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其の一の一
②
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その日は富士のお山が唸りをあげて地を響かせ、白煙と火柱とを纏い雷鳴轟かせていた。
富士のお山の噴火である。
結果、江戸にまで白い火山灰を降らせていたのであった。
お加奈は、空を見上げては降り続く雪のような灰にため息を付いていた。
「お嬢様、今日は外に出てはなりませんよ」
家の中にじっとしていられないお嬢様をたしなめているのはお加奈付きの使用人、お糸。
「分かってるわ。お糸はいつも口うるさいのよ。それにしても昼だと言うのに暗いのは、富士のお山が怒っているからだと言う話よね。誰か何か神様を怒らすようなことでもしたのかしら?」
ここ一カ月と言うもの、富士のお山が原因の大きな地震がいくたびともなく襲っていて、江戸の人々も、その脅威に怯えていたのは言うまでもない。
「ほんに、これではお店の商売も上がったりですよ。旦那さんもおかみさんもこれではお客が来やしないと嘆いておいでですよ」
「つまらないわね。これじゃあ、お散歩も出来やしないし。いつまで続くのかしらこの灰は」
「何か良くない事でも起きるのでしょうかね」
「まあ、お糸は心配性ね」
お糸はおかみさんからの言いつけで、今日は朝からお可奈の側を離れなかった。
と言うのもこのお可奈のおてんば娘ぶりなら、面白がって灰の降り積もっている町に出て歩き回りそうな性格だと言う事は、母親であれば百も承知。お松はお可奈が外に出ないよう、先回りをしてお糸にお可奈の見張り役を頼んでいたのだった。
「本当につまらないわ。何か面白い話でもない?」
聞き分けのないお嬢様のこと。ここは、何かお嬢様が楽しむ話でもしなければ、家の外へ出て行くやも知れないと思い、お糸は一生懸命、何か話を、と考えていた。
おかみさんの言いつけを守ってお嬢様をこの部屋から出ないようにする為の話。
そんなお糸の頭を掠めたのは、同じお店に奉公している小僧の為松の話だった。
良い事をひらめいたと、お糸は、うん、うん、と二つ三つうなずいて、言った。
「そう言えば、為松さんが面白いことを言っていましたっけ」
「為松が? なんとまあ私にはそのような面白そうな話などしたことがないのに」
為松とは、愛田屋に小僧奉公をしている少年である。
十六歳になろうかと言うこの少年は、頭がよく真面目な働きぶりで、主人の利左エ門に何かと目をかけられ、そろそろ手代に昇格するかと言う小僧の中の出世頭だった。とは言え、少しばかり気が小さいのが玉に傷、ではあるが。
「さて、どこでと言っていましたっけな? どことかで、なにやら恐ろしい何かを見たとか聞いたとか……」
お糸はこの為松から聞いた話を懸命に話そうとするが、いかんせんうる覚えの話で一向にらちが明かない。
「お糸の話じゃ何が面白いのかさっぱり分からないわ。その話は四七士のあだ討ちの話よりもワクワクするの?」
「いえ、面白いと言うより恐ろしい話だったような……ええっと」
「もういい。為松を呼んで来て」
この愛田屋に勤めている者ならば、お加奈の言葉に逆らうものはいない。
という訳でお可奈のその一言で、店で忙しく働いている為松が番頭の秋助に呼ばれた。
「お嬢様が?」
「そうなんだよ。今、お糸さんから言われたんだけれどね。お嬢様が、またお前を呼んでいると言うんだ」
為松が、お可奈に呼ばれる事はさして珍しい事ではない。
為松は奉公にあがったばかりの頃にはよくお可奈の相手をさせられていた。
いまでもちょくちょく呼ばれるので、店の者もお可奈に呼ばれて仕事から抜けることに何の不思議を感じはしない。
むしろ、あのわがままなお嬢様がお呼びとは、すぐさま為松を向かわせないとまた大目玉を食わされると奉公人皆が思っている状態だ。お嬢様の用事となれば、旦那さんもおかみさんも何のとがめもいたさないのは誰もが承知の話。
