんてだめだよ、お可奈ちゃん」
為松の抵抗がこれ以上しつこくなる前に「じぁね」と為松に背を向けて歩き始める。
後ろをついてくるであろう為松の様子を背中でうかがいながら、お可奈はその後、一言も口を利く事はなかった。
「だからお可奈ちゃん無理だってば」
為松は何度も声をかけたがいくら言ってもお可奈は振り返らない。
あのおしゃべり好きなお可奈が言葉を発しないなんて、もうこれは強引に、本当に自分が行かなくても事を進める気だと理解し、為松はため息をつきながらお可奈の後を歩いていた。
為松のそのため息を聞いてお可奈はしてやったりと喜んでいた。
店で働く為松に旦那様が声をかけた。
「為松、お可奈のお供はどうだい?やはり帰りが遅いようだが」
やっぱりそう来たか。
お可奈との外出から帰ってすぐに旦那さんに声をかけられた為松。
旦那さんが自分をお可奈のお供に付けたのは、きっとお可奈の寄り道を報告させる為に違いないと思っていた。
「お嬢様は薬問屋のお初さんや小間物屋のおみつさんと、帰りに最近評判の茶店、甘味どころなどに寄っています」
為松は、かねてから考えていた言い訳をした。
「毎回毎回かい?」
旦那様の続けての質問に、心臓が飛び出しそうなくらいドキリとしながらも「あ…い、いえ、お初さんにしてもおみつさんにしても、そうそう付き合ってくれるでもないようで、お一人で行く事も多いです」などと答えたのだった。
とっさとは言え一人で出歩くなど言って良かったものかと、為松の心臓は利左エ門に聞こえやしないかと思うくらいに高鳴っている。
「一人で?」
「あ、一人と言っても私もおりますし、あの…」
「為松も一緒になって甘味を食べているのかい」
利左エ門は為松にちょっぴり意地悪く言ったが、顔は満面の笑みであった。
「あ、あ、いえ」
「ああ、そうかいそうかい。いいんだよ。やはりお前をお供につけてよかった。一人でそんな寄り道をしてたんじゃあ心配で仕方がない。お糸より男の為松のほうが安心だ。悪いがあのわがまま娘のお可奈に付き合っておくれな」
利左衛門は自分の判断に間違いないと満足したご様子だった。
そんなお可奈のお供に付いて何日が経ち、またも今日は外出。
お店を出てすぐお可奈が為松に話し始めた。
「よくやったわ、為松ちゃん」
「なにをですか?」
「上手い事言ってくれたって言うのよ。これでお初ちゃんやおみっちゃんに口裏を合わせてもらわなくても済むわ。いつもいつもあの2人と出かけていると言っていたら、おとっつぁんだって2人のご両親と知らない仲じゃあないし、いつかはばれちゃうもの。良かった。やっぱり為松ちゃんね。頭が良いし頼りになるわ」
お可奈に褒められた事を嬉しくないとは言わないが、利左衛門に嘘をついていることは事実。為松はなんとも後味の悪い思いでいた。
「何でそんなに浮かない顔をしているの? おとっつぁんは大丈夫よ。私に甘いから気にしなくても平気。それより……」
「今日も帰りに弁慶濠ですか?」
「う~ん、為松と外出するたびに弁慶濠に行くけれど、何にも出やしないじゃない。きっと昼間行ってもいないのよ」
昼間行ってもいない?
その言葉が引っかかった為松だったが、どうせ昼間しか外出する事はできないだろうと高をくくっていた。
「今日は弁慶濠はお休みして、何かお菓子を買って帰ろうと思うの。たまにはお菓子を持って帰らないとね。おとっつぁんやおっかさんに勘ぐられてもいやだし」
「そりゃー、旦那さんもおかみさんもお喜びなさる」
「で、ね。昼間の弁慶濠には河童はいないでしょ」
「はあ……」
「だから夜行こうと思うのよ」
「何をおっしゃいます。夜なんか行ける訳ないでしょう」
「大丈夫よ、上手くやるから。さっそくだけど、今晩、宵五つの鐘が鳴ったら裏口に来て」
宵五つ。今で言えば19時となる。
「無理無理無理無理。そんなの無理。お可奈ちゃんは気楽に言うけど、こっちはいろいろ大変なんだから」
今の今まで主従関係の節度を守って話していたが、何かが外れ為松は一気にお加奈と対等な口の利き方となっていた。
「大変って?」
「だからいろいろ。今は師走なんだよ。お店が一番忙しい時なんだ。今日だってみんなに悪いなと思いながらお可奈ちゃんのお伴をしているのだから」
為吉の言う事などお可奈の心の奥底の耳には入っていないようだった。
「きっとね。待ってるからね。為松ちゃんが来なくても一人でも行くから」
「一人で行くなんてだめだよ、お可奈ちゃん」
為松の抵抗がこれ以上しつこくなる前に「じぁね」と為松に背を向けて歩き始める。
後ろをついてくるであろう為松の様子を背中でうかがいながら、お可奈はその後、一言も口を利く事はなかった。
「だからお可奈ちゃん無理だってば」
為松は何度も声をかけたがいくら言ってもお可奈は振り返らない。
あのおしゃべり好きなお可奈が言葉を発しないなんて、もうこれは強引に、本当に自分が行かなくても事を進める気だと理解し、為松はため息をつきながらお可奈の後を歩いていた。
為松のそのため息を聞いてお可奈はしてやったりと喜んでいた。
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