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其の一の二
①
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お可奈が思いを寄せる事となったナナ太郎。
実は、お可奈の家からそうは遠くない、お江戸は深川に暮らしていた。
自分がどこの誰だか分からない。
ふと気がついた時には長屋暮らしで辻占を生業として生活している。
それがナナ太郎だ。
占いを生業としている事は、ナナ太郎の生まれ出る不思議の物語から繋がっている話ではあるが、ナナ太郎にはさっぱり覚えのない話だ。
ただ、辻占と言ってもナナ太郎の場合、人だけを相手にする占いではなかった。
物の怪と言われる者たち、つまり妖怪が多いのである。
まあ人も占わない訳ではないのだが、まだ、初めて間もないわりにはその筋の方面ではなかなかの評判となっていた。
毎晩、暗闇坂の入り口で辻占をする為に昼七つ、申の刻に家を出る。
申の刻と言うは定時法での午後の四時の事だ。
申の刻より家を出て、暁九つ、つまり午前零時の子の刻には戻っている。
今日も今日とて、小雨降る中、きっちり申の刻に家を出て、あちこち物見遊山しながらも、暮れ六つ、酉の刻の午後六時には暗がり坂で辻占を始めていた。
昼なお暗い暗がり坂。
季節を問わず暮れ六つともなると妖気漂う怪しい坂である。
しばらくすると、この日の最初のお客がやって来た。
それは豆腐を持った八歳くらいに見える子供。
「あの、あの、おいら、あの……」
「いいよ、名前を言わなくても。私が当ててみせますよ」
ナナ太郎はその子供の顔をしばらく見ていた。
「豆腐小僧だね」とやにわに言う。
「あれまあ、どうしてわかるの?」
「どうしてでしょうね。それは私にも分らないんだけど。それで何を占って欲しいのです?」
「おいら、この先もずっとこの豆腐を持って……いったい誰を待っているのか分らないんだけど。その人は現れるの?」
「う~ん、そうですね」
そう言うと、懐の奥底より透き通った一つの珠を取り出した。
ナナ太郎の手のひらにすっぽりと入り隠れてしまう大きさのこの珠は、何とも不思議に輝いていた。
金銀の輝きにも似てまた非なるその輝き。
また、珠の奥底から発する光は太陽のような輝きにも見える。
見つめていると吸い込まれそうなその珠。
これはナナ太郎にとって命よりも大切なものである。
ナナ太郎はこの珠がある事によってこの世界で生きてこられたのだ。
先にも言ったがナナ太郎は不思議な生い立ちの少年だ。
この珠は、ナナ太郎がこの時代に住むことになった時、その行く末を見守るお役目を担った後見人が肝に隠し与えた勾玉だった。
その後見人が与えたこの勾玉は、人、妖怪、その他魑魅魍魎に至るまでの未来を予言する事ができ、使い方によってはその者の将来をも変えてしまうと言うたいそうな珠であった。
そればかりではない。
実を言えば、この世界をも掌握することの出来る非常に危険な珠なのだ。
この珠を自在に扱える者はめったにいない。
色々と重々承知の上で後見人ははナナ太郎に珠を持たせたのだ。
何も知らず何も持たず親もいないナナ太郎だ。
いきなりこの時代に成長した形で一人置き去りにするには忍びないと思い、野垂れ死になどしないよう、この小さいが驚くような大きな力を持つ珠が親代わりにでもなればと、与えたものだった
ナナ太郎には将来が見える程度にしか使えない筈、その力を使い生業として生きていけばよいとの後見人のいわば親心だった。
この摩訶不思議な珠がナナ太郎にとって唯一の心の支えとなっていた。
まるで親の残した形見か、はたまた珠そのものが親のようにも思っていた。
親代わりと言うには何か不釣合いな感じもするが、この珠が肝にあるだけで、ナナ太郎はなんとも心強い気分にもなれたのだった。
その珠を懐…いやもっと奥の、ナナ太郎の肝の中から自らの手で取り出して、占う豆腐小僧の前に掲げ、その珠を通して豆腐小僧を見つめる。
ナナ太郎はおもむろに大きくうなずくと、豆腐小僧に
「見ると、おまえさんはずっと豆腐を持って雨の日にたたずんでいるようですね。誰かを待っていると言うが……」