しかし、そうは言ってもだ。
お店の仕事を抜けて愛田屋の奥向きの用事と言う話であれば、羨む他の小僧もいなくはない。ただでさえ、利左エ門に目をかけられている為松。
えこひいきとの陰口を申す者もいない訳ではなかった。
しかし為松はそんな人の目など気にする余裕もなく、何の用事かしら、いつものような無理な頼み事かもしれない、とそちらの方で気も重たくなっていたのだった。為松はやりかけている仕事も投げ出して奥のお部屋に向った。
為松は何かにつけてお加奈に呼び出されていた。
今、巷で評判のどこそこの菓子を買って来いだの、流行の絵草子を何里も離れたところまで買いに行けなどと無理難題をお可奈に言いつけられていた。
しかも時間の事などお構い無しに言いつけるものだから、目的の店屋に着いたころにはもう日もどっぷり暮れており、今日の商いはとうに終わっているのを頼み込んで手に入れるなんて事はざらにあることだった。
しかしながらこの為松。
実はお可奈に振り回され困り果ててはいるものの、秘かにお可奈への恋心があり、お嬢様だから断れないと思う以上にわがままな言う事を聞いてしまうと言う、複雑な心境があった。
そんなところで今日も為松は、複雑な気分でお可奈の部屋の前にやってきたのだった。
お加奈の顔を見るのは嬉しくない事もないが、それ以上に何を言われるかと思うと声をかけるのも気が重い。しかし奉公先のお嬢様の用事とあれば聞かない訳にはいかない。
まことに複雑だった。
為松はおそるおそるお加奈の部屋の前の廊下より声をかけた。
「お嬢様。為松でございます。何のご用でございましょうか」
すると、中から嬉しそうなお可奈の声がする。
「為松? 遅いわ。待ってたのよ。早く中に入って」
声がしたかと思うやいなやお糸が部屋の障子を開けた。
そこには困り顔のお糸と期待に満ちた顔のお可奈がいた。
「早く早く。そこに座って」
「はあ、いったいどんなご用でございましょうか?」
「お糸から聞いたわよ。面白い話」
「何のことやら…」
とお糸の方を見ると
「為松さん、言ってたでしょ。錦糸掘がどうとか。何やら面白い? それとも恐ろしげな話だったっけ?」お糸は為松にすべてを押し渡すように言った。
「錦糸掘の?」と首をかしげた為松だったが、すぐさま思い出した様子で「ああ、あの話ですか」と大きくうなづいた。
「お嬢様にその話をしてやってくれないかい?」
お糸のその申し出に、為松はうっかりした事を言ったら何か大変な事を言いつけられかねないと、さてどういう風に話したらよいものかと口ごもっていた。
「ねえ、どんな話なの?」
興味津々のお可奈は待ちきれないと言う様子で身を乗り出して為松の顔を見つめていた。
為松はと言うと、そんなお可奈に見つめられ、ドキドキと胸の鼓動が漏れ聞こえないかと思い冷や汗が出るばかり。
どう話したらいいものかと言うよりも、どんな話だったかと思い出すのにも一苦労になってしまった。
なかなか話し出さない為松にお糸は少しじれていた。
「ほれ、なんだか堀で魚を釣っていたんじゃなかったっけ?」
「ああ、あれは、私ではなく、聞いた話ですよ」
お糸に話を切り出され、ようやっと為松の頭の中がゆっくりと動き始める。
「どんな話だったっけ? 怖いの? 楽しいの? 笑えるの?」
お糸がせかすように為松に尋ねた。
「いや、あれは…錦糸掘あたりに魚を釣りに言った人の話です」
「それで?」
「あのあたりはたくさん魚が取れるそうで、なかなかの釣り場と聞きました」
「ああ、あそこらへんが魚が取れると言う話は私も聞いたことがあるねえ」とお糸が合いの手のように為松の話を引き出して、ついに為松も調子が乗ってきた。
「いや、人から聞いた話なんで噂ぐらいなものだと思うのですが」
為松は、お加奈とお糸の顔を見ると一気に話し出し始めた。
「本所近辺には魚がよく釣れる場所が多いそうで、みんなたくさんの魚を釣るそうですよ。その中でも錦糸堀に行ったことのある人の話しで不思議な話を聞いたんです」
「それでそれで?」
今度はお糸に変わってお可奈が合いの手を入れる。
「錦糸掘でたくさんの魚を釣って帰ろうとした祭、どこからともなく声がするそうです。あたりを見回しても誰もいない。帰ろうとすると、またも声がする。どこから聞こえるのだろうかと今度はその声のするのを待って聞き耳を立てていると、なんと堀の中から聞こえてくるとか。よくよく聞いてみたら『置いてけ~置いてけ~』と言っている」
「声が? どんな声なの?」
お加奈は先ほどよりさらに身を乗り出して聞き返し
「地の底から響く、それはそれは恐ろしい声だとか」
「地の底から…ふ~ん、それで?」
「取った魚を置いて帰らないとその声は止まないとか」
「声なんか無視して帰ってくればいいじゃない」
お加奈の目はキラキラと輝いていた。
「魚を堀に返さずに帰ろうとすると、堀の中から手が出てきて、その者を引きずり込むと言う話ですよ。引きずり込んで殺すって」
「それっどんな奴なの?」
「どんな奴って、姿は現さないで声だけらしいです。でも、ムジナかタヌキにばかされたんじゃないかっていう者もありますが、やはり魚がらみですから河童じゃあないかって事も聞きますよ」
「手が出てくる前に足の速いやつがそこから逃げる事ができた、なんて話はないの?」
「いや、逃げても家に帰って魚篭の中を見ると空っぽになっていたとか、亀に魚を入れても次の日にはいなくなっていたとか、どの道魚はいなくなっていると言う話だし…」
「その手の主って奴は一体何なのかしら?」
「まあ、現実めいた話としては、追いはぎにあったやつらが妖怪にでも取られたなどと言ってうそぶいているってな事も聞きますがね」
「でも、そんな話が巷で囁かれているわけでしょ。火のないところに煙は立たないって言うじゃない」
そんな、怖ろしがるどころかウキウキと話に乗ってきているお可奈を見て「しまった」と為松は思った。新しもん好きでなんでも知りたがりのおきゃんなお嬢様が、このまま話を聞くだけで終わらせるはずもない。
この話が真実かどうか確かめたいと思う気持ちにさせてしまったのは言うまでもなく、何かをたくらんでいるようなキラキラした目を為松に向けて言った。
「ねえ、その堀に行って見ない?」
富士のお山の噴火である。
結果、江戸にまで白い火山灰を降らせていたのであった。
お加奈は、空を見上げては降り続く雪のような灰にため息を付いていた。
「お嬢様、今日は外に出てはなりませんよ」
家の中にじっとしていられないお嬢様をたしなめているのはお加奈付きの使用人、お糸。
「分かってるわ。お糸はいつも口うるさいのよ。それにしても昼だと言うのに暗いのは、富士のお山が怒っているからだと言う話よね。誰か何か神様を怒らすようなことでもしたのかしら?」
ここ一カ月と言うもの、富士のお山が原因の大きな地震がいくたびともなく襲っていて、江戸の人々も、その脅威に怯えていたのは言うまでもない。
「ほんに、これではお店の商売も上がったりですよ。旦那さんもおかみさんもこれではお客が来やしないと嘆いておいでですよ」
「つまらないわね。これじゃあ、お散歩も出来やしないし。いつまで続くのかしらこの灰は」
「何か良くない事でも起きるのでしょうかね」
「まあ、お糸は心配性ね」
お糸はおかみさんからの言いつけで、今日は朝からお可奈の側を離れなかった。
と言うのもこのお可奈のおてんば娘ぶりなら、面白がって灰の降り積もっている町に出て歩き回りそうな性格だと言う事は、母親であれば百も承知。お松はお可奈が外に出ないよう、先回りをしてお糸にお可奈の見張り役を頼んでいたのだった。
「本当につまらないわ。何か面白い話でもない?」
聞き分けのないお嬢様のこと。ここは、何かお嬢様が楽しむ話でもしなければ、家の外へ出て行くやも知れないと思い、お糸は一生懸命、何か話を、と考えていた。
おかみさんの言いつけを守ってお嬢様をこの部屋から出ないようにする為の話。
そんなお糸の頭を掠めたのは、同じお店に奉公している小僧の為松の話だった。
良い事をひらめいたと、お糸は、うん、うん、と二つ三つうなずいて、言った。