「うん」
「寂しいのですか?」
「うん」
この占い家業というもの、ただ占うだけではなく古くから、そして現在に至るまでもその一つの要素に人生相談をかね合わせているようなところがある。
ナナ太郎も人生相談、いや妖生相談とでも申そうか、とにかく占いに来る者の心を軽くするようなそんなお役目もかねていた。
しかし今のナナ太郎は、珠の中に見える事を意味も分からずそのまま伝えているという状態ではあったのだが。
「おまえさんは、誰かを待っているのではなく……雨の日にその豆腐を持って立っているって事がお仕事なのですよ」
「お仕事? おいらにお仕事があったの?」
「お仕事と思ったら、そうして立っているのが嫌になりましたか?」
「ううん、じゃあ、宛てなく待っている訳じゃあない訳だよね?」
「そう」
「でも……おいらの事を尋ねて誰かが来る事はないって事にもなるよね……」
「おまえさんはそこに立っている事が生業。そう思って精進すれば、必ずやよい事もおきましょう。友達だって創る事が出来ますよ。頑張って!」
「えっ、友達が出来るの?」
「そうだなですね、おまえさん、その豆腐を〈人〉に食べさせているのですか?」
「うん、おいらや豆腐をバカにした奴にね。おいらが小さいと思って難癖つけてくる奴らもいるんだ。そういう奴はすぐに調子に乗って差し出す豆腐を食べるよ」
「だけど、おまえさんが差し出した豆腐を食べると食べた奴にカビが生えちゃうじゃないですか」
「まあね」
クスリと笑う豆腐小僧の顔はちょっと自慢げにも見えた。
「だけど、お仕置きだよ」
「そうですか。どうにもしようのない馬鹿者も多いですからね。お仕置きってのも仕事かな。だけど、そういう奴に豆腐の良い所を教えるなんて事はどうですか?」
「え~っ」
今度はちょっと不満な様子の豆腐小僧だった。
「まあ……考えてもいいけど」
「一つの案だから深く考えなくてもいいけど、そんな事もおまえさんの仕事の一つになりうるって事ですよ」
「そうか……うん。何か心もち気が楽になったような気がする」
などと、分ったような分らないような会話をしている時に、また一人? ナナ太郎の元へお客人がやって来た。
実は、お可奈の家からそうは遠くない、お江戸は深川に暮らしていた。
自分がどこの誰だか分からない。
ふと気がついた時には長屋暮らしで辻占を生業として生活している。
それがナナ太郎だ。
占いを生業としている事は、ナナ太郎の生まれ出る不思議の物語から繋がっている話ではあるが、ナナ太郎にはさっぱり覚えのない話だ。
ただ、辻占と言ってもナナ太郎の場合、人だけを相手にする占いではなかった。
物の怪と言われる者たち、つまり妖怪が多いのである。
まあ人も占わない訳ではないのだが、まだ、初めて間もないわりにはその筋の方面ではなかなかの評判となっていた。
毎晩、暗闇坂の入り口で辻占をする為に昼七つ、申の刻に家を出る。
申の刻と言うは定時法での午後の四時の事だ。
申の刻より家を出て、暁九つ、つまり午前零時の子の刻には戻っている。
今日も今日とて、小雨降る中、きっちり申の刻に家を出て、あちこち物見遊山しながらも、暮れ六つ、酉の刻の午後六時には暗がり坂で辻占を始めていた。
昼なお暗い暗がり坂。
季節を問わず暮れ六つともなると妖気漂う怪しい坂である。
しばらくすると、この日の最初のお客がやって来た。
それは豆腐を持った八歳くらいに見える子供。
「あの、あの、おいら、あの……」
「いいよ、名前を言わなくても。私が当ててみせますよ」
ナナ太郎はその子供の顔をしばらく見ていた。
「豆腐小僧だね」とやにわに言う。
「あれまあ、どうしてわかるの?」
「どうしてでしょうね。それは私にも分らないんだけど。それで何を占って欲しいのです?」
「おいら、この先もずっとこの豆腐を持って……いったい誰を待っているのか分らないんだけど。その人は現れるの?」
「う~ん、そうですね」
そう言うと、懐の奥底より透き通った一つの珠を取り出した。
ナナ太郎の手のひらにすっぽりと入り隠れてしまう大きさのこの珠は、何とも不思議に輝いていた。
金銀の輝きにも似てまた非なるその輝き。
また、珠の奥底から発する光は太陽のような輝きにも見える。