「そう言えば、為松さんが面白いことを言っていましたっけ」
「為松が? なんとまあ私にはそのような面白そうな話などしたことがないのに」
為松とは、愛田屋に小僧奉公をしている少年である。
十六歳になろうかと言うこの少年は、頭がよく真面目な働きぶりで、主人の利左エ門に何かと目をかけられ、そろそろ手代に昇格するかと言う小僧の中の出世頭だった。とは言え、少しばかり気が小さいのが玉に傷、ではあるが。
「さて、どこでと言っていましたっけな? どことかで、なにやら恐ろしい何かを見たとか聞いたとか……」
お糸はこの為松から聞いた話を懸命に話そうとするが、いかんせんうる覚えの話で一向にらちが明かない。
「お糸の話じゃ何が面白いのかさっぱり分からないわ。その話は四七士のあだ討ちの話よりもワクワクするの?」
「いえ、面白いと言うより恐ろしい話だったような……ええっと」
「もういい。為松を呼んで来て」
この愛田屋に勤めている者ならば、お加奈の言葉に逆らうものはいない。
という訳でお可奈のその一言で、店で忙しく働いている為松が番頭の秋助に呼ばれた。
「お嬢様が?」
「そうなんだよ。今、お糸さんから言われたんだけれどね。お嬢様が、またお前を呼んでいると言うんだ」
為松が、お可奈に呼ばれる事はさして珍しい事ではない。
為松は奉公にあがったばかりの頃にはよくお可奈の相手をさせられていた。
いまでもちょくちょく呼ばれるので、店の者もお可奈に呼ばれて仕事から抜けることに何の不思議を感じはしない。
むしろ、あのわがままなお嬢様がお呼びとは、すぐさま為松を向かわせないとまた大目玉を食わされると奉公人皆が思っている状態だ。お嬢様の用事となれば、旦那さんもおかみさんも何のとがめもいたさないのは誰もが承知の話。
しかし、そうは言ってもだ。
お店の仕事を抜けて愛田屋の奥向きの用事と言う話であれば、羨む他の小僧もいなくはない。ただでさえ、利左エ門に目をかけられている為松。
えこひいきとの陰口を申す者もいない訳ではなかった。
しかし為松はそんな人の目など気にする余裕もなく、何の用事かしら、いつものような無理な頼み事かもしれない、とそちらの方で気も重たくなっていたのだった。為松はやりかけている仕事も投げ出して奥のお部屋に向った。
為松は何かにつけてお加奈に呼び出されていた。
今、巷で評判のどこそこの菓子を買って来いだの、流行の絵草子を何里も離れたところまで買いに行けなどと無理難題をお可奈に言いつけられていた。
しかも時間の事などお構い無しに言いつけるものだから、目的の店屋に着いたころにはもう日もどっぷり暮れており、今日の商いはとうに終わっているのを頼み込んで手に入れるなんて事はざらにあることだった。
しかしながらこの為松。
実はお可奈に振り回され困り果ててはいるものの、秘かにお可奈への恋心があり、お嬢様だから断れないと思う以上にわがままな言う事を聞いてしまうと言う、複雑な心境があった。
そんなところで今日も為松は、複雑な気分でお可奈の部屋の前にやってきたのだった。
お加奈の顔を見るのは嬉しくない事もないが、それ以上に何を言われるかと思うと声をかけるのも気が重い。しかし奉公先のお嬢様の用事とあれば聞かない訳にはいかない。
まことに複雑だった。
為松はおそるおそるお加奈の部屋の前の廊下より声をかけた。
「お嬢様。為松でございます。何のご用でございましょうか」
すると、中から嬉しそうなお可奈の声がする。
「為松? 遅いわ。待ってたのよ。早く中に入って」
声がしたかと思うやいなやお糸が部屋の障子を開けた。
そこには困り顔のお糸と期待に満ちた顔のお可奈がいた。
「早く早く。そこに座って」
「はあ、いったいどんなご用でございましょうか?」
「お糸から聞いたわよ。面白い話」
「何のことやら…」
とお糸の方を見ると
「為松さん、言ってたでしょ。錦糸掘がどうとか。何やら面白い? それとも恐ろしげな話だったっけ?」お糸は為松にすべてを押し渡すように言った。
「錦糸掘の?」と首をかしげた為松だったが、すぐさま思い出した様子で「ああ、あの話ですか」と大きくうなづいた。
「お嬢様にその話をしてやってくれないかい?」
お糸のその申し出に、為松はうっかりした事を言ったら何か大変な事を言いつけられかねないと、さてどういう風に話したらよいものかと口ごもっていた。
「ねえ、どんな話なの?」
興味津々のお可奈は待ちきれないと言う様子で身を乗り出して為松の顔を見つめていた。
為松はと言うと、そんなお可奈に見つめられ、ドキドキと胸の鼓動が漏れ聞こえないかと思い冷や汗が出るばかり。
どう話したらいいものかと言うよりも、どんな話だったかと思い出すのにも一苦労になってしまった。
なかなか話し出さない為松にお糸は少しじれていた。
「ほれ、なんだか堀で魚を釣っていたんじゃなかったっけ?」
「ああ、あれは、私ではなく、聞いた話ですよ」
お糸に話を切り出され、ようやっと為松の頭の中がゆっくりと動き始める。
「どんな話だったっけ? 怖いの? 楽しいの? 笑えるの?」
お糸がせかすように為松に尋ねた。
「いや、あれは…錦糸掘あたりに魚を釣りに言った人の話です」
「それで?」
「あのあたりはたくさん魚が取れるそうで、なかなかの釣り場と聞きました」
「ああ、あそこらへんが魚が取れると言う話は私も聞いたことがあるねえ」とお糸が合いの手のように為松の話を引き出して、ついに為松も調子が乗ってきた。
「いや、人から聞いた話なんで噂ぐらいなものだと思うのですが」
為松は、お加奈とお糸の顔を見ると一気に話し出し始めた。
「本所近辺には魚がよく釣れる場所が多いそうで、みんなたくさんの魚を釣るそうですよ。その中でも錦糸堀に行ったことのある人の話しで不思議な話を聞いたんです」
「それでそれで?」
今度はお糸に変わってお可奈が合いの手を入れる。
「錦糸掘でたくさんの魚を釣って帰ろうとした祭、どこからともなく声がするそうです。あたりを見回しても誰もいない。帰ろうとすると、またも声がする。どこから聞こえるのだろうかと今度はその声のするのを待って聞き耳を立てていると、なんと堀の中から聞こえてくるとか。よくよく聞いてみたら『置いてけ~置いてけ~』と言っている」
「声が? どんな声なの?」
お加奈は先ほどよりさらに身を乗り出して聞き返し
「地の底から響く、それはそれは恐ろしい声だとか」
「地の底から…ふ~ん、それで?」
「取った魚を置いて帰らないとその声は止まないとか」
「声なんか無視して帰ってくればいいじゃない」
お加奈の目はキラキラと輝いていた。
「魚を堀に返さずに帰ろうとすると、堀の中から手が出てきて、その者を引きずり込むと言う話ですよ。引きずり込んで殺すって」
「それっどんな奴なの?」
「どんな奴って、姿は現さないで声だけらしいです。でも、ムジナかタヌキにばかされたんじゃないかっていう者もありますが、やはり魚がらみですから河童じゃあないかって事も聞きますよ」
「手が出てくる前に足の速いやつがそこから逃げる事ができた、なんて話はないの?」
「いや、逃げても家に帰って魚篭の中を見ると空っぽになっていたとか、亀に魚を入れても次の日にはいなくなっていたとか、どの道魚はいなくなっていると言う話だし…」
「その手の主って奴は一体何なのかしら?」
「まあ、現実めいた話としては、追いはぎにあったやつらが妖怪にでも取られたなどと言ってうそぶいているってな事も聞きますがね」
「でも、そんな話が巷で囁かれているわけでしょ。火のないところに煙は立たないって言うじゃない」
そんな、怖ろしがるどころかウキウキと話に乗ってきているお可奈を見て「しまった」と為松は思った。新しもん好きでなんでも知りたがりのおきゃんなお嬢様が、このまま話を聞くだけで終わらせるはずもない。
この話が真実かどうか確かめたいと思う気持ちにさせてしまったのは言うまでもなく、何かをたくらんでいるようなキラキラした目を為松に向けて言った。
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