見つめていると吸い込まれそうなその珠。
これはナナ太郎にとって命よりも大切なものである。
ナナ太郎はこの珠がある事によってこの世界で生きてこられたのだ。
先にも言ったがナナ太郎は不思議な生い立ちの少年だ。
この珠は、ナナ太郎がこの時代に住むことになった時、その行く末を見守るお役目を担った後見人が肝に隠し与えた勾玉だった。
その後見人が与えたこの勾玉は、人、妖怪、その他魑魅魍魎に至るまでの未来を予言する事ができ、使い方によってはその者の将来をも変えてしまうと言うたいそうな珠であった。
そればかりではない。
実を言えば、この世界をも掌握することの出来る非常に危険な珠なのだ。
この珠を自在に扱える者はめったにいない。
色々と重々承知の上で後見人ははナナ太郎に珠を持たせたのだ。
何も知らず何も持たず親もいないナナ太郎だ。
いきなりこの時代に成長した形で一人置き去りにするには忍びないと思い、野垂れ死になどしないよう、この小さいが驚くような大きな力を持つ珠が親代わりにでもなればと、与えたものだった
ナナ太郎には将来が見える程度にしか使えない筈、その力を使い生業として生きていけばよいとの後見人のいわば親心だった。
この摩訶不思議な珠がナナ太郎にとって唯一の心の支えとなっていた。
まるで親の残した形見か、はたまた珠そのものが親のようにも思っていた。
親代わりと言うには何か不釣合いな感じもするが、この珠が肝にあるだけで、ナナ太郎はなんとも心強い気分にもなれたのだった。
その珠を懐…いやもっと奥の、ナナ太郎の肝の中から自らの手で取り出して、占う豆腐小僧の前に掲げ、その珠を通して豆腐小僧を見つめる。
ナナ太郎はおもむろに大きくうなずくと、豆腐小僧に
「見ると、おまえさんはずっと豆腐を持って雨の日にたたずんでいるようですね。誰かを待っていると言うが……」
「うん」
「寂しいのですか?」
「うん」
この占い家業というもの、ただ占うだけではなく古くから、そして現在に至るまでもその一つの要素に人生相談をかね合わせているようなところがある。
ナナ太郎も人生相談、いや妖生相談とでも申そうか、とにかく占いに来る者の心を軽くするようなそんなお役目もかねていた。
しかし今のナナ太郎は、珠の中に見える事を意味も分からずそのまま伝えているという状態ではあったのだが。
「おまえさんは、誰かを待っているのではなく……雨の日にその豆腐を持って立っているって事がお仕事なのですよ」
「お仕事? おいらにお仕事があったの?」
「お仕事と思ったら、そうして立っているのが嫌になりましたか?」
「ううん、じゃあ、宛てなく待っている訳じゃあない訳だよね?」
「そう」
「でも……おいらの事を尋ねて誰かが来る事はないって事にもなるよね……」
「おまえさんはそこに立っている事が生業。そう思って精進すれば、必ずやよい事もおきましょう。友達だって創る事が出来ますよ。頑張って!」
「えっ、友達が出来るの?」
「そうだなですね、おまえさん、その豆腐を〈人〉に食べさせているのですか?」
「うん、おいらや豆腐をバカにした奴にね。おいらが小さいと思って難癖つけてくる奴らもいるんだ。そういう奴はすぐに調子に乗って差し出す豆腐を食べるよ」
「だけど、おまえさんが差し出した豆腐を食べると食べた奴にカビが生えちゃうじゃないですか」
「まあね」
クスリと笑う豆腐小僧の顔はちょっと自慢げにも見えた。
「だけど、お仕置きだよ」
「そうですか。どうにもしようのない馬鹿者も多いですからね。お仕置きってのも仕事かな。だけど、そういう奴に豆腐の良い所を教えるなんて事はどうですか?」
「え~っ」
今度はちょっと不満な様子の豆腐小僧だった。
「まあ……考えてもいいけど」
「一つの案だから深く考えなくてもいいけど、そんな事もおまえさんの仕事の一つになりうるって事ですよ」
「そうか……うん。何か心もち気が楽になったような気がする」
などと、分ったような分らないような会話をしている時に、また一人? ナナ太郎の元へお客人がやって来た。
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